なみだ星、一条
赤城ハル
一条舞香
第1話 私と彼女
放課後、複合館3階奥にある部室のドアを開けると入って左側奥、窓際の机に天文部の
星海麗奈は茶髪にパーマ、化粧もしていて制服も少し着崩している。いわゆるクラスのカースト上位組。発言権も拒否権も決定権もある生徒。私のようなカーストが低い者からすると緊張してしまう人。そんな人が天文部で放課後、誰とも遊ばずパソコンに向かい合っているのは不思議な光景である。
(今日も来てたんだ)
麗奈は放課後毎日、部室にいるわけではない。
不定期的に訪れる。
だから昨日、部室に来たから今日は来ないと予想していた。
けれど麗奈は今日も来ていた。
(昨日で終わらなかったから? その続き?)
麗奈はドアを開けた私に見向きもせずに昨日と同じくパソコン画面と向き合い、マウスを動かしている。
私は麗奈がパソコンを使って何をしているのか知らない。聞かないことはないわけではないが、殊更積極的に聞くことはしていない。
だって天文学だもん。よく分からないし。さして興味もない。
私はドアを閉めて部室中央の机に近づく。机は中央には三縦二列、向かい合って並んでいる。そして今、麗奈の座っている窓際の席を合わせると計七つの机と椅子が部員より多く存在している。
左側の壁には本棚。もう誰も読んでいない先人達が作った文芸雑誌が埃をかぶって並んでいる。反対の壁にはラックが二つあり、ガラクタが入った段ボール箱が置かれている。
私はカバンを椅子の上に置き、隣の椅子に座る。
部室のカーテンは閉められているが、夕陽が白のカーテンを淡いオレンジ色に染めいた。
私はカバンから文庫本を取り出して読み始める。
『……』
私が本を捲る音と麗奈がマウスをクリックする音だけ。
会話はない。
それもそうだ。麗奈は天文部、そして私は文芸部なのだから。
ただ勘違いしてほしくない。
ここは二つの部が一つの部室を使っているのではない。
二つの部が一つの部に合併しただけ。
部員不足で廃部コース一直線だった私達。そこへ部を合併したことにより、なんとか廃部にならずに済んだ。
部員は2人だけ?
否、文芸部にはもう1人いる。ただその子は名義を貸してもらっているだけ。つまり幽霊部員みたいなもの。
その子を合わせて3人で天文・文芸部は存続している。
十数分後くらいだろうか。麗奈はパソコンをシャットダウンさせて私の右斜め前に対面して座り始めた。
私は頬杖をついて片手でページを捲る。それは言葉を挟まさせるための隙である。
「何読んでるの?」
と、麗奈が尋ねてきたので私は文庫本の背表紙を向ける。
「知らなーい」
それは作者か? それともタイトルか?
「ジャンルは?」
「ミステリー」
「へえ。私、ミステリーってアガサしか知らないわー」
アガサ・クリスティーは著名な作家。でも名前は知っていても読んでいる人は少ない作家でもある。
だから麗奈のようなカースト上位の陽キャが読んでるとなると驚きだ。
「どれが好き?」
「……ごめん。実はあんまり読んでないのよね」
と、言って麗奈は椅子の背もたれに自身の背を預ける。
「基本映画なのよね。あとはオチが有名だから知ってる系」
まあ、それでも少しは読んでるのだから偉いのではないだろうか。
それに──、
「私も映画が多いわ」
そう。私も映画から入った口だし。
「全員死んだ。全員が犯人。犯人は私。そんなやつ」
「有名ね。それら」
それだけでどの小説を言っているのか分かる。
「他のはちゃんと読んだわ。正確には映像化されてないからかしら」
「へえ」
「私、アガサ読んで趣味が読書とか言ってる人嫌いなの」
急にブレーキを踏むような言葉を麗奈は放った。
「ん? 自分のこと?」
「私は趣味が読書なんて言ってないし」
と、言って麗奈は頬杖を始めた。
「で、どうしてアガサ好きの読書家は嫌いなの?」
「だってアガサ有名じゃん? なんかそれっぽく言っとけばいいみたいな感じがするんだよね。だからアガサ作品を読むっていう読書家は胡散臭いのよね」
まあ、気持ちはわからなくもない。
私、趣味が読書のタレントが「どんなの読むの?」と聞かれて、「アガサとか読みます〜」と言うのをテレビで見ると胡散臭いと感じるもんね。
「パソコンで何やってたの?」
今度は私が話を振る。特に聞きたいわけではないが、会話のキャチボールとして。
「隕石」
えらく端的に答えられた。
「隕石? どっかに落ちたの?」
「そう。で、見つけたっていう記事読んでた」
「へえ。麗奈は隕石とか見つけたことある」
「ないわよ」
「天文部なのに」
天文部という単語のせいか麗奈の目が細められた。
「探索しようと思えばできるけど、金と時間と労力が必要よ。あと運もね」
「なるほどね〜」
「でも安い隕石なら千円程度で買えるわよ」
「……え!?」
驚いた私は頬杖をやめて麗奈を見つめる。
「千円!? てか売ってるの?」
自分でも驚くくらい食いついていた。
「石フェスみたいなのがあるのよ。そこで珍しい石と共に隕石も売ってんのよ。売ってると言っても小石並みだけどね」
「珍しい石って何?」
「珍しい石というか加工されてない宝石みたいな」
「宝石! それいいね」
「隕石よりそっちなの」
麗奈は呆れたように息を吐く。そしてカバンから雑誌を取り出して読み始める。
◯
午後6時になって私達は帰り支度をする。
麗奈が部室に鍵をして、職員室に向かう。
2人で職員室に向かう必要はないのだけど、職員室は下駄箱までの道中にあるので一緒に向かっている。
部室の鍵を返して、下駄箱へ靴に履き替えて、一定の距離感で一緒に門まで進む。
もし麗奈の友達か知人先輩後輩が声をかけてきても私は進む。関係のないように。
それは逆もまた然りである。
そして今日は誰に会うこともなく、声をかけられることもなく私と麗奈は校門を越えてすぐに別れる。
私は左、麗奈は右。
帰りの方角が違うのだ。
「それじゃあね」
「またね」
と、声を掛け合い、私達は背を向ける。そして歩き始める。
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