第51話 変なスキル?
バラバラになった体が、再び紡ぎ合わされていくような感覚。
……とでも言えばいいのだろうか。
昏睡状態から脱し、メトーリアの意識は覚醒した。
相変わらず、体は思うように動かないが、前に目覚めた時よりは随分ましになっていた。
指を動かし、手を開いたり握ったりしたあと、体を起こそうとしてみた。
だが、まだ上体は動かせなかった。
皮膚から伝わる着衣や毛布の感触も、真綿を通しているかのようだ。
そして、体の中心……腹部に、何か温かなものがあてがわれているのはわかる。
目だけ動かし、周囲の状況を探る。
天幕の中にいる。その事だけは分かった。
だが、ワームナイトとの戦いからどのくらいの時間が経過したのか。
この天幕はアーガ砦のどこかに張られたものなのか。
今もまだ城主部屋にいるのか。
今が昼なのか夜なのか。
全く分からなかった。
万全な状態のメトーリアなら、微かな空気の動きや湿り気で周りの様子や、体感でどのくらいの時間が経過したかも幾らかは分かるのだが、弱っている今はどうしようも無かった。
「っ」
横たわる自分のそばに、バルカがいるのが分かった。
バルカの掌は光のオーラに包まれており、メトーリアの腹部の霊体破砕の攻撃を受けた箇所に光を注いでいた。
それが何らかの癒しの技であるということはメトーリアにもわかる。
そして視界に映った自分の体を見て、腹部や右膝部分を損傷していた隠密服の代わりに、真新しい貫頭衣を着せられていることに気づいたメトーリアは、思わず何かを言おうとして口を開けたが、思うように呂律が回らない。
メトーリアが目を覚ましたことを察知したバルカは、
「心配するな」
と、言った。
メトーリアは口を閉じて、バルカを見つめる。
「霊体は修復できると俺が言ったのを覚えてるか? あれから六日経った。今も治療を続けている最中だ。お前はただ心を落ち着けて体を楽にしているといい。何も心配しなくていい」
(六日、六日だと……!?)
その間、ずっとバルカに介抱されていたのだろうか。
着ている衣服も真新しいし、体もきれいに拭かれている……。
(ま、まて……では、ではバルカが私の衣服を着替えさせたのか……私を裸にして、着替えを……?」
全身をくまなく見られ、用便の世話までさせたていたのでは……と、そこまで考えて、メトーリアは激しい羞恥を覚えた。
「あうぅ……」
平静ではいられなくなり、思わず呻いた。
「?」
バルカはメトーリアの顔を不思議そうに眺めながら質問をする。
「これまでも何回か目を覚ましていたが、その事は覚えているか? 喋らなくていい。頷くか首を振って答えてくれ」
メトーリアは無言でかぶりを振った。
「おお、反応してくれたのは六日間で初めてだっ。完全に息を吹き返したな。顔色もいい。以前より赤いくらいだ」
「……ッ」
「みんなも喜ぶ。付きっ切りで介抱していたニーナのおかげだな」
「あっ」
「??」
メトーリアは今度は別の理由による羞恥を感じる。
(私はバカか! ウォルシュやボウエン達が私の全てのことをバルカに任せっきりにするはずがないだろう! そもそも、ニーナという治療士もいるんだから!)
そのような事に思い至れないほど、思考力が低下していることに、メトーリアはますます恥じ入って目をきつく閉じた。
「それじゃあ、ええっと……身体を横向きにさせるぞ」
「えっ」
「寝たきりの者が同じ姿勢でいると、床ずれを起こすだろ? 身体に悪いから定期的にやってたことだ」
「い、今ニーナはどこに」
「俺が
「じゃあ、その間はお前が私の体勢を変えていたのか?」
「……あー……そ、そうだ。も、もう少しでニーナが戻ってくるし、彼女にして貰う方がいいか?」
「……」
「そ、そりゃそうだよな。わかっ――」
「いい。お前がやってくれ」
「いや、でも」
「構わないから、やってくれっ」
先ほどバルカは“ニーナのおかげだ”とだけ言って自分のことには触れなかったが、あれほどまでの激しい霊体損傷からここまで回復できたのは、バルカの治癒スキルのおかげなのは明白だ。
ここで、バルカの介抱を拒絶するなど、
(まるで、聞き分けのない子供の我が儘みたいじゃないか)
「……じゃあ、身体を横向きにさせるぞ」
「ああ……」
治癒スキルを当てられたまま、バルカのもう片方の手でメトーリアの足が持ち上げられてから曲げさせられた。そして肩口に手を当てられる。
それだけでも、何かいたたまれない気持ちになったメトーリアだったが、動けない体を仰向けから横向けにさせるために、腹部に触れていたバルカの手が腰に回されて力を入れられたときに、鈍っていた触覚が一気に鋭敏になったかのような……否、というよりも今まで感じたことのない、得も言われぬ感覚を覚えてメトーリアはたまらず声を上げた。
「まって!?」
× × ×
バルカが今までに聞いたことのないメトーリアの声だった。
これまでバルカが聞いたメトーリアの声というのは、艶のある美しい声ではあるが、自制心の効いた戦士然としたもので、つがいの演技をしている時も口調がやや柔らかくなる程度だった。
しかし、今さっきの彼女の声は、切羽詰まっていて、甲高くて余裕の無いもので、本当にメトーリアが発した声なのか一瞬疑ったほどだった。
とにかく驚いて、呆気にとられたバルカだったがすぐにハッとする。
「もしかして、痛かったのか? どこか」
メトーリア自身も、今しがた自らが発した声に驚いているようだった。
「い、痛くない」
そう答えるメトーリアの声質は、元に戻っていた。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「痛くはないが……」
「?」
「お、お前、お前……なんか、さっき、変なスキルを使わなかったか!?」
「え? …………いや、治癒スキルしか使ってないが?」
「…………な、ならいい」
(ちなみに変なスキルって、どんなスキルだと思ったんだ?)
バルカは聞いてみたくなったが、それをメトーリアに聞くとなんとなく彼女の機嫌が悪くなる気がしたので、やめておいた。
「五感が戻ってきたので、身体を掴まれる感触に、ちょっと驚いただけだ――さあ、やれ」
「え?」
「身体を横向きするんだろうッ?」
「お、おう」
再びメトーリアの肩と腰に触れると、その身体はものすごく強張っていた。
まるで戦闘時の、肉体の防御力を高めている状態だ。
霊体が修復され、肉体を強化し始めた兆候だ。
(あとは霊体の右膝部分が完治すれば次の治療にうつれる!)
メトーリアの不可解な反応は気になったが、バルカは再び治癒スキルによる霊体修復を続行するのだった。
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