9.財布の紐は首に掛けるより心に掛けよ

始業前ギリギリ更新!


 4時間後、木星スキルを全開にした星雲がノアを起こす。


「ノア!起きて下さい!宝物庫を探しますよ!」


「いや、お前の訓練が優先だからな?」


 星雲はやる気満々だ。


「残り6532体でしょう!?そんなものモンスタートラップに入って一回1000体×7セットで直ぐに倒せますよ!」


「お前、モンスタートラップは避けていたじゃないか。あんなに一気に大量にモンスターは倒せましぇぇんって泣いていたじゃないか」


「泣いていませんよ!全く、とにかく行きますよ!」


 星雲は恥ずかしくなったのかそっぽを向きながらテントを出ていく。

 星雲は96階層に進み初のモンスタートラップに挑んでいた。ちなみに自ら進んでモンスタートラップに足を踏み入れていく人間なぞ戦闘狂だけだ。


「初のモンスタートラップですねぇ。ワクワクしますよ」


 星雲は口角をあげ半眼になっていた。


「お前、涎が垂れているぞ。そんな表情していると完全に悪役だからな?あと、言っとくが広範囲攻撃は乱発するなよ?魔力は効率良く使うんだぞ?いいな?おい、聞いているのか!?おいぃ!」


 聞いてない。星雲はモンスタートラップの部屋に入り込み、スキルを発動する。

 —閉塞而成冬そらさむくふゆとなる—海王星の広範囲攻撃、星雲の前方に霜が立ち込め部屋に満たされる。部屋の空気が一気に下り、霜に触れたものは氷点下220度に晒されて瞬時に凍りつく。


「ふぅ、とりあえず千体終わりましたね!痛ぁい!」


 星雲の頭に岩の柱が猛スピードで当たる。


「おまぇぇ!やっぱり聞いてなかっただろう!?これでは訓練にならないじゃないか!」


「いや!新しい技でしたよ!?それにモンスターの形も残ってますし!」


「氷漬けで解体どーするんだよ!」


「・・・あっ」


「あっ、じゃないわ!阿呆が!これでは溶けるまで魔石すら採れないじゃないか!」


「た、確かIEAで解体作業を代理でやってくれる業者を紹介してくれるサービスがあったはずですから!そこに頼みましょう!ほら、今までのモンスターだって全部解体していたらどれだけ時間がかかるかわかりませんし!」


 ノアは盛大にため息を吐く。


「ハァ〜、ッチ!もういい、次はちゃんと倒せよ?」


「ハイッ!」


 星雲たちはモンスターを倒しながら97階層へと到達、モンスタートラップを見つけると躊躇もせずに入っていく。余談だが深層97階層のモンスタートラップなぞに入れるのは1等級でも半々で死ぬ。星雲はすでに1等級上位、X等級に手をかけるところまで実力を伸ばしていることになる。


「無差別攻撃は使うなと言うことですし剣とスキルの併用でいきますかね」


 星雲は魔力で強化した体で部屋の中央へ跳躍、周りにいたモンスターを横薙ぎで一閃し、新たに開発した技を放つ。

 ―斬死之氷晶ざんしのひょうしょう—星雲は殺傷を込めた氷の結晶を6枚出現させる。高速回転がかかった氷晶は放射状に放たれる。

 進路上にいたモンスターは切り裂かれて倒れていき、六方に進路が出来ることになる。星雲は前方に出来た進路に突撃、新たに技を繰り出す。

 —麋角之太刀さわしかのたち—星霊の剣が青白く光り、表面が氷の結晶で覆われて氷の刀身が伸びていく。星雲は進路を埋めようとするモンスターを切り伏せていく。切られた箇所は氷に覆われ再生持ちのモンスターでさえ一刀の元、倒れていく。

 2度ほど同じように繰り返しているうちに星雲の脳内でドーパミンが大量発生する。愉しくなってきた星雲はケタケタと笑いながら氷で竜を作り出す。

 ―水天之竜すいてんのりゅう―20mにも及ぶ氷の竜は辺りかまわずモンスターを千切っていく。ノアは呆れ顔だ。


「また、無駄な魔力消費をして・・・もう止めても無駄だな、アレは。魔力量もそれなりに増えてきたし放っておくか。想像力豊かでよろしいと言っておこう・・・ハァ」


 20分程でモンスターは全滅することになる。


「あ゛ー、楽しかったぁ」


「あ゛ー、じゃないわ、阿呆が」


「どうでした?あの竜、ノアの龍召喚を参考にしてみたんですが」


「魔力の無駄遣い、と言いたいところだがな。アレは殆どが自立制御だろう?」


「そうです、霊性で仮初の魂をぶち込んでノアと私以外は全て敵として設定して、後は自由に暴れさせました」


「それなら、まあいいんじゃないか?及第点と言ったところかな?竜にする必要はなかったと思うが、その辺はもう知らんので好きにしてくれ」


「あれ?なんか冷たくありません?」


「そんなことない。ホレ、木星スキルで幸運を最大に発現させておけよ。宝物庫を探しに行くぞ」


「やっぱり冷たいですよね?」


「イクゾー」


 ノアはモンスター部屋をさっさと出ていく。




 7時間後、98階層にいた星雲とノアは崖を見上げていた。


「うむ、確かに魔力が溢れだしているな」


「そうでしょう?私の幸運にも反応しています、ということで行きますか」


 星雲は崖に手をかけて登ろうとする。


「おい、崖登りをするなんて時間の無駄だ。特別に彼女に乗ってもいいぞ」


 ノアが彼女と言うのはスキル龍召喚で顕現させた1体の龍だった。


「おぉ!ありがとうございます!・・・って、なんかものすごい睨まれているんですけど」


「・・・気のせいだ」


「気のせいじゃないです!今頭噛まれていますよ!」


「・・・じゃれているだけだ」


「甘噛み的な!?そんなわけないですよね!?血ぃ出てますってばぁ!」


「ッチ!セウインは細かいことを気にしすぎなんだよ。ホレ、ハリーちゃん。こんな奴よりこっちの魔石を食べなさい」


「ガウ」


 ハリーちゃんと呼ばれた龍はノアが出した魔石を嚙み砕きながらニコニコ笑う。


「マジで腹減ってたじゃないですか。危うく殺されるところだったじゃあないですか」


「ワレの龍はむやみやたらにそんなことせん!それよりさっさと乗れ!」


「全く・・・ハイハイ、分かりましたよ」


 星雲はハリーちゃんと呼ばれる龍の背に飛び乗る。ハリーちゃんは翼を大きく広げどんどんと上昇していく。


「おぉ!これは凄いですね!龍の背中に乗れるなんてそうそう出来る体験じゃありませんよ!」


「まぁな、ダンジョンの外で大空を羽ばたくのは格別だぞ!今度案内してやろう!」


「いや、外でこんなイカツイ「お゛ぉん?」・・・可愛らしい龍を出したら捕まりますからね?」


「そうなのか?まぁバレなければ問題ないだろう!それよりもそろそろ到着するぞ」


 2人は崖の上に到着してハリーちゃんから降りる。


「ありがとうな、ハリーちゃん。また呼ぶからその時はいっぱい遊ぼうな」


「ガウ!」


「ありがとうございました、ハリーちゃん」


「オ゛ォん!?」


「やっぱり嫌われていますよね!?なんでぇ!?」


「まぁ、いいじゃあないか。それよりも早く宝物庫に行くぞ」


 星雲はモヤモヤした気持ちを抑えながらノアに同意する。


「そうですね・・・気持ちを切り替えていきましょうか!いざ行かん!お宝の元へ!」


 崖の上は洞窟だった。2人はどんどんと奥に向かいながら10分程進むと行き止まりになったしまった。


「・・・行き止まりですね」


「そうだな」


「壊しますか?」


「やれるもんならやってみろ」


「やってやりましょうとも」


 星雲は意気揚々と壁を全力で殴る。壁はびくともせず、星雲の腕に衝撃を伝えただけだ。ちなみに義肢を直結術で繋げる場合は痛覚や触覚まで再現することができる。そのため壁を殴った衝撃は星雲にダイレクトに伝わる。


「いっっっったぁぃい!」


 ノアは星雲が飛び跳ねるのをみて馬鹿笑いする。


「ギャハハハハハ!馬鹿だなぁ、ヒッヒッヒッヒッヒ・・・あぁ~お腹痛い。笑わせてもらったわ」


「そんなに笑うならノアがやってみて下さいよ!」


「おっ?いいのか?」


「いいですよ、さっさとやって下さい。どうせノアのいた宝物庫のように仕掛けがあるんでしょう?」


 ノアはしばらく壁を見つめて何か分かったのか頷きながら壁に右手を当てる。

 どうやって開けるのかと星雲は見守っていたがノアからありえないほどの魔力が発せられる。その魔力は右手に集約されて壁に一気に放たれる。

 轟音が周囲に響き、壁がガラガラと崩れ落ちていく。


「・・・まさかのパワープレイ」


「まぁな、この壁は単純に分厚く頑丈なだけ。要はセイウンの威力不足だな」


「そんなぁ」


「まぁ経験の差だな!お前もやろうと思えば出来る、やり方を理解していないだけだ」


「今度教えて下さい」


「魔力がもっと増えたら教えてやろう。ほら、さっさと中に入るぞお宝の山だ!」


 ノアは飛び跳ねながら宝物庫へと入っていく。星雲もトボトボと後に続くが数秒後にテンションが上振れすることになる。


「こ、これは・・・」


「うむ、まぁ100階層付近の宝物庫だからな!それなりにいいものが揃っているな!」


 2人の目に入るのはノアがいた宝物庫を3倍ほどにした量の鉱石、魔道具の山だった。2人は欲に塗れた目で物色を始める。


「おぉ!ミスリルがこんなに大量に!それにヴィクターも少量だがあるぞ!それに金やプラチナのインゴット、ブレーン156の宝石も大量だ!おっ!この剣はいいな!しばらくコイツを使おう!」


「こっちは半導体製造装置のハンド君ですよ!オペオペちゃんが2台もあります!あぁ!それにコンゴー君の超精密Ver.があります!一度使ってみたかったんですよぉ!・・・これは」


「ん?セイウンどうしたんだ?」


 複雑な顔をした星雲にノアは問いかける。


「いやぁ、特級のアンチスキルを見つけまして。それも4個ほど」


 それはエクスプローラになる前に星雲が必要としていた個数である。


「あぁ、もういらないからな。でもまぁ、一応持っておいたらどうだ?脱出したらどうせ事情聴取やら何やらあるんだろう?」


「あるでしょうねぇ」


「まぁ、なるようになるさ!それよりも星雲!片っ端から収納していけ!塵一つ残すなよ!」


「分かりました!」


 気を取り直して星雲は虚実の空間を広げてどんどん放り込んでいく。


「いやぁ、大量大量!こりゃあ外に出てから換金が楽しみだな!」


「そうですねぇ、売ったお金で開業資金どころか豪遊できるお金まで、これでもかと手に入りそうですよ!工作機器は全て魔道具で賄えるでしょうし!これは楽しみですね!」


「そうだな!ワレ専用の研究室も作ってくれよ!」


「任してくださいよ!ノア!明日には脱出しましょう!あと二千と少しですよね?2度ほどモンスタートラップに入ってあとはさっさと100階層に行ってしまいましょう!」


「おぉ!そうしよう!お前の訓練なぞ後からでも出来るしな」


 2人ともブレブレである。欲に目が眩んでいるので仕方がないが。


「ということでさっさと寝ましょう!」


「そうだな!おやすみ!」


 2人はそそくさとテントの中に入り寝ることにした。

 2人は欲に塗れた夢を見ながらぐっすりと眠るのだった。



 星雲は現在99階層にある最後のモンスタートラップに踏み込んでいた。モンスターの討伐数はすでに1万を超えているが最期の仕上げとしてノアに叩きこまれたのだ。星雲はもちろん乗り気ではないのでさっさと終わらせるつもりだ。

 ―垂氷之太刀たるひのたち―星雲は横薙ぎ一閃、剣閃から氷刃が前方に放たれる。


「お前ぇ!手を抜いたなぁ!」


「あたりまえでしょうが!ノアが言った一万なんてとうに倒しているのに!私はもうダンジョンから出たいんですよ!家に帰って、熱い風呂に入って、白米を食べて、ゆっくり寝たいんです!それに先ほどの技は剣もスキルも両方使いました!文句は言わせません!ノアだってコッチの世界が見てみたいって散々言ってるじゃないですか!もう出たいんです!もーやーなーのー」


「子供か!全く!・・・まぁいい。もうそろそろダンジョンにも飽きてきたしな、出るか」


「イヤッホォぃぃぃぃぃぃぃ!・・・あれ?そういえばノア」


 何事かとノアは首を傾げる。


「ん?どうした?」


「いや、気になったんですがね?ダンジョンから出た時なんですが、ノアのことをなんと説明しましょうか?」


「んん〜?説明?」


「いや、あなた異世界人でしょう?それに体は人の皮をかぶっていますがキメラそのもの。外に出たらパニック必至ですよ」


 どうしたものかと星雲は考える。ノアもどうしようかとしばらく悩んでいたが何か思いついたようだ。


「ヨシ!ワレは一旦存在を消すことにする!」


「へ?どうやるんですか?」


「こうやる」


 そう言っておもむろに胸に手を突っ込む。星雲は焦って止めようとするがノアの手は深々と胸に突き刺さっている。


「ノアッ!何やっているんですか!」


「お前と出会った時のように魂を結晶化している」


「そんなこと出来るんですか?」


「それが出来るんだなぁ」


 星雲が待つことしばし、ノアは準備が終わったようで手を胸から出す。すると体は糸が切れた人形のように崩れる。


「大丈夫ですか!?」


 ―大丈夫だ!これでお前の虚実の空間に入れておいてくれ。一応モノ扱いなのでイケるはずだ!あっ、体も忘れるなよ!―


「はぁ、ちゃんと説明してからにしてくださいよ。でもまぁ、分かりました。じゃああと数時間ほどで100階層に着くと思いますのでゆっくりしておいてください。家に着いたら出してあげますから」


 ―うむ!任せた!ではな!―


 ノアの魂の結晶と体は星雲の虚実の空間に沈んでいく。



「・・・少しだけ、本当に少しだけ1人は寂しい気がしますね」


 このときノアにかなり助けられていたことを星雲は理解した。恐らく1人だけではここまで強くなっていなかっただろう。スキルを抑えることも出来なかったに違いない。


「地上に帰ったら高級料理でもご馳走してあげましょうかね」


 そう言って星雲は歩き始める。


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