第33話

あの日から毎日学園が終わってはジムに行くという生活を送ってきたが、文化祭当日となってその成果が出てきたと実感できた。


鏡で自分の姿を見た時に引き締まってるように見えたし、何より筋肉が付いていた。


まぁ筋トレは決して楽なことではなかった。日が経つにつれレベルが上がっていく筋トレにいろんなところが折れかけたがなんとか当日までもちこたえた。


そしてメイド喫茶のメニューの下準備をするために真夏さんと一緒にキッチンに立っていた。


正直、料理を手伝いたいのだが、この前作った時があのザマなので傍観することしか出来なかった。


「奏介くんは別に他のことをしててもいいんだよ? と言ってもこれといってやらないといけないことは無いんだけど」


「俺は真夏さんが料理している姿を見ているだけで楽しいよ。それに料理を見て俺も作れるように勉強もしたいからさ」


まだ先の話だが、ホワイトデーというものがこの世には存在しているので多少のお菓子を作れないとまずいのだ。


俺は真夏さん専用のボディーガードかのようにずっと隣にいて料理姿を眺めていた。


精々俺にできたのは、完成した生地を冷蔵庫に運ぶことぐらいだった。


「とりあえずあとは型をとって焼くだけだから一旦料理は終わりかな。次はテーブルの上にメニューを置いたり掃除したりだね」


「それなら俺も手伝えるから、2人でパパっと終わらしちゃおうか」


そんな会話をし他二人がキッチンを出たあとにキッチンに残っていた人達でこのような会話が行われていた。


「神楽さんと夕凪さん、付き合ってるじゃないかってレベルで距離近いじゃん……あれで付き合ってないのが不思議で仕方ないんだけど」


「いやまぁ夕凪さんは神楽さんに恩があるし、お世話もしていたらしいし仲良くなるのは当然じゃない? 」


「まぁ私たちは見守っておきましょうよ」



※※※



客席の準備が終わってしばらくたったあとに文化祭の開始の合図であるチャイムが聞こえてきた。


外での案内の人が数人、キッチンが2人、残りの人は接客という体制でこの店は動かしていた。


開始早々に席が埋まるという学生の出し物としては珍しい状態で、注文が次々と入ってきて少しキッチンが忙しそうだった。


俺と雨ケ谷は1番隅の席でコーヒーを飲みながら周りを確認している。


「なぁ雨ケ谷、もしそういうやつが出たとしてどういう感じに抑えればいいと思う?」


「普通にスタッフを庇うようにたって話し合いでもすればいいんじゃないの? 話を聞かなかったら多少武力にでも……」


とそんな会話を小声でしていると早速現れた。


写真を撮ろうとしているやつがいたので俺たちはそいつの前にたって少し強い言葉で注意しておいた。


「ふぅ……これは俺らも忙しくなりそうだぞ」


店は客の案内やら、料理を運んだりと随分忙しくもはや本当に店ぐらいには賑わっていた。


そしてまぁさんが休憩に入ったのを見て、一旦この場を雨ケ谷に任せて俺も休憩をとった。


「真夏さん、変なやつもいて大変だけど大丈夫?」


「奏介くんと雨ケ谷さんが注意してくれてるから大丈夫だよ。案外客が多くてびっくりしてるけど、売上1位を狙えそうで少し嬉しいかな」


「真夏さん、そろそろ事前に用意していた生地がなくなりそうなので追加で作りましょう!」


「うん! それじゃあまた後でね奏介くん」


(そういえば体育祭の日に叶が転校したって言ってたけどあの日以来、全然見ないな……)


ここの生徒はまぁまぁ多いので単純に見かけないだけだろう。それならこの文化祭の日がいちばん遭遇しやすいはずだ。


雨ケ谷にしばらく任せると声をかけた後、ちょっと外に出て叶を探しに行こうとすると廊下にとんでもない長蛇の列ができていた。


(すごいなぁ……多分真夏さん目当てかな?)


その長蛇の列を眺めていると少し奥に見慣れた顔があった。


「こんなところで何してんの?」


「見ての通り並んでるんですよ、そーくんがここでスタッフしてるって聞いたから……でも中に入る前に会えましたね」


「体育祭の日以来見かけなかったけど、色々先生と話してたりしたのか?」


「まぁそうですね。とりあえずここでずっと話してるのもダメでしょうし仕事に戻った方がいいじゃないでしょうか?」


「そうだ、早く戻らないと!」


去り際に叶の名札を確認すると紫色だったので10組なのだろう。


さっきから雨ケ谷に任せてばかりだったのでさすがに俺も働かなければと思い急いで中に戻った。


中に戻ると雨ケ谷と1人の客が揉めていた。


「外にも書いてあるよな。スタッフを触ったり、写真を撮ったりするのは禁止って。それを破ったら即退店って」


「お前こそなんなんだよ、急に店の端から出てきて」


「俺はこの店の警備員だ。お前みたいなやつがでた時に止めるように端にいたが、案の定出てきたな」


そしてその男が雨ケ谷に手を出そうとしたので背後からその手を掴んで静止させる。


「うちのスタッフに手を出したのならすぐに退店です。もう既に教師にも連絡しましたし、大人しく帰ってください」


俺が先生に連絡したと言うとその男は走ってこの店から逃げるように出ていった。


先生に連絡したというのは嘘なので、その嘘に騙されて出ていって助かった。


「お騒がせしてすいません。引き続きお茶をお楽しみください」


「大丈夫? どこか触られたりしてない?」


「ええとすぐに雨ケ谷さんが駆けつけてくれたので触られたりはしてません」


「それなら良かった。ごめんね俺がちょっと外を出たから、怖い思いをさせちゃった」


その子は「大丈夫ですよ」と言って引き続き、接客の仕事再開した。


俺は雨ケ谷に「悪いな」と一言かけて、2人でさっきより一層警戒を強めて監視を始めた。


その後は嬉しいことに何も起こることなく文化祭の一日目を終えることができた。


そして2日目は生徒の親など、関係者も入っていい日なので今日より忙しくなりそうだ。


帰り道、真冬さんは用事があるということで一緒ではないが真夏さんと2人で歩きながら話していた。


「いやぁ今日は色々あって疲れたなー」


「お疲れ様、奏介くん。止めていた時の奏介くんかっこよかったよ」


「ありがとう。真夏さんもメイド姿ものすごい可愛かったよ、学生の出し物に留めておくのがもったいないくらいには」


奏介は不意にこういうことを言うので真夏からしたら心臓に悪いこと極まりなかった。


真夏さんの方に顔を向けると、口元を押えて少し顔を赤く染めていた。


「急に……そういうことを言うのやめて欲しい……。奏介くんは無意識に言ってるかもしれないけど、言われる側はその、恥ずかしい……から」


「俺は本心を伝えただけなのに……」


その一言で真夏の頬がさらに赤くなったことに奏介は気づかなかった。

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