第22話 アゼル・シェイファーとアクアル家臣団

 アルパイスとデイラがいなくなってから、メトーリアはバルカに詰め寄った。


「バルカ、お前は、どこまで本気なんだ?」

「そうそう、どこまで本気なんだ? つか、何をどこまでやるつもりなんだ?」


 レバームスも冗談めかした言い方でメトーリアの言葉を継ぐが、その目は真剣だった。


「俺達オークは頭がそんなに良くないからな……だから目的は一つに絞る」

「ひとつ?」

「フィラルオークの住み処にのさばってる化け物退治だ。まずはそれを最優先する」

「私を自由にして、アクアルの民を解放することが、それと何の関係がある?」


(それは、その、うん……目的、一つに絞れてないな、俺……)


 純粋にメトーリアを助けたいという気持ちがあるからなのだが、その一番の本心は告げず、


「引き替えにと言っては何だが、俺達を助けて欲しいんだ。悪い話じゃないと思うんだが……」


 とバルカは切り出し始めた……。


 バルカはレギウラと協定を結び、湿地の脅威を取り除いた後のことも考えていた。

 レバームスの見立てでは、フィラルオーク達は呪いから回復しても、すでに大人に成長している個体は知能が回復しても、完全な言語能力をもたせることは難しいということや、新しく生まれる次の世代から本格的に以前のオークに戻っていくだろうとのことだった。

 こういったことを事前に知らされていたバルカは、同胞達の今後のことを考えた結果、周辺の種族と友好的な関係を築いて、協力を仰ぐしか無いと考えていたのだ。

 

「――つまり、呪いが解けた後でフィラルオーク達を色々と助けてやってほしいんだ」

「色々……って、具体的に何をしろと?」

「えーと、なんていうか」

「そりゃもう何から何まで……だろ? バルカ。フィラルオーク達はぼろ布を纏ったり、簡単な道具を使うくらいの知恵はあっても、他種族から奪ったり拾ったりしたものを利用しているのがせいぜいだろうし、元々住んでいた里も町や村なんてものじゃない。それこそゴブリンの集落に毛の生えた程度のもんだろうよ」

「ゴブ!? レバームス、あのちっこい緑色の小鬼と同胞達を比べるのだけはやめろ!」


 バルカが太い眉をつり上げて凄むがレバームスは意に介さず続ける。


「だから、略奪をせずとも食べていけるだけの方法を教え、町屋を造り、言葉を教えたりとか……とにかく、友好種族らしい生活をさせるための支援が欲しいってとこだろ?」

「ま、まあそういうことだ」


 メトーリアはどう答えて良いものやら分からず、言いあぐねる。

 アクアル領の領主であるメトーリアだが、使い勝手のいい駒として、魔物の狩りや敵性種族との小競り合いなどの戦働きに駆り出される事が多く、アクアルの統治も先代から仕えている家臣に任せっきりで、政略面には疎いのだ。


(それに、アルパイス様に刃向かう真似など、私には……)

 

 まさか、自分がバルカとこれからも行動を共にすることを、アルパイスが認めるとは思ってもみなかったメトーリアだった。


 その時、朗らかな声が聞こえてきた。


「おかえりなさい、お姉様!」

「アゼルっ」


 彼女には監視役と思われるレギウラの兵士が二人と、侍女が一人ついていた。


「お姉様っ。帰ってくるなら先に言っておいてくださいよ。しかもアルパイス様が、会談の場に館を使うのなら、尚更です」

「悪かった。全てが急なことだったのでな」

 

 バルカはメトーリアの妹をこっそり観察する。

 上背のあるメトーリアとは逆に背が低く、華奢な体からはレベル上げの修錬を積んでいる様子は見受けられない。性格は陽気で人懐っこそうだ。

 瞳の色はメトーリアより薄い青色。髪の色は赤だった。肩の高さで短めに切りそろえられている。

 すべてにおいて、メトーリアとは対照的な少女だった。


 久方ぶりの姉妹の再会中に、館の住人達が続々と集まりだした。

 台所からやってきたような格好の者や、薬の調合でもしていたかのような白衣の姿した者、いかにも老臣と言った感じの年老いた老爺もいた。

 皆、人質となっているアクアルの家臣やその血縁者なのだろう。

 彼らは皆、メトーリアの帰還を喜んでいたが、隣にいる青い肌をしたエルフを見て驚き、巨躯のオーク戦士、バルカを見ては息を吞み、訝しげな表情をする。


 中には警戒するものや、あからさまな嫌悪の表情を浮かべる者もいる……。


(むうっ、レギウラやアクアルの兵士達より、きつい視線だな……)


 アクアルと友誼を結んでオークの復興を目指す。

 そう心に決めたバルカだったが、いきなり先行きが不安になってくる。

 考えが甘すぎたか……とさえ思い始めた時、アゼルが近づいてきて自分をに笑顔を向けるのを見て、バルカはきょとんとした。


「お二方とも初めまして。アクアル領主メトーリア・シェイファー・アクアルの妹、アゼルと申します」


 バルカとレバームスに向かって、アゼルは丁寧に一礼する。


「あなたがオークのリーダー、バルカ殿ですねっ」

「あ、ああ。そうだ」


 自分を全く恐れる様子の無いアゼルにバルカは少し驚いた。

 アゼルは今度はレバームスに対して、


「そして、あなたはガエルウラことレバームス様ですね。レギウラとアクアルの窮地を脱する知恵を授けていただき、感謝いたします。」


 そう言って、ぺこりとお辞儀をする。


「ん? あー、ドウイタシマシテ」


 アゼルの行動と言葉に家臣団はかすかにどよめいた。

 間隙をおかず、アゼルは剣呑な雰囲気を払拭するかのように努めて明るい声で、明日の夜、館内にて、普段ハーブ園で働いている領民も呼んで、ささやかな宴を開くのでレバームスとバルカにもぜひ出席してほしいと誘った。


 断る理由はないので、バルカとレバームスは申し出を受けるのだった。



   ×   ×   ×



 館の外で待機していたフィラルオーク達にもデイラが約束した食糧が届けられ、ハーブ園から離れた森林で露営している。


 バルカとレバームスは、その日は早々に館を出て、フィラルオーク達と一緒に野宿することにした。

 

 アクアルからレギウラまでのこの数日間、メトーリアを側に置いて寝床についていたが、今宵は一緒ではない。シェイファー館での人間達の訝しげな視線が気になったし、それよりも久しぶりだという姉妹の再会に水を差したくなかったからだ。

 それに不安もあった。アクアルの家臣達のあの非友好的な様子……。


「俺達がアルパイスに突きつけた提案はアクアル側にしてみれば、一見、願ったり叶ったりのようにも思えるが、見方を変えれば、迷惑千万な案件でもある」


 バルカと焚き火を囲みながら、レバームスは呟いた。


「え、なんでだ?」

「“なんでだ?”じゃないっ。小難しいこと考えるのは苦手かもしれんが、俺達が今日やったこと。そして、これから為そうとしていることの意味、お前だって何となくはわかってるだろうが」

「むう……」


 バルカとしては、触れてもらいたくないことを、レバームスはズバリと指摘する。

 

「アクアルのような小国は、レギウラのような大樹にすがる方針を採るしかない。たとえそれが奴隷の扱いでもだ。今日行われた会談は、そのアクアルとレギウラの関係にでっかい巨石をぶん投げたようなもんだ」


 そう言って、レバームスは、懐から取り出した小瓶に入った酒をあおる。


 ……レバームスの話によると、ギルド同盟が発足してから最初の百年ぐらいは、ギルドの中枢も、ギルド同盟に加入している国が敵性種族や反ギルド勢力に戦を仕掛け、その領土を奪うことも、奨励していたし、加入国同士が争うことも、意図的に放任していたという。


 しかし、ギルド同盟の領域が拡大していくにつれ、勢力圏に“広大な外縁部"ができてからは状況が変わった。

 同盟加入国同士が本格的な戦争を起こし、戦乱が起こるような事態は宗主国ヴァルダール以下中央諸国の意向としては、“もはや許されぬ”時代となっているのだという。


「ただし、ギルド同盟が友好種族の輪から追放した種族達に対しては別だ。追放種族と誼を通じている国にも容赦ない。様々な苦役を課され、人質を取られ、自由を奪われているとはいえ、アクアルが自由になるってことは、ギルド同盟から離脱して反旗を翻すに等しい」

「そこで、俺達オークが、レギウラよりも強く、より大きな大樹となり、アクアルを守る。アクアルはフィラルオークの里の復興に手を貸すという、新しい協力関係で対抗する……」

「なんだ。分かってんじゃないか。メトーリアの嬢ちゃんだって、解放と自由を求めて、お前の話に乗っかったんだろうし、妹や家臣達に“話してみる”と言ったんだろ?」

「だが……アクアルの家臣達の俺を見る目が、な」


 まるで、モンスターを見るような彼らの眼差しが脳裏によぎり、バルカはそれを振り払うように焚き火で焼いていた魔物肉を頬張る。

 そして、シェイファー館の方角を振り返る。


「何にせよ事はメトーリアと、家臣団。そして、あのアゼルっていう娘次第だろうな」

「アゼル? あの子供が?」

「なかなか聡い子だぜ。あのアゼルっていう小さいの」

 

 と、レバームスはアゼルを評するが、バルカにはまだピンとこないのだった。


    ×   ×   ×


 一方、メトーリアはシェイファー館でアゼルや家臣達に、これまでのいきさつを話していた。


「いいじゃない! お姉様は奴隷のようにこき使われる身分から解放されるし、私たちも自由になれる!」


 と、喜んでみせるアゼルだが、家臣達はバルカに対して不信感しかない。


「信用できるのですかそのような話……」


 ハーブ園から採取される薬草から薬を生成する調合師のチームを取り仕切っているアクアル家臣の一人、ボウエンが第一声をあげた。

 温厚篤実の、優しい性格をした男だがオークに対しては嫌悪を抱いているようだ。

 無理も無い。オークに会ったことの無い人間でさえ、伝承や噂で聞くオークの野蛮さや凶暴性を信じて疑わないのがギルド同盟圏に住む人間達の認識だった。 


「言葉を話すと言ってもアレはオークですぞ」


 そう言うボウエンに対し、先々代から仕えている老臣であり、アクアル家臣団の長老的存在であるウォルシュは難しそうな顔をして、


「我らもレギウラに従属する前は、異種族のリザードやアラクネと交流を持っていたが」


 と言うが、別の家臣がそれをたしなめる。


「それを咎められて、このような境遇に陥っているのをお忘れか」


 ちなみにアラクネとは光線という糸状のエネルギー体を、己の霊体から作り出すことができる種族で、見た目や体格はほぼ人間と変わらないが、髪の色が赤や緑、紫、青などとカラフルであるという特徴を持っている。

 少数種族であり、ギルド同盟とリザードの戦争に巻き込まれ、今では絶滅したといわれている。 


「あの、その、メトーリア様。道中はオーク共とずっと一緒で、大丈夫だったのですか? え、えっと、本当にあのバルカという者と、その……」


 アゼルの侍女ニーナが心配そうな声をあげた。

 白い外套に治療士ヒーラー用の短い杖を装備している彼女は、アクアルで一番の治癒魔法の使い手でもある。

 侍女といっても、命令が下ればメトーリアと共に戦働きなどの、癒やしの力を必要とする仕事に駆り出されることが多い女性だ。

 ニーナの発言に一同ははっとして、メトーリアを見つめた。

 聞きたくても聞きづらかった重大な一事。

 アクアル領主であるメトーリア・シェイファー・アクアルは、バルカというオークの長に操を捧げたという事が、皆気になって仕方ないようだった。


「それは……」


 メトーリアはここにきて、大いに戸惑った。

 現状、アルパイスにも、その他レギウラの関係者にも自分とバルカは恋仲……というより、バルカの情婦として同衾しているということを仄めかす形を取っていた。

 どうやら、アクアルにいる領民兵から知らせでも受けたのか、シェイファー館にいる者達にもそのことは事前に伝わっていたようだ。


 ……先ほど、バルカは自分のことを“嫁だ”と公言したことで、さらに状況は変わったわけだが。


 一緒に寝ているのは確かだが、実際には肉体関係などは無く、見せかけの男女関係なのだが、アゼルや家臣には本当のことを話しておくべきだろうか?


(いや、どこで情報が漏洩するか分かったものではない。アゼルはともかく、他の者には嘘をつくしか、ない……)


「デイラ様の命令だったからな。是非も無かった。だが心配ないぞニーナ。バルカは――」


 皆の視線が集中し、とたんに言葉が途切れ途切れになる。


「その、バ、バルカはだな。オークではあるが、戦士の誇りを重んじる男で、だから、まあその、紳士的で、私に対しても、その……や、優しかった、し……」


(いやッ。ここまで詳しく話をする必要は無かったか!? しかし、何をどう言えばいいんだッ)


 喋っていて、段々と顔が火照ってくるのを自覚しながら、メトーリアはしどろもどろになった。

 自分とバルカが閨を共にしている……つまり、皆に言うのが、当然ながら、とてもつなく、恥ずかしい。

 あの日、デイラに命じられるままに、バルカが寝ていた部屋に夜這いに参じた時は、微塵も動じなかったメトーリアだが、今は動揺しまくっている。

 バルカとの関係は事実では無いのだが、その嘘を、“真実だ” と、アクアルの家臣団に知らしめなければならない。

 事ここに至っては、


(そうしなければならない。それはわかっているのだが、実際に口に出して言うのが、こんなに後ろめたく……こ、これほど恥ずかしい、とは……)


「メトーリア様……」


 老臣ウォルシュが「おいたわしや……」とでも言いそうな泣き顔になって、嗚咽し始める。

 それを見て、メトーリアは冷や汗をかきながら息苦しげにうめいて言葉に窮した。

 メトーリアの様子を見て、さらなる質問や意見をしようとする者や、隣り合った者同士で論争をし始める者さえ現れはじめる。


「はいはいはーい! 今日はもうここまで!」


 それまで沈黙して、姉メトーリアと家臣達のやりとりを看ていたアゼル・シェイファーはそう言って、場の注目を自分に集めた。


「お姉様も疲れてるだろうからっ。続きは明日の家宴の席でねっ」


 見事な勢いで、強引に話を打ち切るのだった。

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