第9話 群れの長の座をかけた決闘
メトーリアを下がらせると、バルカはネイルと向き合った。
そして、これ見よがしに戦斧を地面に突き立て、素手になる。
「ンガ!?」
“オマエ、オレと戦うんじゃないのか?"
とでも言いたそうな顔でネイルは不思議そうにバルカを見つめた。
(さてと……)
バルカは同族の命を奪うつもりはなかった。
本当なら出会って早々に闘うこともしたくない。
ただ、同胞達全員を屈服させる必要性も感じていた。
そのために、オークの掟に従って群れのリーダーの座に挑戦したのだが……。
しかし変異したオーク達が自分が知っているオークの常識や掟に、どこまで従っているのかどうかバルカは不安だった。
バルカはネイルの後ろに控えている変わり果てた同胞達をちらりと見る。
個体差はあるが、やはり誰も彼もがひどい有様だ。
着ている服や装備している防具がボロボロで汚れているばかりか、中には犬や狼のように短い呼吸をしながら舌を垂れ流している連中もいる。
正直にいって臭うし、不潔であった。
(おい、せめて涎……ヨダレを拭け!)
「グルル!」
ネイルがよそ見をしているバルカが気に入らなかったのか、“こっちを見ろ!”とばかりに威嚇の声を上げた。
バルカは無言でネイルに視線を戻した。
(こいつ、ネイルは古語で“自分が群れの長だ"と主張した。つまり“群れ"やその群れの、“長”という概念はあるわけだ。だから心配ないとは思うが……)
武器を置いて素手になったのには理由がある。
念には念を押して、ただ勝つだけではなく、圧倒的な力を見せつける必要があると判断したのだ。
ネイルは他の変異オーク達が装備している物よりは、そこそこ等級の高い武器を持っていた。長い柄をもつ、槍と斧をかけ合わせたような形状の武器――斧槍だ。
“武器を持った群れの長を素手で制する。”
これなら、知性が退化した同胞達も全員、恐れ入ってくれるだろうと考えたのだった。
「ほら、さっさとかかってこい」
おちょくるように手招きすると、ネイルは激怒して一気に間合いを詰めてきた。
「ヌアッ!」
バルカの脳天目がけて、猛烈な勢いで斧槍を振る。
それを紙一重でかわすと、ネイルの振り下ろしの速度を見て、バルカは気を引き締めた。
(なかなかの腕だ。ちゃんとオーク戦士の動きをしている)
少し嬉しくなってバルカは笑みを浮かべるが、馬鹿にされたと思ったのかネイルは歯がみしながら、斧槍を上下、横、斜めと、軽々と振り回して連続攻撃を仕掛ける。
バルカはことごとくそれらの攻撃を回避。斧槍の刃に手の甲を当てていなす余裕すら見せる。
ネイルは距離を取って斧槍を腰だめに身構えた。
「グオオッ!!」
裂帛の咆哮。
渾身の突きでネイルは、バルカの腹を狙った。
だが、バルカは避けずにネイルの攻撃を受けた!
「ヴェ!?」
——オオッ。
その場にいるオークも、人間も、皆驚きの声をあげた。
ネイルの攻撃は効かなかった。
通らなかったのだ。
ネイルの斧槍の穂先はバルカの腹筋を貫くどころかその皮膚すら裂いていなかった。
× × ×
(おかしいだろう!)
メトーリアは呆気にとられていた。
ネイルが今放った突きはただの攻撃ではない。
肉体が生み出す膂力だけでなく、スキルの力が加わっていた。
魔法の源は魔力。スキルなら霊力とか気とよばれるものだ。
言い方が違うが、根源は同じもので、それは魂が形作っているもう一つの体、『霊体』から流れ出すエネルギーだ。
ネイルはさきほどの一撃にそのエネルギーを込めていた。
つまりは通常攻撃の強化。シンプルだが強力な、スキルの基本中の基本技だ。
スキルで強化された爪を使えば相手の喉を引き裂くこともできるし、高レベルの者ならば手刀を振るって、相手の腕を切断することもできる……これはどちらかというと戦士や剣士というより格闘スキルだが……。
とにかく、メトーリアはネイルの斧槍による一撃からハッキリとスキルの力を感知していた。
だが、バルカはその攻撃を生身で受けて、全くダメージを負っていないのだ。
(どういう風に鍛えたらそうなるんだ……)
今、バルカはネイルの斧槍の柄をむんずと掴んでいた。
ネイルは必死に抵抗しているが、押せども引けどもびくともしない。
やがて苦し紛れに斧槍をバルカの腹に突き立てたまま、上半身と己の武器に更に気を込めていく。
それに気づいたらしいバルカは、なんと斧槍の柄から手を放した。
バルカも何らかのスキルを発動したのをメトーリアは感じた。
爆発的な力がバルカの肉体をより強靱に、より強くしていく。
二人のオークの力がぶつかり合う。
その結果、
「ギャ!?」
ネイルは自らの力が跳ね返ったかのように吹っ飛んでいた。
そのまま腰砕けになって、地面に尻を打つ。斧槍から手を放し、放心したようにバルカを見上げていた。
「まだやるか?」
「……ッ」
ネイルが視線を逸らし、肩の力を抜くのがメトーリアには見て取れた。
「決着だな」
そう言って、バルカは地面に突き立てていた戦斧を背負いなおした。
ネイルはがっくりと項垂れ、地面に両手をついた。
敗北を認めたのだ。
一部始終を見ていた他のオーク達も次々とバルカの前に跪き、服従の意を示す。
バルカーマナフが、群れの長になった瞬間だった。
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