第36話

文化祭が終わり勉強に追い込みをかけたおかげでテストをしている段階で絶望することはなかった。


テストが終わったあとは、メールで母さんから帰ってこいとメールが来ていたので、3人を連れて家に向かった。


「急にごめんね、母さんが帰ってきてって言うもんだから」


「大丈夫ですよ。元々そういう約束の元、奏介さんが私たちの家で過ごしているんですから」


「許可してくれてるだけありがたいと思わないとね。1年も関わってない人のところに息子を預けるってことをさ」


確かに奏介の親からしたら真夏たちは知らない人で、息子が庇った相手という認識でしかないだろう。


ただお世話することを許可して、そこで息子を任せても問題ないと判断したのだろうか。


いずれにせよ今真夏の家で奏介が生活できているのは母さんのおかげっていうのもあるだろう。


そして久しぶりに来た我が家の扉を開けると母さんは真夏さんと真冬さんと二人で話したいと言うので、俺は自分の部屋で時間を潰すことにした。


「んーだいぶ部屋汚いなぁ……今の時間に掃除でもするか」


俺は掃除を初めてクローゼットの中や引き出しの中を整理していると懐かしい物が姿を見せた。


「これは……日記か」


俺がそれを手に取って数ページめくると、文字の形から小学生ぐらいの時に書いたものだと理解出来た。


小学生の時に書いたものなら‪”‬あの‪”‬ことも書いてあるだろうと思い、ページをめくっていくとすごい量の文字が書かれているページがあった。


「恐らくここに書いてある事だな……今でもフラッシュバックしてしまうような辛い経験のことは」


ここに記されている内容を今読み直してみる。



いつも一緒にいた友人に悪者にされた、生きるのが苦しくて仕方なかった。

人間は生きていれば少なからず悲しいことや辛い経験があると思う。

その辛い経験に今、相対している。


殴られたり、物を隠されたりするのは日常茶飯事だった、死にたいと何度も思った。それでも叶が自分を必要としていたから自殺という考えを決行するまでには至らなかった。


その行動がその後の自分を苦しめていた。私がいるから、貴方を大切にしてくれている人がいるから、自殺してはいけないと叶に言われるが本当に自分を大切にしてくれる人なんているのだろうか……。


先生だって、クラスメイトだってただの傍観者に過ぎない。

いつだって先生はみんなの味方っていうのも馬鹿らしく聞こえる、いじめの現場を見ているはずなのに止めに入ろうとしないし、その事実を言ったとしても何かと加害者側も弁護したがる。


何回も叶に泣きついたと思う、その時は叶が幼馴染ではなくお姉ちゃんに見えた。



「昔の俺に言えることがある……心の傷は永遠に癒えないけど、今の俺は笑って暮らせてる。この時だけが全てじゃない、俺を必要としてくれる人がたくさん存在していると理解出来たから生きることを選んだんだ」


明かりも付いてない部屋で1人、感傷に浸っていると部屋の扉がノックされた。


扉を閉めていたことも忘れていたし、部屋の明かりもつけていないことも日記を読んでいて忘れていた。


俺は日記を引き出しの中にしまって扉を開けた。


「奏介くん、お待たせ〜って……え?」


「ん、どうしたの真夏さん? 扉のところで立ち止まって、早く中に入ってきなよ廊下は少し寒いでしょ?」


「どうしたのって……今、奏介くんは泣いてるよ?」


「え?」


そんなはずは無いと目を拭ってみると、真夏さんに言われた通り涙が流れていた。


原因はあの日記を読んだこと以外に心当たりがない、むしろそれ以外の理由はありえないだろう。


(そうか……辛かったんだな)


まるで他人事かのように納得して、再度目を拭った。


「心配しなくても今はもう大丈夫だよ、昔のことだからさ」


「辛い事が昔にあったんですね。私たちが知ってる叶さんのこと以外にも」


「まぁそうだね……今でもフラッシュバックしてしまうような辛い記憶だ。でも今は笑って暮らせてる、それだけで十分だ」


俺は家から去る時にバレないようにその日記を鞄の中に詰めてから外に出た。


(別に復讐だとか、そんなことをアイツらにする気は無い。ただ許すことも絶対にしない、そもそも俺はアイツらの二度と関わる気なんてないからな)


真夏さん達の家に戻ってリビングでそのようなことを考えていると、真夏さんと真冬さんが何かを持ってきた。


「ん、それ何?」


「テスト終わりだから甘いものを作ろうと思ってね。それでこの前奏介くんが砂糖のザラザラが苦手って言ってたからシュークリームにしてみた」


「ありがと、早速食べるよ」


奏介はこうやって真夏たちにお世話してもらって、今生活しているのが当たり前になっているのだが、いつか一緒に居られなくなる日が来ないとも言いきれない。


だから奏介は真夏の気持ちに応えることができないのかもしれない。


「いつも通り美味しいよ。お店のやつより真夏さんたちが作ったのがいちばん美味しいかな」


「あ、ありがとう。というか奏介くんってなんでも美味しいって言ってくれるよね」


「実際、美味しいからな」


お世辞抜きで真夏さんたちの料理は美味しいのでその感想を正直に伝えているだけだ。


「あ、奏介くんほっぺたにクリームついてるよ」


俺がクリームを指で取ろうとすると、横から体が伸びてきてほっぺたに付いてあるだろうクリームをパクッと食べた。


指で取ってから食べたのではなく直接食べたので頬にキスしたのと同じことだった。


「あの……真夏さん?」


「は、はい……」


真夏さんもそのことに気づいているのか、クッションで顔を完全に隠しきっていた。


俺は海水浴の日から恥ずかしいという気持ちが少し薄れてしまったので蒸発するまでには至らなかったが、真夏さんはダメそうだった。


(そういう可愛い部分が、俺に守りたいと思わせてるんだろうなぁ)

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