第10話 “攻撃、ダメ”、“争う、ダメ。絶対” オッケイ?

(まあ、自分で決断してやったことではあるが……)


 そろって頭を垂れるオーク達をバルカは複雑な思いで見渡した。


 “最も強い者が群れの長をつとめる"


 これは古くからのオーク族の掟ではある。

 オークという種族は、何事においても力に物を言わせて決めようとする傾向があるのだ。

 だが、魔王討伐戦の頃には、他種族との敵対関係を解消するために外交や政治に関して、その脳筋思考に変化の兆しが見えていたはずだった。


 それが、現世においてはこの有様である。


 まるで獣の群れの如く。

 それでいて、ルール(掟)には忠実。

 先ほどまで闘志を剥き出しにしていたネイルでさえも、かしこまってバルカに平伏している。


 全てのオークを束ねる『君主』になるのは最も強いオークがなるべきだ――と、バルカも思うが、このような小集団を同族とはいえ“よそ者”である自分が力に物を言わせて支配してしまったのは少し心苦しかった。


(しかし、でもまあしょうがないか。人間達と争ってたのは事実だし……あとそれから、何人かはメトーリアを襲おうとしたしなッ)


「おい、コイツらの様子は、一体?」


 そのメトーリアが、戸惑いながらバルカに問う。


「だから、さっき言っただろう。群れのリーダーをかけた決闘だと。今は俺がここに居るオーク全員の“長”だ」


「つまり、コイツら全員を隷属させたということか? さっきの決闘で」


「“隷属”って言い方はどうかと思うが……まあ、そういうことだな。狩り場を荒らしていたオークは他にもいるのか? いないのなら、もうオークが狩りの邪魔をすることはないぞ」


 それを聞いたアクアルやレギウラの兵士達が僅かに歓声をあげる。


 バルカが人間達とやりとりをしているのを見てネイル達は、困惑していた。


「あ、もういいから。立て、立ってくれ。いつまでも跪かれていると、こそばゆい」


 バルカは古語で“立て”、“楽にしろ”、などという言葉をかけながら人間達を指さし、


「あいつらは、“友だち”、“仲間”、わかったか? “攻撃、ダメ”、“争う、ダメ。絶対” オッケイ?」


 オーク達は互いを見つめ合い、それからバルカの方を向いて、何度も大きく頷いた。


 一応は、理解してくれたようだった。


「よし……それではメトーリア。俺達は少し離れたところで寝るとする。それから、明日の狩りには俺達も同行していいか?」


「……なぜ?」

「エッ? それはだな……オークのせいで狩りができなくて迷惑をかけたのだから、その償いに手伝おうかと……あ、あと現世での魔物の様子も見てみたいしな」

「……デイラ様に確認してみよう」



    ×   ×   ×



 デイラ・テスタード・レギウラとその部下達は、一部始終を遠巻きながら目撃していた。


 オークの集団のリーダーらしき男を素手で圧倒し、全てのオークがバルカに跪いている様も、バルカとメトーリアの会話も、全て。


「デ、デイラ様。バルカとか言うあのオーク、魔物狩りに参加するつもりですぞ」


 一人の年配の取り巻きがそう言ってうろたえる。


「フン……」

 

 デイラは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「何か問題があるの? お母様の見立ては正しかったということよ。見たでしょう? あのバルカというオークの化け物じみた強さを。奴とほかの緑野郎どもを狩りに利用できるのなら、それでよし。私たちがあのダンジョン跡を発掘した理由をお前は忘れたの?」


 デイラの皮肉めいた問いかけに、取り巻きは小声で意見を述べる。


「し、しかしオークは敵性種族ですぞ」

「それはお前が気にしなくても良い事よ。それともレギウラ公王たる我が母上に諌言でもする?」

「い、いえ……」


 取り巻きはビクビクしながらそう答えると、それ以上は何も言わなくなった。

 

(手間暇掛けてダンジョン跡を発掘した時、オーク一匹しかいなかった時はどうなることかと思っちゃったけど……がお母様に言ったことは間違いなかったと言うことね。)


 しかし、デイラは憤懣やるかたなかった。

 そう、何もかもが気にくわない。


 一行のリーダーは自分であるはずなのに、昨日からバルカとメトーリアの主導で事が運んでいる。

 

 ……それはデイラ自身がバルカの相手をメトーリアに丸投げしているせいなのだが、そのことを棚に上げて、デイラはバルカに嫌悪と怒りを募らせていた。


 昨日、バルカはスキルを使って自分を打ちのめし、恐怖を与え、脅迫し、あまつさえ自分をメトーリアより格下だと罵った。

 レギウラ公王アルパイスの第一子であるデイラの人生の中で、かつてこのような無礼を働き、屈辱を与えた者はひとりもいない。

 さらに、メトーリアに対してはうって変わって、丁重に接していることが何よりも許せなかった。


 何とかして、自分の権威を思い知らせてやりたいところではあったが、その手立てもない。


 歯ぎしりしたくなるのを何とか抑えているうちに、メトーリアがデイラの元へやって来た。



    ×   ×   ×



「デイラ様」


 メトーリアは片膝をつき、先ほどのバルカの提案を伝えようとしたが、デイラはうるさそうに手を振った。


「聞こえていたわ。あの緑野郎はお前をたいそう気に入ってるみたいだから、そのまま上手く立ち回りなさい」

「はい」

「たった一日で随分仲良くなったわね。一体どんなを使ったのか、是非お教え願いたいものだわ」


 実に含みのあるいやらしい言い方だったが、メトーリアにとってはデイラにいびられるのは日常茶飯事だったので、淡々と事実だけを述べる。


「特に何も。ただご命令通り、全力で剣を交えただけです」

「フン……もういい。下がりなさい」


 普段はもっとあからさまに苛めてくるのだが、バルカの存在がデイラを慎重にさせていた。

 メトーリアは立ち上がって一礼すると、アクアル兵のところへ戻ろうとした。


 だが直後、微かな地響きを感じてメトーリアは立ち止まった。


「なに? この音はっ!?」


 デイラも音に気づき、先ほどの威張り顔からうって変わって狼狽し、きょろきょろと辺りを見回す。

 音には気づいたが、どの方向からかは分からないらしい。

 少しずつ大きくなっていく地響きは、何かがこちらに近づいていることを示していた。


 メトーリアは眼下に広がる森を見た。

 夜営のために陣取った場所は険しい坂道を登り切った台地で、そこからは眼下に広がる森がよく見渡せた。


 木々が大きく揺れている。

 鳥が空へと逃げている。


「い、一体何なのメトーリア」

「わかりません」


 アクアルの狩り場で何度も狩りをしているメトーリアにも分からない。

 最初は見たことのない巨大な魔物かと思ったが、怒濤のような地響きはむしろ……。


 何かの“大群”が、野営地に迫っていた。

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