第30話 レギオンメンバー……観戦武官を募集する

 バルカ達がシェイファー館の広間に戻ると宴は終わり、領民達はいなくなっていた。

 

「お帰りなさい、みなさん。あの、一体外で何があったんですか?」

 

 アゼルがそう尋ねてくるが、それを制するようにボウエンが口を挟む。


「それよりもッ。メトーリア様、やはり我々はアルパイス公の勘気を被る危険は冒せません。公王は“オークに協力するか否かは、アクアル側が望むなら"と仰られたと聞き及んでおります。これは我々の忠誠を試されているに他ならない。どうか賢明なご決断を」


 アクアル家臣ボウエンが、メトーリアに諌言した。

 メトーリアは無言だ。

 ボウエンの温厚そうな顔が、バルカを見る時は険のある表情へと変わる。

 バルカは頭を抱えたくなった。

 とてもじゃないが、レギオン参加希望者を募る雰囲気ではない。

 

(相当、嫌われてるなぁ……俺)


「もう~~ボウエンったら、レバームスさんやバルカさんに失礼だよ。もう少し話を聞いてから決めようよ――」

「いえッ、アゼル様。メトーリア様はたぶらかされているのです」

「口を慎めボウエン! アクアル領主はお前ではない。メトーリア様であるぞッ」  


 そう言ってボウエンを一喝したのは、灰色のローブを着た老臣ウォルシュだった。

 

「と、とりあえず席に着きませんか? まだ料理も残っていますし……冷えちゃいましたが」


 治療士ヒーラーであり、アゼルの侍女でもあるニーナが皆に着席を促す。


「ふたりとも、一体どうされたのだ?」


 ボウエンは困惑気味だ。ニーナはともかく、ウォルシュ老はバルカの存在を自分と同じく嫌悪し、敵視していたからだ。メトーリアがバルカと肉体関係を持ったと知ったときはむせび泣いていたほどなのに……。


「ボウエン、魔法に疎いお主には分かるまいが、今のメトーリア様とガエルウラ深き蒼のレバームス殿は、見たことがない強力な魔法の守りに幾重にも包まれている。話を聞くべきだ」


(ニーナは治療士ヒーラーのようだが、ウォルシュも魔法職メイジなんだろうか?)


 ウォルシュからは驚きと好奇心……そういった感情が匂いとして漂っている。

 たしかに今、バルカはレギオンメンバーとなったメトーリアとレバームスに強化魔法をかけている。魔法に長けた者はそのような状態を察知することができる。

 自慢げに感想を聞こうとしてメトーリアには華麗にスルーされたが、どうやらある程度レベルの高い魔法やスキルの使い手達の気を引くことには役に立ったようだ。



 こうして宴の続き……というより、アクアルとオークの協力関係を築くか否かの話し合いがバルカ達と家臣団の間で始まった。


 アクアル家臣団といっても、アクアルの町に駐屯している者や、国境警備など別の任務で不在の者も多く、その数は十人に満たないが……。


 最初にバルカとレバームスは、フィラルオーク達に何があったかを説明した。

 

 おそらくバルカが斬り伏せたプローブ・アイは、身を潜めながら、フィラルオーク達の群れのうちの一つを、ずっと追跡・監視していたのだろうということ。

 バルカが群れを率いるようになってからは移動の連続だったが、シェイファー館近くの森に留まったことで、監視距離が縮まり・・・・・・さらにバルカの群れに入ったことで感覚が鋭敏になっていたので、フィラルオーク達はプローブ・アイの存在を始めて気取ることができたのだろう……。

 レバームスの推測である。


「しかし、プローブ・アイは遙か昔に根絶された魔物のはず」

「ガエルウラとして情報を提供するが、今の魔物には異変が起こりつつある。プローブ・アイはその一例だな。魔物は棲息地域が決まっている。奴らは元は魔王が産みだした生物兵器だ。指令を与える者がいなければ待機状態になるからな。あんた達が狩り場と言っているエリアを離れて、追跡行動をするのは異常事態だ」


 疑問を口にしたウォルシュにレバームスが丁寧に説明した。


「なるほど。しかしそれはオーク達が元いた場所に帰れば、私たちには何の関係もないことでは? 先ほども言いましたが、私たちがオークに協力するのは任意なのでしょう?」

 

 ボウエンは突き放すような物の言い方にレバームスは苦笑する。


「昨日の交渉の席で、バルカがその気だったら、アルパイスにアクアルの協力を強制させることもできたんだがね」

「やめろレバームス」


 ボウエンが何か言い返そうとする前に、バルカがレバームスをたしなめた。


「無理強いするつもりはないんだ。協力というのは北の湿地の魔物討伐のことじゃない。今、俺を除いたオークの同胞は呪いにかかっている。知性が退化し、共通言語も喋れない。元の住み処でも、すごく原始的な生活を営んでいたんだと思う。だが、レバームスの協力があればこの呪いは解ける……はずだ。だから、アクアルの皆さんに協力して欲しいのはその後の、オーク達の復興支援だ」

「……私たちはレギウラから、国境警備や重税をといった課役を課せられている。その上、敵性種族である貴方たちに力を貸せと?」

「おれはアルパイスやギルド同盟とは違う。あくまで、あんた達とは対等な立場で付き合っていきたい」

「……つまり?」


 一旦言葉を切ったバルカにボウエンが先を促す。

 僅かばかりはバルカの話に興味があるようだ。

 ……アクアルがオークを支援するのと引き換えにオーク達に何が出来るのか。

 つまり、“見返りは何だ?"と。


「俺があんた達に提供できるものは今のところ一つだけ――武力だ」

「馬鹿な」


 かぶりを振るボウエンに、これまで沈黙していたメトーリアが口を開いた。


    ×   ×   ×


「……ボウエン。お前は、デイラ様が王都に搬入したヨロイ狼の素材が何体分か知っているか?」

「存じません」

「約四百だ。私は見た。オーク達が数百匹のヨロイ狼を殲滅するのを」

「……四百?」


 ボウエンは困惑して眉根を寄せた。

 その内の数十はバルカひとりが狩り尽くしたのだが、このことは黙っておいた。

 ボウエンは戦陣を知らない。魔物狩りを経験したこともない。生粋の内政屋であり、ジョブは薬の調合師だ。アクアルの町との連絡つなぎなどを務めるとき以外、ハーブ園から出ることもあまりない。

 そんな彼にバルカの強さを語って聞かせても荒唐無稽に聞こえるかも知れないと思ったのだ。

 それでも、ボウエンはオークの破格の戦闘力に驚愕したようだ。


「ちなみにあの時は二十名だったが、今やフィラル野生化したオークの数は百を越えている。単純計算でいえばバルカが統率する百のオークは二千のヨロイ狼に勝るということになる」


 同盟領域外縁部において、それは大戦力を意味する。


「私は、バルカに付いていく。アルパイス様にそう命じられたからだ」


 途端にウォルシュが青ざめる。


「メメメ、メトーリア様。それはつまり、この緑野郎との婚姻をアルパイス公は認めたということですか!!??」


 ブワッと目に涙を浮かべ、顔を紅潮させながらウォルシュが叫ぶように確認する。


「ち、違う! オークの里をこの目で確かめて報告しろということだ。多分ッ! わ、私は現在、バルカをリーダーとしたレギオンという特殊なパーティーに入っている。私と行動を共にするのも、しないのも自由だ。だが、オークと交誼を交わすか否かを決めるのは、北のオークという種族をもっと知ってからでも遅くないんじゃないか? だから……私の他にレギオン参加を希望する者はいないか?」


    ×   ×   ×


 バルカは“バルカ殿"と一応敬意を表してくれていたウォルシュが、いきなり“緑野郎"と言い出したのには閉口したが、メトーリア自らがレギオンに加わる者を募集してくれたことに驚いた。

 そして、単純に嬉しかった。


「そ、そうだ。一緒に行動を共にしなくてもいい。シェイファー館にいたままでも、参加してくれる者はいないだろうか?」


 だが参加を希望する者はまだ一人もいない。


「あのう……一緒に北へ旅するならともかく、シェイファー館に残る者までパーティー……じゃなかった、その……レギオン? に参加する意味はあるのですか?」


 ニーナがおずおずと手を上げながら疑問を口にするのを見て、メトーリアがちらりとバルカに視線を送ってくる。


「ある。ギデオン、出てこい」


 命じられ、バルカの掌の上にギデオンが姿を現した。

 小さな妖精のような少女の姿を見て、アゼルと家臣団は驚きの声を上げた。


「バルカさん、それ――彼女は、何者です?」

「俺が使役する精霊だ」


 詳細は省いてバルカはアゼルに説明する。


「大規模パーティー・レギオンに参加すれば霊体の繋がりを利用して、様々な情報のやりとりが可能だ。この場に“念話"や“遠隔視リモートビジョン"のスキルを習得している者がいるのなら、遠く離れていても通話や視界の共有が可能――」

「私、参加します!!!」


 アゼルがバルカが話し終わるのを待たずに、一歩進み出て今日一番の大声を発した。


「ア、アゼル様ッ。なりませ――」

「ダメ。もう決めた。それに領主のお姉様が行くのなら護衛を何人か付けるのは当たり前でしょ? そうよね? お姉様」

「あ、ああ。そうか……そうだな」


 ボウエンの制止も聞かず、アゼルは勢い込んでメトーリアに許可を得た形を取る。


「お姉様の言うとおりだよ。協力関係を結ぶかどうか見定めるためにも、お姉様の他に同行者は必要です。戦闘には参加しなくていいってバルカさんは言ってるし……いわばこれは、そう。観戦武官よ。誰か行ってくれる者はいない?」

「儂が参りましょう!」


 ズイッとウォルシュは、バルカの面前に進み出る。


「バルカ殿ッ」

「む……」

「そなたの、戦将としての器量。そしてオークという種族の有り様。このウォルシュ・カーティアスしかと見届けさせていただきますぞ!!」

「あ、はい……」


 背筋を伸ばし、今にもむせび泣きそうな、睨んでいるような目でみつめられ、バルカはたじたじになる。

 

「で、では手を出してくれるか?」

「?」


 不意に言われてウォルシュが手を差し出すと、バルカが自らの手を重ねる。


「ギデオンがいればクリスタルを介さずともパーティーが組める」

「なんとッ!?」

「ちなみに職は?」

「ま、魔法職ですじゃ」

「レギオンに参加するんだな?」

「……“受諾アクセプト”」


 ウォルシュはパーティ参加の意思を、古めかしい言葉で表明した。

 ギデオンが指を鳴らし、即座にお互いの霊体が繋がる。


「次は私! うわ~~パーティー――じゃなくてレギオンか――組むの始めてなんですよ」

「……じゃ、じゃあ私も」



 と、次はアゼル。続いてニーナがレギオンに加わる。


「メトーリア様とアゼル様が加入するなら、我々も入らなければなりませんな」

「レ、レギオンとは人数制限がないのですか!?」

「同行者の選抜が必要ですな」

「後ほど決めましょうぞ」


 次々に家臣達がレギオンに加わっていくのを、ボウエンは苦り切った表情で見やることしかできなくなった。


 結局、ボウエンを含めたシェイファー館にいるアクアル家臣団は全員レギオンに加わるのだった。

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