第49話

せっかく春なのでいつもの6人で花見に行くことになったのだが、当然と言うべきなのか男である雨ケ谷と奏介は場所取りとして活用されていた。


去年、奏介は一緒に行くような友どちもいなかったしあの一件があって外に出る気すらなかったので久しぶりの花見だ。


「場所取りに向かわされるのに文句は無いけど、こんなに朝早くから取りに来る必要あるのか?」


周りを見渡すが花見をするであろう人達は数グループしかいなかった。


「過去の経験から学んだけど本当に朝早くから行かないといい場所は取れないんだ。少し時間が経つだけでもいい場所は取られていくんだよ」


奏介たちが今いるのは桜の木の真下で花見をするのに最適な場所だった。


本当に綺麗な場所なので朝早くから起きて場所を取りに来た甲斐があったと、そう思える場所だった。


「まだ真夏さん達は弁当の準備をしてるんだよな?」


「多分4人で仲良く作ってるんじゃない? 4人で作ってるからなるべく早く完成させてもらいたいなぁ、暇だし」


「俺も暇だよ。今何時だと思ってるんだ午前5時だぞ」



※※※



「お花見楽しみだね」


「口より手を動かしてください、早く作って持っていかないと。奏介さんたちが朝早くから場所を取ってくれているんですから」


「雨ケ谷さんとそーくん、暇そうですね。早く作らないとです」


人数が人数なので作らないといけない量が結構多いので4人で作っていてもまだまだ時間がかかる。


夕凪家のキッチンで4人は弁当を作っているのだが、普段2人で料理をしているキッチンなので少しギュウギュウだ。


料理は真夏と真冬が、弁当に詰めるのは叶と雨恵が、役割分担をして弁当を作っている。



※※※



奏介と雨ケ谷は話しながら時間を過ごしていて、時間が経つにつれだんだん人が増えてきた。


そんな中で普通じゃないひとりの男の子が公園の隅で三角座りをしていた。


見た目的には小中学生くらいだろう、ただなんでそんな少年がこんな公園の隅にいるのだろうか。


「雨ケ谷、俺が話に行ってくるからここに残って場所を保っておいてくれ」


「あいよ」


俺はその場から立ち上がり公園の隅にいるその子に声をかけた。


「そんなところで何してるの?」


その子はゆっくりとこちらに振り向いて「……何?」と小さく呟いた。


「いや、公園の隅で1人で居たから気になっただけだけど……余計なお世話だった?」


「いやそんなことは無い……けど。ずっとここに居たけど、久しぶりに誰かに声をかけてもらった……」


この様子だと相当な事情があるのは間違いないだろう。


そもそもここで子どもひとりが座っている時点で異常なのだ。


「ここに居たって……親はどうしたの?」


「いないよ、僕を置いてどこかに行った」


その子は急に声を冷たくしてそう言い放った。


(立花さんと似たような感じか……)


親がいないということは家も、ご飯もないということだろう。それならこの子はどうやって生活しているのか、心配になった。


「どうやって生活してるの? 食べ物も、ないんだよね」


「雑草とか、虫を食べて生きてきた。僕にとってそれが普通だから」


俺は真夏にメールをして弁当を少し多めに作って欲しいとお願いした。弁当の一部をこの子に分けようと思う。


俺は名前を知らないその子を雨ケ谷の場所まで連れていった。


みんなには驚かれるかもしれないが自分が過去に辛い経験をしているからこそ辛い経験をしている人を見捨てられなかった。


「その子は、さっき言ってた人だよな?」


「そうだな、ただ見捨てる訳には行かなかった。立花さんと似たような経験をしているんだこの子は」


「ええっと……よろしく?」


それから話をしていってわかったことなのだが、この子の名前は五月雨雫さみだれしずく。物心が着いた頃には施設暮らしで、施設から出る年齢になって今に至るらしい。


俺は余計にこの子が放っておけないと思ったので誰かに養子として引き取って貰いたいところだった。


養子として迎え入れる条件を満たしている家は奏介、雨ケ谷、真夏たち、なのだが真夏たちは親が海外にいるので期待はできないだろう。


そしてしばらくして4人が弁当を持ってやってきた。


「その子は……?」


「五月雨雫って言うらしい。公園の隅で1人座ってて、昔の俺と同じような顔をしてたから……放っておけなくってね」


昔の俺ような顔というのは何もかもを諦めて絶望した、そんな顔だ。


「……どうも」


「弁当を少し多めに作ってきてってこの子がいたからなんだねぇ」


それからしばらく話し合った結果、引き取り手が見つかるまで真夏たちの家に住まわせることになった。


「俺も一応親に聞いてみるかなぁ」


「私も……お母さんに聞いてみる」


「……ありがとうございます」


雫はそう小さく呟いて、奏介と雨ケ谷が敷いたブルーシートの上に座った。


そんなこんなで奏介たちは雫を新たに迎え入れて花見を始めた。


花見が始まったその時に奏介は、雫の微笑んだ顔が視界に入ったので、それにつられて奏介も微笑んだ。


(辛い過去があっても今が楽しければいいんだ。心の傷は癒えないけど、過去より現在を大事にしないと)


奏介だってその気持ちがあったからこそ過去を乗り越えて、現在笑って過ごせてるのだ。


ただ雫には秘密がある……。

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