第43話 霊体破砕
「滅ぼしたはずだぞッ!」
バルカは迫り来るヨロイ狼の外殻を装備した触手の集合体に向かって片手を突き出し、攻撃魔法を放った。
極々簡易的で、単純な魔法だ。
空気に働きかけて、任意の方向に風のエネルギーを押し出す……衝撃波を放つ魔法だ。
術者の技量と注ぎ込む魔力次第で、敵の足元をすくう程度の威力にもなれば、大木を薙ぎ倒す竜巻級の破壊力にもなる。
バルカの放った衝撃波が、竜巻級かどうかは分からないが、メトーリアを追撃していた触手のかたまりを浮かせ、バルカを上回るその巨体を、吹き飛ばすくらいの力はあった。
突風が吹きすさび、前方の霧が一時的に晴れる。
「ウェ!? ゲェ――――!!?? もしかして……っていうか、もしかしなくてもコイツ、『ワームナイト』っすか!? まじかぁ~~…………」
「一匹残らず殲滅させたはずだ!!!」
バルカの魔法で沼に押し戻された、人のような姿を形取る触手の魔物……ワームナイトとギデオンが言った化け物は、よろめいてはいるが、大したダメージは負ってないようだ。
しかし、それはバルカの想定内だ。
この危険な魔物をメトーリアからできるだけ遠ざけたかっただけだ。
バルカはちらりと後ろの、気を失ったメトーリアを見る。
レバームス達が駆けつけてくる気配を感じ、
「レバームス! メトーリアが負傷した。彼女を連れてみんな撤退しろ!」
「なんだなんだ? 一体何が――」
「レバームス! 湿地の魔物の正体はワームナイトですヨ!」
「……」
「メ、メトーリア様!?」
慌てふためくウォルシュが下馬してメトーリアを抱き起こし、レバームスは魔物の名前には無言で、騎乗していた芦毛の馬の首を撫でて座らせると、ウォルシュと二人がかりで、鞍の前に座らせた。
メトーリアはうっすらと目を開けるが、またすぐに目を閉じる。無意識に手綱をつかんでいた。
再び霧に覆われていく沼の水面から、別個体のワームナイトが、一体、二体と出現していくのが見えた。皆、ヨロイ狼の外殻をまとっている。
「遠距離交信……ヨロイ狼を呼び寄せて生体材料にしたのか……?」
「レバームス、分析は後にしろ! 早くメトーリアを連れて砦に戻れ!」
抜く手もみせずに戦斧を投擲し、ワームナイト達を薙ぎ倒しながら、バルカは懐から霊薬が入った小瓶を取り出してレバームスに投げ渡した。
「
「オ、オ……ゴ、ゴウル・ウルド。ナル・ガハル、ニド・ヒム……」
「しっかりしろルドン! ネス・アーガ! アーガ砦に戻れ! ラース・ネリ! 守れ! 子供たちを!」
「ロロ、ロ・バルカ!」
驚きと恐怖で硬直しかけていたルドンは、バルカの檄と命令にハッとして、連れ立っていた部下ふたりを先に行かせる。
ウォルシュとレバームスも、馬首をめぐらせて撤退を開始した。
ルドンはそれを見届けると、一度だけ心配そうな目でバルカを見つめた後、遠ざかるレバームス達の後に続いた。
バルカの戦斧に胴を真っ二つにされたワームナイトは、一旦崩れ落ちるが、沼の中で再結合し、何事も無かったかのように立ち上がる。
切断された一部の触手は切り離されて排出されたのか、沼の水面にぷかりと浮いていた。
生命力はムカデ並みにしぶといようで、そいつらもまだ完全には死んでおらず、のたくっている。
ワームナイトの頭上には、活性化したプローブ・アイが姿を現し、浮遊していた。
一体のワームナイトに二、三匹のプローブ・アイが侍っているという構成だ。
「なんか、ワタシみたいですね。あの
「やかましい」
バルカはうんざりした口調でギデオンを窘めながら、大きく息を一つ吐いたあと、“整息"で呼吸を整え、手元に戻っていた戦斧を構えなおした。
× × ×
お腹……いや脇腹の少し上。
アレに攻撃された箇所に何かが降り注いで、染み渡るような感覚……。
激しく揺れる馬上で、メトーリアは目を覚ました。
「……」
「目が覚めたか。つかまってろよ。手綱を放すな」
馬体が揺れ、跳ねる度に、痛みが走る。
右膝はこわばり、あばら骨が押さえつけられたように、時折息ができなくなる。
それでも、メトーリアは口を開いた。
「あの魔物、あの魔物は霊体を――」
身体にまわされた腕に力がこもるのをメトーリアは感じた。
青エルフは華奢な体つきをしていたが、驚くほど力強かった。
「知ってる。あの魔物はワームナイトだ。もう喋るな。いいか、何のスキルも魔法も、使うな。“整息”もだぞ。霊薬で身体の方は治癒した。今は霊力回復に努めろ。目を閉じて、安静に。魔物のことはバルカに任せておけばいい」
「でも……いくらバルカでも……」
「だから心配ないって」
レバームスは務めて明るい声を出す。
「
(……そういえば、初めて会ったときに、バルカも同じようなことを言ってた気が――)
思考するのはそこまでが限界だった。
メトーリアは手綱をきつく握ったまま、再び眠りに落ちた。
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