第7話 奴隷領主のメトーリア
その夜、 砦の空いている寝室で寝ることもできたが、オークの自分を見る人間達が皆、まるで魔物を見るかのような目で怖れるか、嫌悪するので、バルカは町の近くの森の中で野宿した。
デイラ達を信用していないからというのも理由の一つだ。
もし、寝込みを襲われたとしても撃退するのは簡単だが、相手にするのが面倒くさい。
火山が近くにあるため、幸いにも周辺には大小様々な温泉が沸いている。
町の近くを流れる川自体が温めではあるが温水になっており、そこで汗を流すことができた。
森で仕留めた鹿を解体し、火をおこして四百三十年ぶりの食事も取った。
だがその間、マジックトラップで封印され、仮死休眠のスキルを行使してずっと眠っていたバルカにとっては、それほどの時間が過ぎたのだという実感はまだ無い。
焼き上がった骨付き肉にかぶり付きながらバルカは呟く。
「狩りってこういう真っ当な動物を狩ることだろう……ダンジョンの封印破壊だけでなく、魔物の根絶も敵性種殲滅戦の目的だったはずなのにな……」
デイラに半ば強引に狩り場へ案内させる約束を取り付けたあと、ギデオンに現世での魔物のことを色々聞いたのだが……。
「ダンジョンは全て破壊されたと同盟圏のクリスタルには記録が共有されてます。ただ魔物を根絶させることは出来ませんでした。いやー敢えてしなかったという方が正しいのかなぁ~……それで、命令する主を無くした魔物達は野生化して各地に棲息しているんです。こいつらは今や人間やその他の種族にとって貴重な資源なんですよ。武具や様々な道具、薬の材料になるし……重要な食糧源にもなっているんですっ」
魔物を狩り、その骸から得られる肉や骨、その他を、様々な用途に利用しているのが現世での常識らしいが、食用に利用されていることがバルカには、まだ腑に落ちないでいた。
翌日、バルカはアクアルの町の北にあるという狩り場へと向かった。
同行者はメトーリアとデイラ。アクアルの兵士とデイラ直属のレギウラ兵を引き連れている。
四十名ほどの数だ。
狩り場へのガイド役はメトーリアが務めていた。
おそらく、デイラに押し付けられたのだろう。
彼女の顔は無表情だがオークは鼻が利く。
特にレベルの高いバルカは、匂いで相手の心理や身体の状態を“嗅ぎ分ける”ことができる。
だから、今メトーリアが苛々しているのがなんとなく分かった。
それでもバルカとしては聞きたいこと、知りたいことがまだ山ほどあるので、どうしても質問攻めになってしまう。
「……狩り場までは何日かかる?」
「何日もかからない。朝早く町を出たので夕暮れ前には着く」
「そんな近くに魔物の生息地があるのか?」
さすがに話しかけても無視される事はもうなくなった。
砦の兵士達はアクアルの領民兵、つまりメトーリア直属の部下なので彼女とバルカのすぐ後ろにいるが、デイラ率いるレギウラ兵はバルカを警戒してかなり離れている。
このような状況の中、僅かながら気を許したのか、それともバルカに利用価値があると判断しているのか。そこまではバルカには分からなかったがメトーリアはぽつりぽつりとバルカの質問に答えていった。
「狩り場が近くにあるのはむしろ良いことだ。ギルド同盟に加盟している王侯貴族や私のような地方領主は、自分の土地の魔物を管理する権利があるからな」
「魔物から穫れる素材や肉はそれだけ貴重だということか。分からん話ではないが……」
「狩りは権利であり義務だ。それがオークの群れの侵入で滞っている」
「そういえばギデオンが言っていたな。“オークの乱入で狩りが出来なくなって困っている”と」
「同盟に加入している国は、ギルド同盟の宗主国ヴァルダールに魔物から得られる収穫物を献納する義務を課せられている。それがまだ今年は果たせていない」
「それでか。こんなに随伴の兵士が多いのは」
「魔物を狩りに行くのだから、これでも少ないくらいだ」
メトーリアと会話している最中、背後からの視線をバルカは幾つも感じていた。
チラリと後ろを振り返ると、アクアルの領民兵と目が合った。
領民兵はひどく驚いた様子で青ざめて、激しく咳き込みながら俯いた。
(おいおい、大丈夫か……兵士にしては随分痩せてるな。っていうかまだ子供じゃないのかこいつ)
バルカは他のアクアル領民兵を見回してみる。
訓練と経験によって相応にレベルに達した者もいれば、さっきの子供のような、武器屋防具を装備した状態での徒歩行進もまだおぼつかなそうな者まで様々だ。
通常、オークと人間の平均寿命はそう大差ない。
アクアルの領民兵は“かき集めるだけ集めた”といった様子で、肌つやが子供のような若人衆から皺深い、老境に達しているような兵までいる。
一方、ずっと後方にいるレギウラ兵……否、デイラの親衛隊と言った方がいいのか。
彼らの様子を見ると、アクアルの領兵より見栄えは平均的だ。
バルカと視線が合ってもアクアルのと似たり寄ったりの反応だが、バルカを怖れているだけでなく、皆どこか訝しげな表情でバルカの隣にいるメトーリアを見ている。
蔑みのような、見下しているような目だった。
アクアル領がレギウラ公国に隷属しているという話はギデオンから聞いた。
だが、一介の兵士が領主に対して、しかも冒険者としてのレベルの高いメトーリアに対して、あのような態度を取るものだろうか。
「……ギルド同盟における上下関係の仕組みがまだ詳しく分かっていないんだが、なんでアクアルはレギウラより格下なんだ? レギウラって出来たばかりの国なんだろ?」
「……」
「アクアルの砦や家屋は石でできた古いものばかりだった。何十年、いや何百年も前からあったはずだ。ギルド同盟っていうのにも、随分前から加入しているんじゃないのか。だったら先輩みたいなものだろ? なのになんで……」
「……」
メトーリアが横目で、じいっと見つめたまま無言になったので、バルカの言葉は尻すぼみになる。
「い、いや、話したくなければ別にいいんだが。デイラやその取り巻き連中のお前に対する態度が、なんかその、ムカついてな」
「…………我が一族とアクアルの領民は、敵性種族と内通していたという罪で、子々孫々までレギウラに隷従するという罰を受けている」
「は?」
「リザードだ。レギウラができるまではその土地は元々、彼ら“トカゲびと”の縄張りだったというのはお前も知っているんだろう? アクアルはその縄張りの中に存在していた。ギルド同盟の領域外にある飛び地のような土地だったんだ。リザ―ド達とはずっと付かず離れず、時々交易するぐらいの関係を築いていた。だが十数年前に、ギルド同盟がリザードを敵性種族と認定し、戦争になってから全てが変わった」
「じゃあ、リザードの味方をしたのか」
「いや。しかし、敵にもならなかった。ただ彼らがギルドの勢力の及ばない土地へ逃げ延びていくのを見逃した。それを、咎められたんだ。私の先代……父が領主だった頃の話だ」
(……そういうことか。)
レギウラの者からすれば、メトーリアは奴隷のような存在なのだろう。
目覚めた時、ダンジョン内のあの部屋で一領主たるメトーリアが、たった一人残されて自分を殺せと命じられたのも納得がいく。
おそらく他にも無茶な任務を言い渡されることも多いはず。そして……。
「人質を取られているのはそういうことか」
声をひそめて確認するように聞くバルカに、隠し立てをする必要はないと考えたのか、あっさりとメトーリアは人質の存在を肯定した。
「私は妹を人質に取られている。他には一部の家臣や、その家族がレギウラの都にいる。他にも南方の国境警備やレギウラの狩り場での魔物狩りの課役を受け、領民は散り散りだ……ふ、ふふ」
バルカが初めて聞くメトーリアの笑い声は、バルカと自分自身を嘲るような暗いふくみ笑いだった。
「“事情を話せば力になる”とか洞窟の中で言ってたな。どうだ? 助けてくれるのか?」
“無理だろうが”とでも言いたげなメトーリアにバルカは無言で頭を掻きながら考えてみる。
(わりと何とかなりそうな気もするが……今は返答しないでおこう)
「アクアルの町に人が少なかったのは人質や領外での仕事を押しつけられているいるのが原因なのか?」
「それだけじゃない。アクアルの民はなぜか健康を害する者が多く、体の弱いものや子供たちは早死にすることが多い。だから人口が少ないんだ」
問いかけに対して答えずに別の質問をするバルカに対して、さして怒った様子もなくメトーリアは物憂げに呟く。
バルカは後ろに遠ざかっていく、自分が何百年も眠っていたダンジョン跡地がある山を見上げた。
「短命な者が多いのには理由がある」
「なに?」
バルカは、かつて魔物を生み出していたダンジョンは大地の地脈に根ざして造られたものであり、建造者である魔王の未知魔法によって、その地脈が穢されていることをメトーリアに説明する。
「たとえ、もう機能しなくなったダンジョンでも、その周辺は危険な瘴気が長く残ると、昔の仲間が言っていた。長く居れば身体に害をおよぼすとも。故郷は大事だ。だが普段はもっと離れた場所に住むべきだ」
「なるほどな……明確な原因は分からなかったが、我々もダンジョンに近いアクアルの町に、病人や虚弱な子供を居させるべきではないことは承知していた。だから、レギウラに隷属する以前は、ダンジョンから離れた集落に、病人や体の弱い子供を一時的に避難させていた。だが、今は町の住人がよその土地へ自由に移動することは許されていない。何をするにしてもレギウラの許可が必要だ」
「何もかもがおかしいだろッ」
バルカは怒りをぶちまける。
「一族の罪が何であれ、子や孫がその罪を背負わされるのも。かつて種族の隔たりを越えて魔王と戦った冒険者達が、ギルドが、変な身分制度を敷いていることも、友好種族と敵性種族に分かれていることもッ。敵性種である魔物を殲滅せずに残したことも!」
(見るからに無能そうな奴が、優秀な戦士を我がもの顔で殴りつけるのもな!!)
バルカの憤りに対して、メトーリアは肩をすくめるだけだ。
まるで“それが世の中の在り様なんだから仕方ないだろう”と言わんばかりだ。
「それに、ダンジョン跡から発する瘴気の問題はちゃんと調べれば、解決策も見つかるはずだ」
「またわけの分からぬ事を……」
「魔王と戦っていた時はそうやって大地や生き物にかけられた様々な穢れや呪いを解いていったんだ。解けないものもあったが」
(オークは呪いにかかって知能が低下しているとかいうし……クソ、なんでこんな世界になっちまったんだ)
ふと、バルカは思い出す。
洞窟ダンジョンでマジックトラップにかかり、さらにはダンジョンの崩落が始まった時のことだ。
(俺はあの時、仮死休眠のスキルなど使わずに、全力で脱出するべきだった!)
今さらながらに後悔する。さらに、
(仲間達はどうなったんだろうか……)
と、魔王討伐後、解散したパーティーの仲間達に思いを馳せる。
彼らのその後を、バルカはギルドクリスタルの器械精霊ギデオンに聞かなかった。
……聞けなかったのである。
四百三十年も経った今となっては、かつての仲間達の顛末を知るのが、怖かったのだ。
× × ×
メトーリアは、急に押し黙って喋らなくなったバルカの横顔をちらりと見た。
猛獣のような雄々しい顔は曇り、厚い唇から突きだしている上顎の牙を、時折指でさすっている。
奇怪なオークだ。そして謎めいた存在でもある。
化け物じみた規格外の強さを持ち、ギルド同盟の中では出来たばかりの新興国とはいえ、王女であるデイラですら知らない知識と、ギルドクリスタルに対しては上位の権限をも有していた謎のオーク。
(狩り場で、こいつが他のオークと出会った時、どうなるか……)
気がかりではあったが、命令に従うしかない自分が気にすることではないと、メトーリアは思考を停止させるのだった。
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