第5話

奏介は昨日、真夏と真冬が住んでいる家で睡眠を取った。


いつも11時ぐらいに寝てるので起きるのは7時ぐらいになるのだが昨日は真夏に9時に寝るように言われて9時に寝たので今日は6時に起きることが出来た。


「おはようございます神楽さん」


声のした方向に顔を向けると、起きてすぐなのかパジャマを着た状態の真冬さんが椅子に座っていた。


「あ、おはよう真冬さん。……ええと真夏さんは起きてないんですか?」


「真夏は自分で起きるって言っているんですけど、いつも起きれてないんですよ。6時30分になるまでに起きなかったら私が起こしていますね。それじゃあ私は朝ごはんを作ってきますのでその間に着替えておいてください」


「わかった」


身体に染み付いた癖はなかなか抜けないもので、昨日自由に喋ると決めたはずなのに一夜明けると、敬語が所々で出てしまっている。昔のように喋ることはできなくなっていた。


それに反して真夏は敬語を使う相手と自由に話す相手とで切り替えができているのでそこを見習いたいところだ。


奏介は扉の横に置いてあるダンボールから季節関係なくいつも来ているパーカーを取り出して身に着けた。


「うん、やっぱりこれだな。これ以外の服は俺には似合わないだろう、母さんに色んな服を着せられたこともあるが俺としてはやっぱりこのパーカーがいい」


そして俺は左胸に手縫いで付けられたSのロゴをそっと手で撫でる。


「叶と一緒に買ってお互いにロゴを刺繍して渡した大切なパーカーだからな……この服だけは絶対に無くさない」


奏介のパーカーには叶がSのロゴを、叶のパーカーには奏介がKのロゴを刺繍してある。このパーカーは奏介の宝物だ。


「そろそろリビングに行った方がいいかな、真冬さんが待ってくれてるだろうし」


車椅子に乗ってリビングに向かうといつの間にか真夏さんも起きていて椅子に座っていた。


真冬さんはまだキッチンにいるので朝ごはんを作っている途中と思われる。

でかい車椅子がリビングの真ん中にいても邪魔なだけなので、俺は部屋の隅に移動した。


その姿を見た真夏さんが気を利かせて小さな机を俺の前に持ってきてくれた。


「片手骨折してたら机がないと食べれないでしょ? でも……邪魔ってわけじゃないからね! 一緒に食べたかったらこっちで食べてもいいけど、神楽さんが一人で食べたそうにしてたから……」


「うん、ありがとう。そっちは姉妹仲良く食べておきなよ、俺はこっちで一人で食べるからさ。お世話してもらってご飯も用意してくれてるだけで俺は満足だよ」


俺がそう言って朝ごはんを食べ始めると真夏さんは元の席に戻って真冬さんと一緒にご飯を食べ始めた。


姉妹仲良くご飯を食べている姿を横目に見ながらご飯を食べているとふと自分も弟か妹が欲しくなってきた。


「ごちそうさまでした。神楽さんの食器は片付けておくので部屋に戻っていていいですよ。それかこの後買い物に行くので着いてきますか?」


「何を買いに行くんだ?」


「夏服ですかね、そろそろ暑くなってくる頃ですので。神楽さんのも一緒に買いに行きますか?」


「それじゃあ下だけ買おうかな。上はずっとこのパーカーを着るから」


奏介は下のズボンを買うことはあっても上の服を買うことはここ数年間ずっとなかった。


「今は大丈夫かもしれませんけどさすがに夏は暑くないですか?」


「たしかに暑いよ、でもこのパーカーには想い入れがあるからずっと着ていたいんだ、どんな季節だったとしてもね。最悪袖をまくったりすれば大丈夫だから」


「それだけそのパーカーが神楽さんにとって大切なものなの?」


「叶から貰った服だからな……」


神楽さんはそう小さく呟いてリビングから出ていった。


「叶……やっぱり聞き覚えがある名前だなぁ。もしかしてだけど私、叶さんとどこかで会ったことがあるのかな? どう思うお姉ちゃん?」


「私に聞かれても分からないって、でも真夏が会ったことがあるって思うならそうなんじゃない? 真夏は人一倍、人との関わりのことを覚えてるんだから」


「確かにそうだけど叶さんのことは曖昧なんだよ、会ったことあるような気もするし会ったことがないような気もする。結論を言うと分からない!」


真冬は真夏らしいですね、と少し微笑み「買い物に行く準備をしますよ」と言ってリビングを出ていった。


「お姉ちゃん待ってぇー!」


私は少し駆け足になってリビングを出た。


女の子の準備と言えばメイクなどが挙げられるだろうが、真夏と真冬は元々美少女でメイクする必要が無いので準備時間は比較的短い。せいぜい忘れ物がないか確認して日焼け止めを塗ってとかだろう。


「あれぇ? ネックレスが見当たらない……お姉ちゃんどこにあるか知らない?」


「毎回帰ってきたら片付ければ無くさないっていつも言ってるじゃん……ほら床に落ちてたよ」


「ありがとうお姉ちゃん」


真夏が向日葵のネックレス、真冬が雪の結晶のネックレスをつけた後に奏介がいる部屋に向かって数回ノックした。


「神楽さんは準備できましたか?」


「出来てるぞー」


そんな声がしたのは扉の奥からではなく玄関の方からだった。

その方向に振り向くと車椅子に座りながら靴を履いてる神楽さんの姿があった。


「もう準備できてたんですか……というか無理して自分で靴を履こうとしないで下さいっ。怪我に響きますよ?」


「ごめんって、それじゃあ行こうか」


「神楽さんちょっとまってて」


真夏さんにそう呼び止められて振り向くと真夏さんと真冬さんがじゃんけんをしていた。


「なんでじゃんけん?」


「どっちが車椅子を押すかのじゃんけんですよ。勝った方が神楽さんの車椅子を押せるというじゃんけんです。私たち二人は世話好きなので」


じゃんけんの結果は真夏の勝ちだった。


「っ……また負けた」


「やったー!また勝った! それじゃあ行きましょうっ!」


真夏はウキウキで外に出たが真冬は少ししょんぼりしながら外に出た。


奏介は真夏に車椅子を押されているのだが正直なことを言うとこの姿をクラスのやつに見られたくは無いので、電動車椅子を電動車椅子として使いたいのだが今更言っても遅いだろう。


電動の機能を使わないのなら操作するレバーは邪魔なだけなのでレバーをしまって肘置きにした。


奏介はただ風を感じながら周りを見ていると大型のショッピングモールに着いた。

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