8.不弧有隣 その2

 星雲の特訓は3日目に突入している。もはや何体目か分からないモンスターと対峙していた。ちなみに現在の討伐数は2851体目だ。特訓は実に順調に進んでいた。星雲は最早楽しくなってすらいる。


「ハッハァー!まだまだぁ!」


 殺傷を乗せた氷の礫をモンスターにぶつける。するとモンスターは穴だらけになり崩れ落ちる。


「次ィ!」


 今いるのは89階層だ。宝物庫の品物を全て収納させられいきなり始まった特訓、1日千体という目標は無謀だと星雲は思っていたのだ。24時間で千体もモンスターを倒せるわけがないと。ところがノアの言っていた1日は24時間では無かった。千体倒したら1日が終了するという意味だったのだ。

 それが終わるとノアが結界を張り、無理矢理セーフティエリアを作り模擬戦を開始してぼろ負けする。体が動かなくなったところに無理矢理ご飯を流し込まれる。そして気絶して眠る。星雲は気が付いていないが6日経っていた。


「はい、お疲れ。今ので3000体だったな!ヨシ!次は模擬戦だな!そろそろスキルを制御下において紋章を抑えることを覚えろよ!」


 星雲は現在、模擬戦をしながらスキルの制御下において紋章を抑える訓練をしている。ノア曰く紋章のコントロールが出来てスタートラインらしい。紋章はスキルが常に稼働状態で魔力の無駄遣いだそうだ。これは星雲にとっても良い話だった。髪の色は変わってしまっているが紋章を消すことが出来ればIEAに堕天したと思われなくて済む可能性は高い。まぁ、最悪強行突破するつもりでいるのであまり気にはしていないが。


「死ねぇ!」


「これくらいじゃ死なん!」


 先ほどまでモンスターに通っていた攻撃もノアには不通、異世界人はスキルへの理解も深く、魔力も豊富で運用も巧い。


「あひゃん!」


 星雲が脳天を殴打される。


「情けない声をだすなよ。まぁ大分動けるようになってきたな。ではご飯を食べて寝るぞ!」


「・・・」


 星雲は喋る元気もない。そして飯を流し込まれる。


「は、吐きそうです・・・」


「吐くなよ!ゼッタイ吐くなよ!」


「・・・フリですか?オエッ!」


「やめろよ!マジで吐くなよ!残さず食え!そして寝ろ!」


 ベッドに蹴られて星雲は倒れこむ。


「はぁ・・・疲れた、寝よう」


 言ったそばから星雲の意識は夢の彼方へ飛んでいく。


「・・・寝たか、いやぁセイウンの成長率はとんでもないな・・・さすが二つも星付きを得られる魂の持ち主だ」


 ◇翌日(というか5時間後)◇


「ホレ、起きろ!5時間たったぞ!!」


 爆睡している星雲をノアは足蹴にする。


「あふん!・・・もう五時間経ちました?」


「経ったな、ほら結界を解くぞ。見てみろ、今日もモンスターが取り囲んでいるぞ、まさに入れ食いだな!ハッハッハァ!(おっ、スイッチが入るの早くなってきたな)」


 星雲はすでに臨戦体勢だ。なにせ3000体のすでにモンスターを屠っている。もちろん広範囲攻撃も開発済み。


 ―鶡鴠不鳴カツタンナカズ―海王星の嵐を再現した技、海王星は最大で600m/s達し、氷の雨を降らせる。全開で発動することが出来れば中にいるものは形も残らない。

 星雲の現在の魔力で出来るのは精々風速100m/s程度、の速さである。しかも嵐の中には雹が吹き荒れている。巻き込まれたモノは新幹線以上の速さの雹を全身に浴びることになる。まさに混沌。

 周囲のモンスターがグズグズに崩れ落ち、星雲は戦闘態勢を解く。そこにノアが炎をぶつけてくる。


「あっつぅい!何するんですか!」


 熱いで済むだけ魔力による防御が熟達してきている証拠だ。ノアも手加減はしているが今いる階層のモンスターなら焼け焦げるだけの威力はある。


「お前ぇ!魔力の無駄遣いをするなって言っただろうが!それに見てみろ!この状態でモンスターの素材が採れるか!?あぁん!?」


「つい愉しくなってやってしまいました」


 星雲は戦いを重ねるにつれてハイになるようになっていた。今までおとなしく生きてきた反動だろうか。アラサーおじさんになってからの反抗期、怖いですね。


「まったく、まぁ魔石が残っているだけ良しとするか。次にそれを使ったらマジで焼くからな!ホレ、さっさと魔石を拾え!」


「ハイ、申し訳ございません」


 星雲は魔力を海王星スキルの極限を使用して出来る限り薄く広げて虚実の空間を地面に展開する。

 かなりスキルの応用も出来てきている。

 その後もスキルを、技を確立させて魔力への理解を深めていく。4日目は95階層へ進み、19時間で千体を倒せるようになった。

 5日目にはノアから課題を出されることになった。


「セイウンよ、今日はスキルを使うな」


「ハイぃ?いやいやいやいや、無理でしょ」


「やろうとしてやれんことなんで何もない」


「たくさんありますよ。プロのスポーツ選手になろうとしても一握りの人間しかなれませんし、一流の大学に入りたくても頭が良くないと入れませんし・・・普通に過ごしたくても様々なハンデを抱えて普通に過ごすことだって難しい」


「・・・初めから才能のある者などごく一部の人間だけだ。後の人間は質の高い状態で限界まで時間を使えば才能は獲得出来る。セイウンの目標はまずは剣士系の職業を手に入れろ。多分そろそろ生えてくると思うぞ(ちなみにお前は前者なんだがな)」


 クラスやスキルは後天的に取得出来るものもある。ノアが言った剣士系のクラスもその一つだ。


「いい剣を持っているんだ。もっと活かせ、その剣はスキルを最大限に活かしてくれるが一度魔力だけを込めて使ってみろ。今まではスキルを最大限使う訓練、今回からはスキルを抑えて魔力を抑える訓練だ」


「うーむ、まぁノアが言うならやってみます」


 ということで、スキルを抑えることをやってみました。が、中々上手くいきません。ノアが言うには最初に使った時から全力で殺傷の意思を込めて使ってしまっていたから癖になっているようです。

 魔力を込めるだけで意思は込めない。これが中々難しい。『海王星』が常にオンになっているのが原因な訳ですが、そもそも敵を倒す時に倒そう、殺そうと思うなとは。矛盾していませんかね?


「おい、独り言が漏れているぞ」


 おっといけない、私の悪い癖です。さぁ、集中集中。


 ◇41時間後◇


 魔力を込める、剣を振るう。振るった先にただ敵がいるだけ。

 最初の頃は難儀していた星雲だったが次第に集中力が研ぎ澄まされていく。剣は流れるようにモンスターの首を落とす。

 すでに討伐数は千を超えている。ノアはもちろん気づいているが星雲の状態を見て終了の声をかけずに訓練を続けさせていた。

 星雲の首にある紋章は徐々に薄くなっていきている。スキルの発動を抑えられてきている証拠だ。


(そろそろ星付きを抑えられるようになりそうだな)


 ◇さらに10時間後◇


 星雲は極致にいた。心臓が鼓動するのと同じように無意識で剣を振い、その剣先に淀みはない最適の足運びで敵に近づき、一撃で仕留める。

 ちなみにクラスはすでに取得しているがアナウンスさんの声は響いていたが星雲の意識には刻まれていない。

 紋章はすでに消えて今は純粋な魔力の強化のみで戦闘を行っている。

 ノアはそろそろかな、と思いモンスターが途切れたタイミングで星雲の後ろを取り、逆袈裟を繰り出す。

 星雲はノアの攻撃を一歩半のみ後ろに引いて最小限の動きで躱す。そこから最小限の動きで刺突を繰り出す。剣先はノアのヘッドギアと装具の隙間に吸い込まれていく。ノアはギリギリで首を傾け躱すが頸動脈を切ってしまい血が噴き出す。


 ノアの首から血しぶきが舞うのを見て星雲はようやく己のしでかしたことに気が付く。


「ノアッ!大丈夫ですか!?」


「何だ?心配してくれたのか?大丈夫に決まっているだろう」


 ノアの出血は1秒もしないうちに止まり、傷もなくなってしまう。


「・・・回復魔法ですか。なんだ、心配して損しました」


「お前ぇ!あと数センチで頸椎をぶっ壊していた奴の言うことか!」


「まぁまぁ、落ち着いて。いいじゃないですか、結果的に大丈夫だったわけですし。それよりもノアが声をかけてきたということは千体倒しきりましたか?いやぁ、お腹空きましたね」


「アホか、とっくに千なぞとっくに超えているぞ。さっき倒したので確か2532体だったかな?」


「えぇー、千体倒した時点で教えてくださいよ・・・」


 星雲はがっくりと肩を落とす。


「いや、段々と止めるのが勿体なくなってきてな。お前きっとクラスを取得しているぞ」


「え?」


 星雲はMDを確認してみる。するとそこには『嗢鉢羅之剣士うばらのけんし』と記載があった。


「あぁ!本当ですね!嗢鉢羅之剣士と記載がありますよ!」


「ほう!ではないか、使い続けていればどんどん進化するぞ。良かったな!」


 特異クラスというのは元々持っていたスキルやクラスによって通常のクラスとは異なった進化を遂げるクラスだ。星雲が取得したのは嗢鉢羅之剣士、八寒地獄を関する名は氷雪系と親和性が群を抜いて高い者にしか現れない。


「地獄の名前が付くクラスですか、不吉ですね・・・まぁ、いいか!」


 全然良くない。凶星スキルほどではないが不吉な名前のスキルやクラスはとても嫌われている。


「それより紋章を見てみろ、ちゃんと消えているぞ」


 ノアはキンゾ君で作った手鏡で首元を映す。


「えぇ!?本当ですか!?やっほぉ~い!」


 星雲は小躍りしてスキルを抑えられたことを喜ぶ。


「と、いうことでだ。今日はもう終わりにして明日からさっさとダンジョンを出られるように下の階層へ進んでいくぞ。あと、宝物庫の探索だな」


「おぉ!ようやくダンジョンからの脱出ですか!いいですねぇ、さっさと地上に戻りたいですねぇ!」


「何を言っている。あと3468体、今度は『海王星』と『木星』スキルと剣術を全開で使って倒す訓練だぞ。習熟度合いによってはもう1万追加だ」


「・・・ぶち殺しますよ?」


「ハッハァ!やれるもんならやってみろ!」


「さっき頸動脈を掻っ切ったのを忘れたんですか?今日こそぶち殺してやりますよ!」


 ◇40分後◇


「・・・ックソ!」


 星雲は仰向けに倒れていた。ノアは仁王立ちだ。


「スキルへの理解が浅い!お前のスキルは確立操作や世界の因果にも作用する力だぞ!」


「そんなこと言われても困りますよ・・・だいたい星付きスキルは概念的な効果が大きすぎるんですよ。補助でもない限りそんなホイホイ技の開発なんて出来ませんて・・・」


「なら作れば良いだろう」


「ハイ?」


「だから作れば良いじゃないか、補助してくれるモノを」


「・・・出来るんですか?そんなこと」


「出来るだろうな、拡大解釈と霊性、混沌を使えば。まぁダンジョン内で無理して作らなくても外に出てから色々と考えればいいだろう」


「まぁ、考えておきます」


「さぁ、ご飯を食べて寝よう。明日からモンスターもそうだが宝物庫を探すぞ」


「そう言えば今までの階層には宝物庫はなかったんですか?」


「2か所程あったが無視した」


「何やっているんですかぁ!?勿体ない!今から戻りましょう!」


 星雲が急に立ち上がりダンジョンを戻ろうとするがノアが首を掴んで止める。


「はーなーしーてーくーだーさーいー!」


「行かんぞ、面倒臭い」


「嫌です!行きます!大金をドブに捨てるようなもんですよ!?」


「安心しろ、屑宝物庫だったから」


「屑宝物庫?なんですかそれ」


「フェイクの宝物庫のことだ。行っても屑鉄や価値のない武具などがあるだけだぞ」


「あぁ、聞いたことがあります。たまに価値のない宝物庫が存在すると。じゃあ行っても意味ないじゃないですか」


「だから言っているだろう、だからご飯食べて寝るぞ。ワレは早く外に出て肉以外のご飯が食べたいんだ」


「クッソォ!100階層までに最低でも3つは見つけますよ!」


 星雲がノアの料理を食べてふて寝してしまう。


「僕が飛ぶくらいの風はコラ画像だそうですね。実際は車すら吹っ飛んでしまうそうです怖いですね」

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