第16話 探り合い
ギルドクリスタルの間では、バルカとレバームスの会話が続いていた。
「メトーリア……たしかアクアルの領主だったか。あの嬢ちゃんの言うとおりだ。群れを率いてやればいいじゃないか。元々、オークのリーダーに……君主になるのがお前の目標だったろ?」
「だってあいつらは――ああっクソ!」
寝台から半身を起こしていたネイルを見ながらバルカは毒づいた。
それをみてネイルは長の怒りを買ったのかとビクつく。
「違う違うっ。お前に怒ったんじゃない。悪かった」
「オークの知能低下の原因は呪いか毒……どうやったのかはまだ分からんが、十中八九ギルド同盟の仕業だろうな」
「……それは、まだ分からないだろ」
「四百三十年前、ギルドの連中がお前をダンジョンごと生き埋めにした当時、バルカーマナフは死んだという噂が“どこからか、流れてきて”一気に広まった。その後すぐのことだ、オーク達が今のような状態になったのは。状況証拠が揃いすぎている」
「……」
「仮にオークに呪いをかけたのがギルド同盟だとしてだ。やっぱりギルド同盟の人間達が憎いか?」
「怒りが無いと言えば嘘になる。だが――」
しばし逡巡した後、バルカは話題を変える。
「さっきいたメトーリアだけどな」
「ふむ?」
「なんでも一族が敵性種族に情けをかけた罪を問われ、その罰を子々孫々まで課されて、現当主であるメトーリアも奴隷のようにこき使われているんだ。さらにメトーリアの妹や領民たちが人質にされているらしい」
「うーわ、連座か……いかにも同盟がやりそうなことだな」
「おかしいだろう? 親が罪を犯したとしても、その子や孫には何の罪も無い。メトーリアにもそう言った。だから……」
いいさしたバルカの顔を見つめながら、レバームスは続きを言いあぐねている彼の心中を推し量ろうとするかのように、言葉を引き継ぐ。
「だから? 自分も過去の裏切り者への怒りを、その子孫や全く関係ない他の人間にぶつける気は無いと?」
何かの確認を取ろうとしているかのようなレバームスの言い様に、バルカは喉をうならせた。
「そうだッ」
肩をそびやかして、バルカが言うと、レバームスは思案顔で更に言い募る。
「だがギルド同盟の
「それは、気に入らんな」
「あと、エルフなどの長命種は当時の連中がまだ長老衆の席に居座ってるぞ。穏健派だったアズルエルフを虐殺し、俺の故郷を焼き払ったのもこいつら」
「そいつはケジメ案件だな」
揺るぎない口ぶりで、さらりと言ってのけるバルカに、レバームスは苦笑しながら、室内にある円卓状のクリスタル制御版を操作し、空間に青白い幻像を投影した。
幻像は、今バルカ達がいる大陸を描いた地図だった。
「なんだ? 地図なんか出して」
「ちなみにこれが、現在のギルド同盟の版図だ」
浮かび上がっている青白い大陸の西部分が赤く染まった。
「……」
バルカは閉口した。
ギルド同盟は一つの国家では無く、複数の国家の連合体ではあるが、赤い部分は大陸の三分の一を占めている。
一部、飛び地となって大陸の南部、周辺の島なども赤く染まっている箇所がある。
四百三十年前、いやそれ以前も、歴史上これほどまでに広大な勢力範囲を持つ組織が存在したことは無い。
自然と、バルカの視線は大陸の西端に止まる。
かつて冒険者ギルドの本部があり、いまはギルド同盟の宗主国だというヴァルダールがそこにある。
レギウラはヴァルダールから東にいくつかの国を隔てたところにあった。
話に聞いていたとおり、レギウラが位置するのは同盟領域の東端であり、今現在、バルカがいるアクアルは、レギウラの北東端に位置していた。
(ここからヴァルダールまで、尋常の者なら徒歩で百日以上はかかるだろうが、俺が率いるフィラルオーク達なら、三十日とかからんだろうな……)
バルカは無意識のうちに、そんなことを考え始めていた。
「今さっきケジメ案件といったがさ。なんなら、これからヴァルダールにいる長老衆達に殴り込みにでも行くか?」
こちらの思考を見透かしたようなことを、冗談めかして言い出すレバームスに、バルカは苦い顔をしながら唇から突き出ている上顎の牙を親指でさする。
レバームスの言い様は、バルカの腹の内を探っているような雰囲気があった。
「そんなことをしたら後始末が大変だろうが……」
「……“できない”とは言わないんだな」
「魔物の討伐ならいざしらず、他種族と戦争なんてするか。それとも、お前はアズルエルフの怨念ばらしをして欲しくて、俺を蘇らせたのか?」
「いやいや――」
レバームスは苦笑いをしながら、かぶりを振る。
真偽のほどはまだ分からないが、レバームスもギルド同盟に復讐するために、自分を蘇らせたわけではないようだ。その事に、とりあえずバルカはほっとする。
そして、どうやら、レバームスはレバームスで、
(不意打ちでマジックトラップにかけ、俺をダンジョンに封印し、オークに呪いをかけたギルド同盟に、俺がブチギレていて、復讐しようとするんじゃないか……と、心配してるみたいだな)
と、思い至り、今一度、きっぱりと意思表明することにした。
「レバームス。俺を蘇らせてくれたアズルエルフよ、俺はお前を困らせるようなことはしないし、今を生きるギルド同盟の人間達に、危害を加えるようなこともしない。オリジニー氏族の、オーク戦士の誇りにかけて誓う」
「……そういうところ、変わってないな。安心したよ」
(だが、レバームス。俺は完全にはお前を信用していないぞ)
自分に言い聞かせるようにバルカは心の中で呟く。
レギウラやアクアルの人間達とフィラルオークが衝突を起こし始めた時、ちょうど自分が眠っている場所を突き止めたというレバームスが、その情報をレギウラの公王アルパイスに助言したことで、デイラ達はアクアルのダンジョンを発掘し、自分を復活させた。
あまりにもタイミングが良すぎて、それこそ何か裏があるのではと疑わざるを得ない。
それに、レバームスの目的は何だろう? それが不明だ。
今すぐに問い質すつもりはバルカにはなかった。
オークの解呪に協力してくれるみたいだし、バルカには他に優先すべき事が山ほどある。
ただし、油断するつもりもなかった。
(まあ、メトーリアの話ではガエルウラは何百年もの間、ギルド同盟に追放された種族に助けの手を差し伸べていると言っていたから心配は……ん!?)
「レバームス、一ついいか?」
「あ?」
「お前、ガエルウラとして活動し始めたのは十年前からだと言ったよな?」
「ああ、それが?」
「メトーリアの話では、ガエルウラは何百年も前から知られた賢者とか言ってたが、お前の言ってることと違わなくないか?」
レバームスは面白そうな顔をした。
「お前、なんか俺のこと疑ってる?」
「いやっ、そういうわけじゃないが、だっておかしいだろう?」
レバームスはのどの奥で笑ってから、あっさりとした口調で説明しはじめた。
「“ガエルウラ”を名乗るアズルエルフは他にもいる。特定の誰か一人を指す名前じゃないんだ。俺達は魔法を使えない。他のエルフからは、魔王に穢された哀れな劣等種と見なされたが、率先して魔王討伐戦に協力した。故に魔物や魔王の使っていた未知の魔法や技術に詳しいものが多い。その知識をギルドの連中は恐れたし、欲した」
それ故、里を焼かれ、ある者は殺され、利用価値があると判断された者は捕らえられた。
一部はレバームスと同様にかろうじて辺境へと逃亡したわけだが、生き延びたアズルエルフ達は『敵性種族』に貶められた種族達と協力関係を築き上げ、ギルド同盟の動向を探りながら、その支配領域の外縁部を放浪しているという――。
「つまり、ガエルウラとは複数のアズルエルフが使っている共同
「なるほどな……」
「俺の当面の目的はオークと人間の衝突を回避させることだ。だから、お前がアクアルのダンジョンに封印されているのを知って、レギウラのアルパイスに発掘を助言した。これで納得してくれるか?」
「……じゃあもう一つ聞いていいか?」
バルカは真面目な表情で重々しく言うと、レバームスは「どんとこい」と応じる。
「なんで、お前はメトーリアとデイラの、ダンジョン発掘に同行しなかったんだ?」
レバームスは顔を顰めた。
「さっき“それはもういい”とか言ってたじゃないか」
「前言撤回する。やっぱり気になる」
「…………軟禁されてたんだよ」
「あ、そういえばさっき、デイラにそんなことを言っていたな」
レバームスの話によると、彼はガエルウラと名乗って素性を隠してレギウラ公王アルパイスに接見したが、“お尋ね者のレバームス”であるということをアルパイスに知られてしまったせいで、王城内に軟禁されていたらしい。
それで、バルカの発掘には同行できなかったというのだ。
多額の賞金をかけられているレバームスは同盟宗主国ヴァルダールへの献納品が未納になった場合の代替えとしてキープされかけたが、隙を見て王城を抜け出し、レギウラの都を後にしてアクアルに逃れてきた……と、いうことらしい。
「名前だけじゃなく顔も隠してたんだがな。ちょっとしたミスでバレてな……」
「お前、そのアルパイスとかいう女に気を許しすぎたんじゃないのか? 昔から女癖悪かったし」
バルカの突っ込みに、それまで飄々とした雰囲気をまとっていたレバームスの余裕がなくなる。
「バ、バカいえ……それから、俺は、女癖が悪いんじゃない。女運がないだけだッ!」
どうも、その辺も何か事情があるようだ。
アズルエルフは敵性種族とされているのに、ギルドに属するレギウラの公王であるアルパイスが、ガエルウラを城へ招くのもおかしな話だ。
だが、レバームスはこの件に関しては今は話をしたくない様子だったので、バルカは苦笑しながら頷くだけに今はしておいた。
「あの、バルカ」
ギデオンがふたりの会話が終わるのを見計らって口を挟んだ。
「ん? どうした」
「その、ヨロイ狼の精査も完了していますが、結果を聞きたいですか」
「ああ、なにか変わったところはないか? 変異の兆候とか」
「いえ、特に何も」
「ふーむ……」
「なんだ? 何か気になることがあったのか」
レバームスの問いに、バルカはうなずいた。
「狩りの最中に妙なことがあった。こいつらヨロイ狼な、デイラの姿を見つけるやいなや、他の人間やオークには目もくれずデイラだけを標的にして集中攻撃を始めたんだ」
「……確かか?」
「間違いない。あの行動は何らかの
「あのぅ……そういうことが出来たのって魔王の他は、魔物の中でもものすっごい上位種だけでしたよね?」
ギデオンの意見にレバームスは眉間に皺を寄せながら、目を閉じてうなった。
「わからないぞ。さっきも言ったが、ギルドの上層部は魔物の制御方法を知りたがってた。この数百年間研究は続けられていたはず。その成果が出ているのかもしれない。バルカの言うとおりなら、疑問の余地はなくなる。問題は、“誰が、何の目的で”魔物達にそのような指令を送ったのかだが……」
オークの英雄とエルフの賢者、クリスタルの精霊はそれぞれの顔を黙って見つめ合うしかなかった。
ヨロイ狼の死骸を精査しても、なんの異常も見つけられない以上、現時点では答えの出ない謎だった。
× × ×
レバームスと数百年ぶりの会話をした後、バルカは町の外に出ていた。
クリスタルの間を出る時にレバームスには、
「あんまり遠くに行かないでくれよ。お前の後ろ盾がないとデイラに拘束されかねないんでな」
と、釘を刺されている。さらに、
「とにかくフィラルオークの呪いを解くためにも、彼らがこれ以上、人間達と諍いを起こさないためにも、お前の力が必要だ」
とも言われた。
「フィラルオークか……あいつら全員を力尽くで支配する以外方法は無いのか……」
と、独りごちながらバルカはネイルを連れて砦を出ると、同胞達……群れと合流した。
アクアルの周辺は火山地帯であるため大小様々な温泉が沸いている。
町の近くにあった川温泉は自然の大浴場だった。
町中や砦にも温泉から湯を引いた風呂場があるが、バルカはフィラルオーク達と共に川温泉で汗を流した。
ダンジョンが近くにあり、瘴気が強い土地だが、長い間この地で生活すれば身体に影響が出るわけであって一日二日では、どうなるものでもない。
(それどころか、瘴気の強い地は武術や魔法のよい修行の場にもなるからな。)
そんなことを考えながら体を洗っていたバルカは、ふとフィラルオークたちを見る。
彼らはぼろ布や略奪したと思しき皮鎧などをまとい、武器も携行している。
いまは裸になって湯に浸かったり、体を洗ったりしているが……その方法は素手で全身を摩るようにして洗うという、非常に雑な洗い方だった。
「見ちゃいられないな……」
バルカは垢擦りでゴシゴシと自分の体を擦り、垢を落としてみせながら、砦から拝借してきた複数の垢擦りを同胞達に渡し、“お前達もやってみろ”と命令する。
たどたどしい手つきで垢擦りを使い、フィラルオーク達は見よう見まねで体を洗いはじめた。
折を見てバルカは何度かネイルに南へやって来た理由を聞いてみるが、やはり複雑な言葉のやりとりは出来ないので理由は判然としない。
しかし、北の湿原に住んでいたこと。
魚や獣を捕って食べる狩猟生活を営んでいたことなどは分かった。
――そして、動物たちが激減し、“恐ろしいもの”に襲われ、湿原に住めなくなったことなど……。
だが、その“恐ろしいもの”の詳細がよくわからない。
“肉の紐”
“呪いをかけられた”
“殺される”
“動けなくなる”
……等々を意味する古語がわんさかでてくるのだが、内容を整理して把握するのは困難だった。
ネイルはバルカにその座を譲るまでは、群れの長だっただけのことはあってか、他のオークより知性が高かった。
「オル……デ、モー」
「うん? “北”か? 北っていったのか? デ、モー?」
うんうんとネイルはうなずき、
“北、そのさらに北”
“雪の大地”
“追い出された”
といった旨を古語で告げる。
バルカはこれに強い興味をもった。
北の寒冷地にはモーベイというオークの都がある――あったからだ。
(……もしかして、今もあるのだろうか?)
オークには様々な氏族があり、氏族ごとに身体的特徴が大体決まるのだが、フィラルオークの群れはまるでバラバラの混成群だ。
バルカにはそれが、氏族が壊滅して、北にあったオークの都モーベイも消失していることを示しているような気がしてならなかった。
いや、存在したとしても皆がフィラルオークのようになっているのであれば、オークの国も、そこに根ざす民も、すでにいないのでは……。
この世界に正常なオークは自分だけなのかという考えがよぎる……。
「……気が滅入ることばかりだ」
バルカはため息をつくのだった。
× × ×
それでも体はさっぱりした。
バルカはフィラルオーク達と別れ、アクアルの砦に戻った。
心苦しいがまだ彼らには野宿させるしか無い。
これからの事に、あれこれと考えを巡らせながら、用意されていた寝室に入る。
「いつもながらベッドが小さいな」
こういうのは四百三十年前と同じだ。行く先々の宿で苦労した記憶を思い出すバルカ。
ベッドの強度を確かめながら腰を下ろし、これからの身の振り方を考える。
レバームスから得た情報を整理する。
すでにレギウラ領内で人間とオークの小競り合いが起きているという状況。
本来、オーク達がいた地域は同盟領域外の辺境域であり、どこの国や種族の領土でも、縄張りでも無いこと……等々。
(ギルド同盟のことや魔物の不可解な行動も気になるが、やはりまずは同胞達を何とかしなければ……)
バルカは、“どちらにしてもフィラルオークは自分が率いなければならないだろう”と結論づけた。
問題はその先だ。
……まずはオークの呪いを解く。しかしその後、彼らをどうやって生活させるか……おそらく南下してきたのには理由があるはず。なにか問題が起きたのだろうが、 “恐ろしいもの”とは一体何だろうか・・・・・オークの
その暁には、すこしでもまともな暮らしをさせてやりたい。
オークと人間の殺し合いを見せられるのはごめんだ……。
と、そこまで考えた時、バルカの思考は中断する。
誰かが部屋に近づいてくる気配を捉えたからだ。
ややあって、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「私だ」
ドア越しに聞こえた声は……。
「メ、メトーリアか!? どうした?」
バルカはベットから飛び上がって、ドアノブに手をかけた。
だがその手が少し震えているのを見て、咳払いをした後、深く息を吸いこんで、ドアを開けた。
戸口に立つメトーリアは、やけに薄い服を着ていた。
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