10.牛驥同皁

 100階層、星雲がずっと目指していた場所だ。X等級No.4ダンジョン通称『金山彦の部屋』に飛ばされてから約400時間、半月と少し経っている。星雲はすでに時間間隔が馬鹿になっているので長かったとしか思っていない。


「これがポータルですか。で、こっちがボス部屋と・・・ボスかぁどんなものか気になりますが脱出が優先です。また来ればいいわけですしさっさと帰りましょう」


 星雲は武器防具を念のため虚実の空間に入れてから渦巻状になっているポータルに手を触れる。脳内に帰還しますか?という声が響くのでハイと答える。すると星雲は光に包まれていった。


「うっ・・・ここは?」


 星雲はベッドに寝かされていた、拘束具に巻かれて。どうやら病室のようだ。


「なんだ!?動けない!?クソッ!誰か!誰かいませんか!?これを外してください!」


 扉が勢いよく開かれる。


「星雲君!目が覚めたか!」


 現れたのは星雲を最後まで心配してくれていた鏡だった。


「鏡さん・・・良かった、知っている人が来てくれて。ここはどこなんですか?」


「ここか?No.4ダンジョンの近くにあるエクスプローラ専門の病院だよ。君はダンジョンのポータルから出てきて直ぐに気を失ってしまってな、IEAの職員が捕まえようとしていたのを抑えてこっちに連れ込んだんだ。ただ、暴走する可能性もあったんでな?拘束具はそういうことだ」


「あぁ、また助けて頂いたんですね。なんとお礼を言っていいのやら・・・でもなぜNo.4ダンジョンにいると分かったんですか?」


 鏡は目に涙を浮かべながら首を振る。


「気にするな。星付き同士は惹かれ合うんだよ。長年の付き合いで星雲君の気配は覚えていたからな。大体の場所は分かっていた。それよりもIEAの連中びっくりしていたぞ!星雲君のことをKIAで死亡届だしてやがったからな!馬鹿な奴らだ、ハッハッハ!・・・それよりもスキル制御できたんだな!凄いことだぞ!紋章も消えているじゃないか!」


「えぇ、私死亡扱いになっているんですか?・・・あぁ、スキルの制御は完璧ですよそれに『木星』まで手に入れましてね。IEAには騙されましたが今では感謝するほどですよ!」


「そう、そこだよ。IEAの連中をとっちめたらアイツら最初から星雲君のことを殺すつもりだったらしいじゃねぇか!主導した奴はぶち殺しておいたから安心しろ!」


「えぇ~、殺したんですか?」


 星雲は過激なご老人に引き気味である。


「10人程な、まぁそんなこと気にするな!それよりもこれからの話だ」


「私のせいで10人死んでいたら気にするんですが・・・これからの話とは?」


「目が覚めたらIEAから事情聴取があるんだよ。あぁ、俺の知り合いだから安心しろ。悪いようにはされない、俺も同席するしな!ただなぁ、非常に申し訳ない事なんだが死亡届が出ていたって言っただろう?君の家がなぁ、あいつが買い取りやがってなぁ」


「え?私の家なくなったんですか?あいつとは?」


「あいつだよ、元常務の現社長のアイツ。会社の隣にあった家を土地ごと買い取って会社の拡張工事を一昨日から始めたところだ。社名も変えていたぞ。確かナカムラ製作所だったな」


「あぁ~、あいつですか。これ幸いとぶち壊したんでしょうねぇ・・・まぁ、済んだことはどうでもいいです。私も色々とありましたから未来の話をしましょう」


 鏡はあっさりとした星雲の態度に驚きながらも優しく笑い、ダンジョンの中で何があったのか聞いてきた。するとタイミングが良いのか悪いのか星雲の病室に来訪者が現れる。

 大柄でワイルドなアフリカ系の男と緑の目が特徴的なビジネススーツを着た女性だった。


「・・・朧 星雲だな?」


 挨拶をするでもなくいきなり名前を聞いてくる女性に星雲は若干イラつくが冷静に返答をする。


「はい、そうです。あなた達はどちら様ですか?あぁ、どうせ私を殺そうとしたクソなIEAの職員でしょう?性悪な感じが顔に滲み出ていますよ」


 軽く星雲は相手を煽ってみる。すると過剰に反応したのは女性の方だった。


「貴様ぁ!凶星スキルの忌まわしい人間が舐めた態度をとっているんじゃない!こちらはいつでもお前を殺せるんだぞ!今の状況が分かっているのか!?お前を拘束しているのはアンチスキルの1等級だ!スキルも使えないお前なんぞ今ここで撃ち殺してやる!」


 煽り耐性の無い人だなぁと思いながら星雲は拘束具を引きちぎって瞬時に立ち上がり虚実の空間から星霊の剣を取り出して女性の首元に少しだけ食い込ませる。女性の方は驚いて目を大きく開け口をパクパクさせている。


「こんなちんけなモノで私を拘束できるとでも思ったんですか?私は海王星だけではありません。木星スキルも保持していますし、しかも完璧に制御しているんですよ?舐めて貰っちゃあ困ります。それに深層の50階層から100階層までモンスターもそれはもうたくさん倒してきました。貴方たちが想像もできない程にね。そんじょそこらのエクスプローラなんぞには負けません。それでどうするんでしたっけ?私を殺す?ハッハァ!可笑しいですねぇ!この状況で指一本でも動かせるならやってみなさい」


 星雲は首筋の紋章を見せて、さらに少しだけ剣に力を込める。女性は怯えて震えだした。面倒くさくなってきたので本当に首を飛ばそうかと星雲が思ったその時、男が口を開く。


「俺の部下が失礼をした。申し訳ない、それに本当に木星スキルを獲得しているようだな。凶星スキルと吉星スキルを両方保持し、両方制御下に置くとは。歴史上はじめてじゃあないか?なぁ?健四郎さん」


「ハッハッハ!多分そうだろうな!アイサッドよ、これでMDの記録が本当だと分かっただろ?」


 鏡とアイサッドと呼ばれる男は知り合いらしい。ゲラゲラとお互い笑い合っている。


「鏡さんとアイサッドさん?は知り合いなんですか?」


「あぁ、コイツは星付きにも理解がある側の人間だ。そいつは知らん顔だな!」


「じゃあ、うるさそうですし殺っときますか?」


「ヒィッ!申し訳ございません!アイサッド部長に挑発しろと言われまして勘弁してください!」


 女性はなるべく首を動かさず器用に謝罪をしてくる。アイサッドは笑いながら星雲を止めてくる。


「いやぁ、申し訳ない。ちょっと突いてみてくれと頼んだのは私なんだ。勘弁してやってくれ。この通りだ」


 アイサッドは頭を下げて謝罪する。


「まぁ、どっちでもいいですけど。これからエクスプローラをやっていくうえで問題を起こしたくもありませんしね」


 星雲は剣を虚実の空間にしまって女性を解放する。


「おや?エクスプローラを続けるのかい?てっきり恨まれているしむしろ全面戦争になることすら覚悟していたんだが」


「続けますとも、恨みが無いわけではありませんが結果として私は生きていますので。むしろ木星スキルまで取得させてくれるなんてIEAはアホなのかと呆れたくらいですよ」


「そう、そこだ。バーレンの話によるとトラップルームに確かに飛ばしたと聞いた。その辺を詳しく聞くために出向いたんだ。どういった経緯でスキルを得たのか?どうやって素人の君が100階層まで探索して帰還できたのか?」


「まぁ、ちょうど鏡さんに説明するつもりでしたのでついでに聞いていっていかれてはどうですか?少し長くなりますが」


「ぜひ頼む」


 星雲はところどころ掻い摘んで経緯を話す。ノアのことは話さなかった。星雲がどれだけ素人でも異世界人、それもダンジョンの元凶のブレーン156の人間なぞまともに扱われる訳がないということくらい分かる。


 1時間ほど話しただろうか、というわけで私は無事に生還したのでした、ちゃんちゃん、と話を締める。


「なるほどな、それは壮絶な半月だったな。星雲君、よく頑張ったなぁ」


 鏡は泣きながら星雲を抱きしめる。


「キモチワルイのでやめて下さい。それに聞いていましたか?別に悪いことばかりではありませんでしたよ。宝物庫なんて2か所も見つけたんですよ!いったいいくらになるのか今から楽しみで仕方がないんですから!」


 ここでアイサッドが会話に加わってくる。


「そうだった、そうだった!是非ウチに卸して欲しいな!」


 星雲は少し渋るように様子を見る。


「私を殺そうとしたIEAにですかぁ?いやぁ、どうしましょうねぇ?代金踏み倒されたりしないかなぁ?直接企業に売った方が売却益がいいらしいしなぁ?」


「もっちろん!色は付けさせてもらうさ!さすがに直販までは無理だがね!それにIEAに卸すメリットはあるぞぉ?なんと直ぐに1等級のライセンスも発行しちゃうんだなぁこれが!それに工作機器や武具などオークションにかける場合は手数料を売上の5%まで下げようじゃあないか!」


 案外アイサッドもノリノリのようで話が進んでいく。1等級になるメリットは莫大だ。まずは税率のダウン、銀行などから融資を受ける場合無条件で受けられる、住宅審査やクレジットカードの審査も秒で終わる。


「1等級ですか!それはいいですねぇ!よし、売った!あ、あとモンスターの解体業者も紹介してください。ほとんど解体できていないので」


「話を聞く限り大量に倒したんだろう?どれくらいの量なんだい?」


「1万とちょっとです」


「は?」


 アイサッドがきょとんとする。星雲はお構いなしに話を続ける。


「ですから1万とちょっとですよ。なので大規模の業者を紹介してくれるか複数の業者を紹介して下さい」


「・・・君の魔力量もさもありなんか。本来ならX等級にでもすぐなれるほどの魔力量なのも納得がいったよ。では、IEAと業務提携しているぎょ「どうして普通に話を進めているんですか!?」・・・チカ、どうした?」


 緑の目をした女性はチカというらしい。


「あなたは両脚を切り落とされた挙句IEAに殺されかけたんですよ!?それに部長だって殺そうとした側の人間じゃないですか!敵同士でしょう!?なんでその二人が和気あいあいと話を進めているんですか!?」


 アイサッドは困ったように頭を掻く。どう説明したものかと考えていたが星雲が口を開く。


「あのですねぇ、そんなことは私達も理解した上で話をしているんですよ。私に限って言えば凶星スキルを持っていて冷遇されるどころか優遇してくれるってあなたの上司は仰っているんです。恨みつらみの話で飯が食えるのは芸人か動画配信者くらいです。我々は働かなければご飯が食べられません、それが現実です。別に私だって恨みがあるわけじゃあありませんよ?だからと言ってそれに囚われてずっとネチネチ愚痴っていろとでも?私はそんな時間を浪費できるほど暇じゃあありません。時間は有限です、可逆性もありません。であれば前を向いて未来の話をする方が生産的じゃあありませんか?」


 チカは唇をぎゅっと噛み、涙を堪えている。何か事情でもあるのだろうかと星雲が思っているとアイサッドが話を始める。


「チカはなぁ、お前が死んだあとの海王星スキルホルダーになる予定の人物だったんだよ」


 星雲は驚く。そういえば両脚を切られた時に・・・名前が思い出せない、アイツが候補者の選定は終わっているとか言っていたような気がする。


「そうなのですか?」


「あぁ、それでまぁ、IEAにずっと監視をつけられていたんだよ。学校にいる時も、エクスプローラになったあとも、ずっとな。それで俺が直接監視するからってことで引き取ったんだ」


「あぁ、そういう事情ですか。チカさんでしたか?では、良かったですね。私が死なない限り海王星は移りませんよ・・・ついでにこれもあげておきます」


 星雲は虚実の空間から4つの宝珠をチカに渡そうとする。


「・・・これは?」


「私が宝物庫で見つけたアンチスキルです、最高等級の。もし私が死んでもそれで120年は持つはずですから自由に生きて下さい」


 アイサッドが星雲に問いかける。


「・・・いいのか?」


「いいのです、私にはもう必要ありませんからね。私は自由の身でしょう?」


「あぁ、もちろん。堕天が確認出来ない以上、君を拘束できる理由がない。だが、最高等級のアンチスキルなんて売れば一財産どころじゃ・・・」


「いいんです!私が見つけたものは私がどう使おうが勝手です!ほら、受け取ってください!おじさんに恥をかかせないで!」


 星雲はチカに宝珠をグイっと押し付け無理矢理渡す。


「・・・私は普通に生きていいんでしょうか?」


「いいに決まっているでしょう!あなたは凶星スキルを持っていないんですよ?IEAの職員だろうがエクスプローラだろうが続けるのはあなたの自由です。海王星スキルは私が死ぬときに共に墓までもっていきます。幸いスキルに超詳しい知り合いがいるものでね!だから安心してください・・・あなたの怯える気持ちは100%理解が出来なくても共感はできます。なにせ凶星スキルと29年一緒に生きてきたんですよ?」


 チカは気づけば涙を流していた。


「ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」


「・・・はい、お礼は受け取りました。だから涙を拭いて下さい!おじさんが若い女性を泣かすなんてパワハラじゃないですか!ホレ!ホレ!」


「フフッ・・・分かりました。ありがとうございます!」


 アイサッドと鏡は2人で目を合わせて笑い合っている。


「ジジイども!ニヤニヤしないで下さい!話を戻しますよ!」


 アイザックは一通り笑い終えてから話の続きを始める。


「あぁ、すまない。ええっと、そうだモンスターの解体業者の話だったな。IEAと業務提携している業者があるから手配できるようにしておこう。配送するか直接持っていくかしてくれたら優先的に処理させよう。なにせ深層の素材だからな、需要はいくらでもある。あとは何かあるかね?」


「寝るところが必要なのでとりあえずホテルかマンスリーマンションを借りられるだけの分を今すぐ売ってしまいたいんですが。恥ずかしながら私今、無一文でして」


「あぁ、そうだった。健四郎から聞いているよ。病院前に配送ボットを手配してあるから詰められるだけ詰めてくれれば1時間ほどで査定して振り込むようにしておこう」


 現代は配送・交通システムが発達しており同区画内ならば超短時間での配送が可能になっている。


「おぉ!それは助かります!では、話が終わり次第行ってきます。ところで私はいつまで病院に?」


「今から検査して、問題なければ明日退院かな?後はそうだな・・・ライセンスはMDに送っておくし、君の空間内に者のことは私だけに留めておくから身分証など色々用意したまえ。何ならこちらで用意してもいいが?」


「・・・さて、何のことでしょうね?」


 アイサッドは笑いながら首を振る。


「残念ながら私には見えてしまうんだよ。スキルのおかげでね」


「・・・はぁ、また星付きですか。星付きは惹かれ合うんでしたっけ?」


「まぁ、そういうことだ。で、どうする?」


「お願いします。名前はノア・ハルチャンド、生まれは第1地区とでもしておいてください。生年月日は20代に見えるなら何歳でもいいです。顔写真は・・・っとこれでいいですか?」


 ノアの首から上を出して端末を借りて撮影する。チカはギョッと目を見開くが口を出してこない。鏡も存在を感じていたようでそこまで驚いてはいなかった。


「うむ、ではIDはIEAに帰った後に用意するから星雲が退院するまでに用意できるさ。後日でもいいので話を聞かせてもらおうか」


「私は知りません。連絡先を用意したら報告するので後で本人に聞いてください」


「そうさせてもらおう、では私はそろそろ行くとしよう!これから愉快なことになりそうだ!チカ、ではお暇しようか!ガッハッハァ!」


「は、はい!失礼します!星雲さん!本当にありがとうございます!」


「はぁい、では気楽に生きて下さいねー」


 アイサッドはチカに向けて話しかける。


「チカよ、まぁ完全に自由とはいかないがかなり負担は減るだろう。これからどうしたい?」


「・・・IEAで働き続けても良いですか?」


「構わないよ、俺もチカが手伝ってくれるようになってからとても助かっているからな!シゴデキは大歓迎だ!」


「ありがとうございます!」


「よし、じゃあチカの進路も決まったところで言っておくぞ?星雲から目を離すな」


 アイサッドは真剣な表情でチカを見つめている。


「そ、それはどういう意味でしょうか?」


「新たな英雄かもしくは大罪人の誕生だよ、私や他の星付きなんぞすぐに追い越されてしまうぞ。このダンジョンが飽和した時代に2つの星を持った男が現れる。しかも海王星と木星はどちらも拡張や無限を示す、良い方向にも膨らんでいくが悪い方向にも無限に膨らんでいくこともある。だから、目を離すな。私も常に見張っている」


「・・・部長は悪い方向に物事が進むとお思いですか?」


「分からん、だが最悪を想定しておく必要はある・・・なに、安心したまえ!私は星雲を気に入ってしまった。奴が孤独にならない限り最悪は起こらないと思うぞ!」


「私も星雲さんのことは好きです。素敵な贈り物も頂いてしまいましたし・・・」


「なんだぁ?惚れたのかぁ?」


「セクハラですね!分かりました!ハラスメント委員会に報告しておきます!では!」


「待ってください!冗談です!クビになりたくありません!」


 2人は病院を後にしていく。英雄か大罪人か判断がつくのはまだ先の話。

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