第34話 長距離念話

 ――バルカさん、聞こえてます?


「聞こえてるぞ」


 バルカは声に出しながら念話スキルを発動させた。

 隣にいたネイルが“また、おさが、変なことし始めた”とでも言いたげな表情になり、肉を焚き火で炙り始めた。


『昼間はすみません……昨日も今日も、はしゃぎ過ぎちゃって』

「小さな頃からずっと館に閉じ込められているんだろ? なら仕方ないさ」

『でも、バルカさんからしてみれば、自分の見ているものをずっと覗き見されてるようなものだから、やっぱり気持ち悪いんじゃないかなって……』

「全然気にしてない。昔はああやって偵察に出た仲間の視界をパーティー全員で視てたりしたもんだ」

『それならよかったぁ……』


 安堵するアゼルの声が頭の中で染み渡ると、バルカはほっこりとした気分になった。

 頬が緩み、笑み崩れて上顎の牙がニッと剥き出しになる。


「お前は優しいなぁ……人間皆がこんなカンジだったらいいんだが」


 バルカのぼやきにアゼルはふたたび心配そうな声をあげた。


『あの、もしかして、ボウエンや爺やが失礼なことをしてませんか?』

「爺や? ああ、ウォルシュのことか」


 ボウエンとウォルシュ。ふたりのアクアル家臣は、バルカに対して表面上は慇懃だ。行軍一日目の終わりに、本隊と合流したとき、バルカに対して敬意と、ある種の畏怖を感じているようだった。

 だが、メトーリアとバルカの関係を容認する気は全くないようだ。

 ……関係と言っても見せかけの男女関係なのだが。


(ニーナという治療士は、そうでもないんだがなぁ……)


「いや、まあ、レギオンを組んでまだ二日目だ。ギクシャクしているところもあるさ。レギウラの国境を越え、北の未知領域を探索するに備えてのレギオンの調練結果は上々だ」

『お姉様は、その事に何か対処してるんですか?』

「え、あー……メトーリアは、特に、何も」

『う~~~~ん。今、バルカさんの側にお姉様いるんですよね? お姉様とも念話できればなぁ……』


 現在、バルカとアゼルは、互いに装備しているギデオンと、ギデオンが造り出したミニギデオンに、お互いの霊体の繋がりを強化・補助してもらうことで長距離念話を成功させている。

 メトーリアとアゼルは、姉妹として強い繋がりを霊体に持っているし、アラクネ族の特性も兼ね備えているが、それでも長距離の念話は不可能なようだ。


 いや、それはそれとして、アゼルが自分とメトーリアが今一緒にいると思っていることに、バルカはたじろいだ。

 実際はそうではないからだ。

 バルカは自分自身が気づかぬうちに、こめかみに当てていた指を離していた。


 村外れでフィラルオーク達とともに野宿している自分と違い、メトーリア達は、村長の屋敷に招かれて夕食のもてなしを受けているはずだ。

 その事実をアゼルに伝えるか考えてみたが、バルカは結局、再び指をこめかみに当てて、念話スキルを継続させながら、別のことを口にした。

 

「ギデオン、一時的に俺ではなくメトーリアに取り付く事ってできるよな?」


 バルカの側で浮遊していた、ギデオンはぐるりと振り返り、露骨に、嫌そうな顔をした。


「……なんだその顔は」

「あのですね、バルカ。私の利用権限は限られた者にしか付与されていないって前に言いましたよね? いまレギオンメンバーで私を装備できるのは元勇者パーティメンバーである。アナタとレバームスだけですよ」

『そういえば、ギデオンさんって直接面と向かって会話するのはバルカさんとレバームスさんとだけですよね』


 どうやら、アゼルにもギデオンの声は聞こえているようだ。


「?? そうだっけか?」


 今までのことを思い返してみると、そんな気もするが、バルカは大して気に留めていなかった。


「でもお前、ちっこい自分の分身をアゼルにあげてたじゃないか」

「あげたんじゃなくて、貸してるんですよ!? 私のミニ分身くらいなら問題はないのですよ。とにかく……バルカのご命令とあらば分霊をもう一体造って、メトーリア・シェイファーにも貸与しますけど?」

「じゃあもう、どうせなら念話が使えるメンバー全員分造ってくれないか? 色々と便利だからな」

「ワタシの霊体を分割して造ってるって言いましたよね!? 現状、めいっぱい頑張っても、分霊は二体までが限界です。どうします? 明日の朝にでもメトーリアに貸与しますか?」

「そうだな。アクアル隊のリーダーはメトーリアだからな……」

『……ちょっと待ってください。今、お姉様はバルカさんと一緒じゃないんですか?』

「う……」


 たちまちに、バルカは言葉を濁す。


『……えっと、バルカさんは私がどこまでお姉様と情報共有しているか知ってますか?』

「……俺とメトーリアの表向きの関係のこと、妹のお前にだけは伝えてあると聞いてはいる」


 ギデオンがバルカの周りをぐるぐると旋回し、興味津々の顔で話に割り込む。


「え、何ですか何ですか? 私もその情報、共有したいデス」

「お前、昔と違って口が軽そうだからな……」


 思案顔になるバルカに、ギデオンは大仰に傷ついた振りをしてみせる。


「そんな! レバームスにギルドの足かせから解放してもらった今の私は、アナタ専属の器械精霊ですよッ? 情報漏洩なんてイタシません!」

「じゃあ話す。このことを知っているのは今のところ俺とレバームスと、メトーリアとアゼルだけだ。他の者には話すなよ――」


 表向き、バルカとメトーリアは“つがい”……つまりは男女の契りを交わした仲であると公言していること。また、アルパイスやデイラにその事を知らしめて、レギウラ国内からオーク達を撤退させるのと引き換えに、半ば強引にアクアルの民の人質解放と自由を交渉したことなどをギデオンに教えた。


「はぇぇ~、バルカが何で人間の女性とイイ仲になってるのかと不思議に思ってましたが、そういう理由があったんですね~」

「………………ちょっと待て。聞き捨てならん発言が今あったぞ」

「へ?」

「なんだ、“恋愛に全く興味が無いバルカ”って! どこ情報だそれはッ」

「え~~~~~~。だって魔王討伐戦の頃からそうだったじゃないですか」


 さらにギデオンは、横目でチラッとネイル達フィラルオークを見てから、


「オークって大体、本能に忠実で、ビビッと来た相手には速攻アタックしたり、素行の悪い奴ならそれこそ、拐かしや乱暴狼藉を平気でやらかしてたじゃないですか」

「ゆ、友好種族になってからはそういう悪漢どもは厳罰に処してただろ」

「とにかく、アナタには浮いた話の一つも無かったし、てっきり無口で禁欲的な武人キャラを貫いているのだとばかり思ってました」

「勝手に決めつけるなよ……え、縁が無かっただけだ」


    ×   ×   ×


 アゼルはしばらくの間無言になり、バルカとギデオンのやりとりを聞いていた。

 

(つまり、バルカさんは、恥ずかしがり屋で恋愛に関しては超奥手なオークって事?)


 にしては、お姉様にも、アルパイス様に対しても、かなり大胆な事をしていると思うんだけど……。

 

 と、アゼルはあれこれと考えを巡らせる。

 メトーリアもアクアルの家臣達も、レギウラ公王アルパイスに服従し、ずっと苦渋を味あわされてきたが、反抗する素振りを微塵も見せずに堪え忍んできた。

 アゼルはふと自室の、鉄格子がはめられた窓の外を見る。

 人質状態。籠の中の鳥の生活をしているアゼルにしても、内心鬱屈したものはあるが、自分の境遇を諦めているところもあった。


 アクアルのような小国に救いの手を差し伸べてくれる勢力などありはしないからだ。

 姉のメトーリアも、そのように考えていたに違いない。


(ん、違う。私なんかよりも……)


 より一層の閉塞感や絶望感に囚われていたのではないだろうか。

 常に任務やデイラの護衛をしながらの魔物狩りやクエストなどに同行し、酷使されてきたメトーリアは感情や感覚を圧し殺して、ただただアクアル領主としての責任を果たしてきた。

 そんな姉メトーリアが行動を起こした。

 バルカの提案に乗り、アゼルの知る限り、アルパイスに始めて反抗した。

 

(どうみてもバルカさんはお姉ちゃんのこと好きみたいだけど、お姉ちゃんの方はどう思ってるんだろう?)


 北への旅が始まってからは一緒の場所で寝てないようだが……。


 これは明日、姉と念話が可能になったら色々と聞いてみる必要がある。


 アゼルは、シェイファー館で宴を開いたあの夜以降、レバームスと事前に打ち合わせをし、バルカの話を聞くうちに、決心したことがある。

 自分が、アクアルとオーク勢力の繋ぎ手となろうと……そう決めている。


 だがそれ以前にひとりの少女として、メトーリアがバルカのことをどう想っているのか知りたい。


 アゼルは読書家だ。

 歴史書や兵学、薬学、魔法やスキルに関する文献など実用的な本ばかりでなく、冒険物語や恋愛モノの本なども愛読している。

 年頃の女の子として、恋愛への好奇心も、アゼルはことのほか強いのだった。

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