第8話
朝、学園にいつも通り夕凪姉妹に車椅子を押してもらっているのだが、ひとつ変わったことがある。
男子からの視線が減ってきたということだ。おそらくいくら羨ましそうに見てもこの状況は変わらないと思ったのか、奏介を見つめる男子は少なくなっていた。
奏介としては嬉しいことなのだがまだ視線を感じる……つまりまだ諦めてないやつが奏介のことを見つめてきている。
「それじゃあまた帰りに」
いつも通り真冬さんと別れて教室に入って席に着くと、初めて俺に声をかけてくる男子がいた。
「なぁ神楽、お前はなんでここまでいい奴なのに周りに知られてないんだ? ……っと自己紹介を忘れてたな、俺は雨ケ
「ん、よろしく。というか雨ケ谷ぐらいだぞ? 俺に声をかけてくる男子なんて。みんな羨ましそうに俺を見るだけで俺と話そうとする素振りすら見せないからな」
「別に夕凪さんと話してるだけなのにな、それに神楽は夕凪さんを身を挺して守ったんだろ? それなのに
「良かったじゃないですか、神楽さん。友達が増えましたよ!」
奏介としては高校初めての男の友達なので嬉しい限りだった。
それに和人は奏介を妬むことなく肯定してくれているようだし、ずっと仲良くできそうだ。
「友達になった暁に今日神楽ん家言っていい?」
「あー今は怪我が治るまで真夏さんの家で生活してるんだ、遊びたいなら真夏さんに聞かないと」
そんな会話をしているが真夏はすぐ隣にいるので「お姉ちゃんに聞いてみる」と言ってスマホ少しいじったあと、グッドサイン出した。
「お姉ちゃんもいいって、それじゃあ雨ケ谷さん! よろしくね」
「うん、よろしくね夕凪さ……いやお姉さんもいるなら真夏さんって呼んだ方がいいよね。よろしく真夏さん」
「雨ケ谷、俺の家に来るのはまだまだ先になると思うが怪我が治ったら招待するよ」
男で初めての友達ができた奏介は嬉しそうに微笑み、授業を受け始めた。
やっぱり妬むことなんかせずに優しく接してくれるやつなら真夏は受け入れて、ただ奏介を妬んでるやつは絶対に真夏と関わることは無いだろう。
しばらくして昼休憩の時、奏介は真夏と和人の3人で弁当を食べていた。
「神楽、真夏さんを助けたのはいいんだけどさ、自分の身の心配とかしなかったのか? 車に引かれた後に地面に叩きつけられる……もしかしたらお前、死んでたかもしれないんだぞ?」
「あの時俺は少し病んでててな……誰とも関わらずに独りでやれる事をやっていた。俺は誰かの助けになりたいと思っていた時に轢かれそうになってた真夏さんが視界に入って……気づいたから身体が動いていて、俺は車に轢かれていた。結果論だけど俺は無事だし真夏さんも助けられたんだ」
「そんだけ優しい性格だからこそ男子とは仲良くなれなくて女子とは仲がいいんだろうな。俺は神楽と仲良くしたいと思ってるからほかの男子たちと同じ分類にするなよ」
雨ケ谷はほかの男子たちとはどこか違う。真夏に何か気があるわけでもないし、奏介にも話しかけてくれる。
「雨ケ谷さんってほかの男子たちと違って私に興味無さそうだよね〜」
「そりゃあそうだろ、付き合ってる人がいるんだから。浮気者にはなりたくないからな」
雨ケ谷は入学してから間もないってのに既に彼女を作っていた。彼女がいるなら真夏に興味がないのも理解出来る。
俺としては雨ケ谷はイケメンだし優しいので別におかしくは無いと思っている。
「じゃあさ! じゃあさ! 私の家に来る時にその彼女さんも連れてきてよ、挨拶しておきたいし」
「ん、後で声を掛けておくから。そろそろ授業始まるし移動しようぜ」
次の授業は美術で教室を移動したあと、車椅子だからなのか1番前の席に移動させられてお世話している真夏も一緒に移動した。
「今日の授業は隣にいる人を描いてみてください。特に条件はありません、それでは始めてください」
奏介の隣は元々別の人だったのだが、真夏と一緒に1番前の席に移動してきたので隣は真夏で奏介が描くのは真夏ということになる。
別に奏介は絵が下手なわけでもない……むしろ好きで教室行ってた時があったのでむしろ上手い部類に入るだろう。ただ絵には嫌な思い出があるから……。
「神楽さん、さっきから暗い顔してるけどもしかして絵、苦手なの?」
「そんなことは無いけど……絵が嫌いなんだ。下手だからとかじゃなくて嫌な思い出が今も頭の中をよぎってる。でも今は授業だから、終わったあと時間が出来たら事情を話すよ」
俺はそう言って椅子に座っている真夏さんを観察して筆を動かし続けた。
耳に響く筆を動かすの音……そして鮮明になっていく思い出……、どうも嫌な気分になってしまうが過去と今は違うので筆を動かし続けるしか無かった。
「ほら俺は書き終えたから次は真夏さんが描きなよ」
俺はペンを置いて無表情になる……。
(随分感情が戻ってきたと思ってたけど、辛い過去を思い出すとこうなるんだな)
真夏が描き終わると同時に授業も終わり描いた絵を先生に提出して教室に戻った。
今日の授業はこれで終わりなので奏介たちは帰路についていた。
耳元で小さく真夏さんに「家に帰ったら私の部屋に来てね」と言われたので小さく頷いた。
俺は家に戻って真っ先に着替えて真夏さんの部屋の中に入った。
「教えてくれる? 過去の事」
「長くなるけど……まず俺は元々美術教室に通っていて、そこで天才と言われていたんだけど……」
「いいことじゃない? それだけ神楽さんに絵の才能があったってことなんでしょ?」
「言われ始めてた時は俺も嬉しかったよ、でも天才すぎるが故に周りから嫌われていって、最終的には先生にも見放されてしまったんだ」
俺はその時に気づいた……才能で溢れている天才で努力を忘れた人間は周りから嫌われるんだって
「それで絵のコンクールがあったんだけど、そこに先生も含めた教室全員で
俺はその時の先生の悔しいそうに泣いていた顔が頭に思い浮かぶ……その顔がいつまでたっても忘れられなかった。
「それで俺は教室を辞めた……それからずっと”絵”というものから離れ続けた。まぁそんなところかな」
「神楽さんは何も悪くないのにね……ただ絵が上手いだけなのに神楽さんをみんな嫌って妬んで、そんなのあんまりだよ」
「叶との事もそうだけど、この事も過去の事……気にしていないさ。それにもうすぐ雨ケ谷が来るだろうしこの話はやめよう」
俺は真夏さんの部屋から出ていって、過去を振り切るためにスマホに保存してあった自分の描いた絵を全て完全に削除した。
(今はこの真夏さんたちと過ごす日々が楽しいのだから過去のことにはもう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます