第22話
奏介はこの前、「度を過ぎないスキンシップならしていい」と真夏に言ったのだが、その日から以前とは別人のように奏介にベタベタしていた。
この前までは適度な距離を保っていたのだが、真夏が積極的になっている気がする……というか積極的になっている。
家でされる分には誰にも見られてないし、別にいいのだが学園内でされるのはちょっと困る。
周りからの視線も多くあるし、何より男子からの視線が痛すぎる。
「真夏さんや、さすがに学園内では控えてもらえると助かるんですけど……」
「だってー奏介くんが叶さんに取られちゃうかもしれないじゃん? だから取られる前に奏介くんを惚れさせちゃえば一件落着ってね」
「絶対に一件落着ではないし、少なくとも今は惚れるなんてことありえないから」
「今はってことはこれから先にはあるかもってこと?」
「たぶん……」
真夏さんたちの家に住まわせてもらってからしばらく経つが、家で過ごしていた時より毎日が楽しいしこれから何ヶ月、何年も過ごしていたら俺がいつか真夏さんに惚れる日があるのかもしれないと考えていると、茅森が俺の机の前に立っていた。
「神楽っち、随分真夏ちゃんと仲良くなったんだね。最近はずっと真夏ちゃんとか雨恵ちゃんとかと仲良さそうに話してるから、私はその輪に入りずらかったんだからね?」
「それはまぁ気を遣わせてごめん。別に茅森も友達なんだから自由に会話に入ってきていいからな」
「言ったからね? とりあえずイチャイチャしてるところ悪いけど会話に混ざりまーす」
別にイチャイチャしているつもりは無いのだが、傍から見たらそう見えるのだろうかと思ったのだが、そんなことを意識してしまうと恥ずかしくなるので俺は考えるのを辞めた。
一方的に真夏の方が奏介にグイグイ来てるだけなのだが、何も事情を知らない人からしたら付き合ってる人にも見えるだろう。
「まぁとりあえず一旦真夏さんは離れてくれるかな!? まだ一応夏だしさすがに暑い」
「今回はこれぐらいで満足してあげよう……家に帰ったら覚えておいてね」
「真冬さんがいるのにそんなことしていいのか? バレたらバットエンドだぞ普通に。ものすごく怒られると思うけど、そこまでのリスクを背負うか?」
俺がそう忠告すると真夏さんは「それは嫌だね……」と俺から少し距離を取った。
この様子なら、今日は学園内でも家でもさっきのようにベタベタされないだろう。
ベタベタされると暑いし、何より俺の心臓が持たなくなる……真夏さんの前ではあんなことを言っていたり平然を装ったりしていたけれど内心は結構ドキドキしていた。
それから学園では問題なく過ごして、部活は真冬さんが居るので大丈夫だったのだが、家に帰ると真冬さんの目に入らないところ……でスキンシップをしてきた。1つの例としてソファーで3人で座ってる時に背中の後ろで手を握ってきたり、他にも色々あった。
「ねぇ真夏さん、さすがに距離が近すぎるって」
「いやそんなことないと思うよ〜?」
真夏さんと小声で話していると、真夏さんを挟んだ向こうにいる真冬さんが「何、2人で小声で話しているんですか?」と少し圧を込めながら言ってきたのでおそらく会話の内容が聞こえていたのだろう。
「えぇと、奏介さんはちょっとそこで待っててください。真夏は……私の部屋に」
「だから言ったのに……。とりあえず頑張って来てもらって」
「一体、何を頑張ればいいの!?」
「はーい真夏、無駄口を叩いてる暇があるなら早く私の部屋に来てねー。何回も説教してるけど、いい加減学んで欲しいかなぁ?」
真夏さんは真冬さんに引っ張られて部屋に連れていかれた。この光景は短い間に何回も見たと思う。
(真冬さんって普段は礼儀正しくて穏やかだけど……怒ると無言の圧力が怖すぎる。やっぱ普段穏やかな人ほど怒ると怖いってのは本当なんだなぁ……)
少し耳を澄ましてみると、真夏さんと真冬さんの2人の声が聞こえてくる。
しばらく耳を澄まして会話を聞いていると、半泣きの真夏さんがリビングに戻ってきた。
「今回はいつもよりちょっとキツめに言っておきましたので、奏介くんが許可しない限りは真夏からのスキンシップはこれからはないと思いますので安心してください」
「あ、ありがとう?」
これはありがとうなのか? それともなんなのか分からないが、これで少なくとも真夏さんに学園内で何かされることは無いだろう。
それからしばらく真夏さんはずっと目が潤んでいたが俺が慰めの言葉をかけると、すぐにいつも通りの様子になった。
今の甘すぎる生活が、1度堕落してしまった俺にはちょうど良いのかもしれないとそんなことを少し考えた。
そして今日の夜は、なんとか真冬さんを説得して2人で寝ることになった。
布団の中に入ると真夏さんはすぐに寝てしまったが、俺は掛け布団を少し真夏さん側に寄せて「おやすみ」と呟いて目を瞑った。
返事は帰ってこなかったが、その言葉を言った時真夏さんの口元が少し緩んでいた気がした。
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