第2話 ほんの少し前の話

 星海麗奈とはあまり接点もなければ、会話をするということも少なかった。

 私と麗奈にはカーストという壁がある。

 だから部の合併のことも本当なら叶うこともなかっただろう。

 でもあの日に。

 あの夜に。

 私達は──。


  ◯


 三年が卒業して文芸部の部員は私と幽霊部員の子の2人だけとなった。

 ゴールデンウィークまでにあと1人入部しなければ文芸部は廃部となってしまう。

 困った……というわけではない。

 別に文芸部に思い入れはない。

 私にとって放課後に理由があって残れるなら文芸部である必要はなかった。それに文芸部はさほどきちんとした活動をしていなく、ゆるやかでのんびりとした部活だった。

 それゆえ、ほんの少し惜しまれる。けど、存続のために頑張るかというとそれはまた別の話。

 無くなれば、それは仕方のないこと。

 ただそれだけ。割り切って捨てることができる存在。

 そしてもうすぐゴールデンウィークに入ろうとした頃だった。

 忘れ物をした私は夜の帳が下りた時間に学校へと戻ってきていた。

 遅くまで活動する運動部すら帰宅した時間で教師に見つかると怒られるであろう。

 私は忘れ物を取って、さっさと帰ろうとした。

 そして廊下に出て、階段に向かったその時。

 頭上でドアの音を聞いた。

 上は屋上。

 ということは誰かが屋上へ続くドアを開けて、侵入したのだろう。

 だが屋上へ通じるドアは施錠されていたはず。

 では、誰が?

 そもそもこんな時間に屋上に何しに向かったのか?

 気になった私は階段を上がり、屋上へ通じるドアを開けた。

 夜風が私の顔を叩いた。

 反射的に閉じた目を薄らと開けて、外を伺う。

 柵のある屋上。

 そこに1人の女子生徒がいた。

 誰だろうと私は吸い寄せられるように屋上に侵入した。

(星海麗奈だ)

 クラスメートでカースト上位の陽キャ。

 美人で成績もそこそこ。

 明らかに学校生活をエンジョイしている。

 私なんかとは全然違う存在。

 なぜそこに?

 いや、分かってた。

 柵を越えて向こうにいる理由なんて。

 それがどうして自殺なんかしようしているのか?

 美人だろうがブスだろうが誰しも悩みを抱えているとか?

 私は声を上げ、全力で駆け、麗奈へ手を伸ばす。

 麗奈は振り向き、来ないでと言ったが、運動音痴の私は急になんて止まれなかった。

 だからそのまま手を伸ばす。

 それを振り払おうとした麗奈の手を掴んだ。

 もし麗奈が振り払おうと手を向けなければ私は柵がある以上、首根っこか頭を掴まなければならない。

 そのなの無理だろう。

 だから麗奈の拒絶の手は、命を救う手になった。

 麗奈はバランスを崩し、右足を踏み外してしまった。

 私の腕が柵の向こうへと引きずられる。

 胸が柵に強く激突する。吸った息が反射で吐き出される。それでも私は息を飲み、胸に力を込めて踏ん張る。そして私は麗奈を引きずり上げた。

 正確には麗奈自身が落ちる意志を捨て、こちら側に来たからだろう。

「どうして自殺なんか?」

 私は息を整えてから声を発するも、声は震えていた。

「別にいいでしょ」

 助けた相手はぶっきらぼうな返事をされた。

「何? 悩みでもあるの?」

「あんたに言えば解決するの?」

「……それはわからないけどさ」

 正直自信はない。実はいじめがなんて言われたら、それこそ難しい。大人達ですら手をこまねく問題。

「誰かに言ったりするでしょ?」

「誰に言うのよ」

「絶対とは言い切れないでしょ?」

 それはそうかもしれない。誰かに今の瞬間を見られていて、何があったのかと聞かれると答えてしまうかもしれない。

「じゃあ、あんたは誰にも言えない悩みがあって自殺を謀ろうとしたわけね」

 とりあへず私は現状を理解するため纏めた。

 麗奈は立ち上がり、

「とにかく。このことは誰にも言わないでね」

 と、言ってその場を去って行く。

 一人残された私はしばらく呆然とした。夜風で寒さを感じてから私は立ち上がり、帰宅した。

 そして家に帰ると母から制服の汚れを指摘された。

 黒のブラザーは胸から腹、そして腋に赤茶色の錆汚れが付いていた。

(……柵の時か)


  ◯


 その翌日、何事もなかったかのように麗奈は登校してきた。

 そして移動教室の時、廊下でいきなり、

「あんた文芸部なんでしょ? 部員が足らなくて困ってるんでしょ?」

「そうだけど。もしかして文芸部に入ってくれるとか?」

「なわけないでしょ。天文部なんだけど私一人で困ってたの。合併しましょう」

「合併?」

「嫌なの? 返事を早くして欲しいのだけど?」

「分かった。合併しよう」

 たぶん昨夜のお詫びというやつだと私は瞬時に結論付けた。

 でも星海麗奈が天文部員なんて聞いたことがなかった。しかも一人だけ。


  ◯


 その後、部は天文部と合併ということで存続し、麗奈は不定期的に放課後に部室へ顔を出してくる。

 ちなみに天文部員というのは本当だったらしい。

 そしてなぜだかクラスメートや友達には天文部のことは話していないらしい。

「もしバレたらどうするの?」

「名義貸しの幽霊部員だと答える」

「ここに来てるのがバレたら?」

「暇つぶしに寄ったと答える」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る