第33話 行軍二日目
行軍を開始してから二日目。
レギオンの後方にて、馬を駆ってフィラルオークの後を追いかける形で移動中のアクアル隊を率いているのはボウエンとウォルシュだ。
ふたりはフィラルオークの移動速度に慄然としていた。
「こいつらみんな化け物ですな……」
「そのことよ、ボウエン」
馬に騎乗しているアクアル隊よりも、フィラルオーク達は速い。
いや、速さは同じかもしれないが、馬の持久力がもたないのだ。
ボウエン達と領民兵の中間にいるニーナが時折、治療士用の短い杖を振るい、“
オーク達は戦士の武装をしている。
だが武器や防具の重さを問題にもしてない様子だ。
身体の軸がぶれず、走っているように見えないのがボウエンには不思議でならない。
冒険者として、かつてはメトーリアの父親、先代アクアル領主のスガルと行動を共にし、魔物狩りに赴いたり、前線に出て戦った経験があるウォルシュの驚きはまた別のものだった。
「凄まじい速歩よな……」
王都メルバから最北端にある村落までは、訓練された歩兵隊でも、早くても二十日はかかる。
この行程を二日で踏破しようとしているのだから、レギオンの行軍速度は尋常ではなかった。
たしかに尋常ではないが、ウォルシュにとっては異常ではなかった。
レベルを高めていけば、このようなことが不可能ではないことを、ウォルシュは知り尽くしていたからだ。
だが、そんな高レベルの戦士が百名以上集まり、行軍している光景を、生きているうちに拝めるとは思わなかった。
(いや、レベルだけではない。バルカ殿の強化魔法のなせる業か……)
ウォルシュの年齢は八十を超える。だが先代アクアル領主スガルが健在の十数年前までは、活力に満ちあふれ、レベルの高さも相まって、若々しさを保っていたが、スガルとその妻君トリーシアが亡くなり、世継ぎであるメトーリアを奪われるようにアルパイス預かりとされ、幼いアゼルと共に軟禁生活を送るうちに、めっきり老け込んでいたのだが、いまは逆に二十歳ほど若返ったかのような錯覚を覚える。
敏捷性や持久力が軒並み底上げされているからだ。その効果はウォルシュが今まで出会った、どんな
しかも、魔法効果の持続時間の長さにもウォルシュは驚いていた。
術者の力量や魔法の種類にもよるが、戦闘開始時に身体能力全般を上昇させるような魔法は長くてもその持続時間は半時(※約一時間)ほどだ。
しかし、バルカの魔法はその三、四倍は効果が持続している。
メトーリアとの関係を認めるつもりはまだまだないが、ウォルシュはバルカに対する認識を改めざるを得なくなっていた。
× × ×
斥候役を引き受けていたバルカ達は本隊と合流した後、レギウラ最北の村アシーヒロに到着した。
例の如く、フィラルオーク達は村はずれで待機。バルカも一緒だ。
村に入れないことをフィラルオークは特に気にも留めてない。
それよりも火を簡単に起こす方法をバルカから教わり、魔法で乾燥保存したヨロイ狼の肉を火で炙って食べるのが楽しくて仕方がないようだ。
「お前らはいいよな……悩みがなくて」
夜を迎え、早々に食事を終えていたバルカがぽつりと呟く。
(いや、俺としたことが、とんだ失言だ……)
ネイルやルドンといった個々に群れを率いていた元長達は、北に移動するにつれて、そわそわしたり、警戒心を強めている。
ニド・ヒム(肉の紐)なる魔物と戦うと古語で告げたときは一時騒然としていたが、かれらはバルカに全幅の信頼を置いているようで、徐々にニド・ヒムの名を口にするときも怯えなくなってきている。
フィラルオークがニド・ヒムに住み処を追われて、南に移動していたのは、知性が退化していても、残っていたオークの記憶と本能がそうさせたのだろうと、バルカは考えていた。
オークは元々、北の寒冷地に住んでいた種族だ。
昔から食べるものが少なくなる冬に備えて、巨獣やモンスターなどを狩って食糧にしていた。
それでも間に合わないときは、南方の暖かい地方に出向き、他種族の領域に攻め入って略奪などを行ってきた長い歴史があるからだ。
「……ロ・バルカ」
ネイルが怪訝そうな表情でバルカに語りかけてきた。
「ん? どうした」
「ナダシ」
ナダシとは「無い」とか「いない」とかいう意味で使われる言葉だ。
「何が、ナダシなんだ?」
「ナダシ、メ、メ……メテオ……メテオラ? メ、メ、メトー……」
「…………メトーリアのことか?」
「イノ!」
“それだ!”とばかりに、ネイルは手を叩きながら叫ぶ。そして、
“メトーリア、群れの長バルカのもの。メトーリア、いない。夜、長と、いない”
という意味にかろうじて受け取れる古語をネイルが口にする。
(……そういや、決闘する前に“メトーリアは俺のものだから手を出すな”って言ったんだったわ……すっかり忘れてた)
「まあ、つ、つがいになっても、そういう日があるさ」
古語でのやりとりが面倒くさくなったバルカは共通言語でそう言って曖昧な笑みを浮かべる。
ネイルは不思議そうに首をかしげる。
ふと、興味を持ったバルカはネイルに古語で質問してみた。
ちなみに古語は身振り手振りや、顔の表情を交えてのコミュニケーションだ。
バルカは胸を叩き、
“ネイル、お前、胸に、ビビッときた相手、つがいになりたい時、どうする?”
と、聞いてみた。
一瞬群れの副リーダーはぽかんと口を開けて、呆れたような顔をバルカに向けた。
まるで、「なんでそんな分かりきった事を聞くんだ?」とでも言わんばかりだ。
バルカはちょっとムッとして“命令だ。言え”と再度、強めに聞いた。
ネイルはどうしようか迷っていたがやがて腕を上げ、
“強さ! 見せる”
さらに両手の差し出すようにして、
“食べ物、あげたり――”
鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ仕草をして、自分と何もない空間を交互に指さし、
「ナル・ロ・ミ。ナル・デ・ミ(匂い嗅ぐ、相手もこっちの匂い嗅ぐ)」
“いいカンジだったら、
ネイルは自信満々といった感じで、バルカに伝える。
バルカは苦笑した。そして、盛大にため息をつく。
「ハハハハッ……はぁぁぁ~~~……なんでこんなこと聞いたんだ俺は……ん? どうしたネイル」
いつの間にか、ネイルは何かを思い出したように、今までに見たこともないような辛そうな顔をして俯いていた。
“……子供、女”
そう呟いた後、手を合わせて三角形を作りその手を左右や上へと動かす。
「……山か。フィラルオークの子供や女衆は湿原から山に避難してるんだな」
バルカは真剣な表情になって呟き、ネイルに強く頷いてみせる。
言葉はいらなかった。
「ガウウ!」
出来る限り速く湿原に向かい、肉の紐だがなんだか知らないが、くそったれの魔物を討伐する。
ネイルはそういったバルカの意をくみ取ったのか、一声吼えて、強く頷き返すのだった。
「あのー、バルカ」
唐突にギデオンが姿を現した。
「どうしたギデオン」
「アゼル・シェイファーから、念話の要請が来てますよ。繋ぎますか?」
日中、行軍している間、時と場所を許す限り、バルカはアゼルが自分の視界を遠隔視することを許可していたが、念話は行わなかったことを思い出した。
「分かった。通話補助、頼むぞ」
「あい」
寝る前に少しばかりお喋りに付き合うか――。
バルカはこめかみに指を当てて、念話のスキルを発動した。
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