第3話 少し早い文化祭の話

 特段、読書が好きというわけではない。

 ただ家に帰るのが億劫だから、ここで本を読んでるだけ。

 だから文学少女なんかではない。そんな大層なものではない。

 星海麗奈みたいな子は小説なんて読まないんだろうと考えていたら昨日、少なからず小説を読んでいることを知り驚いた。

 他にどんな小説を読んでいるのだろうか。

「ねえ? 小説って読む?」

「何? 急に?」

 頬杖をついてファッション雑誌を読んでいた麗奈がこちらに顔を向ける。

「急じゃないじゃん。昨日言ってたでしょ。アガサを読むって。他に何か読んでるのかなって」

「ん〜。あとは読書感想文で読んだ十五少年漂流記とか夏目のぼっちゃんに芥川の杜子春。読書タイム用で5分ミステリーとか。あとは椿姫」

「椿姫ってあのフランス文学の?」

「そうそれ」

「え? なんで?」

 十五少年漂流記もフランス文学ではあるが、読書感想文で読まされる作品。

 対して椿姫はフランス文学としてはメジャーだけど一般もしくは読書感想文用としてはマイナー。それこそ読書好きが読む作品ではないかな。

「知り合いに文学少女がいてね。その人が読んでたから」

「へえ」

 文学少女ってまだいたんだ。

「その影響で高慢と偏見とかベニスで死すも読んだ」

 私は両方とも映画観た。高慢と偏見に至ってはゾンビものだったけど。

「結構読んでるのね」

「たいした量ではないわよ」

「古典が多いけどラノベとかケータイ小説とかは読まないの?」

「ラノベって何? ケータイ小説とかは読むわよ」

 少し溜め息交じりに麗奈は言う。

「一条は?」

「私?」

「そう。どんなの読むの?」

「私は……普通」

「読書家の普通なんて知らないわよ」

「読書家ってわけではないよ」

 私は手を振って否定する。

「古典文学なんて読まないし。そういうのは同じく読書感想文で読まされるくらいだし。現代文学はせいぜい恋愛小説とかミステリーくらいよ。あとは著名な作家の作品をいくつかかな」

 私は少し早口で話した。

「でも結構読んでるじゃん」

「読んでるのかな?」

「文芸部員でしょ?」

「そう……だけど」

「てかさ、文芸部って本読むだけなの?」

「一応、文化祭用に冊子を作ったりするけど」

「売るの?」

「売らないよ。売れ残ったらどうするのよ。プリントアウトして壁に貼り、記念に冊子にするの」

「冊子って、どんなの? 小説とかポエムとか書くの?」

「えっと、そこの棚にバックナンバーがあるよ」

 私は棚のバックナンバーを指し示す。

 麗奈は立ち上がり、棚の冊子に手を伸ばそうとするが、

「うわっ、きたね。埃を被ってんじゃん」

「誰も読まないからね」

 麗奈は指端で冊子を抜き取り、腕を伸ばして冊子を軽く叩く。

(まるで汚物扱いね)

 そして椅子に座り、ペラペラと冊子を捲る。

「ふうん。短編小説ね。1人10ページくらいかな」

「そうなんだ」

「そうなんだって、知らないの?」

「読んだことないし」

「へえ……ん?」

 麗奈は面白いことでも見つけたかのような顔をする。

 まあ、何を考えているのか分かるけど。

「ねえ、あんたが書いた小説が載ってる冊子もあるのよね?」

 麗奈はニタリとした笑みを私に向けてきた。

「残念だけどないよ」

「え? なんで? 本当はあるんでしょう?」

 麗奈は立ち上がり、棚から去年の冊子を探し始める。

「去年は出店だからないよ」

「ええ!? 嘘ー!? ……あっ、本当だ昨年度の冊子だけないや」

「部員不足だからね。冊子作る予算はなかったの。だから去年の文化祭は出店」

「つまないの」

 麗奈はどすんと椅子に座る。

「ちなみに何をしたの?」

「チョコバナナ作ってた」

「マジ?」

「うん」

「ウケるわー」

「何でよ。チョコバナナって普通でしょ?」

 麗奈が馬鹿みたいに笑うので私はムッとして聞く。

「なんかよね」

(ありき……ありきたりってこと?)

「それじゃあ、天文部は何してたのさ」

「へ? 普通にプラネタリウムと模型展示」

「それもありきでしょ?」

「でもおかしくないでしょ?」

「チョコバナナはおかしいの?」

「別におかしくはないけど」

「じゃあ、なんで笑うのよ!」

「笑ってないわよ」

「笑ってる!」


  ◯


 もう帰ろうかなという時刻に麗奈が、

「ねえ、今年の文化祭はどうするの?」

 と聞いてきた。

 その声音は少し不安が混じっているようだった。

「何もしない」

「大丈夫なのそれ?」

「だって実質2人だし。何も出来ないよ。冊子も作れないし、出店も2人だと許可おりないだろうし」

「怒られない?」

「たぶん他の部の手伝いとかに回されるんじゃない?」

「手伝い?」

「去年部員が少ないからどうしようってなった時に顧問が他の部の手伝いをするかって持ちかけてきたのよ」

「それいいの?」

「もともと文芸部の顧問が他の部の顧問と掛け持ちだったからね」

「どこの部?」

「陸上部」

「運動部かよ」

「天文部の顧問は?」

「科学部と掛け持ちだったはず」

「へえ。……あれ? そういえば今はどっちの顧問がここの顧問なの?」

「文芸部よ。志村が顧問よ」

 志村とは志村花子先生のこと。年配の先生でメガネをかけたぽっちゃりとした体型の人。

「そっか。最悪、陸上部の手伝いか」

 麗奈は天文部に所属していることをクラスメートには伝えていないらしい。

 もし手伝うことになるとバレてしまう。

 それを危惧しているのだろうか。

「大丈夫だよ。たぶん何もないから?」

「どういうこと? 他の部の手伝いでしょ?」

「それは予定がないならね」

「?」

「つまりクラスの出し物を優先するなら手伝わなくてもいいってことなの」

「ああ。なるほど。そういうことね」

 麗奈が手を打つ。

 文化祭はクラスでも出し物をする。

 そしてそれを優先するなら陸上部の手伝いをしなくても済むということ。

「なーんだ」

 麗奈が腕を伸ばして、背を反らす。そしてカバンを持ち、立ち上がる。

「あ、でも、あんたはそれでいいの?」

 部室のドアに足を向けたとき、何かを思い出したように麗奈は私に尋ねる。

「え?」

「冊子を作りたいとかはないの?」

「私一人で作れと?」

「大変?」

「最低でも中編小説作らないとね。てか、部の冊子というか私個人の同人誌じゃない」

 私は苦笑する。

「なんだったら、天文のレポートくらい作れるわよ」

「え?」

 まさかの提案に私は驚いた。

「でも、私の名前を載せないことが条件だけどね」

 と、言って麗奈は部室を出る。

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