第3章 肉の紐の正体とフィラルオークの里

第31話 分霊の術

 バルカを指揮官とした、大規模パーティー『レギオン』が結成された次の日。

 シェイファー館内では同盟領域外へ旅立つ準備が行われた。

 

 向かう先は北方の未知領域だ。

 バルカも、アクアルの人間達も、地理には詳しくない。

 レバームスも、


「ざっくりとした地形は知っているが、現在、どんな種族がいるかなどは全く分からん。魔物の分布状況なんかもな」


 と、いった状況だ。

 そのため、レギウラの国境を越えてからの行軍計画は綿密に練られた。


 レギオンに参加したアクアル家臣団のうち、同行者は次の三名だ。

 治癒士のニーナ。

 魔法職のウォルシュ。

 目付役のボウエン。


 そして、領民兵からは八名ほどが、志願してきたのでレギオンに組み込まれた。

 領民兵といっても彼らは非戦闘員。

 中隊規模となる一行が長旅をするのに、色々役立つ支援スキルを持つ者達だ。

 ボウエンとウォルシュは、メトーリアの護衛用に戦闘員を加えるよう強く進言したが、これをメトーリアは却下した。

 オーク戦士百名に比べれば、微々たる戦力でしかないし、自分のために、領民達に負担を強いることを極力避けたかったからだ。


「国境を越えるまでに、斥候役を先駆けさせ、前方警戒しながら進軍する段取りを組むべきだな」

「そうだな。同胞達は被害もなく南へ移動できたようだから、道中なにかが起こる可能性は低いと思うが、用心に越したことはない」

「つまり、レギウラ国内を出るまでに、本隊と先駆けする斥候隊の呼吸がピタリと合うように、調練を済ませるということですな?」


 バルカとレバームスの話を、興味深げに聞いていたウォルシュが確認する。


「そうだ。んじゃあ、斥候役のひとりは俺が務めよう。魔法が使えないエルフなんざ、レギオンでできることといえばそれくらいだしな」


 自嘲気味にそう言うレバームスにバルカは苦笑する。


「お前は充分すぎるほど役に立ってるよ。レバームス」

「とりあえず、斥候役には、あと二~三名はいたほうがいいな。できれば、隠密や偵察に長けていて、なおかつ腕の立つ奴……」


 ふとバルカは、あることをレバームスに聞いてみたくなった。

 再会してから、レバームスがレベルの高いスキルを使用したのを見たことがないのが、ずっと気になっていたのだ。見たのは動物を使役するエルフ特有の能力くらいだ。

 たしかにアズルエルフであるレバームスは魔法を使えない。

 しかし、四百三十年前の魔王討伐戦の頃は、勇者ベルフェンドラが率いるパーティーの頭脳担当ではあったが、かなり戦う腕利きの戦士でもあった。

 当時のレバームスがどれほどの強さだったかというと……一言には言い表せない。

 その奇をてらった変則的な戦法、奇襲を得意とする戦い方を、昔は"小賢しい"とさえ思ったことがあるバルカだが、いまはそんなこだわりは微塵もない。


「どうしたレバームス。数百年飲んだくれている間に、鈍ったのか?」

「フ、フフ……それもあるが、十年前に深手を負ってな。それ以来、昔みたいには戦えないんだよ」


 十年前というと、レバームスが再起してガエルウラとして活動を始めた時期と一致する。

 

(何か、あったんだろうか……)


 気にはなるが、レバームスがその頃の話をするのは避けているようだったので、それ以上は何も聞かなかった。


「それなら、私も斥候役を務めよう」


 それまで黙っていたメトーリアが手を挙げた。

 途端に、ボウエンとウォルシュが"とんでもない"とでも言いたげな顔をして、メトーリアを思いとどまらせようとする。

 

「それはなりませんぞッ。メトーリア様」

「そうです。アクアルの領主たるあなたが、そのような役目を負うことなど」


 メトーリアは涼しげな笑みを浮かべ、かぶりを振る。


「ふたりとも今更だぞ。デイラ様と任務に赴くときは、ひとりで斥候役や何やらを任されてることも多い。今さらお姫様のような扱いをされても調子が狂うだけだ」

「あ……じゃあ、俺も斥候隊に加わろうか」

「何ですと!?」

「あなたは本隊のオーク達を統率すべきじゃないのか? そんなにメトーリア様に付きまといたいのですか?」

「(なんでレバームスは良くておれはダメなんだよ……一応、"つがい"って設定なんだがッ?)いやっ、戦闘時以外はネイルとルドンに群れを任せても大丈夫だ。あのふたりは副将として、群れの中での序列をすでに確立しているからッ。それにオークは"叫びシャウトを使えば遠く離れていても簡単なやりとりが可能だし、大丈夫だって!」


 ……等々。一時は紛糾したが、結局はバルカとメトーリア、レバームスが斥候パーティーとして、レギオンを先導するということに決定した。

 

 ――出発は、明日に決まった。




 打ち合わせが終わった後、バルカは外で待機している同胞達と合流しようとした。


(なんだか、つい数日前まで、メトーリアと毎晩一緒に寝ていたのが遠い昔のように感じるな……)


 一応はボウエンやウォルシュに「寝室を用意する」と、言われたのだが、言葉とは裏腹に"外で寝てくれ"というニュアンスを匂いや雰囲気で感じ取って、バルカは辞退した。

 ちなみにレバームスはというと、何の遠慮もなく、あてがわれた部屋で今は寛いでいるはずである。


(やっぱ今も昔も、オークよりエルフの方が人間の好感度は上なんだな……チクショウメ。レバームスはな、昔は女癖が悪いことで仲間内でも有名だったんだぞ――ん?)


 館の玄関口に小さな気配を感じてバルカは思考を中断した。

 アゼルだ。側付きの者はいないが、監視役のレギウラ兵は側にいた。

 柱の影に佇み、バルカの姿を見つけると、小走りに駆け寄ってきた。


「どうしたんだアゼル」

「あ、あのっ、バルカさん。ちょっと聞きたいことがあるというか、確認したいことがあるんですが……」


 今のアゼルのおずおずとした様子は、恥ずかしがり屋の子供そのものだ。

 宴の席で会話したときのような明敏快活な、才女然としたものとは真逆の今の彼女を、バルカは微笑ましく思った。

 

「どうした? オークの俺に内緒話があるのか?」

「うん――は、はい」

「わかった」


 バルカは監視役のレギウラ兵に詰め寄った。


「ちょっと外してくれるか?」


 監視兵は狼狽した。


「い、いや、自分は――」

「玄関の外にいればいいだろ? この館の入り口はそこ一つなんだから。窓にも鉄格子があって抜け出せない。少しの間だけだ。な?」


 頼んでいるようでいて、バルカの口調と表情は有無を言わせぬ迫力があった。

 打ち合わせでの鬱憤を晴らしているという面も、多少は含まれている。


「わ、わかりました……」


 消え入るような声を発して、監視兵は館の外へ出て行く。


「それで、話とは?」


 バルカが問うと、アゼルは話を打ち明けた。


「実は私、念話を習得してるんです」

「おうおう、その歳で念話とは、なかなかすごいな」


 感心するようにバルカは相づちを打つ。

 半ば本気で驚いてもいた。念話は相応のレベルに達しなければ扱えないスキルだからだ。


「あと、遠隔視リモートビジョンも」

「……本当に?」


 念話よりも遠隔視は更に難度の高いスキルだ。

 最低でも、自らの霊体を知覚し、霊気・魔力といったエネルギーを感知できるまでにならなければ、とてもじゃないが使いこなせない。

 アゼルがそのレベルに達しているとは、バルカには思えなかった。


「実は、私とお姉様は母方にアラクネ族の血が混ざっているんです」

「ア、アラクネ……?」

「はい。だから、お姉様となら、館の中ぐらいの距離なら念話で通話できます」

「なるほど、な」


 アラクネは魔王討伐戦の頃から、すでに数が少なく、バルカも詳しいことは知らないが、霊糸や光線とも呼ばれる糸状のエネルギー体を霊体から紡ぎ出し、種族特有の様々なスキルを備えていたとは聞いている。

 特に“見えざる糸”なるものを伝って、同族同士で長距離念話が可能だったことは有名だ。

 ……今も有名かどうかは知らないが。


「バルカさんは言いましたよね? 精霊のギデオンさんの補助があれば、レギオンに参加したメンバー同士の長距離念話や遠隔視による離れた者同士の視界共有が可能だって。私みたいなレベルが低い子供でも可能ですか?」

「……」

「王都メルバを出た、外の景色とかを、私でも見れるでしょうか?」


(そうか、この子は物心つく前から、この館に閉じ込められていたんだったな……)


 おそらくは館から覗けるハーブ園や、遠くにそびえるレギウラの王城ぐらいしかまともに見たことがないのだろう。


「ギデオン」


 バルカの呼びかけに応じ、ギデオンが姿を現す。


「はい、バルカ」

「レギオンメンバーになってるアゼルだが、遠く離れた場合、俺達と念話や視界共有は可能か?」

「う~~~~ん、その場合はアゼル・シェイファー・アクアルの念話や遠隔視を補佐するために、私の装備者がアゼルにならないと難しいですね」

「む……」

霊脈網レイラインネットに繋がってないときの私のパワーソース動力源って装備者の魔力じゃないですか。私はかーなーり、省エネタイプですがそれでもアゼル・シェイファーの魔力量ではちょっと厳しいですネ。動作不良起こしちゃいます」


 アゼルの表情が失望の色を帯びていくのを、バルカは気の毒そうに見つめた。


「そうか……すまんなアゼル――」

「まあ、私が機能を大幅に省略除外オミットした小さな私の分身を作って、アゼル・シェイファーに取り付くって方法ならイケそうですが」


 しれっと、バルカも知らない、とんでもないことを言い出すギデオン。


「は!? そんなことが可能なのか!?」

「へ? 逆に何で無理だと思うんです? 私はこうやって装備されたり、クリスタルから呼び出されない時は、霊脈網を通じて、各地のクリスタルに分散して遍在している精霊ですよ? 分霊アストラル・スプリットの術は器械精霊のもっとも得意な分野です」

「…………じゃあ、お願いできるか?」

「わかりました。それでは――」


 ギデオンは、祈りを捧げるように手を組んで、目を閉じる。

 黙っていれば清廉なミニ聖女だ。実際に神々しい光も発している。

 組んでいた手をギデオンが開く。そこに光が収束し、手乗りサイズの妖精のようなギデオンより更に小さい、ぽっちゃりふわふわのぬいぐるみのような超ミニギデオンが誕生した。


「えっ、ええぇ……なんじゃこりゃ……」

「か、かわいい……」

「ミュ♪」


 一声鳴くと、ミニギデオンはアゼルの赤い髪に付着した。

 ちょっと変わった髪飾りのように見えなくも、ない。


『聞こえますか? バルカさん!』


「うおッ?」


 いきなり頭の中にアゼルの声が響いてきて、バルカは変な声を出してしまう。

 アゼルの口は動いていない。念話で語りかけているのだ。


(聞こえてるぞ、アゼル。どうやら成功のようだな)

『やっったああああ~~~!!! 明日からがすっっっごく楽しみです!!!』


 喜びを爆発させるアゼルの心の声がガンガンと脳内に響き渡り、バルカは笑いながらも、思わず耳を塞ぐ……耳を塞いでも意味は無いが。


(良かったな)

『はい!!!!』


 その晩、アゼルは眠るまでずっと、バルカやメトーリアに念話で話しかけるのだった。

 

 ……実は一対一の通話だけでなく、複数での通話も可能なのだが、しばらくの間は、このことは黙っておこうと決めたバルカだった。


 そして、翌日。


 レギオン結成から二日経った朝。

 バルカ達一行は、シェイファー館を出立した。

 

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