第15話 オークにかけられた呪い

「む……」

 

「知りたいんでしょう? フィラルオークの精査結果を?」


「オ、オル?」

「……ふぇ、フィ、フィラルオーク?」


 寝台でおとなしく寝ていたネイルが首をかしげ、聞き慣れない発音にバルカは戸惑いながら復唱した。


「“知性が退化したオーク”じゃ、呼びづらいと思って」

「フィラル・オーク(野生化したオーク)か。そのまんまだけど、まあいいんじゃないか」


 そう言って肩をすくめるレバームス。

 それを見たバルカが、表情を険しくするが、きつく目を閉じて目頭を押さえた。


「あの、バルカーマナフ」

「なんだギデオン?」

「当時ですね、冒険者ギルドの上層部と国の首脳たちがギルド同盟を立ち上げた時、魔王討伐に参加していた冒険者達は、ほとんどが同盟に恭順しました。逆らう者達は全て排除されるか、敵性種族に貶められました……アズルエルフはその一つです」


 ギデオンの話によると、アズルエルフの里は焼き払われ、レバームスはなんとか逃げ延びて、辺境の地を彷徨うこととなったらしい。


「レバームスも大変だったんです。ですから、あんまり彼を責めないでください」

「……分かったよ。レバームス、いきなり食ってかかって、すまなかったな」


 バルカも内心では分かってはいるのだ。

 今この場で、レバームスに当たり散らしても無意味だし、ギルド同盟が現世において権勢を振るってのさばっているということは、種族を越えた連携と友好を望む者よりも、それまでのわだかまりや対立、敵愾心を拭いきれなかった者の方が多かったということだ。


 それでも――自分がオークの君主になり、軍を率いて対抗できていれば。

 当時の仲間が集まって結束できていれば。

 そう思わずにはいられなかった。その後悔と怒りを思わずレバームスにぶつけてしまったのだった。


 だが、過去に囚われても仕方がない。


 謝罪するバルカに対して、レバームスは小さくのどを鳴らしてから頷いた。

 

「いいって。無理もないさ。ではギデオン、精査の結果を聞こうか」


    ×   ×   ×


 ギデオンの説明によれば、野生化したオーク……フィラルオーク達は脳の一部の機能が不活性状態になっていて、そのせいで言葉がしゃべれなくなるほど知能が低下しているとのことだった。


 ギデオンは空中に次々と光の文字列を描き出していた。

 文字列は“検査結果”を記しているが、バルカには内容が全く理解できなかった。

 周りも見るとデイラ達も同様でみなぽかんと口を開けて呆気にとられていたが、メトーリアは文字列に視線を走らせていた。


(なんとか、読める……)


 内容は小難しかったが、阻害スキルの使い手であり、毒物や呪いが身体に及ぼす影響などに見識があり、それに関係する書物なども読んだことがあるので、内容もそこそこ理解できるものであり、興味深く、メトーリアの探究心を刺激するのだった。


「つまり……変異によって頭の機能が損なわれているのではなく、呪いか、あるいは何らかの毒で頭脳の働きを抑制されているということ?」


 思わず検査結果を要約して呟いたメトーリアを見て、レバームスが眉を上げて驚いてみせる。

 

「だな。なかなか賢いじゃないか、お嬢ちゃん」


(お、お嬢ちゃんって)


 エルフというのは神秘的で風雅な種族というイメージを持っていたメトーリアは、レバームスの少し芝居がかったしゃべり方や、ともすると軽薄そうな物腰や言動に戸惑った。


「前者ならちと厄介だが、後者なら解決策は簡単。詛呪魔法……つまり呪いを打ち消す解呪魔法を開発するか、毒なら治療薬を精製し、毒となっている物質を取り除くか中和すればいいだけのことだ」


 (そんなに簡単にできる事なのか……一時的に対象の状態を悪化させたり能力を低下させる阻害スキルとはわけが違うんだぞ?)


 そう思いはするものの、メトーリアは“お前の一族の短命や虚弱体質は解決できるはず”というバルカの言葉を思い出していた。

 その時、 それまで沈黙していたデイラが、ちらりと期待の眼差しでバルカを見ながら口を挟んだ。


「なら……オークを治すことが出来れば、こちらのオーク君主候補のバルカ“殿”が、我が国の領土に侵入しているオークを率いて北方へ退いてくれると?」


(バルカ殿ときたか)


 バルカに対していきなり礼をつくすような口調になったデイラに、当のバルカは少し呆れたような顔をしていた。


「ああ、そうだ。デイラ嬢、半年もあれば治療薬なり解呪なりして問題が解決すると君の方から、あー、その、母君、アルパイス公に報告してくれないか――」

 

 何故かレギウラ公王アルパイスの名前を口にする時に言いよどんだのが気になるが、レバームスはデイラにこともなげに提案する。

 だが、先ほどまで浮かれていたデイラは顔色を変えた。


「半年!? そんな余裕はない! ヴァルダールへの物資の献納期日はとっくに過ぎている! 遅くても四十日、いや、三十日後にはヴァルダールへ向けて隣国への物資輸送が完了していないと!」

「そんなもん、半年も三十日もそんなに違わないだろう。交渉でどうにかできないのか」


 面倒くさそうに言うレバームスにデイラは思わず悲鳴のような声を出す。


「できませんよ!」

「やっぱりお前らエルフの時間感覚はおかしいぞ、レバームス」


 事は簡単に進むと思われたが、やはりそうもいかないようで、それからしばらくの間、実のない論議がバルカ、レバームス、デイラの間で続いた。


 その間、メトーリアは話には加わらずに、ギデオンが描き出した光の文字列をジッと見つめていた。

 ギデオンはというと、バルカとレバームス以外とは会話が出来ない仕様のせいか、話し合いに参加できずに暇そうに室内をフワフワと浮遊している。

 

 メトーリアはふと、寝ているネイルを見る。

 ネイルは、時折そわそわと起き上がりたそうに身じろぎするが、バルカを見て静止する。


(まるで主に忠実な犬だな……ん?)

 

 メトーリアはバルカとネイルを見比べながら、昨日あった出来事を思い出していた。

 バルカと、ネイルの決闘を。

 そして、一夜明けて、野営地にバルカと共に戻った時の光景を。

 バルカにかしずくフィラルオーク達の姿を。


「……バルカ」

「うん? どうしたメトーリア」

「レギウラ領に侵入しているオーク達は皆、群れで行動している」

「うん」

「つまり、それぞれの群れにリーダーがいるわけだ」

「多分な」

「だったら、昨日のようにお前がオークの群れを片っ端から支配下におけば、いいんじゃないのか? そうすれば――」


「あぁ!! それだ! 素晴らしいアイデアだ!」


 デイラが甲高い声を上げてメトーリアの声を遮った。

 “何でそんな簡単なことに気がつかなかったんだろう”といった様子のデイラだが、無理もなかった。

 提案したメトーリア本人も、


(そんなことが本当に可能だろうか)


 と、半ば半信半疑だ。


 バルカ自身はというと……眉根を寄せて、難しい顔をしていた。


「見境無く群れを見つけては、決闘を申し込めというのか? メトーリア、昨日のアレは緊急手段だ。群れの長になるというのはそう単純じゃ無い。規模が大きくなればなるほど統率は難しい。長は群れ全体に対して責任があるしな」

「どういうことだ?」

「まったく……土地や領民を治める領主や公王の令嬢サマなら分かるはずだろ。長になれば当然、群れの連中を食わしてやらねばならん。それだけじゃない。できるだけ不満を解消し、願いを叶え、生活を保障しなければならない。俺たちオークは大食らいだ。大量の食料を必要とする。元々我らは北の寒い大地で狩猟をして生きてきた種族だ。今では人間達の領域に侵入するまではどこに住んでいたのかも分からないし、四百年前は低い技術ながらも農耕も営んでいたが、おそらくあのような状態では……」


「魔物を狩れば肉が手に入る」


 と、デイラが言い募るがバルカは首を横に振る。


「だがそれでは急場しのぎにしかならんだろう?」

「だが貴公は約束した。オーク達を何とかすると」

「……レバームスと二人にしてくれるか」

「……分かった。メトーリア、行くぞ」

「はい」


 即断しないバルカに不満げではあったが、バルカが意外に思うくらいに、デイラはあっさりと引き下がった。

 退出を促されて、後に続くメトーリアがちらりと見ると、バルカは目頭を指で押さえて俯いていた。



    ×   ×   ×



「メトーリア」

 

 メトーリアは廊下でデイラに呼び止められた。

 他のデイラの部下達は外すようにいわれ、歩き去って行く。

 

「何でしょう、デイラ様」

「分かっているでしょうね?」

「……はい?」

「我々には時間がない。緑野郎の問題を早急に片付ける必要がある」

「はい」


 メトーリアは注意深く無表情を保った。


「なんとしても、一刻も早くバルカに全てのオークを押し付けて、領内の風通しを良くしなければならないのよ」

「はい」

「気づいているでしょ? 奴は、バルカは、お前のことを気に入っている。お前が説得するんだ」

「はい」

「忘れるなよ。お前の妹や家臣、そしてアクアルの民は――」

「存じております」


 メトーリアの返答に、デイラは満足したようで、にんまりと口角をつり上げた。


「どんな手を使ってでも、奴を籠絡しろ」

「……はい」


 去り際に、デイラはメトーリアの尻をぺちんと叩いた。

 家畜に挨拶でもするかのような手つきだった。

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