5.和氏之璧
何とか戦闘を避けつつ彷徨うこと2日、星雲は睡魔、飢餓、疲労と戦っていた。ダンジョンに入ってから丸6日が経っている。モンスターがいつ襲ってくるか分からない状況で眠れていない。腹を壊してから水しか飲んでいない。そして度重なる戦闘でハイになっていた状況から一転、冷静になってみると連戦と長距離移動で動きっぱなし。
「・・・眠い、腹減った、疲れた。休みたいぃ~・・・」
だがここで寝るとモンスターの餌にされて終わりなのが分かっている以上、足を止めることは出来ない。五感を拡張させた状態で何度も何度もモンスターの気配を感じ取りその度に進路を変更する。部屋を見つけたと思えばそこにはトラップのオンパレード、「いい加減にしてくださいよぉ~」と情けない声をあげながら52階層を徘徊すること更に1日。
「ダメだ、意識が飛びそうだ。本当に限界が来ている・・・」
ここにきてようやく幸運が仕事をすることになる。
「おや?この壁は・・・壁の向こうから魔力を感じますね。ただ、モンスターもトラップの気配もなしですか。頼む!宝物庫であってくれぇ!」
渾身の力で壁を壊そうとするとどうやら隠し扉だったようでくるんと一回転して勢い余って星雲は地面にキスをしてしまう。そして、運命の扉が開かれる。
「イテテ・・・こ、ここは!?」
星雲が待ち望んでいたモノ、宝物庫だった。宝物庫はモンスターの出ないセーフティエリアだ。そして何よりも魔力のこもった魔道具、ダンジョンでしか発見できない鉱物など発見率は低い代わりに見返りがとても大きい。深層の宝物庫となればなおさらである。
星雲の目に入ってくるのは宝の山、そして安全。
「あぁ、目がくらむほどのお宝じゃないですか!虚実の空間に放り込めば全て持ち帰ることが出来ますね!しかもやっとゆっくり出来る・・・」
星雲は心から安堵する。緊張が一気に解けてしまいダンジョンで2回目の気絶をする。
そこから星雲は1日中眠り続けた。そして空腹で目が覚める。
「ぬぁー、よく寝た。眠ることがこんなに幸せだとは。床が固くなければ最高でしたが。それにしても流石に空腹が限界ですね。お宝の中になにか火が出せるモノがないか探しましょうかね」
星雲は物色を始める。そこにはマギ粒子に浸された各鉱石や宝石が大量、魔力(もしくは魔石)で動かす旋盤やプレス機などの工作機械、武器、防具各種などなど、出るわ出るわ宝の山だ。
ちなみにIEAに登録されている品物ならばMDをかざせばどんなものかは判別できるようになっている。
鉱石などはどんなモノか分かるが工作機器はどのようなものか表示されない。星雲は詳細が表示されないものは一旦無視してとりあえず火の出るモノを探す。
「火、火!人類の進化の礎!私には火が必要です!腹が減っているのです。肉はモンスターの肉がある!とにかく火がいるのです!」
貴重なお宝をかき分けながら探すこと20分程、星雲はあるものを見つけた。
「おや?これは?」
それはテントを収納している袋だった。MDで照会すると『拡張テントセット.レッツダンジョンキャンプ!フカフカのベッドと調理器具もあるよ!魔物避け結界セット付Ver.』と出てきた。
「なんですかこのふざけた名前は・・・いや、それよりも!調理器具!キタキタぁ!これですよ!」
星雲は急いでテントを展開しようとテントに魔力を込める。するとテントは自動的に組み上がっていき20秒ほどで完成した。
中に入ってみるとそこには外観からは想像できない広々とした空間が広がっていた。魔道具の感動をよそに早く食事を!と急いでモンスターを解体しようといったん外にでる。
「確か片耳のない豚の妖怪みたいなモンスターがいたはず。腕を治すのは後でいいです!・・・ハラヘッタ」
虚実の空間から片耳豚を取り出す。
「なんでこのダンジョンはおどろおどろしい見た目のモンスターばかりなんでしょう・・・まぁ、食べられればなんでもいいか・・・食べられるのか?いや、まぁモンスターの肉は高額で取引されるほどですし、食べられるでしょう。とりあえず手ごろなナイフは無いですかね」
近くにあったナイフを手に取りモンスターの解体をどんどんと進めていく。解体と言っても知識がある訳もなく、何となく皮を剥いでとりあえず切り分けていくだけだ。
切り分けが終わるとさっさとテントの中に入りキッチンへ向かう。塩や胡椒など基本的な調味料はそろっているらしい。星雲はフライパンに豪快に肉をぶち込みコンロに火をかける。
久しぶりの肉の焼ける匂いに星雲の口の中はよだれでいっぱいだ。早く食べたいのを何とか我慢しながらしっかりと火が通るのを待つ。
「もういいでしょう!もういいですね!?食べましょう!」
皿に移すのも忘れてフライパンからフォークで直接口に運ぶ。7日ぶりの食事はとても美味しかった。夢中になり無言でどんどん肉を焼き、どんどん口に運ぶ。30分程食べ続けて満腹になる。
「いやぁー、食べましたねぇ。そういえばいきなり固形物を食べてはいけないんでしたっけ・・・まぁ、きちんと食べられましたしいいでしょう。あぁ、だめだ満腹になったら急激に眠気が・・・」
テント内のベッドで横になると星雲はすぐに眠ってしまった。1週間ぶりのベッドは心地よすぎた。
「・・・あれぇ、また寝てしまっていましたか。気持ちよすぎますね、このベッド。さて、そろそろ起きて作業を始めましょうかね」
星雲は外に出て工作機器と鉱石の選定を始める。鉱石は魔鉄やミスリルが大量に。そして一般には屑鉱石と呼ばれる茶褐色の『ジョン』が少量の他には金とプラチナ等の貴金属やレアメタルのインゴット各種、宝石なども大量にある。
そして工作機械だが面白そうなものを星雲は見つけた。というかずっと視界の端に常に移るほどデカい。
「これは・・・キンゾ君シリーズなのでは?ただこの型番は見たことないですね・・・」
キンゾ君と言うのはダンジョンからたまに産出される金属工作機器シリーズだ。ふざけた名前は型番からきている。キンゾ君には『KINZO=KUN XXX-XXXX』などと必ず頭についているのだ。
動力源は魔石を使うらしい。先ほど出てきた片耳豚の魔石をはめてみることにした。
起動ボタンは他のキンゾ君と同じ場所にあったため早速起動させてみる。
「何々?切削、研削、レーザー、プレス、表面処理、熱処理、プレス、鍛造、鋳造、プリント?え?ナニコレ??ほとんどコレで完結できるじゃないですか・・・ヤバいものを見つけてしまった・・・いや、まぁ、助かりますが、こんな貴重なモノ使っていいんでしょうか?とりあえずこれで義肢を製作する目途はたちましたね」
星雲は気を取り直して他の品物も物色していく。細胞培養が出来るバイオ君シリーズや工具シリーズのコンゴー君などが出てくる。最期にずっと嫌な予感がして無視していた腰ほどの大きさの宝箱を見つめる。
「・・・開けてみるか」
思い切って開けてみると一つの八面体のクリスタルが入っていた。
「なんですかね。うん?スキルが反応していますね」
海王星スキルの霊性が反応を示す。
―ここから出せ、人の子よ。我に従え!―
星雲はそっと宝箱を閉める。
「さて、次はあの魔道具が気になりますね。なにやら手術台のようですが・・・」
―ここから出せ、人の子よ!我に従え!―
星雲は手術台のような魔道具を調べる。どうやら『オペオペちゃん』シリーズのようだ。
「おっ!これはMDに登録がありますね。オペオペちゃんシリーズですか。でもなぁ、知識はあるが免許も経験もないですし、自分で『直結術』を行うのはなぁ。しかも麻酔もないし・・・」
―おい!聞いているか!人の子よ!ここから出すんだ!―
「でもソケットタイプだと限界があるしなぁ、キンゾ君があるしチタンとミスリルもあるので条件は整っているか・・・」
―聞けェ!いや、お願いします。どうか聞いてください!申し訳ございません!―
「・・・ッチ、なんですか?」
星雲はもう一度宝箱を開ける。
―ここから出せ!・・・いや、すみません。ここから出していただけませんでしょうか?―
「嫌です」
―な、なぜですか!?こんなにもお願いしているではないですか!―
「石が喋るなんて不気味、意味不明、気色悪いです、以上」
―キショッ!?気色悪いだなんてひどい!これでも立派なレディですよ!?―
「知りませんよそんなの。もういいですか?私はお宝に夢中で忙しいんです、義肢を作らないといけませんし」
―そう、それです!ワレはめっちゃ役に立ちますよ!この世界に無い医療知識や工作関連、更に戦闘もこなせちゃうんです!だからココから出して!―
「えぇー、嫌ですよ。ん?・・・ちょっと待って下さい。この世界に無いと言うのは?」
―そのままの意味です。ここはブレーン914ですよね?ワレはブレーン156で研究職をしていましたので・・・―
バタン!と星雲は勢いよく宝箱を閉める。
―なぜ閉めるんですか!?ここは話を聞くところでしょう!?―
「この厄介なダンジョンを押し付けてきたクソ異世界のヤツの話を聞けと?ハッ!馬鹿らしい!このままここで一生眠っていて下さい。いや、私はこのまま100階層を目指す予定なのでそこまで連れて行って更に地中深くに埋めてやりますよ」
―ままま待って下さい!私は研究者Zやあの世界の上層部に楯突いて追放された身ですから! ワレはこの計画について反対した立場なんですよ!?―
星雲はこの石に少しだけ興味を持ってしまう。
「ほうほう?この計画とはダンジョンを押し付ける計画ですか?」
―厳密には違いますが、そうです!―
「厳密には違うと言うのは?」
―ここから先は私をここから出してくれたら説明します!―
「・・・ッチ、まぁいいでしょう。ホレ、これでいいですか?」
宝箱を再び開けてクリスタルをポイっと床に放り投げる。
―扱い酷すぎませんかね!?お願いです!どうかワレに体を与えて頂けないでしょうか!?―
「えぇー、嫌ですよ。あなたが暴れたりする可能性もありますし」
―暴れませんから、誓います!なんなら魔法で縛ってもいいです!―
「魔法ですか?魔法職じゃないと使えないと聞いていますが?」
―この世界の住人ではそうでしょうね。マギ粒子で満たされているブレーン156では一般的な技術なんですよ?この914ではまだマギ粒子がダンジョンの外は満たされていませんがダンジョン内なら可能です!―
「その魔法で縛ると言うモノのリスクは?」
―あなたには特には、私は絶対服従で従わなかったら死亡でもなんでも条件は飲みます!―
星雲はこちらにあまりにも優位な条件を怪訝に思う。
「そこまでする理由は?」
―自由が欲しいからです!―
「は?」
―いや、かれこれ250年程このクリスタルの中に魂を閉じ込められていましてね?しかも追放ということで異世界に飛ばされた訳ですよ。それでこのダンジョンの中で真っ暗な箱の中で120年、気が狂うかと思って魂を休眠させていたらやっとのことで人が現れたじゃないですか!これはチャンス!と思いましてですね・・・―
「ふむ、まぁそれが事実であれば同情の余地はありますか」
―では!―
「しかし事実であれば、です。もしかしたらあなたがモンスターで人間を誘惑して襲うタイプだという保証も無い」
―まぁ、そうですね・・・―
しばらく黙っている星雲にクリスタルは絶望してしまう。このまま自由はないのかと。諦めてまた魂を休眠させようと考えていたら星雲が口を開く。
「あなたの名前は?」
―はい?―
「ですからあなたの名前です。私はダンジョンからさっさと脱出したいんですよ。あなたは異世界の研究者でしかも戦闘がこなせるんでしょう?ちょうど義肢の直結術を1人でするのは不安でしたし戦闘が楽になるのはありがたいですから」
―信じて頂けるのですか?―
「まぁスキルのせいで精神と言うか魂?のようなモノが感知できるようになっていまして、あなたの魂は高潔に見えます。もし騙されて殺されても私は一度死んだようなものですから構いません」
―ありがとうございます!ありがとうございます!―
「お礼は要りません。これからはパートナーということで。対等な関係で構いませんよ。私の作業を手伝って貰いたいので先にあなたの体を作りましょうか。幸いにも周りには資源がたくさんありますし、指示をくれれば好きな体が作れるでしょう。で、あなたの名前は?」
―やっほぉい!じゃあ早速やりましょう!材料はですね!アレとコレとソレと!―
1人と石のコンビはあれやこれやと技術を出し合い体を作ることにした。
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