第44話 ワームナイト

 今から四百年以上前。

 世界で大きな戦いがあった。


 別世界からやって来た〈魔王〉を名乗る侵略者と、世界にいる様々な者達――友好種族――で結成された同盟軍との戦争だ。

 同盟軍は、魔王の放つ魔物と、魔王の軍門に降った敵性種族との戦いを世界各地で繰り広げた。

 魔王は当初、自分に反抗的な世界中の、あらゆる知的生物を全て滅ぼすほどの勢いで、地上を、海を、地下世界を蹂躙した。


 しかし、時が経つにつれて戦局は膠着状態に陥った。


 魔王にとってこれは誤算だった。

 目算が狂った原因の一つが冒険者達の急激なレベルアップだ。

 

 後に魔王を倒すことになる勇者ベルフェンドラをリーダーとしたパーティーが先駆けとなり、数多の〈冒険者〉が台頭し、しだいに魔王の軍勢を追い詰めていったのだ。


 これに対して形勢逆転をもくろんだ魔王は、高レベルの冒険者を無力化させる魔物を戦争末期に造り出した……。

 

 それが、目も鼻も口も無い、“蛇やウナギみたいだ”としか表現しようのない生きた肉の紐……触手の魔物たちが結合した〈ワームナイト〉だ。

 大型動物や二足歩行の友好種族の姿を真似る醜悪さや、見た目のおぞましさもさることながら、冒険者の霊体を攻撃し、レベルダウンを引き起こして高位のスキルや魔法を使用不可にさせる能力は当時の冒険者達に悪夢と脅威をもたらし、非常に恐れられたという……。

 

    ×   ×   ×


 ワームナイトは沼から上がり、両腕を前に伸ばしながら、ゆっくりとバルカに近づいた。

 新たに現れた他のワームナイトは様子見をしているのか、佇んだままだ。


「ヒェ……」


 ギデオンは戦闘に巻き込まれるのを恐れて、姿を消す。

 プローブアイが一定の距離を持ってバルカのまわりを浮遊しはじめる中、バルカに接近していたワームナイトが、ピタリと止まった。そして、攻撃を仕掛けてきた。


 肩から腕が震えたかと思うと、両腕が伸び、二つに裂けた。変形しながらそれはしなる鞭のような形態へ――。

 腕一本につき二つ。

 合計四つの触手鞭がのたうつように跳ねた直後、バルカに襲いかかる。

 メトーリアを攻撃したときよりも速い。


 バルカは、常人の目では捉えることのできないこの攻撃を避け、戦斧でいなす。

 ワームナイトの触手鞭の動きは直線的なものではなく、カーブを描いたり、地を這うように迫って下方から突きあげてきたりと、凄まじい速度で、あらゆる角度から攻撃をしかけていた。

 

 これに対してバルカは最小限の動きで、前後にも左右にも全く移動せずに、触手鞭を避け、戦斧で払った。

 触手鞭が千切れ、刮がれていく。


 ワームナイトは本体を構成している触手を鞭用に補充し、絶え間ない攻撃を続けた。


 しばらく戦いが続くと、ワームナイトの動きが鈍ってきた。

 攻撃が全く命中せず、触手を損耗するだけだと悟ったのか、素早く後退する。


 だが、速さが足りなかった。

 バルカは前に飛び出しながら戦斧を振り上げる。

 ストレンジメタル奇妙な金属製の戦斧の柄が伸長し、斧槍形態になるのと振り下ろされるのは同時だった。

 避けることも、受けることもできずに、ワームナイトの頭を覆っていたヨロイ狼の外殻が、衝突というより破裂するような音をたてて、“粉砕”された。

 バルカは斧槍の刃をたてずに腹部分を叩きつけていた。

 ワームナイトの頭部が完全に両肩の間にめり込む。

 触手の集合体が形成する頭頂部から胴体の底まで、震動波が駆け抜け、塵となって四散した。

 僅かに残った四肢の部分が、結合を解く。

 が空になってヨロイ狼の外殻が地面に落下する中、分離した触手どもが這いずり、他のワームナイトの元へと逃げていく。


 ――いつの間にか、四体のワームナイトが、バルカを取り囲んでいた。

 先ほど木っ端微塵になった個体と同様に両腕を前に伸ばし、触手鞭を伸ばす。頭部も変形して攻撃に加わろうとしていた。

 バルカは斧槍形態から元に戻っていた戦斧を両手で持ち、刀剣を用いた敬礼のように顔の前で掲げた。そして、腰を落として身構えた。


 前後左右。少なくとも二十四本の触手鞭が風切り音を鳴らしてしなり、同時にバルカに襲いかかった。


「フン!!!!」


 バルカは不可視の力を全方位に解き放った。

 触手の殆どが、見えない力に阻まれ、バルカに触れることさえできずに跳ね返った。


  残りの触手はバルカの首筋や脇腹、膝裏などに命中したが、熱い物に触れて反射的に引っ込む手のようにことごとく弾かれる。

 

 群れの長をかけた決闘で、ネイルが放った斧槍による渾身の刺突が、バルカの皮膚一枚とおすことができず、吹き飛ばされたのと同じ現象だ。


 バルカは前方にいたワームナイトに突進し、先ほどと同じ様に斧槍を振り下ろす。

 ワームナイトを構成する大量の触手が粉微塵になる。残った触手も、腹を切り裂かれてこぼれ出るはらわたよろしく地面に散った。


 いくつかの触手鞭はバルカに接触し、攻撃が命中していたはずだ。

 しかし、僅かにかすっただけでメトーリアに甚大なダメージを与えた攻撃――霊体破砕――をものともせず、バルカの動きに支障はない。


 アクアルのダンジョンで、メトーリアの阻害デバフスキルが全く通用しなかったのと同じだ。


 残ったワームナイト三体は這い寄ってきた触手を身の内にしながら、よろめくように後退した。全身が震えている


 バルカに恐怖しているように見えるが、違った。

 人型の輪郭が急速に崩れはじめ、結合していた触手がバラバラに分離した。

 

「あ、コラ! 逃げるなッ!」


 バルカは斧槍を虫たたきのようにして、地面を這う触手をバンバン叩く。

 触手は寄り集まって、驚くほどのスピードで沼へと逃げ戻っていく。

 まるで川を遡上する魚の大群だ。


 バルカは沼ベリまで追い、沼に入ろうとして、立ち止まる。

 触手達は水中に潜り、辺りは静寂に包まれた。

  

「……ギデオン、こいつらの動きをどう見る?」


 バルカは辺りに散乱しているヨロイ狼の外殻をちらりと見ながら、器械精霊ギデオンに意見を求めた。

 この場にレバームスがいれば彼と真っ先に話をしたいところだが、ギデオンも魔物の分析には詳しい。

 バルカの肩の上辺りに姿を現したギデオンは腕組みして沼地を真面目ぶった表情で見つめている。


「すごく……興味深いです」

「……もうちっと詳しく。どのように興味深い?」

「彼らの行動には四百三十年前の同種よりも高い知性を感じマス。以前のワームナイトは最後の触手一匹になるまで攻撃をやめない脳筋野郎でしたからネ。それが今回は鮮やかな撤退。バルカに攻撃が全く効かず、損耗するだけだと判断したんでしょう」

「遠距離交信でヨロイ狼を呼び寄せたと、レバームスは言っていたな……」

「ワームナイトになるためでしょうね。あの触手……デフィーラーがワームナイトになれるくらいに増殖するには、大量の、しかも質の高い生体材料が必要ですから。それから多分、ワームナイトになったのはつい最近デスよ」

「……なんで?」

「アーガ砦にいた負傷者の中に霊体破損の攻撃を受けた者はひとりもいなかったですし、ネイル達も湿地の魔物のことを“肉の紐”としか言ってなかったからデスヨ」

「そもそも、なんで絶滅したはずのアイツらが今になって現れた?」

「それはまだ分かりませんが、陰謀の気配って奴をビンビンに感じますネ~」

「戻ろう。アーガ砦に」

「うい。それにしてもバルカ、腕が全然鈍ってませんね~。ワームナイトもカワイソ~~。圧倒的なパワー! さすがの!!」


 もうバルカはギデオンの話を殆ど聞いていなかった。


(そういえば、砦は監視されていた。プローブアイに)


 バルカは戦斧を背負うと、霧深い沼地をあとにし、アーガ砦へと急いだ。

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