第19話

海水浴の日からしばらく経ったある日、1回家に帰ると、『せっかくの夏休みなんだから学生の貴方たちは青春らしいことしなさいよ』と母さんから拍車をかけられたので俺は真夏さんたちにお泊まり会をしようと提案していた。


「呼ぶのは海水浴の5人で、泊まる家は……」


俺の家は5人が泊まれるほど広くないし、おそらく立花さんの家も雨ケ谷の家もダメだろう。そうなったら選択肢はひとつで。


「私たちの家でいいんだよね! ここの家、無駄に広いし5人が泊まれるスペースぐらい全然余ってるから」


「まぁ私たちの家が泊まるのに適してるでしょうね。それじゃあ私たちは泊まってもらう準備をしますので奏介さんは雨恵ちゃんと雨ケ谷さんに声をかけておいてください」


2人が許可してくれたのなら俺のやることは1つで早速2人にメールを飛ばしておいた。


そうするとすぐに2人から『OK』の返事が来たのでそれを2人に伝えた。


「2人は来るってことでいいんですね? それなら5人分の晩御飯を作るのに少し材料が足りないので買ってきてくれますか?」


真冬さんそう言って、材料の書いてあるメモを手渡してきた。


書いてある文字はとても綺麗で、メモの端に多少なら好きなものを買ってもいいですと書いてあり、真冬さんの几帳面きちょうめんな部分が伺える。


「それじゃあ早速行ってくるよ」


2人に見送られ俺は近くのスーパーに向かった。


道を歩いている途中俺は見た事のある影が目に入った。


(っ!)


俺は息が詰まりながらも何とか声を絞り出そうとするが、声が出ない。

ただ手を伸ばして、その人を捕まえようとしても、届かない。


その人は紛れもない叶本人で、奏介が会いたいと願いに願った人物だが、姿を見た瞬間脳裏に記憶が浮かび上がり、声が出せなかった。


「か……なえ」


俺が何とか声を絞り出せた頃には叶の姿は視界にはなかった。


(でも絶対にこの街に叶はいる……いずれまた会えるはず)


奏介はずっと叶のことを考えながらメモに書いてあったものを全て購入して、さっきと同じ道を歩いていた。


奏介は叶とすれ違った場所で立ち止まった。


小さな光が集まればいずれ世界を照らす明かりとなる……。まずは真夏さんたちが叶の名前を知っているということからの小さな光、次は昔にあのショッピングモールであったことがあるということからの中くらいの光、そして今回すれ違ったということからの大きな光。


奏介は自分のペースで1歩ずつ、叶に近づいてきている。


「ここで過ごしていれば必ず会えるはずなんだ」


そんな希望を持ち、奏介は家に戻った。


「あ、おかえり奏介くん! 買い物はリビングの机に置いておいて……あとは少し休んでていいよ」


「ん、わかった。5人分の晩御飯を2人で作るのは大変だろうし、今回は俺も手伝おうか?」


「料理本体は任せて欲しいけど、皿運びとかを任せようかな」


「了解ー」


時刻は午後2時で雨ケ谷からさっき3時ぐらいに雨恵と二人で向かうからとメールが来た。


夏休みとはいえ遊びすぎのは良くないし、夏休み明けにはテストがあるので、雨ケ谷が来るまでの間は3人で勉強をすることにした。


おそらく次のテストまでの課題になるであろう範囲を先にやっておいて、テスト期間になってから復習という形で勉強をするように奏介はしている。


「次こそ負けないためにも……徹底的に……」


「それなら私よりも努力したらいいんじゃないんですか? 私は案外影で勉強しているんですよ。それでも奏介さんには負けましたが……」


「そりゃあ勉強してきた時間が違うからね、仕方ないと思うけど……というか真夏さん、距離近くない?」


今真夏さんは俺のすぐ隣に座っている。別にそこまで狭い場所でもないしもっと距離を取ろうと思えば取れるのだが……。


「いやぁあんなことがあったんだし、別にいいかなぁってね」


「なんのことですか?」


「いやなんでも……と、とりあえず勉強しようか」


真冬さんはこちらを見つめて疑ってくるが、あのようなことがあったなど実の姉である真冬さんに言えるわけが無い。


あの時のことを思い返すだけでも恥ずかしくなってくる。


とりあえず気分転換として勉強する教科を変えて勉強を再開したのだが……それでも真夏さんの距離は近いままだった。


その時にピンポーン、とチャイムが鳴ったので玄関を開けに行くと、大きめの鞄を持った雨ケ谷と立花さんが立っていた。


「海水浴ぶりですね……今回は誘ってくれてありがとうございます」


「いや提案したのも立花さんたちを誘ったのは俺だけど、家に泊めてくれるのは真夏さんたちの方なんだからお礼なら俺じゃなくてそっちに言うべきだと思うけど」


「とりあえず中に入ってよ!」


いつの間にか真夏さんが俺の後ろにいて肩からひょこっと顔を出してそう言った。


2人が来たことを真冬さんに伝えると、勉強を切りあげた真冬が玄関にやってきて「いらっしゃい」とだけ言ってリビングに戻って行った。


「そうだ、さっきまで勉強してたんだけど雨ケ谷も勉強するか?」


「夏休み明けにはテストがあるし、普通に関わってるやつが高レベルすぎて勝てる気がしないけど少しでも追いつきたいから勉強しようかな」


「私は和くんの勉強のお手伝いかな……」


ということで5人はしばらく勉強をして、夜になった頃に真夏と真冬はキッチンに、奏介は皿運び、雨恵と雨ケ谷はソファーでくつろいでいた。


そして料理が次々と完成して、俺が皿を運び終わると全員が椅子に座って晩御飯を食べ始めた。


「そういや寝る時なんだけどさ、せっかくお泊まり会なんだからみんな同じ部屋で寝たいよね……ということで奏介くん、部屋に行ってもいいかな?」


「元々は誰の部屋でもないところに俺が住まわせてもらってるんだから、主の言うことには逆らわないよ」


「それじゃああそこの部屋で5人で寝よう!」


「まぁ別にいいんですけど……奏介さんと雨ケ谷さんがベット以外で寝ることになると思うんですけど……」


俺と雨ケ谷は「別に問題ないよ」と言って、女子たちをベットに寝させることにした。


別に床で寝れないなんてことは無いし、家主を優先するのは当たり前のことでそれに加えて女性なのでベットに寝させるのは当然だろう。


ご飯を食べ終わり、各々で風呂に入ったあと布団を床に引いて完全に修学旅行の夜のような環境になっていた。


しばらく話していると声が少しづつ少なくなっていて、最終的には奏介と雨ケ谷だけになっていた。


「他のみんなはもう寝ちゃったのかな?」


「そうみたいだな、とりあえず他の人が寝ちゃったのならもう話すこともないし俺たちももう寝ようぜ」


「そうしよう」


奏介と雨ケ谷も眼を閉じて眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る