第2話 ふ~ん、おもしれぇ女

「…どうやら俺は善田の身体に入り込んじゃったみたいだ」


「…????」

(えっ…何言ってるんだ?

身体に入り込んだだとかって…さっき俺にキスしようと顔を近づけてきていたし頭おかしくなったのか?

てか善田の一人称って絶対『俺』じゃなかったよな?

でも一人称が『俺』の子って…悪くないな)


特に人格や記憶になんの変化も無い非行からすると、突然善田が顔を近づけて変な事を言い始めたので頭の上には?マークが浮かんでいた。

偽善田はどうにか今の状況を目の前の自分に信じてもらう為に、頭を回転させなんとか説明しようとする。


「え…っとなんて言えば良いんだ?

その…身体が入れ替わったと言うか、魂が乗り移ったと言うか…」


「も、もしかして善田…さんも身体が入れ替わる系のストーリーのアニメとか漫画とか見てるの?

あ、『君の名は。』とかか。あれ面白かったよね!映像も綺麗だし名作映画に選ばれるのも…」


「違う、そうじゃなくて!今この状況がそうなんだって!」


「…?」


上手く説明が伝わらず非行は首を傾ける。

そして偽善田が声を荒げたせいか廊下から誰かが来る音がした。

誰かが来てしまえば非行にまともに説明を出来なくなるので、取り敢えず二人で話せる場所を探す為に偽善田は非行の腕と鞄を引っ張り、空き教室へと向かった。


焦り走る偽善田に対し、非行は状況を理解出来ず困惑しながら彼女に付いて行った。掴まれている手の温もりを満喫して。

ただ今は困惑の方が大きく、彼はさっき善田が言っていた事を頭に浮かべ、何をそんな焦っているのか考えてみる。


(さっきのを言葉通り受け取るなら、今の彼女の中には俺の人格がいるって事だよな。でも俺は俺のままだぞ。てか、そもそもそんな事が実際に起こる訳が…

…はっ!そうか、そういう事か!そういう設定って事だな!?

昔よく友達とアニメのキャラになりきるごっこ遊びとかしたけど、それみたいな感じか!

善田ってそういう事するタイプの人だったのかぁ…少し変人気質があるのは同類の匂いがして嬉しい!

ならばここで俺が取るべき行動は…)




空き教室に付き、誰もいない事を確認してから偽善田は話始める。


「ふぅ…ここでなら話せるな」


「ええ、説明してちょうだい。これはどういう事なのかしら」


教室に着くと、なんと非行は彼らしくない女性口調になっていた。

偽善田はそれを聞いて、まさかと思い尋ねる。


「えっ、もしかして…善田?」


「そうよ。魂が入れ替わってしまったのは何となく分かったのだけれど…これからどうするの?」


(うわっ、自分の姿でその口調されるはキツイ!

てか…さっきは普段の俺らしい反応だったから、てっきり魂が入れ替わったんじゃなくて善田に俺の魂の複製的なものが入っちゃったのかと思ったけど違うのか)


とりあえず今の言葉で偽善田は、これは魂の入れ替わりだと納得して考えをまとめ直す。


「えっと…どうすれば元に戻れるかは分からないけど、もう一度一緒に階段から落ちたら直るかもしれないから後で試そう。

今は階段に人がいるから、人が居なくなったタイミングでな…」


「それじゃあ待っている間は、それが駄目だった時の事を考えましょう。

でももしも元に戻れなかったら、今日はお互いがお互いのフリをして過ごさないといけないわ。だから連絡先を交換しておきましょう」


「あ、ああ。そうだな」

(流石優等生…俺なんかよりもよっぽど冷静で落ち着いている。

やっぱり頭が違うんだろう、俺なんかこんな事態になって動揺しまくって腕が震えてるのに…)


取り敢えず偽善田は制服のブレザーのポッケを手で探りスマホを探してみるも、スマホは見つからなかった。


「あれ、スマホはどこだ?」


「ん…あっ、えっと……そ、そうだ!そういえば春川に預けた荷物の中に入っているんだったわ」


「じゃ、じゃあスマホを取りに行こう」


「ええ、そうね」



…二人は動かず沈黙が流れた。

お互いが「お前が行かないの?」という様な反応だ。


「…今の私は貴方の姿だから春川が見守っている荷物を取りに行けないわ」


「あ!そ、そうだった。でも俺は善田の記憶が無いから、春川に何て言えば…」


「ああ…そうわね。どうしましょう…」


再び沈黙が流れた。

偽善田は気が付いていないが、魂など入れ替わっていない。善田の魂が乗り移ったフリをして振る舞っているだけで、彼は正真正銘本物の非行であった。

彼女が変な設定のごっこ遊びを求めているのだと勘違いし、それに乗っているだけである。つまりこの男の変な思考のせいで場が厄介な事になっているのだ。

さっきの連絡先交換の話も、非行はただ設定に準じながら善田と連絡先を交換したいだけだ。


(おお、結構ガチで設定を守って行くんだな。

なんか善田さんもこういう事やる変人なんだ~って思うと底辺の俺でも親近感湧くな。さっきは十中八九チャンスを掴み損ねるって思っていたが、このまま茶番を続けて仲良くなればワンチャンあるんじゃ?

一先ず今日はこのごっこ遊びの最中で連絡先を交換して、今後頑張って仲良くなろう。

こういうのが好きなら俺でも話せそうだし話を盛り上げるのも出来るかもしれない。

てか演じてるとはいえ、俺ってこんな普通に女子と話せたんだ。これならもっと早く勇気出しておけばよかったな。さっき善田の下に入り込んだ俺マジナイス)


一方、偽善田は本当に魂が入れ替わっていると思っているので本気で頭を悩ませていた。


(流石に俺が善田を演じて荷物を取りに行くっていうのは厳しいよな。

女性とまともに話せない俺じゃきっと不自然な話し方しか出来ない…けど、今この状況じゃ彼女は動けない。荷物を取りに戻れるのは俺だけだ)


「はぁ…俺が頑張って春川に話を合わせて荷物を回収する。だから簡単にここまで来た経緯だとか春川との接し方を教えてくれ」


「経緯?」


「忘れものって何だ?それに春川の事をなんて呼んでいる?どんな雰囲気で接してる?春川は今何処にいる?そういう情報を教えてくれ」


「ああ、そういう事ね」

(ん?それって俺が勝手に設定を作って良いって事か?なんか二人で物語を作ってるって感覚で楽しくなってきた!)


非行は適当に頭に浮かんだものを口にしていった。


「忘れ物は体育着。春川の事は…下の名前を文字って『あかちー』って呼んでる、昔からの友達だから、堅苦しい雰囲気一切無いわ。で、今は昇降口付近で待っているはずよ」


「そうか。出来るだけ怪しまれない様に手短に話を終わらせ、そう振る舞ってみるよ。じゃ、急いで行ってくる!」


偽善田は急ぎ教室から出て行った。

そんな姿を見て、未だにただ彼女が役を演じているだけだと思っている非行は少しにやけながら椅子に座って彼女を待つ。


(善田…めちゃおもろい人じゃん。なんか気が合いそうな感じがするし割とガチで好きになってきたかも…)


捻くれ者は捻くれ者と惹かれ合う様で、彼の頭の中は今の彼女の事で一杯になっていた。




偽善田は昇降口に来たのはいいものの、善田の出席番号が分からずどの靴が彼女のものなのか分からず困っていた。

一応自分の靴を試しに取り出してみるも、サイズが大きく明らかにぶかぶかなので、このまま春川に会いに行けば絶対にツッコまれてしまうので断念した。


(40人のクラスで、俺の出席番号は28。善田は大体15~25番ぐらいだろうが…何番だろう。

一応ここを出た少し先に春川がいるのは見えているが、声を掛けても届かなそうな距離だ。ま、一旦誰かの靴を借りるか。数分で終わるし)


偽善田はサイズが合いそうな女子の革靴を適当に選んで履き、春川の元へと向かった。



スマホを見ていた春川は横目でこちらに走ってくる偽善田を見つけると、偽善田を見て首を傾けて「あれっ」と声を出していた。

まだ口を開いてすらいないのに偽物だと疑われたのかと、偽善田は焦り冷や汗が額に流れる。


(えええええ!

嘘、今の走り方で偽物だってバレた!?

確かに運動音痴の俺と善田の走るフォームはかなり違うかもしれないが、そんなに分かり易いぐらい変なフォームだったか!?

あ、胸があるのと慣れない靴だからもしかするとかなり歪な走り方になってるのか?)


「あれ…忘れ物取りに行ったんじゃないの?」


春川は偽善田の足元から頭まで全てジロジロ見ながらそう言う。

ってきり走り方で偽物だとバレたと思ったので、安心して一息つく。


(そ、そうだ!忘れ物を手に持ってないから変に思われたんだ。

ふぅ…良かった、俺が勝手に動揺してただけか)


偽善田は安堵を顔に出しながら、忘れ物を持って来てない嘘の経緯を説明する。

さっき見た善田の笑顔を精一杯真似して。


「じ、実はね、さっき他のクラスの子にね、とある頼みを~、されちゃってね。それを手伝おうと思うの。だ、だからね、あかちーは先に帰ってて良いよ~」


これが非行に出来る精一杯の元気な女子の演技だった。

表所は固く、お世辞にも笑みと言えない表情。声は所々上擦る。視線はブレブレ。

怪しくない箇所など一つたりとも無かった。


(演技なんて無理だってぇぇぇぇぇぇ!

女子と顔をまともに合わせての会話が初めて、しかも相手は高身長で怖い春川!これが限界!俺は頑張った!

まともに返答出来る気がしないし、頼むから何も言い返して来ないでくれ!)


偽善田は心の中でひたすら祈った。このまま見逃してくれと。

と言ってもこんな演技では普段の善田とはあまりにもかけ離れているのでそんな事が起こる訳が…



「…ふ~ん、そう。じゃあ先帰ってるね!また明日!」


起こる訳がないと思っていた。

だが何故か春川はその変な対応には何も触れず、鞄を手渡すと普通に一人で下校していった。


一瞬自分の耳を疑い立ち尽くすも、偽善田は時間差で彼女の言葉を理解し、その場にへたり込む。


(た…助かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!春川が鈍くて助かったぁぁぁぁ!

ミッションは成功、やったぞ善田!)


偽善田は小さくガッツポーズをし、急いで自分の身体に入っている善田の元へと帰って行った。

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