第6話 喋れなくしてやろうか?
バルカはひび割れた屋根瓦の隙間からさっきまでいた室内の様子を覗う。
「メトーリア! 貴様、気でも狂ったの!?」
耳障りなキーキー声がクリスタルの間に響き渡る。
首をかしげる仕草をしてギデオンが姿を消すのと、激怒しながら数名の部下を引き連れた女が現れたのは同時だった。
聞き覚えのある声だ。
間違いない。バルカが四百三十年間眠っていた、あのダンジョンの一室でメトーリアを殴打したデイラという女だ。
……といっても、バルカにとっては目覚めてから、視界もおぼつかないうちに部屋から出て行ったので、今始めてデイラの姿を捉えたことになる。
(腕の立つメトーリアを臆面も無く殴りつけて、指図するほどの女……どんな奴かと思っていたが)
身に着けている甲冑や剣はメトーリアのものよりも高級品。
波打つ金髪に碧眼。容姿は人間の見てくれの良し悪しでいうと、整った顔立ちをしているのかもしれない。
背丈はメトーリアと同じくらいだが、バルカがデイラを見た第一印象は、
(なんか、ひょろっちいな)
という、気抜けしたものだった。メトーリアのような戦士としての精悍さは無い。
デイラの息づかいや立ち振る舞いを観察して、
(まあまあ鍛えてはいるようだが、そんなにレベルは高くない……)
と、バルカが観察している間も、デイラの叱責は続いていた。
「緑野郎を殺すどころか、神聖なクリスタルの間に入れるなんて!」
砦に侵入した時だろうか……誰かにバルカの姿を見られていたようだ。
「申し訳ございません、デイラ様。あのオークは非常に腕が立ち、残念ながら――っ」
バチン!
デイラが彼女の頬を打ち、メトーリアの謝罪は中断させられた。
「……仕留められませんでした」
メトーリアは全く抵抗せず、何の弁明もせず、ただ事実を言った。
「そんなことってある? お前はお母様から手ほどきを受けた我がレギウラ国では二番目に強い剣士で、デバッファーとしては一番の使い手でしょ? あの気色の悪いスキル、使わなかったっていうの?」
「使いましたが通用しませんでした」
「信じられないわね」
「……もしかしたら」
メトーリアは「今、思いついた」というような声音で言葉を漏らした。
「何よ」
「あのオークが、例の“宝”だったのかもしれません」
「はぁ? だからクリスタルの間に連れてきたってわけ?」
「それは――」
「まあいいわ。で? そいつは今どこにいる?」
「……」
「さっさと答えなさい!」
デイラは再び腕を振り上げて、メトーリアの頬を叩いた。
隠れろと言われて言われた通りにしていたバルカだったが、横暴なデイラに怒りを感じながら思案する。
宝……宝とは何だ
どんな宝をデイラという女は手に入れようとしたのか。
(そのことも気になるが、今はまず!)
意を決して、バルカは屋根から下りると部屋に舞い戻った。
「俺なら、ここにいるぞ」
「はっ!? え、こいつ言葉を話した!??」
突如窓から入ってきたオークにデイラはギョッとした後に素っ頓狂な声を上げた。
(メトーリアもそうだったが、やっぱりそこに驚くのか……)
「おい、お前達。奴を殺――いや、捕らえよ!」
メトーリアの進言を一応は考慮したのか、デイラは部下達に殺しではなく、捕縛を命じた。
「腕一本ぐらい切り落としてもかまわないわ」
「はい」
メトーリア以外のデイラの部下達が剣を抜き、バルカを取り囲む。
正面にいた一人が斬りかかるがバルカは素早く動き、瞬く間に剣を奪い取ると叩き伏せた。
「うぐっ!」
倒れたそいつは起き上がれずに苦鳴をあげる。
(メトーリアがこの辺で二番目に強い剣士だというのは本当のようだな。こいつら全然大したことない)
今度はふたりが同時に斬りかかってきたが、奪った剣で難なく受けると、バルカはすうっと息を吸い込み口を大きく開けて――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
凄まじい咆哮を放った。
空気を叩き、室内を振るわせるほどの大音声には不可思議な力が込められていた。
バルカに同時に斬りかかった二人は、剣を取り落として床に膝をついた。
まるでバルカに跪いているかのようだった。
デイラと他の部下達も体が硬直し、一歩も動けず、口もきけなくなって立ち尽くしていた。
「お、お前、一体何をした……」
唯一、メトーリアだけが体を動かせていた。
デイラは顔の筋肉と眼球だけはかろうじて動かせるようで、嫉妬をにじませた目でメトーリアを見つめる。
メトーリアはデイラを守るように彼女の前に立って、バルカと向き合うが、その顔は青褪めていた。
「声に“力"を込めたのさ」
バルカは肩をすくめて答えた。
彼の説明によると、それは一種の阻害スキルだった。
咆哮を聞いた者は抵抗に失敗すると、肉体どころか魂が形作るもう一つの体……霊体をも呪縛され、一時的に体の自由を奪われてしまうというものだ。
オークは他の種族より野性味が強い。
猛獣の咆哮を間近で聞けば、誰もが少なからず恐怖で竦み上がる。
そこからヒントを得て生み出された咆哮魔法だった。
メトーリアはデイラ達よりもレベルが高いため、咆哮に対して抵抗力があり、効果を受けずに耐えることが出来たというわけだ。
「おい、ギデオン。出てこいよ」
バルカの呼びかけにクリスタルは反応した。
徐々に体の自由が戻ってきているのか、デイラは微かに首を動かし、クリスタルを見て驚愕した。
ギルドに登録した冒険者にしか使えないはずのクリスタルが、オークの呼びかけに応え、しかも見たこともない小さな少女の幻像が浮かび上がるではないか。
「はい、何でしょうバルカ」
「いつから格下の冒険者が格上の者にでかい顔が出来るようになったんだ?」
「こ、この緑野郎ッッ、誰が格下ですって!?」
デイラは激怒して、呪縛からやっと少し抜け出して、かすれた声を絞り出したがバルカは無視する。
メトーリアはなんとも形容しがたい困った顔になって、バルカとデイラを交互に見つめていた。
他の者達も徐々に硬直状態から回復していったが、バルカとの力量差を思い知ったのか、デイラを守るように取り囲むだけで何もしてこない。
「ええっと……」
「姿は消していても、こっそり見てたんだろう? メトーリアの方がレベルが高くてずっと強いのに、なんでこのデイラっていう女はここまで偉ぶってるんだ?」
「おい緑野郎!! 私を無視するなぁ!」
「キーキーとうるさい声でわめくな。また喋れなくしてやろうか?」
「ヒッ」
何の捻りもない脅し文句だったが、実際にバルカはそれができるし、頼みの綱のメトーリアが“非常に腕が立ち、仕留められなかった”と言っていたのを今さら思い出して、デイラは口を噤んだ。
「理由はですねぇ、デイラ・テスタード・レギウラとメトーリア・シェイファー・アクアルはパーティを組んでいるわけじゃなくて、主従の関係にあるからです。あのぅ~、詳しく説明すると長くなりますよ?」
「構わない。俺は……ずっと眠っていたからな」
「え!? マジですかっ♪ だったら――」
ギデオンはお喋りすることが楽しくて仕方がないといった様子で、嬉々として事情を説明し始めた。
ここはアクアルという領地でメトーリアはアクアルの領主であること。
アクアルはレギウラという公国に隷属していること。
デイラはレギウラを治める女公王アルパイスの一人娘であること。
一通り説明を聞くとバルカは納得したように頷いた。
「なるほど。デイラは親の威光を盾にして威張り散らかしてたわけか」
それを聞いてデイラは“ぐぬぬ……”と、言わんばかりの憤った表情になるが、何も言えない。バルカに対してすっかり怯えてしまっていた。
(わかりやすい奴だな……それじゃ口を噤んでいても意味無いぞ)
思わず心中でデイラにダメ出ししながら、バルカはギデオンからさらに情報を聞き出そうとする。
「レギウラという国の名前は初めて聞いたぞ? たしか……この辺はリザードの縄張りだったと思うんだが」
リザードは直立したトカゲのような姿を持つ種族だ。
「レギウラはリザード族から土地を奪って、十年前に建国されたギルド同盟に所属する新興国です」
「……ギルド同盟?」
「ギルド同盟とはダンジョンを封印破壊する敵性種殲滅戦が終結した後に、当時の冒険者ギルドが中心となって結成された、国家や種族の枠を越えた組織です」
「待て待て待て。ちょっと待て」
「はいっ、待ちますっ」
バルカは頭の中で情報を整理する。
(種族の枠を越えた組織だと? 聞こえは良いがリザードから土地を奪ったのか? リザードは魔王討伐戦にも協力してくれた。友好種族のはずだろ……)
……オークは、一体どうなっているのだろう?
デイラ達はためらう事なく自分を殺そうとした。
その事実とギデオンから聞いた現世での世界の状況をかいつまんで聞いたことで、何となく嫌な予感はするが、しっかりと確かめなければならない。
「リザードは友好種族だっただろ? オークもそうだ。今は違うのか?」
ギデオンのあどけない顔が、申し訳なさそうに曇った。
「……結論からいうとリザードも、オークも、ギルド同盟には入っていません」
「オークの本拠地はどうなってる? 最北の都、モーベイは? あそこにもクリスタルがあるだろ」
「ごめんなさい。同盟領域外のクリスタルは破棄されたか繋がりを遮断しているので、現在のモーベイの状況は不明です」
× × ×
メトーリアはじっとギデオンとバルカが会話しているのを観察していた。
デイラ以下、他の者達はオークが普通に言葉を話していること、しかもギルドクリスタルの精霊を呼び出して会話していることに驚愕しており、呆気にとられている始末だ。
ギルドクリスタルの精霊を呼び出せることができて、しかも精霊からこのように情報を聞き出せるなどとは、メトーリアも知らなかったし、デイラも驚いている様子を見るに知らなかったようだ。
(レギウラは新興国ながらも、ギルド同盟領域の外縁部において最大の版図をもつ強国だ。その公王の一人娘であるデイラ公女ですら知らないことを知っているとは……)
意を決して、メトーリアは発言した。
「洞窟の中でも言ったが、オークは敵性種族とされている。その辺の事情をバルカに説明したらどうだ?」
「メトーリア?」
バルカがこちらを振り向いた。
心なしか顔が弛んでいるように見える。
(なんだ? なんでちょっと嬉しそうなんだコイツ)
メトーリアの声にバルカは反応したが、精霊ギデオンは見向きもしない。
まるでメトーリアの声が聞こえなかったかのように無視しているのだ。
(権限を持たない者とは話をしないというわけか)
そのギデオンがいうには、バルカは四百三十年以上の時を生きているという。
オークの寿命は人間と大差ないはずだ。
レベルが高い冒険者は肉体の老化が抑えられるというが……。
伝説の魔王討伐戦に参加したという話もあながち嘘ではなくなってくる。
ここまで来ると認めざるを得ない。
このバルカというオークは異常な存在だ。
そして、本当に敵意も悪意もないように見える。
むしろ自分に好意を抱いている節すらある。それはぞっとしないが、今は脇に置く。
(こいつの規格外の強さを利用すれば、アクアルとレギウラが直面しているある問題を解決できるかも知れない)
メトーリアはそう結論づけて、口を挟んだのだった。
× × ×
「あ、ああ。そうだ、オークが魔物と同じ敵性種族扱いなのはどうしてだ? あと言葉を喋っただけで驚かれるのも。なぜなんだギデオン」
「オークは謎の呪いにかかり、言葉を忘れるほど知性が退化しているのです。そのためギルド同盟はオークを敵性種族と認定し、北の大地に追いやりました。敵性種殲滅戦が終わったすぐ後のことです」
「呪いだと……」
「ちなみに現在、そのオーク達がアクアルにある魔物の生息地に多数侵入し、荒らしているため狩猟ができなくてアクアルやレギウラは困っているみたいですね」
バルカは身を乗り出した。
「この近くに同胞がいるということか!?」
「はい」
(しかも魔物を狩猟している? 滅ぼさずに放逐したのか?)
魔物狩りのことも気になるが、それよりも今は同胞のオーク達の現状をこの目で確かめたかった。
「メトーリア、俺をその狩り場とやらに案内してくれないか――それからデイラよ」
「ひゅいッ!?」
デイラは悲鳴とも返事ともとれない声をあげる。
「俺を倒せなかったこと。ここに入る手引きをしたことでメトーリアを責めるのはもうやめろ。お前達に迷惑を掛けているオーク達は……俺が何とか出来るかもしれないから。だから俺が狩り場に行くのを許可しろ。これは取引だ。どうだ?」
それは半ば脅迫じみた提案だった。
「りょ、了承した」
バルカの圧倒的な強さに怖じ気づいたデイラは不承不承、これを承諾するのだった。
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