第13話 帰還

 翌日の朝。


 目覚めたバルカが落下地点から回収していた武器の手入れをしていると、離れた場所で野宿していたメトーリアが姿を現した。


「野営地の連中と合流するか」


 メトーリアは無言で頷く。


 崖を迂回している最中、二人の間には会話もなく静かだった。

 険しい樹林の間を縫うように進む二人の足は速い。俊足の獣が疾駆しているかのような速度だ。

 ふと、バルカは自分が背負っている戦斧を、メトーリアが興味深そうに見ているのに気がつき、


「この斧が気になるのか?」


 と、沈黙を破って話しかけてみた。

 メトーリアの剣はバルカからしてみると、あまり高級とはいえない。

 思えば他の兵や、デイラでさえあまり出来映えのいい武具を身に着けていなかった。

 

(まさか、魔王討伐戦のころより、武器の製造技術が劣っている……ってことはないよな?)


「……その斧は、形が変化した」


 メトーリアがぽつりと呟いた。


「ああ。かなり特殊な金属で出来ている。鋳造したドワーフは『奇妙な金属《ストレンジメタル》』とよんでいたな。ある種族が魔法を掛けてくれて、自由自在に形を変化させられるんだ。破損しても元に戻る性質を持っていてとても便利だ……なあ、もしかして今までに霊が宿るくらいの高級武器を見たことがないのか?」

「ない。少なくとも形が変化する武器など、見たことも聞いたこともない――いやまて。霊だと?」

「高位の武器は霊気を纏い、やがて霊体を持つようになる。これも、知らないのか?」

「……知らん」

「そ、そうか……」



    ×   ×   ×



(やはり、こいつの斧、かなりのレアものだったか……)


 バルカは何のこだわりも無く戦斧の性能を説明し、高級武器に関しての知識が無い自分に対して、“高位の武器は霊体を有する”などといった秘密を明かした。


 メトーリアの常識では考えられないことだった。

 高レベルに達した者が持つ境地や知識、強力な武器の秘密などは、会って間もない者に簡単に教えるようなものではない。

 今の時代では、戦士や魔法使いのレベル、武器の性能……こういったものは組織や国家の影響力を変えてしまうほどのパワーだからだ。

 昨日、バルカがその貴重な武器を一時的に手放してまで、自分を助けてくれたことをメトーリアは思い出す。

 そのことに対して感謝の念を抱かないほどメトーリアは冷淡ではない。


 昨日、“なぜ私を助けた?”と問うたメトーリアに対してバルカはもっともらしい理由を答えた。

 その理由は嘘ではないだろう。

 嘘ではないだろうが……理由がそれだけだと真に受けるほどメトーリアは鈍感ではない。


 おそらく……バルカは自分に好意を持っている。

 そのことに対して不思議と嫌悪は無い。

 だからといってそれ以上の感情があるわけでは……無いが。

 一体何なんだろうか。


(全力で命をかけて闘うと、闘った相手の気質や心根を無意識に理解できることがあるとアルパイス様に教えを受けたことがあるが……いやまさか)

 

 バルカに関しては戸惑うことばかりだ。

 メトーリアは己の困惑を決して表には出さぬよう、つとめて平静を装い、移動速度を速めた。

 


    ×   ×   ×



 やがて、ヨロイ狼を相手にバルカが無双していた坂道が見えてきた。

 道を登る最中、ヨロイ狼の死骸が邪魔なのでバルカは崖の下へ突き落とそうとしたが、それを見て慌てたメトーリアに止められた。


「魔物の死骸は後ですべて解体し、素材を回収する。捨てるんじゃないっ」

「わ、わかったよ」

 

 バルカは死骸を道脇へ寄せたり乗りこえたりしながら、野営地に戻った。


 バルカの姿をみて変異オーク達は彼にかしずく。

 辺りには解体され、食い散らかされた魔物の残骸が散らばっていた。

 

「ほ、本当に魔物の肉を食うんだな……」

「私たち人間は、生では食べないぞ」


 さすがに内蔵などには手を付けていないようだ。

 バルカは汗と脂と、血肉の臭いにまみれた同胞達を見て、思わず頬をひくつかせた。

 解体されたヨロイ狼は、見事に捌かれていて、そこはまあ文明を持った知的種族っぽさがギリギリ見いだせる。

 だが、後はもう、なんか、色々とダメだった。


 生肉を貪った後に一応身繕いをしたようだが、拭いきれていない口元や手の血糊の跡をそのままにしている変異オーク達は、まさに肉食の獣といった風情だった。


「だ、大丈夫なんだろうな? 腹を壊したり、変な病気にかかったりしないよな?」

「知らん」


 レギウラやアクアルの人間達は、ヨロイ狼をもっときれいに解体していた。

 一部の内臓や肉に保存の魔法をかけている者もいる。

 特に、硬い外殻部分は貴重な素材のようで、部位ごとに丁寧により分けられている。


 だがバルカが仕留めたヨロイ狼の処理には大いに手間取っているようだった。

 

 なぜならバルカは分厚い装甲のようなヨロイ狼の外殻を物ともせずに、真っ二つに切り裂きいたり砕いたりしていたので、どうやら使い物にならない部位も多く、そういった物は穴を掘って埋めていた。


「……手伝った方がいいか?」


 メトーリアにバルカがそう尋ねると、横合いから別の声が割って入った。


「その必要はないわ。名前はバルカーマナフ、でよかったかしら?」


 デイラだった。相変わらず取り巻きをぞろぞろと引き連れている。

 その声音は友好的ではないが、以前のような嫌悪感剥き出しといった雰囲気でもなかった。


「バルカでいい」

「ではバルカ。これからどうするつもり? たしか、我々が狩り場まで案内し、他のオーク達と会わせる代わりに、我が国に侵入して危害を加えるオーク達を“何とかする”って約束だったけど?」


「見て分からないか? 俺は彼らの群れの長になった。だから俺の言うことには従う。もう人間に危害を加えることはない」

「申し訳ないのだけど、我が国に侵入しているオークは今この狩り場にいる奴らだけではないわ」


 予想外の言葉が返ってきて、バルカは目を瞬いた。


「そうなのか?」

「メトーリアから聞かなかったの? オーク達は狩場を荒らしているだけじゃない。家畜が襲われたり、通商路を行き交う荷物が略奪されたりして交易も滞っている。略奪目的は食糧が殆どだけど、死人が出るような被害がまだ発生していないのが不思議なくらいよ」


 バルカは頭を抱えた。

 

(そりゃ恐れられ、嫌われるわけだ……)


「そいつらも皆、言葉が喋れず、半ば野性の獣みたいになっている……そうだな?」

「その通り」

「ならば……」


 どうするべきか?

 答えは決まっている。

 取るべき行動は魔王が災いをまき散らしていた時と同じだ。


「ならば、まずはアクアルの町に戻る」


「なぜ? 何をするつもりだ?」


 メトーリアが思わず声を上げる。


「変異したオークをギルドクリスタルで調べる。クリスタルは単なる通信設備じゃない。元々、器械精霊を使って魔物や未知の魔法を分析する機能があるんだ。それでオークに掛けられた呪いを調べる」


 ……それで、呪いを解呪できたら、オークの退化した知性も、何もかも元通りになるはずだ。

 そうバルカは思いたかった。

 しかし、そう上手くいくだろうか?

 教育というのは重要だ。四百三十年前も、全てのオークに完璧な教養が行き届いていたわけではない。幼児期に言葉を学べなかったオークは成長してから言葉を学んでも、上手く喋ることはできなかった。せいぜいカタコトが限界だ。


 例えオークの変異の原因が分かり、治療法が分かっても完全に元に戻すには長い時間がかかりそうだ……。

 そもそも解呪の方法が、すぐに見つかるかどうかも、わからない。


(それでも、やるしかない)


 バルカはおとなしく自分に付き従っている同胞達を眺めながら、心中で呟くのだった。

 

 

 かくして、一行は帰路についた。

 魔物から得た素材や肉の持ち運びがあるため、帰りは行きより遅くなるのが常だったが、今はバルカが率いるオーク達が同行している。

 

 彼らがバルカの命令で、荷物の運び役を担ったため、一行の移動速度は飛躍的に向上した。

 オークは一人一人が荷車を引く牛馬よりも力強い。

 しかもバルカが持久力や耐久力や筋力など、諸々の身体機能を強化する魔法を施している。

 そのため、レギウラやアクアルの兵士が持つ荷物の十倍以上を軽々と背負ったり、荷車を引いたりしていた。

 重労働だが嫌々やっている雰囲気はなく、むしろ長のバルカが施す強化魔法で強くなることに高揚し、歓喜しているようだった。


「グフフ……」

「バルカ、デ・ロカ!」

「ガウウ!」


(ヒエッ・・・怖っ……な、何話してるんだよアイツら……)


 同行している人間の兵士達は、どうしても不気味に見えるオーク達の笑い声や、理解できないかけ声や吠え声にビクつきながら、早く町に帰りたいばかりによりいっそう、足どりが速くなるのだった。


  

 その日のうちに一行はアクアルに戻った。

 帰還して早々にバルカは変異オーク達に町の周辺で待機するように命じる。


「ネイル。お前は一緒にきてくれ」

 

 そう言って手招きするとネイルはアクアルの街並みを見渡しながらも、「ガゥ・・・」と一声発して、バルカに追従する。


 バルカはネイルを連れて砦にあるギルドクリスタルの間まで直行した。

 メトーリアと、またぞろ取り巻きを引き連れたデイラも一緒だ。

 バルカは戦闘で仕留めたヨロイ狼の死骸の一部も、運び込もうとした。


「それはなんだ?」

「ヨロイ狼の頭だ。魔物に関しても調べたいことがあってな」


 布で包んだ魔物の頭をクリスタルの間に持ち込むバルカに、デイラは眉をひそめるがバルカは気づかないフリをした。

 


「あ、お帰りなさいバルカ……あ♪」


 ギデオンは姿を現して挨拶してから、バルカが手に持つ布に包まれたモノをみてなぜか嬉しそうな声をあげた。


「調べてもらいたいことがある。準備してくれ」

「わっかりましたっ。うわぁ、懐かしいです、こういうの!」


 ギデオンが指を鳴らす動作をすると、彼女の姿は実体ではないにも関わらず、軽快な“パチン”という音がして――。


 クリスタルが明滅し、鐘の残響のような音とともに光の線が台座から床へと伝ったかと思うと、見たことも無い機材が、微かな振動音をたてながらせり上がってきた。

 特にクリスタルを中心に据えている円卓状の制御版の横に出現した、大きな長テーブルのような寝台のようなものは、メトーリアやデイラ達を唖然とさせた。


 メトーリアはアクアルの砦の主だが、もちろん初めて見る代物だった。

 寝台はよく見ると、治療を行う時に患者を横たえる手術台のようにも見えた。 


 バルカは寝台を指し示して、ネイルに“行け”と合図する。


「ンガ?」

「そこに、横たわれ、寝るんだ」


 ジェスチャーと古語を交えながら説明すると、ようやく理解したネイルは寝台の上で寝そべる。


「ギデオン、ネイルを調べてくれ。オークに掛けられた呪いを調べたい。あとコレもだ」


 そういって、ヨロイ狼の頭をネイルの隣の寝台に置く。

 寝台は複数出現していた。


「かしこまりっ。精査を開始します」


 ギデオンがそう言うと、寝台に向けて手をかざした。

 すると光の帯が寝台の端から端へとゆっくりと動いていく。

 

 それを見たネイルは動揺して起きて寝台から離れようとするが、バルカが何とかなだめて制する。


 この一連の様子をただただ驚いて見つめるばかりのデイラと取り巻き達だったが、メトーリアはより強い興味を持ったようで、ひたすら見入っていた。


(そういえばメトーリアは阻害スキルを使うんだよな)

 

 それにメトーリアは相手の不意を突くような攻撃に優れている。気配の消し方も上手く、剣士ではあるが暗殺術に長けたスキルの伸ばし方をしている。


 得てしてそういう手合いは、阻害スキル各種の効果だけでなく、薬物や毒の知識にも詳しい。

 

(もしかして、メトーリアがアクアルの民が短命である原因を突き止めようとして、阻害スキル等を積極的に学んだのかも……いや、それよりも今は同胞達と例の件だ)


「ところでギデオン。お前、“ガエルウラ"という名前に覚えはないか?」

「………………え?」

「同盟領域の外縁部や、同盟に属さない辺境に出没する賢者らしいんだが……」

「……さ、さぁ~~~ど、どうでしょう? ガエルウラって古代語で“深い青色”って意味ですよねぇ」


 どうも数百年の間で、本当に随分と感情豊かな精霊になったらしい。


(そのせいで、色々とバレバレだぞ、ギデオン……)


「……何かを知ってるんだな? ガエルウラ深き蒼なんていかにも二つ名っぽいじゃないか。“深き蒼の何某”みたいな」

「ええと……そうですね」

「上位の権限が与えられている俺にも教えられないのか? そいつの本名」

「それは……」


 ギデオンが答えあぐねている最中、ふとバルカは眼を細めた。

 同時にバルカとギデオンの会話に割り込んでくる声がする。


「俺は死んだことにさせてたんだよ。ギルドの連中に目を付けられてるからな」


 いつの間にかクリスタルの間にフードを被った見知らぬ者が立っている。

 バルカは直前に気配を察したが、メトーリアでさえ、声の主の接近に気が付かなかった。

 その声にバルカは聞き覚えがあった。

 声の主がフードを脱ぐ。

 男だった。人間でも、オークでもない。


 男の肌は青黒く、耳は長く尖っていた。

 つい今しがた、ギデオンにバルカが問い質していた“ガエルウラ”と同じ種族……アズルエルフ青エルフだ。

 バルカは目をみはった。


「お前は……」


 しばし、茫然となる。

 そのアズルエルフはバルカがよく知っている男だったからだ。

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