第50話
7人になり、花見が盛り上がってきて奏介はトイレに向かった時のことだった。
キョロキョロと周りを見渡している一人の女性がいた。
そしてその前を通ろうとすると「すみません」と声をかけられた。
「なんですか?」
「息子を探してるんです、家出してどこかに行ってしまって」
「そのお子さんの見た目とか……良ければなんですけど名前とか教えて貰ってもいいですか?」
俺がそう尋ねるとその女性からは衝撃の回答が帰ってきた。
「息子の名前は五月雨雫。よくここの公園に来ていたのでここにいると思うんですけど……」
五月雨雫なら奏介はたちのところで一緒に花見をしている、でもそれならさっき聞いた雫の話と辻褄が合わなくなってしまう。
だって、親はどこかにいって物心が着いた頃には施設暮らしだと本人の口から聞いていたからだ。
(この女性の言っていることが本当か、それとも雫が言っていることが本当か……)
とりあえず俺は「着いてきてください」とだけ言ってみんながいる場所に歩き始めた。
みんなの場所に戻るなり、その女性は一直線に雫の方に走っていった。
「家出なんてして……高校生の方ですよね、雫を見守ってくれてありがとうございます」
「え、親? どこかにいったんじゃ」
「ごめん……全部嘘。本当は僕が家出してそこの公園に座ってただけ」
今までの話が全部嘘だと雫は言うが、それはそれで安心した。
施設の話も虫の話も全て嘘だとするのならまともな生活を送っているということだ。
雫が親と一緒に帰っていくのを6人は見送ってから花見を再開した。
「家出かぁ、そんなことってアニメの中だけだと思ってたけど現実であるんだね」
家出をする理由は人それぞれだが、例えば家に居るのが苦痛だったり、逆に過保護にされすぎているとかなどがあるが雫は後者の理由だろう。
大事にされていることを自覚してまた家出しないことを願うばかりだ。
「まぁ普通の理由でよかった。もう二度とあんな姿を見たくないからな……それが誰であろうと」
雨ケ谷は1度雨恵の似たような姿を見た事があるのでその苦しさとかを目の当たりにしてきたのだろう。
「まぁまぁせっかくの花見なんですから、暗い話はしないでおきましょうよ
「それもそうか」
「時間……もう昼ぐらいじゃないですか? そろそろこの持ってきた弁当でも食べましょうか」
雫が帰ってしまったので少し量が多いのだが、育ち盛りの男子高校生2人が普通の人の1.5倍以上は食べるので問題ないだろう。
「やっぱり真夏さんたちって料理上手いね〜こんな美味しい料理を毎日食べられてる神楽が羨ましい」
「俺にはもったいないと思うけどなぁ〜もっと振る舞う相手がいただろうに」
「奏介くーん、前の約束忘れたのかなぁ?」
「やっべ」
奏介は少し真夏に怒られたのだが他の人はこの約束を知らないので状況が分からないだろう。
ご飯を食べたあとはブルーシートを片付けて、桜の木が並んでいる道を歩いていた。
「綺麗だね〜奏介くん、写真撮ろうよ」
真夏はそう言って奏介に有無を言わさずに抱き寄せて写真を撮った。
いつもなら恥ずかしがるのだがテンションが高い時の真夏は恥ずかしいという感情が薄れていて、落ち着いた時に恥ずかしさが込み上げてくるのだ。
各々付き合ってる組は手を繋ぎながら歩いていて、真冬と叶に関しては後ろで何か話している。
「奏介さんは子どものころはどんな人だったんですか?」
「そーくんはね〜今では考えられないと思うけど昔は泣き虫でよく私に甘えてきてたかなぁ」
昔は宝城のこともあったのでよく奏介は叶に泣きついていた。
「聞こえてるよー」
そこまで離れて歩いているわけではないので奏介の耳には二人の会話が丸聞こえだった。
「叶、俺の昔の話をするのなら俺がいない所でしてくれるかな? 」
「聞かれたから仕方ないですね」
「目の前で自分の黒歴史と言うのか分からないけど昔のことを晒されてるのは普通に生き地獄だから」
「へぇ、いいこと聞いちゃったなぁ」
(この後、弄られるんだろうなぁ……)
そしてしばらく歩いていたら夕方になっていたので最後にみんなで集合写真を取って今日は別れた。
「弁当は量が多くて作るの疲れたけど、作るのも楽しかったしみんなで花見するのも楽しかった」
「そうですね、私たちは奏介さんと出会ってから本当に思い出が増えたと思います」
「そーだねー、容姿だけを見て近づいてくる男ばっかで、お姉ちゃんとしか過ごしてこなかったから」
人気者というのは友達が多いという意味ではなかった。
近づいてくるのは付き合いたいだけの男子や人気者を妬む女子たちばかりだった。
「内面まで見てくれてるのは茅森さんと奏介くんと雨ケ谷さんぐらいだから。奏介くんと関わるようになって思い出が一気にできたんだっ!」
その笑顔は100万点の笑顔だった。
(1年で俺の生活もだいぶ変わった物だよなぁ)
1年生の時に真夏を事故から庇ってから、落ちに落ちていた奏介の生活が段々と上に上がっていって、今となっては今までで1番楽しい時間だ。
来年も、再来年も、そう言わずもっとこの先もこの幸せな生活が続くことを願う奏介だった。
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