第41話 アルパイスの試し切りと魔物の特異な行動


 バルカたちが濃霧に包まれた湿原へ向かっていた頃。


 レギウラ公国では、魔物狩りの最終段階が進んでいた。

 

 レギウラにある複数の狩り場の内の一つである平原エリアに、ハンターとして雇われた冒険者達とレギウラの軍兵が集結していた。

 彼らを指揮しているのはアルパイス・テスタード・レギウラだ。

 公王自らが狩りを行うのは久しぶりのことだった。

 

 アルパイスの予測通り、アクアルの狩り場同様、レギウラ国内の魔物は増加していた。 

 しかし、デイラ達が遭遇したヨロイ狼の群れほどの増え方はしていなかった。

 群れを形成して、組織だった動きで一気に攻撃を仕掛けてくるような行動も無かったという。おかげでハンター達に死傷者が出ることも無く狩りは滞りなく進行した。

 

 しかし、アクアルの町から奇妙な報告が来ていたのを考慮して、平原エリアの狩りは最後に行うようにアルパイスは指示していた。

 その奇妙な報告とは……。

 アクアルの狩り場は山に囲まれた丘陵地であり、山岳地帯、洞窟、平原、森林に様々な種類の魔物がいる。

 しかし――。

 爆発的に増殖したヨロイ狼とは真逆に、他の魔物はまるで狩りが行われた後のように数を減らしていたというのだ。


 この報告を受けて、アルパイスはヨロイ狼の生息地である平原エリアの狩りを最後に回し、さらには自らが陣頭指揮に出張ってきたのである。


 ヨロイ狼はレギウラを含めたギルド同盟領域外縁部に生息する魔物の中でも大型の種だ。

 野牛のような巨体をもつ狼のような四つ足の魔獣で、甲殻類のような硬い外殻を持っている。さらには、頭部にまるで騎槍ランスのような角を生やしていて刺突攻撃をしてくる。

 

 高い攻撃力と防御力を持っており、急斜面の崖を駆け登れるほどの機動力もある。

 そんなヨロイ狼が、アクアルの狩り場同様の大群を形成しているのなら危険と判断し、アルパイスは動員可能な戦力を全て集めてきた。 

 

 しかし狩り場に到着して、アルパイスは想定外の事態に直面した。

 

 ヨロイ狼の数は、アクアルのとは逆に、激減していたのだ。

 これには、精鋭の軍兵も、寄り集まった雇われ冒険者達も、肩すかしを食らったような気分になっていた。


「こりゃ、大赤字ですねえ。公王サマ」


 ぞんざいな口調で話しかけてきた男に、狩り場を凝視していたアルパイスはちらりと顔を向けた。

 

「……心配せずとも、報酬は払う」


 重装鎧を身に着けた、ふてぶてしい面構え……この男は見覚えがある。

 たしか、数年前にレギウラ国に流れてきた、腕の立つ戦士だとアルパイスは記憶していた。名前までは覚えていないが。


 今、アルパイスは着慣れた鎖帷子を装備し、その上から要所に鎧をつけている。

 王城にいる時に羽織っているマントはない。代わりに大剣グレートソードを背負っていた。


 ギルド同盟から領地を与えられ、大領主たる公王にまで成ったアルパイスは冒険者にとって尊敬と羨望の対象だ。

 彼女との縁故コネ“を築きたいと思う者も多い。

 だが男のアルパイスに対する態度は、それとは違う。

 好奇心と不埒な心をまるで隠していない視線が、アルパイスのいたるところ――豊かな金色の髪。武装のうえからでもわかるほどの、鍛え上げられた体躯や、精悍かつ怜悧な美貌。胸甲と鎖帷子に包まれて、窮屈そうにたわんでいる胸のふくらみ――に、向けられている。

 口元には挑むような笑みすら浮かべていた。


 男はアルパイスが戦っているところを見たことがなかった。

 それゆえに、その実力を見てみたいというのが、好奇心の元だろう。

 なら、挑むような笑みが意味するところは何だろうか。


 おそらくは、縁故を築くどころか、男はになるのを望んでいる……少なくとも期待しているのだろう。

 情欲だけというわけではない。そこには野望も含まれている。

 アルパイスは夫君を亡くした身だ。未亡人である。

 十六になる娘がひとりいるとはいえ、まだまだ老け込む歳ではない。

 レベルを高め、肉体と霊体が強化されると老化が抑えられるのだから尚更だ。

 彼女の新しい夫の座を勝ち得ればそれだけで勝ち組の椅子に座れる。


 アルパイスは内心苦笑していた。

 常人の域を脱したばかりの冒険者にありがちな、男の過剰な自信と高慢さを、可愛いとさえ思った。 


「まあ――一匹ぐらいは、狩っておくか」

「一匹だけですかい?」

「そうでなければ来年以降の狩りに支障がでる」


 すでに命令は出していた。

 勢子になった軍兵達に追い立てられ、彼らの間隙を縫うように草むらを疾駆していたヨロイ狼がアルパイスの姿を見るやいなや、彼女目がけて、直線的な動きに変わった。


「ほう……」


 アクアルの狩り場のヨロイ狼は、デイラの姿を見つけるやいなや、集中的に襲いかかってきたという。


(私に対しても、同様の反応を示すか……興味深い。実に)


 アルパイスは僅かに身を屈めたかと思うと、男の視界から消えた。


 ダン! ダン! ダン! 


「は、速!?」


 男は驚愕に目を見開いた。

 断続的に瞬間移動テレポートでもしているかのような速さで、アルパイスは進路を塞ぐように、ヨロイ狼の前に躍り出ていた。


「グオオオ!」


 興奮状態だったヨロイ狼は咆哮を放ち、そのままアルパイスに突撃した。

 頭部の角が騎槍のように伸長する。


(何してんだあの女!)


 男は危険に気づいて叫ぼうとした。

 アルパイスは身をひねって避けるといった動作もしていない。

 構えるでもなく、背中の大剣の柄にまだ手をかけてさえいなかった。


 ヨロイ狼の角が今正にアルパイスを刺し貫かんとしたその時――。

 アルパイスの広々とした背中に、驚くほどくびれた胴に、背後からでも胸鎧に打ちだされた乳房のふくらみが覗ける脇に、稲妻じみた力の奔流がほとばしった。

 

 地響き。同時に盛大な破砕音。


 アルパイスは大剣を振り下ろし、ヨロイ狼の硬い外殻に覆われた頭を叩き割っていた。

 さらに、バキバキと音を立てながら、首、背中、尻の先まで裂け目が走っていく。

 濃厚な血を噴き出しながら、ヨロイ狼は二つに割れて崩れ落ちた。


 ――一体どういう所作を取ったのかまったく分からない速さだった。

 

 勢子を務めていた軍兵からどとめき、歓声が沸き起こる。

 

「さすがだぁ……」

「アルパイス様ぁ!」


 リザード討伐戦に参加したことのある冒険者は感嘆し、一部の女性からは甲高い悲鳴のような喝采が沸く。


(……あ、化け物だわ。この人……)


 大剣を背負いの鞘から抜き払う瞬間さえ見えなかった重装鎧の男は、アルパイスの実力を目の当たりにして、ぽかんと口を開けたまま、心の中で呟くのだった。

  

 アルパイスはというと、自らの大剣がヨロイ狼の外殻を切り裂いたときの金属臭を嗅ぎ、その後から立ち上る血の臭いに僅かに眉をひそめながら、面白くなさそうな顔をしていた。


(バルカーマナフは一際大きいヨロイ狼を、魚の開きのように真っ二つにしたと聞いたが……)


 アルパイスが狩り場の指揮を執ったのには、もう一つ理由があった。

 自分も試してみたかったのだ。

 ヨロイ狼の身体を二つに割れるかどうかを、だ。

 

 結果、必殺の斬撃でヨロイ狼を両断することはできた。

 だが、バルカは戦斧を遠距離から投擲して、同じ事をしてのけたという。

 

「見てみたいものだな。奴の本気の戦いを……」


 そう呟くアルパイスの元に、周辺を調査していた部下がやってきた。


「アルパイス様」

「なんだ?」

「ヨロイ狼ですが、その……増殖はしていたようです。それもかなりの数です。周辺の魔物が少ないのはヨロイ狼が補食していたようです」


 より強く、より大きい魔物であればあるほど、繁殖のために大量の生体材料を必要とすることを、知識としてアルパイスは知ってはいたが、他の魔物を捕食してまで数を増やそうとするなど、聞いたこともない。

 アルパイスの顔に緊張が走る。


「生息地を離れて他の狩り場に移動していたということか? 今はどこにいる?」

「大量の足跡が北へと向かった痕跡を示しています」

「足跡をたどれ。追跡するのだ」

「はっ」


(それにしても、北か。ここより北は牧草地帯。それより先は……)


 そこはまさに、バルカ達が通過した根の谷があるのだった。


(いずれにしても、この魔物の特異な行動は同盟の中枢である長老衆に報告する価値がある)


 アルパイスは狩り場を後にして王都メルバへの帰途につくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る