第40話 拠点構築-アーガ砦-


 砦周辺を調査し、水源などを確保してから、ネイルたちは砦に残り、さらに二十名のオークで周辺の警戒網を固めた後、バルカは他のフィラルオーク達の捜索を開始した。


 バルカ達はこの砦をアーガ砦と名付けることにした。

 壊れた門や石壁に刻まれたオーク戦士の名前から、“アーガ”という氏族のオークが建てたか、あるいは所有していたことが分かったから、それにちなんで命名したのだ。


 バルカとメトーリアが残ったオークを連れて砦を留守にしている間、アーガ砦では治療用と飲用のために大量の湯が沸かされた。

 汚臭に満ちていた砦内は今はアクアル隊によって清掃され、清潔さを保っている。

 負傷や病に苦しむオーク達はニーナの治癒魔法や衛生係のメリルの調合した薬によって治療されていった。

 当初メリルは、


「人間用の薬をオークに使っても大丈夫なんですかね?」


 と、心配そうに何度もレバームスに確認した。

 それに対して「人間、オーク、エルフなどは同じ薬を使ってもおおむね問題ない」と、レバームスは答えた。


「厳密には、同種族でさえアレルギー反応の違いなんかがあるが、腹薬ぐらいはまず、何の問題も無いはずだ。多分」

「多分って……何かあったときが怖いんですけど」

「そんときゃ、そん時だ。心配ないって。アイツらニーナとお前を神様のごとく尊敬し始めてるじゃないか」

「は、はあ……」


 アーガ砦の壊れた門は、砦がうち捨てられた数百年の間に自生した雑木を使い、修復・補強された。

 オーク達が飢えをしのぐために、樹皮を剥がした雑木は幹がまっすぐではなく、枝分かれも多くて、木材としては扱いにくい代物だったが、オークの怪力によって根元から掘り抜かれて、門の両脇に設置された雑木はウォルシュの魔法によって急速に生長・加工され、門扉と、崩れたアーチの構造材として利用された。


「オ、オ!?」

「ウガ!?」

「ロカ・メギ・シ!」


 雑木を持ってきたフィラルオーク達がウォルシュの魔法に驚きの声をあげる。


「ほほ、こういう魔法は見たことないようじゃな」 


 ――こうして、壁や天井も、雑木の他、崩れた石材を再利用して修繕されていた。


 必要な道具類と食料は補給係のハントが支給した。

 彼はアイテムボックスという特殊な箱の中に保管されている荷物の管理を担当していて、使える魔法やスキルはアイテムボックス管理に必要なものに特化されている。

 膂力は人間男性としては極々普通のハントが背負っているアイテムボックスは、内部の空間が拡張されていて食糧などが貯蔵されている。

 

 アイテムボックスの類はかつては希少レアな品だったが、今では量産されている。

 だが、無限に収納できるわけではないし、量産されたボックスでは収納できないものが数多くある。

 

 たとえば、“生命活動をおこなっている存在”はアイテムボックスの中には入れないし、複雑な構造を持つ器物、強い魔力が込められている物等も収納不可だ。

 ハントの管理するアイテムボックスは、高レベルの魔法士が使う、見た目はひとり用のテントなのに、中に入れば屋敷のように広いマジック・コテージの簡易版といったところだ。

 

 そんな彼も、ニーナやメリル同様、フィラルオーク達に崇め祀られそうな勢いで、ありがたがられている。

 ……主に飯時に。


「いつみても、不思議な食べ物だな」


 他のオーク集落も湿原からそう遠くないところにあったので、バルカたちは、夕暮れには彼らを引き連れて砦に帰ってくる。

 夕食にありつく度に、バルカは行軍中もずっと食べてきた糧食にまだ馴染めず、こう言った感想を述べる。


 ハントが皆に支給する糧食は、掌に収まるほどの大きさの、茶色の四角い固形物だ。

 見た目は石のように硬いパンのようだが、穀物を乾燥して圧縮した物で、鉄球のように重い。これをお湯に浸すと爆発的に膨張し、大量のお粥ができるのだ。


 こういった食料の加工や圧縮、保存の技術は魔王討伐戦の頃にはなかったものだ。

 オーク達はこれを、むせび泣いて喜ぶほどにありがたく頂戴してるが、栄養と腹を満たすためだけのこの“復元粥”は元の穀物の持つ味わいなどを全て消し去っているので、舌の肥えている人間達とレバームスには不評だった。


「バルカ。お前、よくそんなバクバク食えるな」

「何とも味気ないが、腹一杯食えるだけましだろう」

「……ハント。もう少し塩を足せないのか?」

「だめです、レバームス卿。食料も調味料も限りがあるんですから」

「でも――」

「特に塩はだめです。無駄づかいできませんッ」


 こういったときのハントは、補給係として毅然たる態度を全く崩さない。


    ×   ×   ×


 アーガ砦発見から、三日が経過した。

 

 砦は修繕され、山中に隠れた他の群れを発見し、フィラルオーク達を全員、アーガ砦に収容させることができた。 バルカが指揮する大規模パーティー・レギオン。

 その内のフィラルオーク隊百名は元々五つの群れに別れていた。

 全ての群れをアーガ砦に収容した現在。その総数は三百に達していた。


 バルカは湿原に対する警戒を怠らなかった。

 フィラルオークを捜索していたときも、メトーリアとルドンを主軸にし、バルカは湿原を目視できる距離を常に維持していた。

 

 時折、周辺に潜んでいたプローブ・アイを何体か、メトーリアも倒した。

 二度、バルカがプローブ・アイを捕捉し、攻撃したのを見て、霊体本位の魔物の存在を捉える方法をメトーリアは修得していた。


(要は、肉体の五感にとらわれず、霊体の感知能力に集中すればいいわけだ)


 メトーリアは、冒険者のレベル上げにおいて、よくこんなことがいわれているのを思い出した。


“高みに登った者の真似をし、その足跡をたどれ"


 要は、先駆者の後追いがレベルアップの一番の近道ということだ。

 自分よりレベルの高い者の一挙手一投足を見るだけでも、良い経験になるし、未知のスキルや魔法、霊体の働き方を習得できる。


「それにしても……」


 思わずメトーリアは呟く。

 監視役のプローブ・アイを倒したのだ。

 それも何度も。

 “肉の紐”なるものがプローブ・アイを使役し、冒険者がパーティを組むときと同じような霊的繋がりを持っているのなら、湿原に何か動きがあって当然――と、メトーリアも、バルカとレバームスも、考えていたのだが……。


 ……不気味なまでに湿原から、魔物の気配は感じられない。

 高位の魔物であるなら、強い魔力などが存在感を放ってくるはず。

 遠く離れた木立の中に身を隠していたアルパイスの存在すら察知したバルカでさえ、気取ることができないのだ。

 ただただ、地表を覆い尽くす一面の霧が見えるだけだ。


 現在、バルカはメトーリアとルドン他数人のフィラルオーク戦士を連れて、下山し湿原の調査に向かっていた。


    ×   ×   ×


 下山を開始する前、アーガ砦の広間の奥にある階段を上った先にある城郭中枢部の城塔内で、湿原奪還のための協議を行った際、バルカとレバームスの間で意見が対立した。

 バルカにとって、最早やるべきことは一つだった。


「すぐさま湿原の魔物を討伐すべきだろうが!」


 だが、これにレバームスが反対したのだった。


「待て、まずは調査だろ。ニド・ヒム……肉の紐がどういう魔物なのかも分かってないんだぞ」

「既存の魔物のどれかだろ? 魔王がいないんだから完全な新種は生まれないはずだ」

「だがこの数百年間でどんな変異種が誕生してるかわからないだろ。奴らの進化速度を忘れたのか」

「どんなやつだろうと魔王より厄介って事は無いだろうが。俺ひとりで湿地帯まで降りていって、殲滅すれば済む話だッ」


 メトーリアはバルカに違和感を感じていた。

 正確には三日前、アーガ砦にたどり着いて、フィラルオーク達の惨状を見てからバルカは口数が少なくなっていた。

 それに、口調や言葉遣いが極端に変化したわけではないが、立ち振る舞いや声音に柔らかさや余裕が無くなっているというか……。

 

「まさか、俺にはできないと思ってるんじゃないだろうな?」

「そうじゃねえよ、ただ――お前はそうやって、これから先もずっと戦闘になったら自分ひとりの力で何もかもを解決していくつもりか?」

「なに?」

「つまりだ。湿地を奪還して、フィラルオークの呪いを解いて、オークの国の再建を開始したとする。これから先、ギルド同盟と対立することになったり、他種族と衝突が発生した場合、いくらお前が強くてもひとりじゃ限界があるだろ? たとえば複数の場所で火種を抱えたりした場合どうする? ギデオンじゃあるまいし、いくらお前でも別々の場所に同時に存在することは――」


 苛立たしげに鼻を鳴らし、バルカはレバームスに話をさえぎった。


「そんな先の事なんて知るか! 俺はこの件で誰も危険な目に遭わせたくないだけだ」


 ふたりの意見が、このままずっと衝突し続けるんじゃ無いかと思い始めていたメトーリアは、咳払いをして露骨に話に割り込んだ。


「ちょっといいかっ」

「むっ」

「何だ嬢ちゃん」

「レバームス、その“嬢ちゃん"はやめてくれ――あのな、ふたりの意見を折衷して、“威力偵察"というのはどうだろう?」

「威力偵察って、具体的にはなにを?」


 メトーリアの方を見ずに、バルカが尋ねる。


「確かに調査というのはまだるっこしい。だが正体不明の敵に無策で突っ込んでいくのもどうかと思う。敵が姿を見せないのは、狩り場の魔物のように、一定の地域から離れない習性なのかもしれないが、もしかするとバルカの気配が強烈すぎるからじゃないか? レギオン結成以降、リーダーであるバルカは百を越えるメンバーと霊的に繋がっている。その状態では隠密行動はできないんじゃないか?

 だから、レギオンから少数のパーティーを分離して湿原に降りてみるんだ。メンバーはバルカと私と、ルドンの他腕の立つオーク三、四人と、できればウォルシュ。そして、隠密ステルススキルに長けた私が先行して敵の正体を探る……どうだ?」


 バルカとレバームスは顔を見合わせた。


「しかし、メトーリア。いいのか? 戦闘になるかも知れないのにお前を巻き込んでも」

「今さらだぞ。それに、いずれは食料を調達しないとまずい。アイテムボックスの糧食はいずれ尽きるからな」

「俺は賛成する。いい案だ。まるで勇者ベルフェンドラだな」

「え?」

「あいつは魔王討伐戦の時、こうやって武断派と慎重派が衝突したときに、よく折衷案をひねり出してたんだよ……どうだ? バルカ?」

「わかった。“威力偵察"でいこう」


     ×   ×   ×


 こうして、バルカはメトーリアと数名のオーク戦士という少数パーティーで霧深い湿原へと足を踏み入れたのだった。

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