第11話 オークの群れ対魔物の群れ


 木々が邪魔をして見えにくかったが、こちらに近づくにつれて、地響きを起こしている群れの正体が判明した。

 メトーリアもデイラもよく知っている魔物だった。


 甲殻類のような硬い外殻。

 野牛のような巨体。

 形状は狼に似ているが、頭部にまるで騎槍ランスのような角を生やしている。

 四つ足の魔物……ヨロイ狼だ。


(だが、数が多い!)


 これまで何度もヨロイ狼を狩ったことがあるメトーリアだが、これほどの大群は初めて見た。

 肉食のどう猛なモンスターなのに、その数は草食獣の大集団のようだ。

 一匹でさえ、疾駆すれば地面が揺れるほどの重量感をもつ魔獣なのだが……。

 ざっと目視で見積もっても数百体は確認できる。

 デイラは口を開けて呆然とした。


「ひいっ!」


 取り巻き達は悲鳴を上げ、腰を抜かす者も現れた。


「ば、馬鹿! 早く狩りの準備をなさい!!」


 はっとした我に返ったデイラは取り巻き達を怒鳴りつける。

 それを受けて取り巻きの一人が、慌てて部隊に指示を出そうとするが――。

 メトーリアはデイラに言う。


「お待ちください」

「な、何を言っているのメトーリア!! あの数は異常よ。こちらから先手を打たなければ!  緑野郎達のせいだわ。あいつらとの小競り合いが続いて狩りができなかったから、あんな数にっ!」


 魔物の繁殖力は強い。

 故に、魔物狩りはギルド同盟に所属している地方領主、王侯貴族の権利であり、義務なのだ。



    ×   ×   ×



「ここは俺達オークが先陣を切る!」


 ヨロイ狼の群れをみてバルカは即断し、声を張り上げた。


「ちょ!? 待てッ。指揮は私が――」


「出会ったばかりのオークと人間が近くにいても、連携が取れないだろうが! 俺が坂道を塞いで奴らを迎え撃つ。するとヨロイ狼は台地を包囲するように、群れを広げて来るだろう。同胞達は崖を駆け上がってくる奴を仕留める。お前達は野営地までたどり着いたのを仕留めろ!」

 魔物は予想以上に連携が取れた行動をする。

 特に、同種の魔物が数を増やした時は知力が増し、統率の取れた兵団のような動きをするのを知った上での判断だった。


 バルカは同胞のオーク達の方を向くと、手で円を描き、囁くような詠唱を開始した。

 手のひらに炎が生まれた。炎の中には文字のようなものが揺らめいている。

 その炎を、同胞たちにむけて振りかざすと、オーク達は光のオーラに包まれ、驚きと歓喜の声を上げた。


 メトーリアは驚愕していた。


「あいつ、強化魔法も使えるのか……」

  

 続いてバルカは群れの長として命令する。

 “散開しろ! 奴らが来るのを待ち構えろ”と指示し、自らは坂道を駆け下っていった。


「ま、待ちなさ――」


デイラは引き留めようとしたが、すでに遅い。


「クソがぁあああっ!!!」


デイラは毒づき、取り巻きに向き直る。


「お前達、私を守りなさい!! メトーリアは兵を連れて前に出ろ。緑野郎のそばで待機!」


 メトーリアは一礼し、デイラの命令に無言で従う。



 夕暮れの刻限。

 ほぼ日が沈みかけている中、地響きはさらに大きくなり、ヨロイ狼が坂道を上ってきた。


 だが坂道は狭く、野牛なみの大きさのヨロイ狼は三匹くらいしか同時には通れない。

 それがバルカの狙いだった。

 

 バルカは戦斧を構える。

 すると、斧の柄と刃の部分が脈動しているかのような光を放ち、その形状を変形させていく。


 バルカの戦斧は柄が長くなり、ネイルが装備していたような斧槍に変化していた。

 そこへヨロイ狼が三匹、殺到してきた。

 頭部の角が変形する。伸びながら先端が鋭くなった。

 まるで騎兵の突撃だ。

 

「ぬぅん!!」

 

 バルカが、接近してきたヨロイ狼に猛然と斧槍を振るった。


 ――坂道が魔物の赤い血で煙った。

 

 突進してきたヨロイ狼三匹が、バルカの横薙ぎ一閃で、真っ二つになって倒れる。

 その死骸を乗り越えて飛びかかってきたヨロイ狼も先ほど同様、バルカの斧槍で切り裂かれていく。


 ヨロイ狼のはその名の通り、甲虫や蟹のような硬い外殻に包まれており、倒す時にはその硬い外殻の隙間がある関節部分を攻撃するのがセオリーだ。

 そのため、“狩り"といっても一行は弓手だけでなく、レギウラ兵もアクアル兵も長槍を持っている者が多い。外殻の隙間を刺し貫くためだ。

 

 だがバルカはその外殻ごと魔物の体を泥のように叩き斬っていた。

 ヨロイ狼は巨大な野牛なみの巨体ながらも非常に敏捷で、突進ではなく跳躍して上方から飛びかかったり、姿勢を低くしながらにじり寄り、角を変形させつつ牙と爪を使ってバルカを引き裂こうとする個体もいた。

 それらの攻撃を難なくいなし、時には真正面から受け止め、バルカは斧槍を振るう。

 その度に確実に一、二匹は仕留めていった。

 突けば容易く貫通し、薙げば刃が届かなくても斬風でヨロイ狼の外殻を切り裂き、致命傷を負わせている。

 余裕を持って、わずかに後退しながら次の獲物を誘い込んでさえいた。


 死骸を乗り越えて押し寄せていたヨロイ狼たちは坂道で渋滞を起こしていたが、バルカを手強しとみたのか、散開して横に広がり、各々が台地を駆け登り始めた。

 それでも、バルカを足止めしようという意図でもあるかのようにヨロイ狼は坂道からの進攻もやめようとしない。


 その様子を見ていたメトーリアはバルカの圧倒的な強さに瞠目しながらも、


(バルカの読み通りになったな……)


 と、心中で呟きながら、戦闘に備えて身構えた。


 台地の斜面を上りきって姿を現したヨロイ狼に対し、バルカ以外のオーク達が迎撃を開始した。


 “群れの長”による的確な指示と魔法による強化で、変異オーク達は個々が底知れぬ力を持つ戦士となっていた。


 あるオークはヨロイ狼の口腔に槍を突き入れ、ある者は爪や牙をかいくぐって、喉を掻き切る。

 まるで猛獣同士の格闘のようにも見える戦いだった。

 なかでもネイルの働きはめざましく、劣勢になっている処へ駆けつけては、確実かつ迅速な攻撃で仕留めている。すばらしい遊撃手と化していた。

 ヨロイ狼は例えるなら崖を駆け登れるほどの敏捷性を機動力をもつ巨大な重装騎兵だ。

 それを二十名のオーク達は見事に迎撃していた。


 メトーリアも負けじと、阻害デバフスキルを使った投げナイフを三本、立て続けに投擲した。

 紫電を纏ったナイフが三匹のヨロイ狼の、それぞれの外殻の隙間に吸い込まれるように突き刺さる。

 込められていた力が解き放たれ、魔獣の生命力を蝕んでいく。

 動きは鈍重になり、肉体の強度は下がり、三匹のうちの一匹などは混乱状態になってのたうち回った。

 メトーリアは、ナイフが帯びた紫電と同じ光を発する紋様を浮かび上がらせた手で、剣を抜いた。

 非常に俊敏な動きで標的に接近し、空気を切り裂く音とともに、ヨロイ狼の喉元を下からすくい上げるように斬り払い、即座に絶命させる。

 そして次の標的へと飛びかかると頸椎を刺し貫く。

 流麗な動きだった。

 メトーリアとオーク達は、台地を駆け登ってくるヨロイ狼たちを確実に仕留めていった。


 だが、いかんせん数が多い。

 全ては殲滅できず、乱戦状態になり、デイラ達も戦闘に参加せざるを得ない状況になった。


 そのうちヨロイ狼たちは、デイラが陣取っている場所を目指しているかのように攻め方を変えてきた。

 デイラ率いるレギウラの兵は、バルカは元より他のオーク達よりも格段に戦闘力が劣っていた。

 そのため、槍や弓矢による攻撃は俊敏に動き回るヨロイ狼の硬い外殻に阻まれ、有効なダメージを与えられないでいる。

 防御においては突進してくるヨロイ狼の攻撃を回避できずに吹き飛ばされ、ついには角を利用した突進によって防具ごと身体を貫かれ、レギウラ兵に死傷者が出始めた。


「ぎゃあ!」

「ぐあ!」

 

 複数の悲鳴が迸る中、ヨロイ狼たちはさらにデイラに接近していく。


「な、なんでこっちにっっっ!?」


 そのことに恐怖したのか、デイラはレギウラ兵に指示っぽいことをあれこれ言いながら、取り巻きとともに、ヨロイ狼が攻めて来る方面とは逆方向へと後退していく。 

 その様子を見てメトーリアは顔をしかめた。


(そっちは危険……ッ)


 ヨロイ狼たちが駆け上がってくる方の台地の斜面もかなりの傾斜があるが、デイラが後退しているその先は、ほぼ垂直の崖っぷちだ。


「デイラ様!」


 メトーリアは跳躍し、ヨロイ狼をまた一匹、首筋を刺し貫いて倒した後、デイラの元へ駆けていく。



    ×   ×   ×



 後退しながらの引き狩りで、すでに数十体を倒していたバルカは坂道を登りきっていた。

 そこから見る台地での戦闘状況は異様だった


(なんだこの魔物の動きは……)


 野営地まで到達したヨロイ狼たちは、まるでデイラを標的にしているような動きをしていた。

 最小限の数でオークや人間の兵を足止めし、それ以外のヨロイ狼はデイラとその取り巻き達がいるポイントを執拗に襲撃している。

 取り巻きの何人かは既に倒れている。

 メトーリアがデイラを守りながら奮戦しているが、デイラ自身は剣を手にしたままなにもしていない。

 バルカは武器を戦斧の形態に戻して背負うと、二人の元へ全力で駆けだした。


「なんで、なんで私の所ばかり来るのよぉぉぉ!!!????」


 自分ばかり付け狙われるデイラは狂乱状態だった。

 ついには剣を捨てて、その場から逃げだそうとする。


(馬鹿野郎!! 守ってくれてるメトーリアから離れるやつがあるか!!!???)


 孤立したデイラに狙いを定め、一際大きなヨロイ狼が襲いかかる――


 バルカは背負っていた戦斧を渾身の力を込めて投擲した。

 戦斧は風を巻き、柄が極端に短く、投擲に適した対称形の両刃斧に変形しながら飛翔する。

 デイラに飛びかかったヨロイ狼を、両刃斧は魚の開きのように縦に真っ二つにした。

 さらに、周囲にいたヨロイ狼たちを薙ぎ倒しながら戦斧は弧を描いてバルカのもとに戻った。

 彼の手に収まったときには元の形に戻っていた。

 この間ずっと、バルカは速度を落とさず疾駆している。


「ひっ!?」


 危機は去ったが、デイラは血と内蔵をぶちまけながら目の前に落ちてきたヨロイ狼の半身から、悲鳴を上げて後ずさり、


「ひいいいいいいい―――――!?」


 続いて絶叫した。 

 何事かとバルカは困惑した。


「何でわめくんだ――ん!?」

「デイラ様!」


 メトーリアとデイラの元に駆けつけたバルカは状況を理解した。

 デイラは断崖の縁に追い詰められていたのだ。

 足を踏み外して転落しそうになっている。


 ギリギリのところでメトーリアがデイラの腕を掴み、引き寄せる。

 デイラはメトーリアに突き飛ばされて、ヨロイ狼の死骸へとつんのめる。


 その時、メトーリアの足下が崩れ――。


「メトーリア!!!」

「ッ!」


 体が傾き、足が宙をさまよい……メトーリアは転落した。


「くそ!」


 バルカは後を追って崖を飛び降りた。


 山影に沈んだ夕陽を視界の隅にとらえながら、バルカはメトーリアと一緒に、深く暗い森の中へと落ちていった。

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