第45話 アーガ砦の攻防1

 アーガ砦の城塔内の奥には砦の主が使用していたと思われる部屋がある。

 メトーリアはそこでニーナの治癒魔法を施されていた。


 その間、メトーリアは、夢を見ていた。


 メトーリアの目の前に、ヨロイ狼がいる。

 四足歩行の巨大な魔獣は、ありえないことに後ろ足で立ち上がり、襲いかかってくる。

 驚きながらもメトーリアはとっさに剣を振る。阻害スキルを使う。

 紫電を帯びた投げナイフ。続いて、長剣による攻撃。

 どれも通用しない。戦っているのはヨロイ狼では無かった。

 ヨロイ狼の外殻を被った触手の集合体……見たことのない魔物……化け物。

 メトーリアは後ずさりする。だが遅かった。

 反射的に攻撃するよりも真っ先に退却するべきだったのだ。

 触手が右足に絡みつき体勢が崩れる。

 

 恐怖。


「オオオオオ!」


 唐突に、バルカの雄叫びが聞こえて、とっさに目を閉じた。

 ――いや、気を失ったのか? 

 目を開けると、違ったものが見えた。

 

 メトーリアはバルカの手で、子供のように抱き上げられていた。


(な、なにをしてる? 降ろせっ)

 

 バルカは無言でメトーリアを降ろしてから、手を離した。

 思ったとおりにしてくれたにも関わらず、メトーリアはなぜか腹が立って、バルカを見上げる。 


 するとそこにはバルカではなく、穏やかな笑みを浮かべる人間の男がいた。

 メトーリアの父。スガル・シェイファー・アクアル。


(ありえない……)


 スガルはメトーリアが六歳の時に亡くなっている。

 この辺から、今自分が見ているのは全て夢なのだと、メトーリアはぼんやりと気づきはじめた。


 ふと振り返ると、オーク達がいた。

 男のオーク、女のオーク。子供のオークもいる。

 ネイルが小柄なオークの女性とお互いの匂いをを嗅ぎあった後に、男の子を抱き上げる。

 初めてアーガ砦に来たときの光景だ。

 男の子は、自分のお父さんが帰ってきたことが嬉しくてたまらないといった顔だ。

 干し肉を渡されると男の子は喜ぶというより、びっくりして歓声を上げる。

 ネイルと、彼の妻は息子が無我夢中で干し肉を食べる様子を笑顔で見つめ――。


 見えているものが、徐々に薄れ、はっきりとしなくなっていく。ぼやけていく。

 ネイルは笑っているが、その笑顔はオークに見慣れていない者が見たら、ちょっと怖いかもしれない。唇がめくれて、大きな牙が剥き出ているからだ。

 さっきみた、スガルの笑みとは全く違う。


(でも、どちらも父親の顔だ)


 そんな考えが、頭に浮かぶ。

 もはやそれは夢ではなく、メトーリアは頭痛を感じながら目を開けた。

 

    ×   ×   ×


「あ、メトーリア様。まだ起きないほうが」


 メトーリアは寝台の上に寝かされていた。

 寝台といっても石造りの無骨な代物で、その上に現地のフィラルオークが持っていた毛皮が敷かれていた。


「……ニーナ、ここはアーガ砦?」

「そうです」

「ウォルシュや他の者は……バルカは、どうなった?」

「皆さんご無事ですよ。バルカさんもさっき戻ってきて――あっ、だからまだ起きちゃダメですって!」


 崖と崩れかかった郭に囲まれたアーガ砦の天守にあたる城塔は二階建てで、上層部にはメトーリアがいる城主の部屋以外にも二つ部屋がある。

 控えの間と大部屋だ。

 隣の控えの間から声が聞こえる。

 何かを議論しているようだ。


 耳を澄ましてみるが、話の内容が聞き取れない。

 レベルアップによって研ぎ澄まされているはずの五感が、鈍っていた。

 体は動く。だが、ひどく気怠い。

 頭痛もする。見えるものも聞こえるものもハッキリとしなくて、まだ夢を見ているのだろうかと、メトーリアはしばらく呆然とした。


「あの、レバームスさんが安静にと。スキルなども使わないように……とのことです」

「……」


 メトーリアが無言でいると、ニーナが沈黙に耐えられなくなったように話しかけた。


「沼地の魔物は『ワームナイト』というそうです。『デフィーラー』という触手の魔物の集合体だって、レバームスさんが言ってました」

「ヨロイ狼の殻を……アレはまとっていた……」

「えっと、詳しいことは分からないんですけど、ヨロイ狼はデフィーラーに呼び寄せられたんだそうです。レバームスさんが、種の違う魔物同士も交信できるとかなんとか……あ、バルカさん」

 

 バルカが部屋に入ってくるのをみてメトーリアは起き上がろうとする。


「ま、まだ起きちゃダメだ。横になってろ」


 おろおろするニーナに支えられ、メトーリアは再び寝台に寝かされた。


「……」

「すまない……メトーリア。今日の作戦、お前に偵察と索敵を任せることに決めたのは俺だ。そのせいで――」

「治るのか?」

「え」

「私はこの状態から、元に戻るのか?」

「も、戻る。スキルを使わずに安静にしていれば。霊体は自然治癒する」

「そうか。なら、いい。それよりもバルカ。お前はあのワームナイトとかいう魔物を……」

「倒せる。お前を傷つけた奴ともう一体を、倒した」


 メトーリアは小さく息を吐きながら頷く。


「じゃあ、ワームナイトとデフィーラーを倒して、湿原を取り戻すんだな?」

「……沼地に潜伏している限り、全滅させるのはかなり時間がかかると思う。だが、俺もレバームスもそうはならないと思っている」

「どういうことだ?」

「魔物どもは全戦力で攻めてくる」


 メトーリアは思わず目を見開いた。


「アーガ砦にか?」

「そうだ。デフィーラーやプローブ・アイのこれまでの行動を分析し、レバームスは奴らの次の動きを推理したんだ……詳しい説明はレバームスからする。皆を呼んできて、いいか?」

「――ああ」


     ×   ×   × 


 湿原からみて、アーガ砦がある方向とは反対側に谷間と岩だらけの高原がある。

 そこの谷間の一つに、魔物達が集結していた。


 触手妖魔デフィーラーの大群と数十頭のヨロイ狼だ。

 全てのヨロイ狼たちはまるでくつろいでいる馬のように横たわり、それに触手の群れが群がり、暴れるミミズのように、這い上がる蛭のように、鎌首をもたげる蛇のように、まるで抵抗をしないヨロイ狼に襲いかかっている。

 デフィーラーは全身がウナギのような粘液に覆われており、粘つく音をたてながらヨロイ狼の口腔や外殻の隙間に潜り、口らしき器官は存在しないにも関わらず、ヨロイ狼の肉を抉り、貪っている。

 果実の潰れるような音。泥を捏ねるような音とともにデフィーラーが削り取ったヨロイ狼の肉、体液、臓腑が触手に取り込まれていく。


 我が身をむさぼり食われているというのに、ヨロイ狼は逃げようともせず、身動き一つしない。

 まるで既に死んでいるかのようだが、ヨロイ狼は脳を抉り食われる直前まで確かに生きていた……。

 

 凄惨な饗宴が行われている谷間の周囲には、掘り起こされたような跡がいくつもあった。

 そこから、埋められていたものが露出している。


 おびただしい骨だ。粉々になっているものが多いが、頸骨。大腿骨。腰骨。頭蓋骨などの形を残しているものもある。

 頭蓋骨には発達した犬歯……大きな牙があった。


 そこはオークの墓地だった。


    ×   ×   ×

  

 魔物は同種の数が増えるほど、より賢くなる。

 このことを自覚していた。

 根の谷の北にある湿原……呪いのかかったオークの住み処に投入された時、十体にも満たなかったデフィーラーは超低周波で交信しあい、オークの墓地を暴き、その死骸を喰らった。次に低レベルで霊体の質が悪い湿原に息づく様々な生物を捕食し続けた。

 かなりの時間をかけて自己複製を繰り返しながら、与えられた指令コマンドを実行すべく、ある時点から行動を開始した。


 命令内容は『湿原にいる現生知的種族……オークを排除せよ』だった。


 当初、この曖昧な命令にデフィーラーは混乱した。

 デフィーラーは自らをワームナイトという完成体を形成する部品のようなものだと、定義づけていたし、自分たちの完成体であるワームナイトは現生知的種族を壊し、喰らい、殲滅するという目的を果たす存在と定義していたからだ。

 

 そうはいっても指令は指令なのでデフィーラーは、対処した。


 群れを形成し、オーク達を湿原から排除した。

 数体のワームナイトを形成できるほどに数は増えていたが、大量のエネルギーを消費するため、合体はしなかった。触手群のまま攻撃した。

 逃走するオーク達に追撃は……しなかった。

 そういう命令を受けていなかったからだ。

 だが湿原に戻ってくるオークには命令通りに、適切に対処した。

 

 そして、次は? 何をすればいい?

 デフィーラーは次の指令を求めた。

 だが、応答はなかった。


 ならば、現状維持だ。

 オークを排除し続ける。デフィーラーはそう決定した。

 そして、数が増え、高い知性を得ていたデフィーラーは起こりうる問題を予測した。


 問題とはオークの反攻の可能性だ。

 だから、湿原の古戦場にて休眠状態だった下位眷属プローブ・アイを見つけると、これを活性化させて、隷属させた。

 そして、プローブ・アイに周辺のオーク達を監視させた。

 

 監視結果により、“燃料”を求めて移動を開始するオーク達を察知することに成功した。

 デフィーラーはプローブ・アイに追跡と監視の指令を与え、遠出したオーク達の情報をプローブ・アイとの長距離交信で定期的に取得した。


 そこで、南に移動したオーク達が――非常に、強い、突出した、“危険なオーク"に支配されていく様子を、プローブ・アイを通じて、目の当たりにした。


 そのオークの戦闘能力は計測不能だった。

 しかも従えた同種を引き連れて、北へ移動している。

 こちらに……湿原に、向かってきている。

 デフィーラーは強い危機感を抱いた。


 そこで、この問題を分散処理することにした。

 可能な限り遠くまで、交信を実行した。

 呼び続けた。

 命令を発信し続けた。

 できるだけ強く、身体の大きな、のある眷属に。

 

『つどい、集まれ』と。


 そして、集結した四足歩行の眷属……ヨロイ狼を捕食し、数を増やして、“危険なオーク"に備えた。


 だが、無駄だった。

 接敵して、僅かな時間の間に二体のワームナイトが破壊された。


 二体の完成体のために、どれだけの生体材料とエネルギーが必要なことか。


 このまま湿原にいては、は全損して、終わりだ。


 だが命令は絶対だ……。

 

 対処しなくては。問題に……対処しなくては……。

 

 デフィーラーはとして待機させていたヨロイ狼を平らげながら、プローブ・アイから送られてくる情報を今も取得しつつ、戦略を練り続けた……。

 そして、決断を下した。



    ×   ×   ×



 控えの間での会議の後、レバームスはボウエンやメリル、そしてネイルと共に、負傷者や子供のオークを広間や砦の下層住居区から、メトーリア達のいる上層部に移動させていた。

 子供達はメトーリアのいる城主の部屋に。

 それ以外は大部屋という割り振りだ。


 此の間、バルカはネイル以外の副官と戦えるオーク全員を率いて、砦の胸壁と扉の前で敵を迎え撃つため、外で防衛の準備にかかっている。


「ワームナイトって、そんなにヤバいんですか……」


 非戦闘員の避難が一段落した後。

 城主部屋と大部屋の間にある控えの間にて、アクアル隊補給係のハントがぽつりと呟くと、側にいたレバームスは頷く。


「そうだ。かつて魔王討伐戦で絶滅させたはずなんだがな。でかい蛭か線虫のような触手が有機的に合体して、巨大な人型の魔物になる。厄介で、趣味の悪い――」

「か、身体の傷は癒えているのに、なぜメトーリア様は今も苦しんでいるのです?」

「――“冒険者殺し”の攻撃を食らったからさ」


 ハントが説明を遮ったのをさして気にもせず、レバームスは彼の疑問に答えた。


「ワームナイトは常人の域を超えたレベルにある冒険者を圧倒するほどの戦闘力があり、念話などを阻害する魔法も使う。だが一番ヤバいのは、霊体に直接ダメージを与える霊体破砕の攻撃をしてくるところだ。コイツを食らった者はレベルが低下し、高位魔法やスキルが使えなくなってしまう。無理に使おうとすると、霊体の損傷が大きくなってしまう。すさまじい苦痛のおまけつきでな。ダメージが深刻だと、レベルは下がったまま。つまり再起不能になる」

「ではメ、メトーリア様は!?」

「安心せいハント。メトーリア様の傷は浅い。霊体だって肉体と同じ自然治癒力というものがある。負担がかからぬよう、スキルを使わずに安静にしていれば治るはずじゃ」


 控えの間にやって来たウォルシュがそう言い、レバームスに確認するような視線を送る。


「ですな? レバームス卿」

「……ああ。バルカが霊薬エリクシルを持っていたのも幸いだったな」


 それを聞いてハントは安堵する。

 だが、さっきから黙っていたボウエンはレバームスを険しい表情で見つめている。


 湿原への威力偵察を提案したのも、先行役をかって出たのもメトーリア自身なのだが、バルカもレバームスも、砦に帰還してからそのことは一言も触れなかった。

 レバームスは肩をすくめた。


「事前にワームナイトだと分かっていれば、な……フィラルオーク達は肉の紐……つまり、ワームナイトに合体するまえの触手生物……デフィーラーというんだが、こいつらの群れに襲われていたんだろう。デフィーラーはプローブ・アイと同様、霊体本位の魔物で、隠密性が高い。さらに水中に潜まれたら、探知の魔法やバルカの気配感知能力でも捕捉が難しい。しかも現状ワームナイトを倒せるのはバルカだけだからな。ワームナイトに対してはあいつが頼みの綱だ」

「あ、あの。勝てますよね?」


 不安げなハントにレバームスはあっさりと答える。


「勝つよ。そこを気にしてどうする? ワームナイトはたしかにヤバいがバルカがいる限り負けはない。ただ、勝ち方が問題だ。極力被害を出さないようにする。あらゆる事態を考慮して、備える。そのためにも、諸君。次の仕事にかかろうか」


 そう言ってレバームスは下層部の広間で行われている“作業”の進捗状況の確認をしに行った。



    ×   ×   ×



「おーい、メリル君。ちゃんとに作成してるかー?」

「つ、作ってますよ! でも、これって何なんですか?」


 ウォルシュ達を引き連れて広間に降りてきたレバームスに、アクアル隊衛生係のメリルは困惑気味な声を上げる。


「対デフィーラー用の秘密兵器だって言っただろ」


 メリルは強力な治癒魔法などは使えないが、医術や薬品調合の知識を持ち、化学反応を促進させる地味な魔法を使える。

 それによって、レバームスから与えられたレシピで、砦周辺から採取したものと、ハントのアイテムボックスから採りだした薬草などを小釜の中で調合して、魔法で生成過程を加速させていた。

 それをせっせと他のアクアル隊員が何かの粉末と混ぜて捏ねている。

 できあがった物は丸い団子状の何かだ。


「ハント! 向こうでの仕事が終わったんなら、君も手伝ってよッ」

「お、俺は炊き出しの準備があるから……」


 広間には異様な臭いがたちこめている。

 おそらく、調合されて生成される前段階の、砦周辺から採取したものが臭いの原因だとハントは何となく理解していた。

 そそくさと、砦の降りてきた階段を戻っていくハントをメリルは恨めしそうに見送った。


「レバームス卿。せめてメリル達が作ってるものが、どういう風に魔物に作用するものなのかを教えていただけますか」


 鼻を手で押さえながらボウエンが説明を要求したので、レバームスは嬉々として知識をひけらかし、講釈を垂れるという衝動に駆られたが、今は時間が惜しいと判断し、


「あー……それを当てられると、デフィーラーは弱るんだよ」


 と、素っ気なく、答えるのみだ。


「えぇ……こんなのが?」


 しかたなく、メリル達は謎の団子を作り続けるのだった。



    ×   ×   ×



 アーガ砦は数百年前にうち捨てられた廃墟だ。


 いたる箇所に破損や傷みが生じているものの、石造りの砦は機能を完全には失っていなかった。

 さらにはウォルシュ率いるアクアル隊の尽力で急ごしらえではあるが、修繕・補強されている。


 湿原からみて東の山塊から、やや北へ突き出た丘に砦はある。

 砦の北と南は山肌を削り取られたような岩肌が露出する急斜面の崖となっていて、西側には高低差を利用して三段階に石壁で区切られた防衛区画……郭の跡がある。

 そして、丘の上の岩山の頂上には二階建ての城塔が砦の天守としてそびえ立っていた。

 この城塔の二階部分がメトーリアや非戦闘員が避難している居住区であり、下層にはメリル達が対デフィーラー用のアイテムを作成している広間がある。


 さすがに郭の修復は手つかずで、バルカは城塔を死守するべく砦の胸壁に全ての自分以外の戦闘員を配置させた。


 バルカだけが、城塔の外にいる。唯一の出入り口である扉の前で待機している。

 ワームナイトに対抗できるのは自分ひとりであることをバルカは理解していた。

 ――建物の中には、一切侵入させない。

 そう心に決めていた。


 砦の周囲は開けていて、湿原を見渡すことができる。

 あいかわらず霧に包まれている眼下を見下ろしながら、控え間での作戦会議をバルカは思い出していた。



    ×   ×   ×

 


 会議にはギデオンも参加していた。 


「ワームナイトは逃走したんですヨ。以前はどんな時も、最後の一匹になるまで攻撃を止めませんでした。魔王討伐戦の時とは行動パターンが違いマス」 

「……この数百年の間に、進化したって事か?」


 レバームスはバルカの推測に首を振った。


「いや、多分違う。与えられた指令コマンドが、昔と異なるんだろうよ。あいつらは湿原からオーク達を追い出した。その後はずっと沼に潜んだままだ。“湿原を占拠せよ”あるいは“湿原からオークを追い出せ”か? そういう単純な命令しか受けていないとしたらどうだ?」

「そもそも誰が命令したっていうんだ? 魔王はいないんだぞ?」

「それは現時点では分からん。今重要なのはこれから起こることに備えることだ。数ヶ月の間ずっとデフィーラーは、おそらくエネルギー節約のためにワームナイトにならずに、触手群のままでいた。そのパターンが変化した」

「プローブ・アイが食料を求めて南に移動したネイル達や、アーガ砦をずっと監視していたのも気になる」

「それも重要だ。プローブ・アイが見たもの、取得した情報はデフィーラーにすべてフィードバックされているはずだ……ああ、そうだ! バルカ、お前だ。お前の存在も、奴らは知っている。オークを統率し、強化する能力と魔法の力を。そして、今日、ワームナイトに合体してお前を攻撃した。だが、完全に返り討ちにされた! お前の強さを思い知ったはずだ。さらに行動パターンが変化する可能性が高い。つまり……」


 そこで長考し押し黙るレバームスをバルカ、ギデオン、ウォルシュ、ボウエンは長い間、見守っていた。

 ボウエンが、ごくりと唾を飲み込む音をバルカは聞いた。

 やがて得心がいったように何度も頷くレバームスを見て、


「つまり?」


 バルカが続きを催促した。

 レバームスは結論を話した。


「やつら、ここを攻めてくるだろうな」

「攻めてくる? この砦にですか!?」


 ボウエンの声は叫びに近かった。


「ああ。その可能性は極めて高い」

「さらなる行動パターンの変化という奴ですかな?」


 ウォルシュは眉根を寄せ、顎髭をさすりながらレバームスに確認する。


「その通り」

「レバームス」

「ん?」

「ここから先の話はメトーリアも交えた方がいいだろう。様子を見てくるからちょっと待っててくれ」


    ×   ×   ×


「魔物どもは全戦力で攻めてくる」


 目覚めたメトーリアにバルカがそう告げると、さすがにメトーリアは驚いて、見開いていた。


「アーガ砦にか?」

「そうだ。デフィーラーやプローブ・アイのこれまでの行動を分析し、レバームスは奴らの次の動きを推理したんだ……詳しい説明はレバームスからする。皆を呼んできて、いいか?」

「――ああ」


 バルカは控えの間にいたメンバーを連れてきた。


「あのぅ……その予測は確かなのですか?」


 メトーリアを看護をしてそれまでの会議に参加していなかったニーナは、困惑とわずかに疑心がこもった表情で問いかける。


「ニーナ、あいつらはこの短時間で呼び寄せたヨロイ狼を喰らって、数を増やした。それを維持するためには生き残りのオークがいるここを襲うしかないんだ」


 素っ気ないレバームスと違い、バルカはアクアル隊の面々に気遣わしげだ。


「砦の郭は機能していない。だから、この城塔の石壁を利用した攻防戦になる。アクアルの皆は、上層部の居住区で待機していてくれ。もちろん砦を出て、湿原からもっと離れたところに避難して身を隠すのも、あんた達の自由だ。だが……プローブ・アイが潜み、今も砦周辺を漂っているかもしれない。だから、おすすめはしない」


 ウォルシュ、ボウエン、ニーナは一斉にメトーリアを見つめる。

 だがアクアル領主メトーリアはバルカの顔を見つめていたので、三人も振り返ってバルカをじっと見つめた。


「……」

「なんでそこで無言なんだよっ? 何とか言えよ」

「そうですよー、バルカ。キメちゃってください」


 レバームスとギデオンに突っ込まれ、バルカは咳払いして誓うように言った。


「ま、守ってみせる! だから砦にいてほしいっ」   



    ×   ×   ×



 かくして――。

 バルカは、魔物との対決に備え、眼下の湿原を見下ろしている。


(奴らはワームナイトとデフィーラーので攻めてくるだろう。俺は、同時に複数のポイントに存在することはできない。レバームスの分析通り、与えられた指令が昔と違えど、が変わっていないのなら……奴らは短期決戦用の生物兵器だ。湿原に潜んだままでは俺にジリジリと狩り殺されていくだけ。それならば、全戦力を使った包囲突撃でひとりでもオークを殺そうとするはずだ……そうはさせん)


 敵は、を使ってくる可能性もある。

 最悪のケースというやつだ。

 だがそれも、対策を立ててある。


 バルカは砦城塔の胸壁で守備についている同胞達のことを思う。


 肉の紐ニド・ヒムがここに攻めてくる――と。例の如く、古語と身振り手振りで伝えたときは恐慌一歩手前まで動揺していたが、ギデオンが意外にも役に立った。

 今も、胸壁の上を飛び回って、派手な宣伝文句をうたいながらオーク達を鼓舞していることだろう。

 時折、歓声が聞こえるから間違いない。


はちょっと恥ずかしいんだがな――ムッ!!)


 今はもう夜。

 幸い、天候は味方してくれた。

 星空の元 湿地を覆う霧が生き物のように山の尾根を這い登ってくるのが見えたのだ。


 戦いが始まろうとしていた。

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