4.造次顛沛にも仁に違わず

 パッと星雲の目が開く。


「あぁ、寝てしまっていたようですね・・・やっぱり生きていますか。良かった、夢ではなくて。それにしても都合の良い枕があったもんですね」


 枕は倒したモンスターの舌だ。ちなみに大量の血液付き。


「うげ!頭がガビガビじゃないですか!?というか舌!?キモイ!」


 星雲はすぐ起き上がろうとするが両脚は切断されている。もちろん起き上がることはできずに地面に頭をぶつける。


「痛い!あぁ、そうだった。両脚と右腕が無くなっているんでしたっけ・・・あれ?ここはダンジョンですよね?身動きが取れない人間なぞ速攻で食い物にされるのでは?」


 星雲の問い掛けに対する答えは静寂、助けなどもちろん来ない。


「非常にマズいですね!どうにかしないと!でもどうする!?あっ!そうだ!転移キューブ!これで脱出できるのでは!?」


 そう思い転移キューブを探すと近くに転がっているのを見つけた、壊れている状態ではあったが。


「粉々じゃないですか!ではダンジョンを攻略しろと!?片腕しかない状況で!?地面を引きずりまわってダンジョンを攻略しろとでも!?無理に決まっているでしょう!私のクラスは義肢装具士ですよ!格闘職でもないのにどうしろと!?」


 そう、彼は戦闘職ではない。生産系クラスの義肢装具士だ。


「・・・待てよ?そうだ、私は義肢装具士ではないですか。足を切断してしまった患者様にいつも作っているでしょう。いや、しかし材料が無い、それに工具も・・・」


 星雲は自分に問い掛けながら周りを見渡すと目に入ってくるのはモンスターの死骸、そして左腕に装着していたMDを展開してみるとそこに入ってくるのは『海王星』、『木星』のスキルとクラス『義肢装具士』。内容は海王星が【神秘、無限、忘我、霊性、混沌、氷雪】、木星は【発展、拡大解釈、幸運、氷雪】、義肢装具士には【採型、採寸、製作・加工(成型、切削、軟化、硬化、裁縫、装飾)、適合】とある。


「・・・モンスターの骨で骨格(パイプ)を、継手部分は関節を流用して、制御はどうする?・・・いや、筋肉を張りつけて神秘で想像し現実に置き換え、拡大解釈で幻肢の要領で動かせるか?本当はソケットレスの直接接続式にして神経接続で動かしたいが・・・ソケットは革をなめして骨に張りつけようか。まぁ、とりあえずダメで元々。このままだとモンスターに喰われる未来しかないですし、やってみますかね」


 ヨシ!と気合を入れて星雲は左手で何とか体を起こす。何とか座ることに成功し手には星霊の剣せいれいのつるぎを持つ。


「それにしてもデカいですね、このモンスターは何というのでしょう・・・まぁいいか。作業に取り掛かりますか。とりあえずまずは右腕ですね」


 星雲は目の前の名無しのモンスターをざっと見渡し、必要なサイズを満たしている箇所を見定める。モンスターは大体5mでデカい狼のような見た目だ。脚は思ったよりスリムだったので肘関節はそのまま使うことにしてモンスター右前足を切り落とす。手根関節もそのまま使いたかったがさすがに体形に合わなさ過ぎたので両端を切って長さを自身の腕に揃える。

 そして橈骨と尺骨がある方を骨端を成型で関節をはめれるように形を直して反対側はソケットを繋げられるように成型する。

 次に手部が欲しいがいかんせんモンスターの手がでかい。悩みに悩んだ末、そのままの形を流用することにする。靭帯と筋肉を裁縫で繋げる。

 最後にソケット部分はモンスターの革を剥ぎ軟化させて成形、最後に硬化させる。その周りに肋骨を短く切ったモノを軟化させソケットに沿うようにして強度を確保、さらに革を伸ばしてハーネスを作り懸垂装置を作る。

 どれくらい作業していたか分からない。忘我の効果だろう、集中しすぎていたようだ。

 深いため息を吐き星雲は出来上がった義手を見つめる。


「フゥー、出来ましたね。それにしても・・・ダサいですね。よく言えばワイルドと言えなくもないですが・・・いや、やっぱりダサいか。まぁとりあえず装着してみましょうかね」


 義手を持ち上げソケットに断端を入れてハーネスを留める。

 次にスキルを発動、義手を自身の腕だと仮定して現実に干渉する。


「おぉ!思ったより動きますね!屈折、伸展、内外旋、回内外も問題なし。指の動きはイマイチですがまぁいいでしょう。無いより有る方が遥かにマシ!この長い爪も武器となるということでヨシ!じゃあ次は両脚ですね。まぁ同じ要領でやっていきますか」


 星雲は黙々と作業を続ける。モンスターに襲われるという恐怖は忘我で集中しすぎて忘れてしまっている。黙々と作業を進めていき両足を作っていく。相変わらず足部がデカい。完成し装着して立ち上がってみると、何ともまぁ・・・


「・・・ダサいですね、全く私の美的感覚とマッチしません。これではまるでライカンスロープのようではないですか」


 異常に発達した両脚、しかも早く走れるかと思って人間とは逆方向に装着した膝関節はただの四足歩行の後ろ足に見える。

 右腕は長さこそ左腕と合っているものの爪が異常に発達している。


「しかもこれ、生体部品ですし防腐処理も出来ていない。スキルで誤魔化す予定とは言え限度があるでしょうし、これは早急に腐敗しない材料が必要ですね・・・ただ、その前にスキルを利用した訓練が必要ですね。それとご飯、とてつもなく腹が減りました」


 動けるようになったことに安堵したら急激に空腹が襲ってくる。水はスキルでなんとかなるが問題は食糧だ。


「目の前にあるのは確かに肉ですが、火がないですし・・・生で?いや、まぁモンスター食は魔力を含んでいて美味しいと聞きますが」


 悩むことしばし、空腹には勝てずに星雲は決心すると剣を手に取り肉を切り出すことにした。

 革を剥ぎ肉を露出させとりあえず一口分を切り取ってみる。そして恐る恐る口に運ぶ。


「うん、しっかりと血生臭くてマズい。まぁ貴重なタンパク源。この状況で文句は言っていられませんね」


 しばらく無言で食べ進める。そして腹を壊す。


「そりゃそうだ!現代人がいきなり獣の生食なんて!お腹壊すに決まっていますよぉ!?」


―しばらくお待ち下さい—


「ふぅ、ヨシ、なんとか治った。これは食糧と火の確保も喫緊の課題ですね。しばらく水だけか・・・ひもじい」


 とりあえず落ち着いた星雲は行動を開始する。バーレンはここをNo.4ダンジョンと言っていた。その情報が確かならココは『金山彦の部屋』と呼ばれるダンジョンのはず。そうであればここの宝物庫には武具や鍛冶道具などの魔道具、それに必要な鉱石などが出土する。ということは義肢の材料になるモノが眠っているということだ。


「さっさとダンジョンを出ることを考えろって?ハハハ、それは諦めました。ココは深層51階層、つまり次に脱出用のポータルがあるのは100階層なのですよ!つまり、私はこれからずぶの素人の状態から成長し続けX等級のダンジョンの深層を49階分踏破するしかないのです!・・・無理じゃないですかね?」


 そう、ダンジョンは転送用のポータルが設けられている。ポータルは浅層なら1階層毎に1つ、中層なら10階層毎に1つ、深層なら50階層に1つとなっている。ちなみに一方通行で上の階層に戻ることはできない。


「ま、まぁ私には星付きスキルが2つもありますし?まぐれとは言え既に一体モンスターを倒した実績もありますし?イケるでしょ?そりゃもう余裕ですとも?」


 星雲は正直ビビり倒している。しかし、転移キューブは壊れているしエクスプローラになりたての星雲は他の脱出手段など知らない。ちなみに星雲は知らないがMDには位置情報を転送する機能がある。しかし、最初から殺される予定であったため、IEAから支給されたMDからはその機能は知らされていないし機能自体が壊されている。


「ヨシ、地に足つけて安全第一、とにかく義肢とスキルの習熟、それからモンスターを倒して魔力を増やす。ゆっくり、確実に、しっかりとやっていきましょう!」


◇1時間後◇


「無理に決まってましたぁ~!私初心者ですよぉ~!誰か!助けて下さい!!」


 星雲は深層51階層を全力で逃げまどっていた。期せずして義肢とスキルの性能が高いことをこの全力ダッシュで判明することになる。四足歩行の膝関節にしたのは正解だったようで飛ぶように走れるし、スキルのおかげで問題なく動かすことができる。

 星雲の後ろには百の目を持つ鬼『百目鬼』が追いかけている。距離が徐々に詰まってきているので捕まるのも時間の問題だった。かれこれ20分は全力で走り続けている。


「魔力!魔力を全身に回す!マギ細胞を活性化させる!身体能力の強化!あとスキル!これは自分の足!これは自分の足!ガンバレ!ガンバレ私!」


 しかし、追いかけっこの終わりは唐突に終わることになる。今まで運よく通路を右往左往してきたがとうとう行き止まりに当たってしまう。


「マズいでーす!逃げ道がなくなりましたぁ!やるか!?やるしかないか!?やれるのか!?」


 覚悟は決まらなくても腹を括らなければならないことが人生にはある。星雲にとってはまさにその時、ここが分水嶺だ。

 星雲はあらんかぎりの魔力を身体強化に回して迎え撃つ姿勢をとる。

 百目鬼は足を止めた星雲に金棒を上段で構えて飛び込んでくる。星雲は星霊の剣せいれいのつるぎで突きの姿勢だ。百目鬼を倒すイメージを全面に押し出し突きを放つ。しかし、そのイメージは現実にならなかった。金棒で頭を殴られ星雲の意識が一瞬だけ飛ぶ。

 基本的にモンスターとの戦いは魔力の押し合いだ。百目鬼の魔力で星雲のスキル効果は打ち消されていた。怖気づいて身体能力にほとんどの魔力を回していたことも原因の一つだ。

 そのおかげで頭部を潰されなかったわけだが。


「・・・ッグァ!イッッタイ!スキルが弾かれた!あのモンスターの時はすんなりスキルが発動したのに・・・魔力量が原因ですか?」


 星雲は本能的に原因を突き止め魔力量を調整しなおす。スキルに4割の魔力を回し横薙ぎに攻撃を繰り出す。より明確なイメージでより魔力を込めた一撃は百目鬼の腹部を切断する。


「・・・ハァー、何とか倒せましたね」


 目の前にあるモンスターの死体を見つめ初めてまともに倒した達成感で満たされた気持ちになる。星雲の闘争本能が刺激されマギ粒子を取り込むと同時に体が戦闘向きへと作り替わっていく。


「このモンスター、どうしましょうか・・・身長は私と同じくらいですし、義肢の材料になりますよね。でも、背負って持ち歩いてモンスターに襲われたら意味無いし・・・でももったいないなぁ」


 そこで星雲は思いつく、スキルで持ち運べるのではないか。海王星は虚ろを現実にするスキルだ。イメージするのは虚実の空間、魔力を流入させ虚ろを作り出す。

まずは目の前のモンスターに対して実験だ。


「いけるはず、自分を信じろ」


 混沌と無限を拡大解釈し虚実の空間を広げる。魔力的に無限は無理でも可能な限り空間を広げる。

 目の前がひび割れ暗黒の空間が出来上がる。百目鬼が持っていた金棒を入れてみて空間を閉じる。そして再び空間を出現させ金棒を取り出してみる。


「・・・出来た。ヨッシャ!これは便利ですね!どんどん入れちゃいましょう!」


 空間を出現させ上半身と下半身を投げ込む。


「よしよし、これで何とか荷物問題は解消しましたね・・・こうなると一番最初に倒したモンスターを持って来れなかったのが悔やまれます。もったいないことをしてしまった。そういえば魔石も採っていないし!あぁー!やってしまったぁ!」


 先ほどの高揚感が消え失せ損をしてしまったと嘆く星雲。ここでようやく金を稼ぐためにエクスプローラになったことを思い出す。だが、嘆いてばかりではいられない。


「まぁ、仕方がない。とりあえず水分補給してさっさと下へ向かう階段を見つけましょうか」


 そこからしばらく戦闘を繰り返しながら魔力とスキルの感覚をつかんでいく。ちなみにここはX等級ダンジョンだ。しかも深層である。しばらく戦闘を繰り返しているということがおかしい。彼はエクスプローラになって2日目だ。もはや戦闘狂である。星雲は初めに強力なモンスターの濃密な魔力を取り込んだことですっかり魔力に酔いしれているのだ。

 戦闘を繰り返していくことで彼の殺傷へのイメージはより先鋭化されていく。それに伴いスキルの習熟が早まり、魔物を倒していくことで魔力はより充足していく。

 星雲が52階層への階段を見つけるころには戦闘に悦びを感じてしまっていた。それが油断だとも気が付かずに。ちなみに星雲は気づいていないが52階層の階段を見つけられるまで丸2日かかっており、モンスターの討伐数は100を超える。義肢は生体部品を使っているため腐敗臭も漂っている。


「あぁ~ようやく下へ続く階段が見つかりましたぁ。さてさっさと52階層へ行ってしまいましょうかぁ」


 ろくに確認もせずに下の階層へと踏み入れる。浅層ではさほど気にすることではないが深層ともなると階層が一つ違うだけでモンスターの強さは違ってくる。

 最初に52階層で出会ったのは同じく百目鬼だった。しかし、より体は引き締まり持っている金棒も爛々と輝いている。


「なんだか雰囲気が違いますねぇ、少し愉しくなってきたトコッッッッッ!!!!」


 右腕で何とか受け止めたのは百目鬼の金棒だった。義手はひしゃげて使い物にならない位に破壊されている。


「これはッ!?明らかに強さが違う・・・気を抜けませんね!」


 ここで問題がもう一つ発生する。51階層で酷使していた両脚が悲鳴を上げだしたのだ。スキルで動かそうにもどうにも反応が悪い。ここでようやく義肢が腐り始めていることに気づき星雲は調子に乗っていたことを突き付けられる。


「・・・調子に乗っていましたね、これはいけない。腐りかけてるじゃないですか、私はまだまだ素人だというのに。しかし、まずはこの場を切り抜けて安全な場所を確保せねば」


 星雲は何とか頭を切り替え戦闘に集中する。星雲が選んだのはカウンター。素早く動けないのならば敵の動きを予測し攻撃を置いてくるしかない。

 百目鬼Ver.2(星雲が命名)は星雲の右腕を壊したことに満足したのか次は左腕だと言わんばかりの大振り。星雲はチャンスと見るや体勢を屈めて左腕で持つ剣から氷刃を延ばす。その刃は百目鬼の首筋に深々と刺さり、百目鬼は絶命する。調子に乗っていたとはいえ深層51階層で100戦以上して先鋭化された戦闘勘は健在。


「フゥ、何とかなりました。とりあえずどこか安全なところを探しましょうか」

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