第14話 深き蒼のレバームス

「お前は……レ、レバ――」


 言いかけて、バルカは口ごもった。

 そして周囲にいたメトーリアやデイラ達をちらりと見る。

 目の前のアズルエルフをバルカは知っている。

 しかし、当時の、つまり四百三十年前の、彼の名前は“ガエルウラ”ではなかった。

 ギデオンもバルカの質問をはぐらかそうとしていたし、“死んだことにさせていた”“ギルドに目を付けられている”と、男は言ったので、ギルド同盟に属する者達の前で、昔の名前を言うのは不味いのかと思ったのだ。


「いいぞ別に。そちらにいるデイラ嬢には俺の素性は伝わってるだろうからな」

「じゃあ……お前、レバームスだよな? 今はガエルウラと名乗ってるのか」

「ああ。同盟圏で“レバームス”という名前はちょっとな」


 レバームス。 

 その名前をメトーリアは知っていた。

 デイラはというと、取り巻き達がどよめく中、用心深くバルカとレバームスを交互に見つめていた……。


 バルカの存在は歴史から抹消されたが、魔王を討伐した勇者のパーティにいた英雄達は歴史に名を残している。

 人間の勇者ベルフェンドラ・ストレイン。

 人間とエルフのハーフである聖女フレイニア。

 クラウディアン雲の住人ともいわれ、はるか大空にある霊異な領域に棲んでいて、ほとんど地上に降り立つことがないといわれる幻の種族、エミリータ族の戦仙女シェンリー。


 そして……魔王の呪いを幾つも解いていったといわれる賢者が、アズルエルフのレバームスだ。


 他にもいるが名を残している英雄はいるが、レバームスは、魔王の呪いを次々と解いていった賢者として有名だ。

 そして……ギルド同盟に仇を為すお尋ね者としても、冒険者達の間でよく知られている。


「なぜ、あなたがここに? 城に、そのう、逗留中のはずでは?」

 

 デイラの驚きと戸惑いが混じった質問に、レバームスは苦笑いする。


「逗留? 監禁の間違いじゃないか? いやぁ、旧友に一刻も早く会いたくてね。君の母上には悪いが抜け出してきた」

 レバームスはデイラにそう言ってから、肩をすくめてバルカを再び見つめた。


「俺がアクアルに着いたのと入れ違いで“狩り”に行っていたみたいだな。バルカ、変わらず壮健そうで何より――ちょ、何だ? なんだよ?」


 バルカはずんずんとアズルエルフのレバームスに近寄り、巨躯を屈めて、フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ出した。


「お前、本当にレバームスか? いや、間違いないとは思うが、ちょっと匂いが違うような……」

「おい、こら。顔、顔が近すぎるてっ」

「昔はもそっと爽やかな果実のような匂いがしてたような……」

「おいっ」

「それに比べて、今のお前からは酒の匂いが強い」

「あーそうかい! 飲酒の量が増えたからなッ。なぁ、昔言ったよな? 他者の匂いに関してデリカシーの無い発言はすんなって! 未だに白い肌みて肉の脂身を連想してたりしてんのか? お前はッ」

「……その物の言い方は、間違いなくお前だな。レバームス……今はガエルウラと名乗ってるのか」


 ようやくバルカはレバームスから一歩二歩と離れる。


「ああ。さっきも言ったが、同盟圏で“レバームス”という名前はちょっとアレだったんでな」


 そういうレバームスに対して、バルカはホッとしたような笑みを浮かべかけたが、すぐに表情を戻し、今度は猛獣のような金色の眼を瞬かせた後、眉をひそめて視線をそらした。

 それをみたレバームスは灰色の髪を掻き上げながら、気まずそうに咳払いをした。


    ×   ×   ×


(……目の前にいるアズルエルフが、レバームスだとしたら、バルカも本当に勇者パーティのメンバーだったのか……)


 二人の会話を聞きながら、メトーリアはレバームスについて自分が聞き及んでいることを、頭の中で思い起こしてみた。


 ギルドクリスタルの開発の他、魔王討伐戦の後も、様々なギルドの仕組みを作り上げたレバームスは、後にギルド同盟の創設者達と反目して姿を消したとされる伝説の人物だ。


 生死不明と言われていたが、四百三十年経過した今も、未だ同盟加盟国全てに捜索クエストが手配されており、賞金もかけられている。


 バルカはというと、様々な感情が沸き起こっているようだった。

 最初こそ矢継ぎ早に話しかけていたが、レバームスだと確信してからは、ちらりと彼を見ては視線を逸らすのを繰り返している。

 レバームスはというと、何から話せばいいか、迷っているようにメトーリアには見えた。

 いかにもエルフらしい非常に整った顔立ちをしているが、やつれていて気怠そうな雰囲気をまとっている。やがて、レバームスは仕切り直しとばかりに首を振ってから会話を再開した。


「本当に久しぶりだよな。ギデオンから聞いて驚いたよ。目覚めていきなり攻撃されたそうだな」

「……」

「すまない、本当はダンジョンの発掘には俺も立ち会うつもりだった――」

「いやそれはいいッ」

「分かってる。怒ってるんだろ?」

「怒ってない! むしろ感謝してる。もしお前が俺を、発掘するよう人間達に指示しなければ、俺は今でもダンジョンの中で眠ったままなんだからな。だが、だがな……」

「……言えよ」

「…………じゃあ言うが……助けを出すタイミングは、もっと早くてもよかったんじゃないか?」


 バルカの声は震えていた。


「……」

「四百三十年だぞ? そんなに時間がかかるか? 俺を見つけるのにッ」

「それは――」

「俺たちは成し遂げてきただろう。次々と現れる魔物を打ち倒し、生き物や大地に降りかかる呪いを解き、信じられないようなバカでかい巨獣に対処するためにドラゴンたちの合力も取り付け、死んでも立ち上がってくる屍どもにも対処してきたッ。そして魔王を討った!」

「ああ。でもあのな、“巨獣襲来”と“屍事変”のことは歴史から抹消されてるからあんまり口にしない方がいいぞ。周りからホラ吹きと思われちま――」

「茶化すな!!!」

「すまん」


 バルカは感情を剥き出しにして激昂していた。

 それを見たメトーリアはどんな時も落ち着いていて、戦う時以外は穏やかとさえいえた、バルカの違う一面を見て少し驚いていた。

 そして、レバームスがバルカにとって気兼ねなく物を言い合える仲なのだということにもびっくりする。 

 

 オークとエルフが友人同士なんていうのは、伝え聞いた伝承とまるで違うからだ。

 

「時間がかかったのには理由がある。俺がガエルウラとして活動し始めたのはほんの十年ぐらい前からで、お前がアクアルのダンジョンに封印されている可能性があると分かったのは本当に最近のことなんだ」

「……だったら、それ以前は何してた?」


 ぶっきらぼうにバルカは詰問する。


「んん?」

「何してたんだよ」

「あー、それはその、あれだ……」


 そこまで言ってレバームスが沈黙したのでバルカは苛立った。


「話せよっ! 四百二十年間ぐらいか? その間は何をしてたんだ?」

「ギルドの連中に何度も捕まりそうになっては逃げて……を繰り返してだな。最初の数十年はずっと逃げ回っていたというか。んでもって、その後は隠棲していたというか」

「オークの俺は問答無用で封印され、ダンジョンごと生き埋めにされたのに、お前は捕縛かよ。この扱いの違いは何なんだッ?」

「俺は重要な秘密を知っていると思われていた。おそらく今も。他のパーティメンバー、たとえばリーダーだった勇者ベルフヘンドラや、あいつの恋人だったフレイニアも、俺から聞いてると思われていた」

「秘密ってなんだ?」

「ズバリ言うと、魔物の造り方と制御の方法」


 レバームスの言葉にその場にいた全員が静まりかえった。


「魔王は次々と新しい魔物を造り出していたろ? しかも、自在に操っていた。その方法が分かれば、用途に合った魔物を自由に設計して、造り、強力な軍隊を作れる。今の世では野生化した魔物を食糧や道具の素材にしているが、それだって大量生産できる。従順な労働力になれる魔物も造れるだろう。そうすれば、海の中や地下世界にも進出して、ギルドに従わない連中を支配できる」


 それを聞いて、バルカが顔を顰める。

 合成獣(キメラ)を生み出す秘術や、使い魔や精霊を召喚する魔法は魔王襲来以前から存在していたが、使役できる数には限度があるし、扱いも非常に難しい。

 元々世界に原住していたモンスターの調教や飼育にもかなりの時間がかかる。

 だからこそ、魔王が大量に生み出す魔物は脅威だった。

 

「だが、そんな方法を俺達が知ってるはずないだろ」


 レバームスは肩をすくめた。


「ギルドの上層部と国々のお偉方はそうは思わなかったらしい。実際、俺達は魔王の未知の詛呪魔法がまき散らす呪いを、逆行解析して解呪したり、魔物を分析して習性や弱点を探る最前線にいたわけだからな。魔王の秘密を解き明かしていると疑われても仕方ないかもしれん」


 バルカは心底うんざりした様子でうなだれた。


「……他の仲間達は?」


 答えを聞くのを躊躇っているような声音だった。


「散り散りだよ。パーティが解散してから、今目の前にいるお前以外、誰とも会っていない。今生きている奴がいるのかどうかも分からん。魔王討伐戦が終わって俺達や他のパーティがバラバラになったのを見計らって、冒険者ギルドは各国と密約を結び、大陸にギルド同盟を興した。オークみたいな元々人間やエルフと敵対関係にあった種族は『敵性種族』として貶められ、歴史もこの数百年で連中の都合のいいように改ざんされて――」


 突きつけられていく事実に、バルカは頭を抱え、首を振る。


 こうなってくると、アクアルのダンジョンに仕掛けられていたマジックトラップもギルドがあらかじめ用意していたものだということになる。

 ダンジョンの封印に同行していた者達もギルドの回し者だったのだろう。


(なんでだ。なぜあの時、俺はマジックトラップとダンジョンの崩落に全力で抵抗しなかった!? なんで、愚かにも助けが来ると信じて仮死休眠のスキルなんかを使ったんだ……ッ!)


 ああしていたら。こうしていたら……今さら考えてもどうしようもない可能性や仮定に苛まれ、バルカはレバームスを睨んだ。


「で? お前はその間、逃げ回ったり、隠れてただけか?」


 バルカの挑発じみた非難に、レバームスは口角をつり上げて笑みを作った。

 だがその目はとても悲しそうだった。

 

「ああ、そうさ。自暴自棄になってな? 飲んだくれてたのさ。十年前までな」

「お前らエルフの時間感覚はオカシイ。何百年もいじけてるやつがあるかッ!」


 バルカが牙を剥き出しにしてレバームスに詰め寄り、更に何かを言おうとした――その時。


「あの~~~~」


 ギデオンがおずおずと手を挙げながら、空中を浮遊して二人の間に割って入った。

 

「こちらのオーク……ネイルさんの身体と霊体の精査が完了しました――」

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