1.地獄の沙汰も金次第


 私はエクスプローラに今からなる。エクスプローラと言ってもインターネットの海を探検する方ではない。現実の未知を探検する方だ。

 異世界であるブレーンワールド156のアホどもに押し付けられたダンジョンを探索するのだ。

 原因は親の借金だ。別に親が悪いわけではない。悪いのは私のスキルである。私のスキルは凶星ス「受付番号24番の方~」、「あっ、はい」


「登録処理が完了しました。ただ、朧 星雲様はスキルの関係上ブラックリストに載っていまして・・・」


「監視が付くんですね?承知しています」


「はい、その通りです。監視期間は1年間、探索者協会の担当者がダンジョンに入る際は必ず同行しスキルの暴走が無いか査定を行います。査定に関してはかなり厳しいものになりますので今まで通りエクスプローラにならずにスキルは封印したまま普通の仕事をなさった方が・・・」


「大丈夫です。監視員の方にはご迷惑をおかけしますが私はエクスプローラになります」


「・・・ッチ、承知しました。くれぐれもスキルの暴発だけはさせないで下さい。まぁ無理でしょうけど。では、こちらが5等級のライセンスになります。さっさと拘束させて下さいね」


 受付の方の憎しみを持った視線が痛い。ただ私にはエクスプローラになるしか道はないのだ。・・・実は少しだけ楽しみだったりする。エクスプローラは小さいころから憧れの職業だった。

 どこまで話しましたかね・・・そう、私のスキルについてですね。私は幼いころにダンジョンの発生に巻き込まれ偶発的にスキルを得てしまったのです。

 私のスキルは凶星スキルマレフィックスキルと呼ばれるモノです。名を『海王星』(ネプチューン)と言います。

 先ほど受付の方に言われたブラックリストと言われるのはこのためです。世の中に確認されている星が付くスキルが10個あります。5つは吉星スキルベネフィックスキルと呼ばれるものです。こちらは現代の英雄だなんだと言われるので無視して良いのですが問題は凶星スキルの5つです。

 この凶星スキルを持つものはスキルが強大すぎてスキルに呑まれて『堕天』してしまいます。大量虐殺なんぞ当たり前、以前火星(マーズ)を所持していた人物は第3地区で50万人を殺しました。犯罪シンジケートを持つ者やテロ屋さん、その他犯罪なんでもござれ。世間では大罪人として名高い人物達です。ちなみに現在も2人が現役で悪行三昧をしている。2人はIEAのエクスプローラ専用の刑務所で拘束されています。

 とまぁそんなわけで凶星スキルは厄介なのです。

 ちなみに監視期間1年と言うのは歴史上、凶星スキルを持った者が堕天する期間。スキルが発現したものはアンチスキルでスキル自体を封印してダンジョンに入らず過ごす。仮に堕天した場合は直ぐに拘束、探索者協会で幽閉コース。寿命をなるべく伸ばされ他の者がスキルを発現しないようにされる。そう、星が付くスキルはスキルホルダーが死んだ時に他の者に移る。

 今は木星を除いて9人のスキルホルダーが存命中です。


 そうだ、私の年齢は29歳です。アラサーです、どうぞよろしく。冒頭でなぜこんなに自分語りをしているのか疑問に思い方もいるでしょう。何故なら私の隣にいる渋面をしている男から目を背けるためです。


「星雲君よぉ、俺が金出してやるから『アンチスキル』買って義肢装具士を続けなって」


 エクスプローラの登録に無理矢理ついてきたのは『鏡 健四郎』というパチスロみたいな名前のご老人だ。吉星スキルホルダーでX等級のエクスプローラある。左腕には私が製作したダンジョン産の義肢をつけている。そうそう、今年は2541年、ダンジョンがこの世界に現れてから248年経つ。そうだ、ダンジョンがこのブレーンワールド914に現れた時のことを触れておこうと思う。


 時は2293年、当時日本が国だった頃にダンジョンは突如として世界各国に現れた。最初に現れたのはアメリカのニューヨーク、100 United Nations Plaza, New York, NY 10017、国連本部の目の前だ。

 独特な地鳴りと共にそこにあった建物や道路を押しのけ塔が生えてきたのだ、ふざけた看板付きで。


 ―ブレーンワールド914の皆様へ―

 この塔はゲームなどでよく言ういわゆるダンジョンです。

 我々の世界(ブレーンワールド156)で研究していた人類を進化させるマギ粒子が暴走しブレーン(一つの世界がある膜)を突き抜けあなた方の世界へと飛び出していきました。マギ粒子は増殖し空気中を漂います。そして充満するとダンジョンを形成し、中にはモンスターを生み出します。そしてモンスターが一定数を超えるとダンジョンの外に溢れだし人間を襲います。スタンピード、暴走モード突入です!

 まるでゲームみたいですね!

 ただ、安心してください!悪い事ばかりではありませんよ!マギ粒子は人間にも作用します。マギ粒子が人体に結合しマギ細胞と呼ばれる細胞が生まれます。すると何ということでしょう!人間は魔力と呼ばれる力が発生し、身体能力が上がり、職業とスキルを得ることが出来ます!まるでゲームみたいですね!

 そして!なんと!マギ粒子が結晶化したものがモンスターの中にコアとして存在します。我々は魔石と呼んでいますがそれは極めて純粋なエネルギーの塊です。直径が7インチ(17.78cm)の大きさのモノであれば1000万人規模の都市の1日の電力を賄えてしまうのです!

 更に!ダンジョンのモンスターの体は様々な用途があります!

 更に更に!ダンジョンには皆様の世界では見られないようなお宝や特殊な武器なども探索すれば出てきますよ!

 さぁ、皆さん!ダンジョンへ潜ってスキルを得てモンスターを倒しましょう!一攫千金が目の前にありますよ!


 魔石やモンスター素材の活用法、マギ粒子の人体への影響の機序などは下記に記しておきますのでぜひ活用してください。


 ブレーンワールド156のマギ粒子研究者『Z』より―


 世界はブチギレた、なんてものを押し付けてくれたのだと。すぐさま軍と研究機関が動き出し対策を行った。結果、看板に書いていることは本当だと判明する。ブチギレながらも人間は適応するもので、『始まりのダンジョン』(一部からFxxkin’ dungeonと呼ばれている)と名付けられたダンジョンからは様々な資源が採取できた。軍によりモンスターが溢れることもなかった。が、始まりのダンジョンが出現してから1か月後、世界各国でダンジョンが乱立することになる。

 ダンジョンが出現した数は世界でなんと19600個、国連加盟国のちょうど100倍である。

 明らかにZ何某が悪意を以って行っていると思わせる数だった。

 世界はもちろん大混乱、国が滅んだところも少なくない。そんな混乱が10年ほど続き主要先進国、新興国などの色々な思惑が絡み合う中で国連が世界政府『ガイア』樹立を宣言、紆余曲折を経て国連加盟国をそのまま取り込み世界は一つに纏まった。国という概念がお亡くなりになり自治区として形を残すことになる。国名は通称では残っているが正式名称はダンジョンの数で区分けされ第1地区、第2地区などと呼ばれるようになった。ちなみに日本は第4地区と呼ばれている。

 そしてガイアの中に探索者協会(International Explorers Association、通称IEA)を設立、軍だけでは対処が不可能になったダンジョンを一般人にも負担させるようにした。そこで登場するのがエクスプローラだ。エクスプローラはダンジョンに潜り、スキルとクラスを得て魔石やモンスター素材、ダンジョン産のお宝などを持ち帰り、モンスターの数を減らして、暴走モードを防ぐ。まさに世界の救世主、英雄!そして高収入!性別問わず憧れ、スキルホルダーも増えていく。魔石にエネルギーを依存し、ダンジョン素材で技術は発展していく。まさしく人間は適応する生き物だった。

 さて、ここで私の話に戻そう。私の両親は病気で死んでしまった。と言うか過労だ。過労によって各免疫機能が落ち、そこから『魔石症』という全身がマギ粒子に侵され魔石のようになってしまう病気になってしまったのだ。とても悲しんだ、幼い私のために最高等級の『アンチスキル』を借金までして購入し、仕事で培ったコネを最大限駆使し、私がIEAに捕まるのをなんとか押し留めてくれた。

 私の両親も義肢装具士だった。『Oboro Factory』と言う会社を経営しダンジョン産の義肢装具を主にエクスプローラ向けに製作していた。ちなみにウチもそれなりにお金持ちであった。

 そんな家が借金を背負う、最高等級のアンチスキルは一体おいくら「おい!星雲君、聞いているか?」・・・無視してるんですよ。


 話を戻しましょう。最高等級のアンチスキルは一体おいくらでしょうか?・・・正解は120億ドル(税別)です。円ではありません。現代の通貨はドルですダラー、皆さんの世界でいくと日本円にすれば16,180,199,965,697.98円(2023年5月6日の為替レートです)。なぜこんなにも高額なのか?答えはX等級ダンジョンの宝物庫と呼ばれる場所にしか発見されないからです。

 さぁ、長々と語りましたが私がエクスプローラになる理由、金です。

 この世は自由主義の資本主義、働かなければ生きていけません。生活保護なんてものはとっくに消え失せていますし、国民皆健康保険?年金?あーそんな時代もありましたねレベルです。いえ、今までニートだったかと言われればそうではありません。私も義肢装具士として両親の経営する会社で働いていましたとも。私の年収は14万ドル、ダンジョン関係の仕事は給料がいいのです。

 会社の規模もそれなりでした。高性能義肢を製作していただけあり客単価も良く会社の経営も順調でした。私が働けるようになってからは私も一緒に借金を返していました。両親は会社の経営者、私もそれなりに高給取り、順調に借金を返していましたとも。私がスキルホルダーになってから26年目で残金50億ドル、無利子無期限で借用書もなく貸してくれた鏡さんには感謝してもしきれません。

 今の世の中、寿命も延び150歳ほどまで生きることが可能になっています。26年間、会社は順調に成長しましたが両親と共に給料は殆ど借金返済に充てていたため生活はカツカツでした。私は必死に勉強し奨学金支給制度で大学に入り、飛び級制度も全力で使い最短で資格をとりました。

 両親は同い年で御年54歳、何とかあと10年で借金を返し終わり、両親には余生を過ごしてもらいたいと思っていましたから、しゃにむに営業をかけ私を専属で指名してくれる顧客も獲得してきました。

 ここで問題が発生します。私のスキルが強力すぎたのです。最高等級でも抑えきれないスキル。アンチスキルの中心にある宝珠に濁りが出始めて抑制の限界が近いことが判明しました。宝珠が完全に黒になるとアウト、私は30歳で堕天しIEAに捕えられるでしょう。

 そして両親の死が重なりました。では、会社を継いで残りの借金を返せばいい?ノンノン、会社は両親がいなくなった瞬間に取締役の1人であった常務が社長に就任、私はスキルのおかげで非常に嫌われていたので「You’re fired!」ですとも、まぁこの時代ではよくある事です。

 ここで問題です。ブラックリストに乗るようなスキルを持ち、スキルが1年後に暴発する可能性が高い人間を雇ってくれる会社はあるでしょうか?

 答え、あるわけねーだろ。ふざけんな!

 第二問、私に必要なことは何でしょうか?

 答え、金です。金、金、金、金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金!


 隣のご老人は金を貸してくれる、いや、出してやると言ってくれていますが返すあてがありません。なぜなら仕事がないから。返さなくてもいいって?人から貰ったものは返す、当たり前のことです。それに生きていくためには金を稼がねばなりません。

 ただでさえ残りが50億ド「ええい!星雲君!無視するじゃない!」


 ・・・残りが50億ドル借金が残っているのに更に追加で借りたとて普通の仕事にありつけない現状、金を稼ぐには?そう、エクスプローラです。幸いなことにと言うべきか、スキルは強力であり凶悪、どうせあと一年すれば堕天してしまう可能性が高い現状、ダンジョンで稼ぐことはハイリスクであり充分なリターンが見込めると言うわけです。ひとたびダンジョン産の魔道具でも見つければ一攫千金も夢ではない。それを担保に融資を受けることも可能になるでしょう。

 さぁ、ということで頑張って稼ぐぞ!


「いい加減に独り言を言いながら無視するのはやめてくれ!星雲君!俺が金を出すからもう一度アンチスキルを買え!」


 鏡は星雲の胸倉を掴み半ば脅すように凄んでくる。


「いや、言っているでしょう?返すあてがないものは借りることは出来ません。それに最高等級のアンチスキルが30年ともたずに壊れるんですよ?平均寿命通り生きたとしてあと4回は買い替えが必要です。120億掛ける4でいくらですか?いえ、計算するまでもありません、『普通に生きて返せない額』です。エクスプローラになって堕天せずスキルを制御し、大金を得る。これしか方法はありません」


 星雲は冷静に返答する。鏡が自分のことを気にかけてくれていることも知った上で断っているのだ。そもそも両親が莫大な借金を背負うことになったのも自分のせいだ、そして両親が死んだのも自分のせい。両親は26年間毎日ほとんど寝ずに仕事をしていた。私が社会人になって仕事が手伝えるようになってからも休まず働いていた。「星雲は悪くない」それが両親の口癖だった。いや、どう考えても悪いのは私だろうが!!!!!!!親孝行も出来ずに自分のせいで死なせてしまった親不孝者。

 いっそ死んでやろうかとも考えたがやめた。社会に負けた気がするからだ。

 探索者協会に出頭して自ら拘束されることも考えたがやめた。世界に負けた気がするからだ。

 鏡さんのありがたい申し出に思わず首を縦に振ろうとしたがやめた。自分に負けた気がするからだ!

 金、金、金、そう、金だ。金を稼ぐ、今まで以上に。負けてたまるか、全力で自由に生きるためには金だ。金があれば両親も死なせずに済んだし金があればスキルなんぞ無視して生きていける。金があれば次に凶星スキルを授かった者の支援も出来るだろう。


「鏡さん、私はエクスプローラになりますよ。スキルだって暴発させません。とっととX等級の冒険者になって悠々自適な生活を送るんです」


 星雲の目は決意と熱意に満ちている。鏡は何を言っても無駄かと思いながらも帰りの道中もずっと説得を続けていた。30分程ずっとあれやこれやと話を続けるが結局、星雲が折れることはなく星雲の自宅に到着する。


「鏡さん、送っていただきありがとうございました」


「・・・いつからダンジョンに行くんだ?」


「明日から」


「・・・そうか、じゃあこれを持っていけ。餞別だ」


 鏡は後部座席から1.5mほどのケースを星雲に渡す。


「・・・これは?」


「あぁん?餞別だよ!本当は俺が監視者として同行したいところだったんだがな!IEAの連中、拒否しやがった上に別の仕事も入れてきやがった!だからせめて自分の身くらいは自分で守れるようになっとけ!中身は『星霊の剣せいれいのつるぎ』、俺がX等級ダンジョンで見つけた星の銘が付く代物だよ!それは星の付くスキル効果を増幅してくれる」


 星雲はさっとケースを押し返す。


「そんな高額なもの受け取れません。まだ鏡さんには借金が・・・」


「うるせぃ!餞別を突き返す奴がいるか!お前のことを心配して想っているのは何もテメェの両親だけじゃないんだよ!俺をはじめお前の客やお前の両親の友人連中、IEAの中にだってテメェやご両親に世話になったやつはごまんといるんだ!それを振り切ってまで自分でエクスプローラになるってんなら自分の命を守れるくらいに強くなれ!馬鹿が!とりあえずダンジョンから帰ってきたら連絡入れろ!じゃあな!」


 高級車のドアが軋むくらいに強い力でドアを閉めた鏡は走り去ってしまう。星雲はしばらく頭を下げ続け、涙を流しながら感謝の言葉を繰り返していた。


「ありがとうございます、ありがとうございます。いつか、必ず、報いてみせます・・・」




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