第56話 酩酊するメトーリア
強い酒の効果でオーク達はほろ酔いから一気に酩酊状態になり、あちらこちらで騒ぎ始めた。
「ローカロカ……サキぃ」
「ロォカ、ロカロロロ、サキ――げっぷ」
「ンンン? サキッ」
「わぁぁ!? ちょっとッ、蒸留器を叩かないで! そんなことしても抽出量は変わらないんだから!」
「オー……オル」
メリルの悲鳴に近い抗議の声に従い、蒸留器から離れる同胞達を確認してから、バルカはフロストパーム・ワインのスピリッツで満たされた杯をかかげて一気に飲んだ。
「うおっ、マジで効くなこれは。もしかして、ネイルはこの酒でダウンしてるのか?」
ふと、隅でジェンの膝枕で寝ているネイルが気になってバルカはメリルに尋ねる。
「い、いえ、今日は殆ど酒には手を付けなかったですね」
ネイルは普段ならフィラルオークの中でも大いに飲み、食べる方だ。
「このところ元気が無いな……まさか、呪いの抑制薬の影響か?」
「ですかね。事前にレバームス卿から聞いていた副作用と一致していますから」
× × ×
「――睡眠時間がいつもより増えてて、起きてるときも倦怠感や眠気を感じているみたいです。危険な兆候ではないのでこのまま投薬を継続しようと思ってますけど」
「それでいい。でも少しでも異常があれば教えてくれ。ギデオンに調べさせるから」
「わかりました。ところで、ギデオンって今もそばにいるんですか?」
「いるけど、今は
「へ~~そんなこともできるんですね」
「寝る必要ないんだがな。だが、それだけに下手すると一日中喋り続けるし、話を盗み聞きされるのも嫌だからな――」
「……ごくん」
メリルと話し込み始めたバルカを見つめながら、メトーリアは三杯目を飲み干した。
“アクアルの長として、状況を把握しておきたい。だから、時々、来てくれると、ありがたい"
霊体修復が施術が終わったあの夜。
自分はそう言った。しかしあの日から今日まで、バルカが顔を見せに来るまでに、十数日(正確には十三日)も経っている。
いや、オークの里を復興させるのが最優先なのはわかるし、五つある集落を行き来していたと聞いたのでものすごく多忙だったのも理解できる。
だからこそ、今日。
やっと話ができる。話が聞けると思ったら……なぜか酒宴に参加している。
(何でこんなことに……)
まあ、自分の腹の虫が鳴ったのがきっかけなのだが。
オーク達に囲まれて一緒に酒を飲むなど、思いもよらなかった事だが、警戒心も無く、それを受け入れている。
改めてメトーリアはオークを観察した。
オークの体格は総じて大きい。男なら平均身長二メートル前後。女性達はそれより頭一つ分くらい低い。
小柄なジェンが、人間女性としてはかなり高身長の部類に入るメトーリアと同じくらいの背丈だ。ちなみに、ネイルとバルカは平均より少し背が高い。
(少しだけバルカの方がネイルより背が高いか)
メトーリアはジェンの膝枕で寝ているネイルとバルカを見比べてみる。
髪の色はネイルが黒。バルカは灰褐色だ。
非常に発達した筋肉を
ネイルの肉体には体のいたるところに傷跡が刻まれていた。
治癒の過程で淡緑色の肌の色素が薄まり、肉が削れてしまったものや、火傷の跡のように盛り上がって赤く浮き出ているものなど、傷跡の大きさも形状も様々だ。
ネイル以外のフィラルオークの戦士も傷跡を持っている者が多いが、たとえ顔の傷でも隠そうとするような素振りはない。むしろ誇示しているくらいだ。
彼らにとっては『傷』は激しい戦いや狩りをくぐり抜けてきた勲章のようなものなのだろうと、メトーリアは認識している。
バルカはというと、今は武装をしていないから普段よりも肌が露出しているのだが、そのような傷跡は見受けられない。
ネイルとの決闘で斧槍の突きを直撃した時や、後に聞いた話によると、あのワームナイトの触手攻撃をまともに食らっても完全に無傷だったという。
(仮にその無敵に思える防御力を突破して傷を負わせたとしても、回復力なども凄まじいんだろうな……)
メトーリアがそんなことを考えていると、フィラルオークの女衆が、バルカに肉やスープの入った器を届けにいくのが見えた。
「オ、オル」
「バルカ……デ、ロカ」
「ああ――オル。ありがとう」
何の気なしにバルカは素っ気なく礼を言いながら料理を受け取って、メリルと話し続けている。
だから、彼女たちの様子に気づいていない。
別種族の人間であるメトーリアにも、それと分かるオークの女達の、尊敬と好意に満ちたバルカへ向ける視線。
バルカに群がっている彼女たちはみな、多分、
まあ見れば分かる。
だって番になっているオーク達は全て、ネイルとジェンのようにぴったりくっついているからだ。
つまりは、バルカに近づいている彼女たちの行動は独り身のバルカに対してのアプローチのようなものなのだろう。
しかし、おかしいのではないか? 自分とバルカは番になっているという設定では?
オークは複婚アリなのか?
いやそれとも、アクアルやレギウラといった人間
それでいいとバルカは思ってるんだろうか?
「……」
メトーリアは四杯目を杯に自分で注ぐ。
なぜか、焼け付くような強い酒がスルスル進む。
久しぶりのごちそうにもありついた。なのに何か、物足りない気持ちを抱きながら、酒を飲み続けてる。
バルカとこれからのことを話し合わなければいけないのに、なぜか話しかけることができない。
騒いでいるフィラルオーク達の声がいつのまにか気にならなくなっていた。
すぐ近くの喧噪なのに、遠くから聞こえるように感じる。
四度目の杯をあけ、湧きあがるような温もりが身体に広がるのを感じながら、メトーリアは頭がボンヤリしはじめたのを自覚した。そして――。
「……熱い」
ポツリとそう呟くと、外套とその下に羽織っていた薄手の毛布を、脱いだ。
× × ×
二杯目を飲んでいたバルカがそれを見て「ぶっ!?」っとむせる。
酒を飲まないしらふのハントは絶句し、赤ら顔のメリルは、
「エッッッッ! メトーリア様の鎧の下って、そうなってたんですかっ!?」
と、普段ならメトーリアに対して絶対言わないようなテンションの高さで叫ぶと、フィラルオーク達も気づき、メトーリアに男衆の視線が集中してしまう。
「オッッッッッッッッルッッッッッッッ!!!」
「ロ、ロカ!(す、すげえ!) ロカ・メトリア・デ・ロカ!!(メトーリアの姐さんすげえ!!)」
今のメトーリアは軽装鎧はおろか、鎧の下に着る短衣なども今は身に着けていなかった。
着ているのは隠密服だけだ。
肌を晒しているわけではない。逆に隠密服はメトーリアのほぼ全身を覆っている。
だが、鍛錬で鍛え上げられた肉体の筋肉の陰影が見えるほどに布地が薄い。伸縮性に優れ、きめの細かい繊維でできているのだ。
それが、彼女の身体にぴったりと密着しているため、体の線が浮き彫りになっている。
すらりと伸びた手足もくびれた腰も。うっすらと割れた腹筋も。
魅惑的な曲線を描く尻も。艶めかしい
特に、豊かで美しい形をした乳房……。
(どういう素材の服なんだ?? 何でそんな風になんもかんもが張り付く!?)
バルカは目を瞑ることも逸らすこともできず、思わず凝視してしまう。
鎖骨の下あたりの盛り上がりから、ツンと上向くその
「? なんだ? どうしたみんな」
頬を朱に染めながら潤んだ瞳で、メトーリアは男たちの視線を受け止める。
いつもは切れ長で、涼やかで、意志の強さを感じさせるメトーリアの眼差しが、今は酔いでとろんと目尻が下がっており、実に色っぽい。
こんな目で見つめられたらどんな男でも勘違いしてしまうだろう。
「はっ!?」
バルカは周囲を見た。
自分と同様にメリルも、ハントも、フィラルオーク達もガン見状態だ。
「おいお前ら! みるな! ナーベ! ナーベ・シ・メトーリア――そこぉ! その『グヘヘ笑い』をやめろ! 近づこうとするんじゃねえ! デ・ウェイ! デ・ウェイ!!!」
バルカはメトーリアが脱ぎ捨てた外套を拾って、肩にかけるが、それをメトーリアはいやがる。
「熱いんだってば」
「どんだけ酔っ払ってんだ……とにかく上に何か着ろよ……」
「隠密服に何の不足がある? これでも優れた防刃性能があるんだぞ」
「そういう問題じゃないッ」
「まあ、ワームナイトには切り裂かれてしまったが」
そう言って、メトーリアはちょうど腹部を刺し貫かれた時にできた布地の穴をぴらっと広げてみせた。
素肌と縦長の綺麗な
「なあ、もう天幕に戻って休んだらどうだ?」
「………………………………わかった」
随分長い間考えてから、メトーリアはそう言うと、バルカの返事も待たずにその辺にあった大きなピッチャーを拾うと、杯でフロストパーム・ワインの蒸留液を桶からすくって移し替えはじめた。
「ま だ 飲 む つ も り か」
「お前だってまだ飲み足りないだろ?」
「え?」
「一緒に来てくれ。話がある」
そう言ってメトーリアはスタスタと階段を上がっていった。
バルカは、慌てて毛布を拾い上げ、串焼きを盛った皿を手にしてメトーリアの後に続いた。
〇おまけ『前回出たアイテムの設定』
【錬金炉】
魔法の炎を管理・調節するための炉。
燃料は普通の炉で使われる物と同じか、火の魔力が込められた物質が使用される。
魔法で着火した炎を錬金炉で管理することにより、可燃性物質の燃焼を効率的に制御し、火力を細かく調節することができる。
メリルが使っている錬金炉は組立折りたたみ式。携帯用のコンパクトサイズ。
普段はハントのアイテムボックスの中に保管されている。
【錬金釜】
物質の変化や錬成を行う釜。この器具と錬金炉をまとめて錬金炉と呼ぶこともある。
【錬金釜連結型蒸留器】
文字通り、錬金釜と蒸留器を連結させたもの。その他、冷却器や精留塔、凝縮器などがパイプで繋がっている。メリル手製の蒸留酒製造キット。
普段はハントのアイテムボックスに入っている。
つまり、これらの器具を管理しているハントもメリルの酒の密造に協力している。
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