第9話 会話
話すことがないと部室は嫌に静かだ。
もともと本を読んで適当に時間を潰すための部活動。
それなのにここに人がいるとやはり静かさは居心地が悪い。
とはいえ、話すことがないと口は閉じたままだ。
窓からは茜色の光が差し込んでいる。
息を吐くと、吐息音がよく聞こえる。
私はもう一度視線を文庫本に向ける。
「目が重い」
そんな中で部室の隅にある机でパソコンを操作していた麗奈がポツリと呟いた。
瞼が重いの間違いだろうと考えたが、麗奈は中央の机にやってきてコンタクトを外し、カバンから目薬を取り出して左目に差す。
それから麗奈はコンタクトを付け直すのではなく赤いフレームのメガネをかける。
「どうしたの?」
一連の動作を見届けた私は麗奈に聞く。その麗奈は右目を閉じていた。
「目が重くてさ」
「ホコリかまつ毛が入ったってこと?」
「いや、なんか目が重く感じて。膨らんだ感じ? ちょっと痛いかな?」
なぜか疑問系で答えられた。
「ホコリとかまつ毛ではないような」
と言いつつ、麗奈はメガネを外して手鏡で右目を確かめる。
「パソコンを睨めてたせいかな?」
「何か調べ物?」
「まあね。天文関係の。文字と数字が小さくてさ」
そして麗奈はまたパソコンが置かれている机に向かう。
けど使用するのではなく、電源を切った。
「いいの?」
「別にそんな必要なデータでもなさそうだし。目が痛いし」
麗奈はいまだ右目を閉じたままだ。
そしてスマホを出して、操作し始める。
「メガネ持ってるんだ」
「一応ね。似合うでしょ?」
「う、うん」
実際はよく分かんなかったけど、新鮮だったので頷いておいた。
「日本人ってさ、どんどん視力悪くなるよね」
「え?」
「親世代だとまだ裸眼はちょっといるけど、二十代から四十代は裸眼の人はほとんどいないよね」
「そうかな?」
「そうだよ。パソコンやらスマホでみーんな視力下がってるって」
それでこの話はどこへ着地するのだろうか。
待っていても麗奈は何も言わなかった。
ただそれだけの話だったのか?
「レーシックって怖いよね」
「え? あ、うん」
また目に関する話だった。
「視力トレーニングとかないのかな?」
「あるんじゃない?」
「あるの?」
「私が聞いたやつは、まず近くのものをじっと見て、その後に遠くのものをじっと見るってやつ」
「近くのものか」
麗奈は何かじっと見るものを探す。
「親指を見るのがいいよ」
私はサムズアップさせる。
「10秒くらいじっと見た後、あの山を見るのがいいのかな?」
窓から見える山を私は指差す。
「なるほどね」
そして麗奈は私が教えた視力トレーニングを試してみる。
「……夕陽が眩しいな」
「なら……あれは」
と、私は部室内の針が止まった時計を指す。
「近くない?」
「親指からすると遠くない?」
親指は20センチくらいで、麗奈の位置からすると時計は3メートルくらいの距離。
「数字も小さいし、6の間の丸をじっと見る感じでいいんじゃない?」
「そうね」
麗奈は目の前の親指を見て、それから壁にかけられている時計を見上げる。
「これって、どれくらいで効果が現れるの?」
「知らない。ただ、そういう噂話だから」
私がそう言うと麗奈は「なーんだ」と言って、視力トレーニングを辞めた。
「やらないの?」
「時々やるわ」
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