第27話

奏介たち実行委員は体育祭の開始前から準備がある。


実行委員は好きな競技に一つだけ出れる代わりに、それ以外の時間はアナウンスなどをしているだけの裏方だ。


いつもより早く起き、学園に向かって事前準備を済ませる。その後にすぐ体育祭の開始なので休む暇などない。


「真夏さんはどの競技を選んだの?」


「私はこんな暑い中で動きたくないし、アナウンスとかの裏方を選んだかなぁ。奏介くんは逆に何を選んだの?」


「俺は楽そうな借り物競争かなぁ。余程変なお題が来ない限り楽な競技だからねぇ」


変なお題が来なければの話だ、好きな人とか気になってる人とかというお題が来たら奏介の行動次第で学園生活が変わってしまうだろう。


あと奏介は強制参加の部活対抗リレーにも出場することになっている。


「話してばっかりじゃ他の生徒が来るまでに準備が終わらないよ!」


柊さんにそう言われてしまったので、会話を区切ってコーン、テントの設置などを済ませていった。


俺は頬を伝ってくる汗を拭いながら、自販機で購入した水を飲む。


「朝早くからこんな労働強いられるとか……これからは勘弁して欲しいなぁ」


俺は1人テントの中で呟く。


それからしばらくして生徒たちがぞろぞろとグラウンドにやってきた。


そして開会式が終わり第1種目の『借り物競争』が早速始まった。


「いやぁ初っ端からかぁ。まぁこれ終わった裏方の仕事をするだけで済むんだし頑張るか」


「頑張ってこいよ神楽。お前なやばいお題を引くことを願っておくわ。そっちの方が面白そうだし」


「洒落にならんからまともなお題であってほしいんだが……」


俺はまともなお題であることを願ってスタートを切ったが、俺が引いたお題は……。



──────大切な人(女)。



好きな人や気になってる人とかよりはマシだとは思うが、いざ大切な人と問われると俺としては候補がありすぎる。というかより俺の頭を悩ませたのは女限定ということだ。


(くっそ、男でもいいなら雨ケ谷を速攻で連れていったのに。女限定だとしたら普通に考えて真夏さんか、真冬さんだけど……)


こんな全クラスが集まってるこの場で大切な人を晒すとなればもはや公開処刑だろう。それでもここに叶はいないし、真夏さんか真冬さんが少し悩んだが想いを聞いた真夏さんを選ぶことにした。


「俺のお題的に真夏さんが適任だから早く来て!」


「え、え? わかった」


俺はテントの中で休んでいて真夏さんの手を引いてゴール地点まで走っていった。


俺は体育祭の後に少し噂されることを覚悟して、ゴール地点にいた審査員に紙を渡した。


「ふむ……貴方が真夏ちゃんを事故から庇ったことは知ってますが、具体的になんで大切なのですか?」


「説明しろってことか……。えぇと真夏さんは俺の生活を支えてくれてるから……かな? あと秘密にしておいて欲しいんだけど一緒に生活してるから」


「OKです、1位は神楽君です!」


俺は普通に恥ずかしいのでその場を急いで誰もいない場所まで走っていった。


奏介にとって大切な人は大人数にいるのでその中から1人を選べと言われて普通に悩んだ。‪”‬選ぶ‪”‬ということはその中で優劣をつけることにもなるから俺としてはそんなことはしたくなかった。


昔だったら悩むことなどなかったのだろうが、今となっては奏介の中で1番大きい悩みかもしれない。


「その様子と真夏さんを連れていったところを見たら、お題は俺の望んでた通りみたいだな」


「あのなぁ雨ケ谷、俺だって大変だったんだぞ? ゴールのところで詳しく説明しろって言われたし」


あの時に初めて俺は雨ケ谷たち以外に同棲的なことをしていると口にした……そのことが学園中に広まらないことを祈るだけだ。


その後俺は学園の周りを見回るだけという単純な仕事をしていた。聞こえてくる歓声とアナウンスだけでなんとなく体育祭の状況を把握しながら、学園の周りただ歩いていた。


「いや普通に実行委員って割引で購買を買えることとこの扱い具合を比べたら、損の方がやっぱり勝つなぁ」


たまに中に入って校舎内を見回るという名目で涼みに行って、また外に戻って見回るの繰り返し……この作業を何回繰り返したかはもう分からない。


そもそも平日の昼時に学園に用事のある人物なんてほとんど居ない。


何か重大なことも起こることはないだろうしただ歩いているだけでいい仕事だ、今までの仕事と比べればだいぶ楽な方だろう。そんな仕事の最中で俺はとある人物と出会った。


「あのぉ……叶? 今日は普通に平日だし学校も普通にあるんじゃないか? なのになんでここに居るんだよ……」


「この学園の生徒ですし、ここにいるのは当たり前じゃないですか?」


「ん?」


俺の記憶が正しければ、この前叶が俺の隣で転校なり呟いていた気がするが、本当に転校してくるとは思わなかった。それに今着ているのは紛れもない桜樹学園の制服だ。


「色々な手段をとってこの学園に転校してきました! クラスはどうなるか分かりませんが……」


「えぇ……」


いつも真夏さん達と一緒に帰っているのでそこに叶が混ざるとなると、言い争いになるのは目に見えてる。


ただ、叶のこの笑顔は何回も見てきたが、本当に決行した時の笑みなので本当にこの学園に転校してきたのだろう。


「俺は実行委員の仕事で歩いてるけど、叶は転校してきたってことは先生に呼ばれてたりしてるんじゃない?」


「その通り、私は先生呼び出されているので体育祭が終わったあとにまた会いましょうね」


そう言って叶は校舎の中に向かって走っていった。


クラスが同じになったら学園生活がより大変になることは決まっているだろう。それでも叶と同じクラスになりたい気持ちの方が勝っている。


(そういやいつまで学園の周りを歩いてればいいんだ……?)


そして一周して校門に着くと委員長が立っていて、ようやくまともな休憩が与えられた。


「見回りお疲れ様です、一旦好きな場所でご飯を食べてきてもいいですよ」


「わかった。ご飯食べたらすぐ戻るね」


俺はそう言って中庭に行ってお気に入りの木陰に腰をかけた。


「ここには誰も来ないし、程よく涼しいから休憩するのに適切なんだよなぁ」


俺は購買で買ったサンドイッチ食べたあとは、最後の部活対抗リレーの時まで観戦していた。


そして普通のクラス対抗リレーが終わったので俺は待機場所まで移動した。


「取れるかな、1位」


「卓球部が1位になって、陸上部達に下剋上するんだよ!」


みんなのやる気は申し分ないことが確認できた俺は定位置に移動する、ちなみに俺はアンカーだ。


アナウンスで前フリが入って、その後に第1走者がラインの上に移動する……そしてピストルの音が聞こえると同時にいっせいに走り出す。


部活対抗リレーの開始だ……!。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る