第25話 どこまで信頼できる?

 翌日、アゼルとメトーリアは宴の準備をしていた。

 領主とその妹がするようなことではないが、こういうことには、いささかも、こだわりのないメトーリアとアゼルだった。

 ただし、館住まいが長いアゼルは料理を得意としていたが、メトーリアは野営時に簡素な調理をするぐらいで、豪勢な食事の準備などはなかなか不慣れで、あたふたしている。

 厨房の使用人たちは、ふたりだけになりたいのだろうと察しているのか、姉妹からやや離れて作業をしている。

 しかし、バルカの発言を受けてレギウラの監視の目は強まっており、今も厨房の入り口に衛兵がふたり立っている。


 メトーリアは……昨夜、アゼルとの念話を終了した後にアルパイスがやって来たことは、アゼルには話さなかった。

 妹には心配をかけたくなかった。

 それにメトーリア自身、昨日のアルパイスの侵入と尋問を思い出すだけで肝が冷えるような恐怖が蘇ってくる。

 アルパイスは昨夜、居城からシェイファー館まで、おそらく一人で、アクアルの警衛の兵にも、レギウラ側の監視の兵にも、どちらにも気づかれることなくたどり着いた。

 そして油断があったとはいえ、メトーリアにさえ気配を察知させずに、寝室の戸口に立った。

 つまりはいつでも単身で館に忍び込むことが可能で、やろうと思えば館の住人の命を奪うことも出来るわけだ。

 アゼルの暗殺も可能なわけだ。

 メトーリアが服従している限りはそのようなことはしないだろうが……。

 

“フィラルオークが故郷に落ち着けるまで、メトーリアは貴様に預けよう。それ以降のことはまた話し合いの場を持つ"


 アルパイスはバルカにそう言った。


(それ以降……それ以降、私はどうする? いや、どうなる……) 


『お姉様はバルカさんやその他の……知性が退化してるフィラルオークだっけ? 彼らをどこまで信用してる?』


 器用に根菜の皮を剥きながら、アゼルは念話を開始し、昨夜の続きを始めた。

 当然ながら、衛兵達はふたりの念話に全く気がつかない。


『そりゃ、バルカさんの要求が全部アルパイス公王様に通ればいいとは思うけどさ。皆の前で“自由になれる!"なんて喜んでみせたものの……フィラルオーク達はバルカさんに忠実だって聞いたけど……』


 何から話そうか……といった風情で、メトーリアは頭を少し傾けて指でこめかみを押してから、ヨロイ狼の肉を包丁でゆっくりと切りながら、念話で返信する。


(うん……アゼルは、昨日会ったレバームスの事は知っているよな)

『歴史に名を残すアズルエルフだって事は知ってるよ。魔王討伐戦の英雄のひとりでしょ。今はギルドから指名手配されているけど……』

(そのレバームスが言ったんだ。バルカは当時の仲間だったと)

『え……つまり、バルカさんは、四百三十年前に魔王を討伐した勇者ベルフェンドラ・ストレインのパーティメンバーだったってこと?』

(そういうことになる)


 アゼルは皮剥き作業をしていた手を止めた。


『そんな事、今まで読んだどんな歴史書や文献にも載ってない……事実は改ざんされたことになる……つまりバルカさんみたいな、喋るオークが当時は普通で、現在のフィラル野生化したオーク達の状態は……』

(“呪いか毒のせいで頭脳の働きを抑制されている"と、レバームスは言っていた。多分本当のことだと思う)

『何で?』

(実はな、ギルドクリスタルから――)


 ギルドクリスタルから現れた器械精霊ギデオンのことを含め、バルカと出会ってから起きたことをアゼルに語った。


『……お姉様、バルカさんが魔王討伐戦当時の英雄だって事を知ってるのはレバームスさんとお姉様だけ?』

(そうだ。デイラ様もバルカが何百年も眠っていたことは知っているが、勇者パーティのメンバーだったと勘付いてる様子はない)

『このことはバルカさんが自分から言い出すまで、秘密にしておいた方がいいね。シェイファー館の皆にも』

(……そうだな)


 アゼル・シェイファー・アクアルはレギウラ公アルパイスに差し出された人質であり、軟禁状態で城下街を自由に出歩くことすらままならない身だ。

 姉のメトーリア同様の戦士の才能を期待されていたが、生まれつき体が弱く、レベルの高い戦士を目指すのは困難だった。その代わり彼女には別の長所があった。

 アゼルは幼少の頃から利発で知識欲旺盛。頭脳明晰だったのだ。

 

 シェイファー館でハーブ園の管理や薬の調合などで働かされている家臣やアクアル領民はアゼルよりはある程度の自由が与えられていたため、レギウラ周辺やギルド同盟領域外の辺境の状況を調べることができた。

 アゼルは彼らから情報や知識を得ることで、レギウラの政情や周辺の情勢などに関しては外働きで酷使されているメトーリアよりも詳しかった。


 ガエルウラという賢者が、昔からギルドの侵略の気運にいち早く気づき、警鐘を鳴らし、一つところに留まらずに、辺境の旅を続けており、追放種族たちに力を貸し続けていること。

 また、そのガエルウラの正体がかつての勇者パーティの一員で、ギルドに反逆してお尋ね者になっているレバームスであるということを考えれば……。


『バルカさんがアルパイス様に提案したことに、レバームスさんが一枚噛んでることは間違いないよね』

(まあ、な)

『つまりは魔王討伐戦で勇者と共に闘った戦士と賢者が、味方になってくれてるんだ。たしかにこれは、私たちやアクアルの民が、自由になるチャンスかも』

(だが、それは……)

『うん。危ないよねぇ……』


 姉妹の見解は一致していた。

 敵性種族とされているオークとよしみを通じるなど、非常に危険な賭であり……ギルド同盟に反旗を翻すのと同義だ。

 シェイファー家とアクアル領は取り潰し。それだけではない。最悪、一族も家臣も領民も、皆殺しにされることも充分に考えられる。


『んんんっ、だからこそお姉様! 確認したいのですっ。お姉様は、どこまでバルカさんを信頼しているのッ?』


 メトーリアは会う度に聡明になっていく妹のことを頼もしく、嬉しく思い、そして僅かに羨ましく思いながら、


(信頼は、できると思う。それに)

『それに?』

(アイツは強い)

『…………へ? つよい? なになに? それって具体的にどういうこと?』


 そう聞き返されて、急にメトーリアは複雑な話をしていたアゼルに比べて自分は、

“何を言っているのだろう"

 という、何とも言い難い、面目ないような恥ずかしいような気持ちを覚えた。

 強いとかなんとか。子供の言いそうなことである。

 でもそれがバルカに対する素直な評価であり、アゼルと違って、饒舌とは言えないメトーリアはなんとか自らの言葉を補足しようとする。


(いや、その、お前は実際に見てないから分からないだろうが、本当に鬼神のように強いんだ。しかも率いている群れのオーク全員に強化魔法も施せる。それこそ神話に出てくる英雄のような……肌は緑で、振るうのは剣ではなく戦斧だが)

『うーん……』

(そ、それに心も強い)

『う~~~~ん、お姉様。戦士の心得がつたない私にも分かるように言ってくださいぃ』


 メトーリアは切った肉を、炉の上の大釜に入れ、中身をかき回しながらしばらくの間無言になった。

 アゼルはこういうときの姉は考えを頭の中で整理している時だと知っているので、おとなしく待った。

 

(…………アクアルは小さな国だ。でも先代当主は、お父様は……その心は強く大きくあろうとした。レギウラは十七年前まではトカゲびとのリザードの住み処だった。お父様はギルドの命令を無視し、辺境に逃亡しようとするリザードたちを迎え撃つことも追撃もしなかった。リザード討伐戦が起こるまでアクアルと彼らは交流があり、誼を通じていたからだ)


『……そのせいで私たちは大変な目にあってるんだけどね』


 父の記憶が無いアゼルはやや冷淡な反応だった。

 そんな妹を見るのはメトーリアとしては心苦しかった。

 思わず、念話ではなく、言葉を口にする。


「アゼル」

「……ごめんなさい」


 一方のメトーリアにはというと、記憶がある。

 幼い自分の手を押し戴いて一族とアクアル領の後事を託し、それから何も言わずにこの身を抱きしめた父の記憶が。

 先代アクアル領主スガル・シェイファー・アクアルは今の自分のように戦働きに使い潰され、戦場で亡くなった。

 訃報はレギウラからギルドクリスタルを通じてアクアルの町に通達があったが、その詳細をメトーリアは知らない。


 遺体は……戻ってこなかった。

 幼いメトーリアはしばらくの間、父の死を信じなかった。

 だが、それからまもなくして、病弱だった母トリーシアも父を追うようにアゼルを産んでから、間もなくして亡くなった。


(バルカは自分を殺そうとした私を容易く退けた。何度も何度も手加減して……それでも戦闘を止めない私を倒した。その後で殺すことも犯すことも出来たのに傷まで治して……それから狩り場で私の命をまた助けた。あいつは本気で信じているんだ。人間とオークは友好を結べると)

『かつてリザードに情けをかけた父上とバルカさんを重ね合わせてる?』

(そ、そそ、そんな風には思ってない。これ以上うまくは言えないが、私はただ……)

『う~~~~~~~~~~~ん』


 アゼルはメトーリアの話を聞き、ひとしきり呻った後、


「お姉様、ちょっと用事を思い出したのでこの場はお任せしまーす!」

「え、い、いや私は、凝った料理を作るのは得意ではない――というか知らないんだぞ!?」


 というメトーリアだが、アゼルは調理の手順や方法をしたためたレシピを渡して何処かへ行ってしまう。

 監視の衛兵達が目配せした後、一人がアゼルの後を追っていく。

 メトーリアはおぼつかない手つきで包丁を握り直すのだった。

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