13.酒無量、不及乱

 星雲はホテルのベッドの上でカップ麺を啜っていた。灰皿にはシケモクがこれでもかと詰め込まれている。ホテルに籠って20時間になる。

 アイサッドに金を借り、IEAを後にしてから急いでMDを買い替えて事なきを得た星雲だったが鏡への借金が気になり始め散財できずにいたのだ。なのでオークションが終わり次第すぐに鏡へ返済しようと現在MDとにらめっこしながら待機中なのである。


「あと10分・・・9分・・・8分・・・」


 金額がいくらになるかももちろん気になるが一刻も早く金を返して自由になりたいと言う思いが強く、星雲の精神を削る。


「3分・・・2分!・・・1分!!」


 オークションの終了まで1分を切った。早く!早く!と星雲は吸っていたタバコを押し付ける。ちなみに2分程瞬きをしていない。ドライアイまっしぐらだ。


「30秒!・・・20秒!!・・・10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!ゼロォォォォォォォォォ!」


 オークションが終了し、金額が決定する。ちなみに金融システムも発展しており、ほとんどノータイムで振り込みが実行される。補足だが、エクスプローラ用の口座は殆どが当座預金となっている。

 MDに振込通知が来る。速攻で銀行アプリを開き、鏡の口座へ50億ドルを送金、星雲は残高すら見ていない!

 星雲は完済できた嬉しさのあまり気を失ってしまった。


◇20時頃◇

 星雲は目を覚ます。


「はっ!?あまりの嬉しさに気を失っていました!」


 星雲の意識がはっきりしてくると同時にやってくる達成感。


「よっし!!借金が無くなったぁぁぁ!寿司か!?焼肉か!?フレンチか!?」


 星雲は勢いよく立ち上がり、お祝いに少しだけ贅沢をしようと夕飯を考えながらホテルの外に飛び出す。


「寿司かな!?寿司だな!!寿司にしよう!!!」


 回らない寿司など何年振りに食べるのだろうか、星雲はMDで近くの評判の高い寿司屋を予約し、共用リニアカー(タクシーみたいなもの)に乗る。20分程で目的の店に着いたので運賃の支払いを済ませ速足で寿司屋に突入する。


「あっ、予約していた朧です」


「ど、ど、どうも」


 高級店になぞ行きなれていない星雲は雰囲気に圧倒され先ほどの勢いはどこへやら、カウンターにいる雰囲気バリバリの男性を見て完全に委縮しきっていた。しかし、どうやら評判に違わず良い店だったようで、男性がカウンター越しに星雲へ声をかける。


「お越しになられるのは初めてですね?この店を切り盛りしています、橘です。ご予算などはお決まりで?」


 星雲は優しく話しかけられたので少しだけ緊張がほぐれた表情で気恥ずかしそうに予算を伝える。


「いやぁ、恥ずかしい話、莫大な借金を返し終わりまして。そのお祝いで完璧な勢いで来てしまったのです。なので予算も何も決まっていないんですよ」


 橘なる大将は優しく微笑みながら星雲を肯定してくれる。


「それはおめでたいですな。となると値段は抑えめでいきますかな?これからも入り用でしょうし」


「いえ、エクスプローラなのでそれなりに予算はありますので。そうですねぇ、600ドルでお願いできますか?たった今宝物庫から得た品物がオークションで売れたばかりなのできちんとお支払いは出来ますよ」


「エクスプローラの方でしたか、承知しました。では、始めさせていただきます。お飲み物はどうしましょう?」


「・・・ビールを頂くのは無作法でしょうか?」


「無作法も何も、お客様が美味しければそれで構いません」


 星雲は橘さんに感動していた。これぞダンディ!イケオジ!こんな人物に私はなりたい!


「ではビールをお願いします!」


「承知しました」


 橘は女性の店員さんにオーダーを通して料理を作り出していく。どうやら奥さんらしい、とても綺麗な夫人だ。星雲のテンションはまたぶち上っていた。

 女将さんがビールを持ってきてくれたのでお礼を言ったあと、ビールを流し込もうとした瞬間、MDが激しく鳴り響く。それはエクスプローラ同士が使う緊急通信だった。名前は鏡 健四郎と出ている。何か鏡にあったのかと焦って通話に応答する。


「鏡さん!どうかされましたか!?」


「星雲君!貴様ぁ!今どこにいる!?」


「は?お寿司屋さんですが?」


「住所ォォォォ!」


「ナカザキチョウの橘と言う店ですが・・・」


「あそこか!今から行くから待っていろぉぉぉぉ!!!」


「何があったんです?ずいぶんと怒っていらっしゃいますが」


 星雲の問い掛けには返答もなく通話が切れる。店内に流れる沈黙、星雲はいたたまれなくなり店を出ようとする。


「ご、ご迷惑をおかけしました。私はこれで出ますね、会計をして頂いてよろしいですか?」


「いや、今の健四郎さんでしょう?ずいぶんと怒っていらっしゃった。ここはこの店で待っておいて落ち着かせてから話を聞いた方がよろしいのでは?」


 どうやら鏡と橘は知り合いらしい。


「鏡さんをご存じで?」


「えぇ、よく店をご利用して下さっていますよ。なので、何かあれば私が仲裁に入れますので朧さんはここにいた方がよろしいかと」


 橘の好感度爆上げである。


「た、橘さん・・・あなたは何て素敵な人なんでしょうか」


 感嘆の声をあげ星雲は橘を見上げる。


「よしてください、私はただ寿司を握るだけの不器用な人間です」


 橘さん!もはや感動して声にもならない。


「オルァ!星雲はいるかぁぁぁぁ!?」


 勢いよく扉が開かれ第一声。鏡、ブチギレである。もはや鬼にしか見えない。


「ヒィ!?鏡さん一体どうしたって言うんです!?」


 星雲は鏡の形相に驚きビビり散らかしてしまう。こんな時の橘さんである!どうか!仲裁を!


「・・・私はただ寿司を握るだけの不器用な人間です」


「橘ぁぁぁぁぁ!見捨てましたねぇぇぇ!?」


「・・・私はただ寿司を握るだけの不器用な人間です」


 ニヒルに笑う橘、好感度爆下げである。そんなやり取りをしている間に星雲の元に鏡がやってきて拳骨をくらわす。もちろん全力だ。

 鈍い音が店内に響く、義手側を使わなかったのはせめてもの温情だろうか。


「人の口座に連絡もなく50億ドルも振り込むな!しかもエクスプローラ用口座ではなく普通の銀行口座に振り込む馬鹿がどこにいる!?不正取引疑惑からの口座凍結!銀行と警察からの事情聴取!X等級のエクスプローラだからと言うこととIEAに事情を説明してもらってようやく解放された!この馬鹿が!お前来年30歳だろ!?いい大人がよぉ!それくらい分からなかったのか!?あぁん!?」


 そう、星雲は普通の銀行口座に金を振り込んでいたのである。銀行からするとそんなアホな、である。鏡はX等級のエクスプローラとはいえ銀行のデータ上は少し預金額の多い60歳の男性だ。もちろんエクスプローラということは登録されているのだが基本的に高額な取引が多いエクスプローラは専用の口座間で取引する。なので銀行のAIは不正取引として判断、口座を凍結し、警察に連絡してしまった。

 誰が悪いかって?100%星雲が悪い。事前に鏡に連絡しておくだけでこんなことにはならなかった。ホウレンソウ、とっても大事。ちなみに鏡は別のことでも怒っている。

 星雲はとんでもない迷惑をかけたことに気が付き顔面蒼白である。


「も、申し訳ございません。私の不注意以外の何者でもありません・・・」


「ふん、そうだ。馬鹿モンが!あとなぁ、この金はどうやって稼いだ金だ?」


「・・・ダンジョンで探索して稼いだ金です」


「楽して稼いだ金か?」


 星雲は鏡が何に怒っているのかだんだん分かってきた。この人は優しい人なんだ。


「・・・命をかけて稼いだ金です」


「振込時刻を見るかぎりオークションの金が入ってすぐに振り込んだな?入金額は確認したのか?」


「・・・していません。早く金を返すことに夢中で」


「だろうな、お前の命をベットして稼いだ金をだ。お前は何のために金が必要だった?お前にとってこの金はそんなに軽いものか?」


 そんなはずがない。


「・・・命と同等の価値があるほどの金です」


 そう、スキルを制御するために金が必要だった。生きるためだ。


「お前が一刻も早く金を返したがっていたのは知っている。借していたのは俺だからな。だが、この返し方はどうだ?正しい返し方か?」


 全くもって間違っている。鏡さんは別に土下座して返せなんて恩着せがましく言っているんじゃあない。


「・・・申し訳ございません」


 気がつけば星雲は涙を流していた。


「ふん!馬鹿が!そこらへんのギャンブルで当てたあぶく銭じゃあないんだよ!俺たちは命を全額賭けてエクスプローラやってんだ!それにお前、これから自分の製作所も持ちたいんだろ?その分の試算はやったのか?」


「・・・どうせ足りるに決まっていると見向きもしていませんでした」


 あぁ、なんて私は馬鹿なんだろう。気が付けば私は土下座をしていた。もう一度拳骨を喰らう。なんて痛いのだろう。


「健四郎さん、その辺にしといたらどうです?朧さんも気づいていますよ」


 事態を見守っていた橘が鏡に声をかける。


「・・・ッチ!分かったならもういい。おら!座れ、せっかく旨い寿司屋なんだ!ここを奢ってくれたらチャラにしてやる!座れ!」


「・・・ですが」


「お前が気付いたんならもういいって。怒って悪かった。ホレ、座れ。大将さん、こいつに1番旨いモン出してやってくれ」


「いえ、ありがとうございます。このままだと調子に乗ったまま道を踏み外すところでした」


 星雲はお礼を言う。鏡は照れたのか急に話題を変える。


「どうせだ、お前の死に物狂いで稼いだ金でも肴に呑むとしよう!ほれ、オークションに出した分はいくらになったんだよ?見せろよ」


 星雲も下世話な話に乗ることにした。


「そうですねぇ、私も気になってきました。ちょっと見てみますか」


 星雲はMDを開いてアプリをタップする。


「・・・70億ドル?あれぇ?私やっぱりまだ鏡さんにお金返してなかったみたいですね?ちょっと待っててください。もう一度振り込みますから」


 星雲は再びバカになった!


「あほぅ!やめろ!もうきっちり返しているから!まぁ宝物庫2つ分だからそんなモンだろうなぁ」


「本当に言っていますか?私がダンジョンにいたの半月だけですよ?」


「あのなぁ、宝物庫はそんなホイホイ見つかるもんじゃあないんだ。大体が隠蔽されて見つからないようになってる。宝物庫に出会うことなく引退していくエクスプローラなんてごまんといるんだぞ?しかも深層で安全マージンをとりながら隅々まで探索できるエクスプローラなんて上澄の数%だけだ。ついでにそう言う奴らは大概大手の事務所を立ち上げたりしているから全部自分の懐に入るわけじゃない。だからそんなモンなんだよ」


「・・・まだモンスターの肉や素材、魔石が一万体分残っているんですが」


「深層の魔石となりゃあ5cmは超えるからな、今日の単価で大体1個1000ドルくらいか?だからミニマムでも1000万ドルだな、魔石だけで。そこから素材、肉となると・・・」


「も、も、もういいです!怖くなってきました!一体魔石だけで私の義肢装具士時代の年収70年分超えてくるなんて、考えたくもありません!今までやってきたことがアホらしくなりますよ!」


「一万体なんて数は大手事務所が半年かけて狩る量だぞ?狂ってるのはお前だ、安心しろ」


「あっ、それ解体業者さんからも言われましたね」


「そんだけ馬鹿なことをしてたんだよお前は」


 星雲は誓った、ノアを叩き起こして殺そうと。

 そんなことを思っている間に星雲の前に豪華なボトルがドンと置かれる。置いた主は橘だ。


「・・・橘さん、これは?」


「いえ、なにちょっとした祝い酒ですよ?安心して下さい、たかが1世紀程熟成されたコニャックです」


「お前ぇ!さっきは見捨てた癖にこれみよがしに400万ドル越えの代物サラッと出しやがったなぁ!?」


「フッフッフ、何のことだか分かりませんね?おや?手が勝手に」


「封を切ろうとするなぁ!絶対に飲みませんよ!そんなもの!」


「飲まないんですか?」


「飲まんのか?」


「飲みませんの?」


 上から橘、鏡、橘夫人である。ちなみに周りにいた客たちも物欲しそうに星雲を見ている。


「ぐぬぬ!チクショウ!いったらぁ!おらぁ!ここにいる全員で乾杯じゃあ!」


「「「「フゥー↑↑↑↑↑」」」」


 そこから先の記憶は星雲にはない。翌日口座からはしっかりと飲み食いした分が引かれていてまた吐きそうになったがミリオンダラーを吐くわけにはいかないと気合いで押し戻した。

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