51.戦利品

 ダンジョンから帰ってきた星雲たちは第4地区に戻ってから少しだけ寄り道をして工房には帰らずIEAに直行していた。

 アイサッドには深淵部に突入したことを報告して面会の約束を取り付けてある。


 目の前に煩雑に置かれた魔導書を見てアイサッドは挨拶も抜かして口を開く。


「・・・お前ら、50冊とか言ってなかったっけ?」


「「なんかいっぱいあったから、いっぱいあげる」」


 思いの外、大量に魔導書を手に入れた星雲たちは500冊程、IEAに進呈することにしていた。


「・・・なんかもういいや。貰っておくわ」

 

「「あとすぐにオークションにかけるから」」


 星雲たちは(特にノアだが)魔法を世界中にばら撒く気でいるのですぐにでも行動に移すつもりだった。


「ちょっとだけ待って!?」


「「やだ」」


「一応聞いておくが何冊あるんだ?」


『6666冊です』


「悪魔召喚でもする気か!!」


「あ、そうだ。コレもあげましょう」


 星雲がポーションの入った木箱をアイサッドに渡す。


「なんだぁ?この薬瓶は?麻薬でも作ったのか?」


「私たちを何だと思っているんですか?」


 アイサッドは間髪入れずに言い放つ。


「クソがつく程の疫病神だ」


「・・・おい、殺してやろうか?」


 ノアの脅しにも慣れた様子で軽く受け流す。


「冗談だよ。で?コレは何なんだよ?」


「ポーションです」


「ぽぽぽぽぽぽぽ!?」


「ほらね?この世界の人間だったらこういうリアクションになりますって」


「そうらしいな」


「冷静だな!?」


「私は一通り驚いた後なので」


「ワレの世界では普通だった」


「・・・ちなみに何本あるんだ?」


『今一箱渡したのであと1ダース12本、239箱です』


「「これもオークションに出すから」」


「待ってよ!?」


「「やだ」」


「もう知らない!好きにしてくれ!」


「「元々そのつもりだけど?」」


「そうだった!コイツらはそうだったなね!」


「とりあえず【IDS規格】の認定が欲しいので魔導書とポーションの効果の確認を急いで下さい。出来れば明日欲しいです」


 IDS規格とはIEAが発行するダンジョンで産出されたアイテムで効果が実証されている正規品の証だ。ポーションや魔導書など、初めて見つかった物品には必ず認定証がないとオークションには出品できない。


「無理言わないで!?本当に魔法を取得できるかとかポーションの効果を確かめたり本部に送ったり会議したり色々予定組んでるんだから!」


「じゃあ二週間」


「・・・それなら、まぁなんとか?」


「まぁそれくらいなら待ってやろう。動画の編集もせねばならんしな」


「ん?動画?」


「深淵部の動画だ」


 アイサッドはもうしんどくなってきた。次から次へとぽんぽん押し付けられてはたまったものではない。


「だぁかぁらぁ!そう言うのはIEAの広報を通してってばぁ!もうやだぁ!」


「ちなみに全編配信前にダイジェストがGNVで放送されることになってるから。もう素材は渡した」


「お前らいい加減にしてくれない!?チカ!すぐに広報と法務部に連絡!もう諦めてGNVには放送を許可してまずい部分だけないか検閲!あとこちらが深淵部と魔法に関するプレスを出すまでは何とか待ってもらうように調整!」


「承知しました!」


「もう疲れた・・・まだ何かある?もうないよね?まだある?あるなら言って?」


 アイサッドはこの数分でげっそりしてしまっている。


「もうないですよ。あっ!帰りに寄り道して第4地区にある二等級ダンジョンの深淵部のポータルを片っ端から開けてきたので転送サービスのバイト雇って下さい」


「これだもんなぁ!めっちゃ重要なことだもんなぁ!チカー!一回戻ってきてぇ!!」


「なんですか!?」


「各地域のエクスプローラ事務所に連絡して転送サービスの人員を寄越すように言ってくれ!コイツら二等級の深淵部を全部開けたんだってさ!」


「もう!バカなんですか!?これ以上、仕事増やさないで下さい!行ってきます!」


「もう無いな!?」


「ノア、アレどうしますか?」


「アレなー・・・発見されている同量だけなら市場に流していいんじゃないか?」


「そうですね、と言うことで。はいコレ、スピリタニウムです。オークションに出品しておいて下さい」


「バッカじゃないの!?バッカじゃないの!?」


 星雲はそりゃあこうなるだろうなぁ、と少しだけ同情するがノアはどこ吹く風だ。それどころかアイサッドに忠告をする。


「アイサッドよ、コレから更に深淵部を探索するんだぞ?こんなもん序の口だ。ワレらだけでは無い。世界中のエクスプローラが魔法を用いて深淵部へと足を踏み入れるのだ。文字通り世界が変わる」


「・・・今まで既得権益にしがみついていた連中は払い落とされ、まさしく開拓者が先をいく時代になると?」


「その通り、そして既得権益の権化のIEAにも変革の時がやってきたのだ。この前の・・・スギヤマとか言うオークのような輩は切り落としておかねば一瞬で組織は瓦解するぞ」


「・・・IEAがぶっ壊れて一番得をするのは最も先を行っているお前らだとおもうが?」


 そう、一番のアドバンテージをとっているのがノアの知識を要するネビュラファクトリーだ。

 しかし、星雲たちは無茶も勝手もするが社会構造を変えてまで混沌の自由を欲している訳ではない。


「私たちはエクスプローラらしく自由にやっているだけです。それもIEAと言う傘があるからだと言うことも理解しています。だからこうしてお裾分け・・・・をしている訳ですから」


「敵対する意思はないと?」


「「ナイナイ、面倒くさい」」


「はぁ・・・そう言えばお前らってそんな奴だったな。もういいや、とりあえず二週間な!絶対待てよ!?二週間だぞ!?今日はもう夕方だから明日から14日間な!?」


「分かりましたよ。私たちは工房にいますから何かあれば連絡して下さい」


「ん?深淵部の案内は誰がするんだ?」


「その辺のうだつもあがらないヤク中のエクスプローラを捕まえて同行させたのでそいつに行ってもらう。名前?知らん!ロビーで爪をカリカリ噛みながらポツンと立っているヒョロいノッポの不審者だ!」


「なんだろう?ソイツに心底同情しちゃった」


「そう言えばそろそろクスリが切れるって言ってたから用意してやってくれ。非合法のキッツイやつが良いらしい」


 やっぱり混沌を欲しているのでは?


「非合法って意味調べてきて!!ウチは公的機関!」


「犯罪を犯したエクスプローラから押収したヤツとかあるだろ?」


「いや、あるにはあるけどさぁ!?」


「部長!」


「チカ!どうした!?」


「ロビーでヒョロガリのノッポの男性が泡吹いて痙攣しています!」


「ソイツ超絶にVIPだから!押収した薬物を片っ端からあげて!」


「ハイ!」


「話すことは話しましたね。帰りますか」


 第4地区のIEA支部をぐっちゃぐちゃにかき回して星雲たちは何も無かったように帰ろうとする。


「そうだな。いやぁ、とりあえず二週間は休暇だな。工房はちゃんと回っているかな?」


「桜さんなら大丈夫ですよ。別れていなければね・・・あっ!アイサッドさん!」


「何だ!?忙しいからもう聞きたくないけど!?」


「そうですか?『九頭龍』500階層の龍肉でパーティーをする予定だったのですが、忙しなら無理は言えませんね・・・チカさんはどうされますか?」


「モチロン参加させて下さい!」


「俺も!何としてでも行く!そのために仕事頑張れる気がする!むしろ龍肉がないと仕事できない!」


「はいはい、じゃあ後日招待をM.Dに送りますので。ではこれで私たちは帰りますので。お仕事頑張って下さいね」


「「頑張ります!!」」


 龍肉で頑張れるらしい。エクスプローラ周辺はメシと酒で釣ればいいのだ。


 帰りがけに星雲は深淵部の素材を解体するためにハギトリアバトワールの笠松に連絡をすることにした。


「笠松さん?ちょっと相談があるのですが時間取れませんか?いや、いつでもいいですよ。今から?別に構いませんが予定とか・・・リスケする?そうですか・・・分かりました。ではちょっと内密なものなので御社に伺っても?はい、ありがとうございます。では30分ほどで伺いますので」


 ハギトリアバトワールのビルにやってきた星雲はとても豪華な応接室に案内される。

 笠松がピシッと決めたオーダースーツでやってきた。


「お待たせしました!」


「・・・この応接室といい、笠松さんの格好といい、なんか随分と気合入っていませんか?私たちバリバリのファストファッションなんですが」


「電話がかかってきた瞬間に分かりました!」


「何が分かったんですか?」


「金と更なる出世の匂いですよ!」


 笠松は星雲たちの持つモノを敏感に察知したらしい。


「金はモチロンそうなんですが、更なる出世ですか?」


「そうです!ネビュラファクトリー様のおかげで弊社の売り上げはこの3年間で爆増!私には契約マージンが爆入り!そして、昇進!あっ、これ新しい名刺です」


 そう言って笠松は丁寧に名刺を渡してくる。


「・・・営業部執行役員?え?笠松さんそんなに偉い人になってたんですか?」


「そうなんです!これも全てはネビュラファクトリー様のおかげ!取締役も夢ではないのです!」


「そこまで昇進したなら我々の担当なんて外れて別の担当者をつけてくれて構わないのですが・・・」


「何をおっしゃいますか!ネビュラファクトリー様は今後私がずっと担当させて頂きます!」


「ありがとうございます」


 笠松の熱気に押されて星雲はそれしか言葉が出てこなかった。


「では、何やら内密な話があると言うことですが?」


 笠松の表情が真剣なものへと変わる。


「まずは内密ではない方から、九頭龍の龍種、500階層の素材が山のようにあります。10万体ほど」


「じゅじゅじゅ10万!?」


「それでですね、二週間後に公開される予定なのですが深淵部という、現在のダンジョンの更に深層に行ってきました。その素材があります。『円卓』なので鎧とローブのモンスターですね。それの解体をお願いしたいのです」


「・・・深淵部ですか。やはり噂は本当だったのですね」


「噂?そんな噂が経つほど派手に動いていたつもりはありませんが・・・」


 動いてましたよ?


「いや、動いてますからね?スパンコールのスーツよりも派手に動いてますからね?IEA上層部は深淵部の話でもちきり、魔法が鍵になるだとか、ネビュラの連中が魔導書を持って帰ってくるとか・・・IEA上層部だけではありません。お二人がダンジョンから帰ってきたと聞いて、X等級はほぼ全員、一部1等級のエクスプローラも噂をかぎつけて今か今かとオークションサイトに齧り付いていますからね?」


 どうやら星雲たちの動きはダダ漏れらしい。


「まぁ隠す気もないですし、変にちょっかいをかけられなければ我々はそれで構いませんが。まさかそこまで話が漏れているなんて思ってもいませんでした」


 笠松は改まった表情で星雲たちに近づき小声になる。


「・・・これもあくまで噂なのですが、どうやらIEA上層部、というか長官自身が話を流しているのだとか」


「えぇ?長官が?確かジレムドとか言う御仁でしたよね?中々に真面目で有能な人物だとよく報道されていますが」


「その真面目で有能なジレムド長官が噂を流すんですよ?そりゃあ何かしら意図があるだろうとそちらももっぱら噂になっています」


「おい、ジレムドとやらはこいつか?」


 今まで黙っていたノアが仮想ディスプレイに壮年の男性を表示させる。


「はいそうですが?ノア、今まで見たことなかったのですか?」


「ワレは今まで家で何をして何を見ていた?」


「ゲームをして、好きなもん食ってグータラしながら人気配信者の動画、ゲーム実況、芸人のオンラインライブ・・・バカがニュースなんか見るわけないですね」


「おい、今ワレをバカと言わなかったか?」


「言ってませんが?」


 言ってます。


「チッ、まぁいい。その通りだ。カサマツ、コイツはどこにいる?」


「そりゃあIEA長官なのですからIEA本部にいるでしょうね」


「そうか・・・星雲、悪いがワレは2、3日帰らん。ネレイド!その間にセイウンがサボらないように毎日シバき倒しておけ!」


『承知しました』


「ではな!」


 バンッとドアを勢いよく閉めてノアが出ていってしまった。


「ノアさん、どうしちゃったんですか?血相変えて出て行きましたが・・・」


「あんなに怒っているノアを見るのは・・・いや、しょっちゅう見てました。どうせノアのことですから放っておいたら帰ってきますよ。それよりも深淵部の素材です」


「あぁ、そうでした。今回は鎧とローブ?でしたね?世界中どこを探しても深淵部の素材など扱った人間なんていませんし、少しサンプルを頂いて職人と相談しながら進めていくことになりますがよろしいですか?」


「構いませんよ。ノアが言うには深淵部の素材は一種の魔道具に近いものになっているらしくてですね。特殊な効果が付与されていることが多いらしいので注意して扱った方が良さそうです」


 笠松の口から涎が垂れる。


「笠松さん、せっかくのオーダースーツに涎がついていますよ・・・」


「おっと失敬。そりゃあまた深淵部というのはとんでもない場所ですね」


「その分強さも尋常じゃないですがね・・・軽い気持ちで行ったら死人を量産しますよ」


「ネビュラファクトリーですら?」


「ノア以外は、です。私は死にかけました。彼女は正真正銘の規格外。私はそこに足を半歩だけ踏み入れた半端者です」


 その言葉を聞いて笠松は恐れ慄く。動画を公開した際に噂になったことだ。

 曰く、朧 星雲は最強のエクスプローラである、と。その人物が死にかけた?一体何の冗談だと星雲をよく知らない人物は言うだろう。だが付き合いがそれなりに長い笠松はそれが事実であるということを理解する。

 笠松がビビり散らかしているとそれを安心させるかのように星雲は穏やかに話す。


「まぁ、深淵部に入ってモンスタートラップを踏み抜いくイケイケスタイルの場合ですよ?」


「じゃあ安心ですね!そんなクレイジーな真似するのはお二人だけですから!」


「ディスってます?」


「いいえ、尊敬しています。凶星スキルに振り回されず自ら状況を切り開く。エクスプローラの鏡のような存在だと、心の底から尊敬してなりません」


 まさかの手放しの賞賛に星雲は照れてしまう。笠松は星雲に惚れているのだ。凶星スキルを持ちながらそれに打ち勝ちものの数年でエクスプローラの頂点へと登り詰めた男に。


「褒めても何もでませんよ?」


「出るじゃないですか。深淵部の素材の独占契約とかねぇ!」


「ハハハッ、それでこそ笠松さんです。では、手数料は9%から下げてくれてもいいんですよ?」


 笠松の目がスッと細くなる。


「いやぁ、それは難しいですねぇ・・・何せ新素材ですから、素材の研究から解体の方法から、コストはむしろ上がりますよぉ?なんならその分を手数料に上乗せしたいくらいですね・・・」


「何をおっしゃいますやら、新素材ですよ?用途は無数に見つかっていくでしょう。その素材を最も多く納入するのが我々ネビュラファクトリーです。1%や2%下げたところでむしろ売上は上がるでしょう?」


 星雲と笠松が睨み合う。


「「・・・ハッハッハ!」」


 その後もあれやこれやと話し合いをしたが結局、現状維持となり話は終わった。

 星雲は深淵部の素材を渡して帰宅する。



 一方その頃ノアはと言うと、普段は絶対に使わない飛翔魔法で太平洋を横断している最中だった。





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