3.虚室、白を生ず

 X等級No.4ダンジョン通称『金山彦の部屋』深層51階層に星雲はいた。彼は現在モンスターと対峙している。というより絶賛食べられ中である。光が収まると星雲の目に入ったのは人が3人ほどすっぽりと入りそうな大きな口だった。

 バーレンはトラップルームだと言っていたがはて?これはモンスターなのでは?と星雲は思ったのも束の間、気が付けば右腕が千切れて目の前の大きな口に咀嚼されていた。右腕は上腕骨大結節から10㎝程を残し血が噴き出す。残る四肢は左腕のみ、もうすでに移動もままならない。

 私は善性の人間である。少なくとも私はそう思って生きてきた。それなのにたかがスキルのせいで両親と一部の人間以外からは虐げられてきた。今回だってそうだ、私はただエクスプローラになろうとしただけでなないか。

 スキルとはココロの欠片である、と言われている。

 では何か?私の中にはこのいかんともし難い混沌とした感情があるとでも?いや、あるか。

 人間とは混沌そのものではないか。生きたい、死にたい、ちょっとしたことで喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、怖がり。

 私だって生きるために金を必要としているし、いちいちスキルごときで幼いころから鬱陶しい輩に絡まれ、今日に至っては両足を落とされ右腕さえモンスターに喰われてしまった。そもそも望んで手に入れたわけでもないのに、私は何がしたかったのだろう?金を稼ぎたかった?

 それはそうだが対処療法でしかない。

 両親の死を無駄にしたくなかった?確かに悲しんだが自分が生きるのに必死だった。

 エクスプローラになってみたかった。エクスプローラは自由だからだ。憧れただけでスキルのせいでなれなかったのだ。

 鏡さんや他のお客さんが義肢装具士を続けるべきだと励ましてくれたのは嬉しかった。

 そう考えると不思議と納得できる。受け入れてしまった方が楽だろう。受け入れよう、この自分を。スキルは敵ではない、可能性だ。成長しようではないか、理想とする自分に。拡げよう自分の可能性を!

 凶星スキルがどうの、堕天がどうの、他人が勝手に不吉だなんだと呼んでいるだけではないか。

 星雲の首筋には完全に『♆』の紋様が浮かび上がり、髪が完全に紺碧に塗り替わり、紺碧の魔力が立ち昇る。あぁ、なんと心地いいのだろう。これは堕天ではない、昇華だ。

 星雲はスキルに呑まれることなく自身の力として昇華する。それは吉星スキルでしか確認されていない現象だ。

 スキルを受け入れることでスキルの情報が流れ込んでくる。『海王星』は効果範囲内の想像と現実の境界を曖昧にして理想を押し付ける。さらに氷雪系も操れるらしい。だがモンスターを1体も倒していない星雲の魔力はわずかしかない。いくら星付きスキルでも魔力が無いと宝の持ち腐れ。

 目下、必要なことは怪我の止血と敵の殲滅。手足の復元が出来ないかと考えたがどうやら魔力が足りないようだ。止血は何とか出来るようで必死に自分の傷が塞がることを想像し現実へ投射する。ずいぶんと魔力を消費してしまった。恐らく攻撃に使える魔力は一回のみだろう。身動きがとれないので分からないが目の前の敵はまだ腕を咀嚼している。首を左に振ると『星霊の剣せいれいのつるぎ』が目に入った。星付きスキルの効果を増幅してくれる剣、ほぼ無意識で左腕を伸ばし、剣を手に取る。

 ちょうどモンスターは星雲の腕を食べ終わったようで次はどこから食べようかとゆっくりと口を開ける。油断してくれていて助かったと星雲は思うと同時に大きく開いた口に星霊の剣せいれいのつるぎを突き刺し魔力を込める。なぜこんなにもスムーズに魔力を込めるということが出来たのか分からなかったと後の星雲は語る。エクスプローラはスキル取得と同時に魔力を得るわけだが星雲がスキルを取得したのは3歳の頃だ。アンチスキルでずっと封印していたとはいえ魔力を感じることが出来るようにはなっていた。普段から無意識化で魔力を制御していたのだ。

 そして鏡から渡された星霊の剣せいれいのつるぎ、これは星付きスキルの力を増幅させる力を持つ。なけなしの魔力を込めた剣先から氷で出来た2つの剣先が生え三又になる。

 その剣先は上顎から鼻腔を超え脳へと達する。モンスターは痙攣を繰り返しながらゆっくりと倒れる。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ!やってやりましたよ。クソIEAめ!ざまぁみろ!」


 倒れたモンスターからマギ粒子が星雲の体へと移っていく。モンスターを倒して強くなれる理由はこれだ。魔石を核に作られるモンスターには大量のマギ粒子が宿っている。モンスターが死んだ時にマギ粒子は近くにいる生命に移動するのだ。元々人類の進化のために研究されていたマギ粒子(研究者Z談)は人類を強化する物質だ。ヒトへの親和性は非常に高く星雲の体にもしっかりとソレは適応されて魔力と身体機能を強化する。さらに星雲にとって幸運だったのは今倒したのは『木星』ホルダーのモンスターだったことだ。


【混沌の受容、成長の可能性、拡大する心を確認、スキル『木星』を取得します】


 スキルを獲得、成長したときに響くダンジョンの声(アナウンスさんなんぞと呼ばれている)星雲の脳に直接伝わってくる。

 昇天だとなんぞと言っていた星雲だったが混沌を受け入れた時点で確実に堕天はしていたのだ。正気を保っていたのは最後のあがきだった。それを後で知った星雲は恥ずかしくなり顔を真っ赤にしていた。しかし、『木星』を獲得したことで堕天を中和することになる。首筋にあった『♆』の紋様と重なるように『♃』が上書きされる。髪の色もインナーカラーのように内側に琥珀色が差し色で入っていく。


「まさかの『木星』スキルゲット・・・バーレンはじめIEAには阿呆しかいないのか?」


 星雲がそう思うのも仕方のないことだ。しかし、星付きのスキルホルダー同士は惹かれ合う。まるで星々が引力で引っ張り合うのと同じように。このモンスターは同じ深層50階層の全く違う場所にいたが、星雲の『海王星』を感知するや否や本能に従ってすっ飛んできたのだった。それこそトラップなどモノともせずにこの部屋のトラップもぶっ壊していた。

 以上が星雲が生き残った理由である。まぁ要するにご都合主義ゴリゴリである。ラッキーだね。


「まぁ、とりあえず生きてて良かった・・・あぁ、ダメだ。意識が・・・」


 死から解放され緊張の糸が切れた星雲は意識を失ってしまう。モンスターの死骸を枕にして。

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