第5話 ギルドクリスタル
「………………………………ギルドクリスタル」
しばらくの沈黙の後、バルカは唐突にそう呟いた。
「は?」
「ギルドクリスタルだ。冒険者ギルドが扱う特殊な水晶」
「そんなことは知っているッ」
「ここに訪れた時、ダンジョンの近くに設置したんだ。それは今もあるのか?」
「……」
「あるんだな?」
「ま、待て! どこへ行く!?」
ギルドクリスタルは町や城といった要所に設置されており、ギルドに登録している冒険者はそれを使って遠くにいるものと会話ができる。
その他にも様々な機能があるが、バルカはとりあえずギルドクリスタルを使って知り合いと連絡を取れば状況を把握出来ると考えたのだ。
元ダンジョン洞窟の洞口は火山の活動によってできた山々の内の一つ、その中腹にあった。
バルカは洞窟を抜け出した時と同様に、記憶を頼りに山を下り始める。
バルカの記憶にあるダンジョン外の周辺は、噴火の影響で草木が燃やし尽くされていて、山下を一望できたが、いまは十分に生長した樹木の木立のせいで見えない。
歩いてからしばらくして、周囲の植生が変わった。
明らかに誰かの手が入っている、いわゆる里山のような処まで下りてくると視界が開けていき――。
「な!?」
クリスタルを設置した山の麓には見たことのない町ができあがっていた。
山と谷に囲まれた小さな町だ。 山腹や谷間にも住居が散在しており、町の奥には山林を背に小さな砦が建っている。
「ダンジョンのすぐ近くに町を作るとは……」
かつて魔王は地脈にある魔力の流れを利用して多種多様なダンジョンを造った。
魔物を生み出すダンジョンの周辺は陰の気が強まり、時には生き物を害する瘴気が発生する。
ダンジョンを破壊してもしばらくは周辺に様々な悪影響を及ぼすだろうと、パーティメンバーの頭脳担当だった青い肌のエルフは言っていた。浄化にどれだけの時を要するかは分からないとも……。
本来ならこの世界に原住する友好種族が居住地とすべきではない。
「何故わざわざ不毛な土地に町を……クリスタルは砦の中にあるのか?」
「……貴様、町に入るつもりかッ」
ここまでついてきたメトーリアが戦っていた時以上に殺気立ち、バルカと向かい合う。
「頼む。クリスタルと交信すれば俺もギルドに登録している冒険者だとお前にも分かるはずだ。俺は……状況を、把握したいだけだ」
しばらくの間、メトーリアはバルカを睨んでいたが、やがて何かを諦めたように目を閉じた。
「オークのお前にクリスタルが反応するとは思えんが、クリスタルに触れて情報を収集したあとはここから立ち去ると約束するか?」
絞り出すような声だった。
「……見逃してくれるのか」
「私にはお前を倒す力も止める力もないんだ。そうするしかないだろう」
「上司のあのデイラとか言う奴にはどう説明する」
「それはお前の知ったことじゃない! クリスタルに触れた後は何もせずにここから早々に立ち去るか、そうしないのかどうなんだ!」
「わかった。クリスタルで“ギデオン”と交信した後はすぐに姿を・・・消す」
「……いいだろう」
交渉の余地はなさそうだった。しかたなくバルカは約束を交わした。
(自分がギルドに所属している冒険者だと分かれば、状況は変わってくるかもしれない。いや変わってくれホントに)
そう願いながらバルカはメトーリアの案内で砦へと向かった。
「こっちだ。ついてこい」
「わかった」
オークのバルカが人目につけば、騒ぎになるとメトーリアは判断したようだ。
山道を避け、藪の中のけもの道を進みながら町のそばまで来ると、メトーリアは町中には入らずに、周囲の山林の中を、砦を目指して進んだ。
バルカはメトーリアに追従しながら、深い木立の向こうに見える町の様子を伺った。
町は驚くほど閑散としていた。
まだ日中だというのに大通りにすら活気がない。
そのため、至極簡単に、誰にも見つからずに砦までたどり着くことが出来た。
だが、さすがに砦の中には人が居るらしく、クリスタルの間まで忍び込めるようにメトーリアが人払いをするまで正門裏手の物陰でバルカは待機する。
砦の石造りの城壁には蔦が生い茂っている箇所もあり、近くで見ると、壁には割れたり欠けてしまったところも多く、苔なども付着していて随分古びて見える。
「おい」
上から声がしたのでバルカは城壁を見上げた。
メトーリアだった。
正門から入らせるのは無理だったのだろう。“上がってこい”と手で合図している。
(ロープぐらい用意してくれてもいいんじゃないか?)
そう思いながらも、洞窟の縦穴を軽々と登った身体能力を活かし、するすると壁面を登った。
城壁の上に立つと、メトーリアの後に続いて砦の中に侵入する。
薄暗い控えの間を通り、クリスタルの間に入る。
円卓状の操作盤とその中心の台座の上で輝く結晶体を見て、バルカはホッと安堵の息をついた。
ギルドクリスタルは遠くにある別のクリスタルと地脈を通して会話したり情報を送ったりすることができる装置だ。
通常はクリスタルが設置されている部屋には通信取り次ぎの仕事をする、繋ぎ手とか、交換手と呼ばれる者が常駐しているのだが、今はメトーリアが人払いさせたのだろう。誰もいなかった。
「さあ、早く。使えるものなら使ってみろ。その制御版に認証装置がある。触れば――」
「知ってる」
バルカは制御版に近づく。
制御版はどんな種族の文化とも異なる様式美によって設えたような、無機質さがあった。
(魔王が使っていた、未知の技術を解析して作られた代物だからかもな)
そんなことを考えながら、なめらかなガラス状の黒い半球体に手を置くとクリスタルの輝きが明滅した。
そして、クリスタルは手のひらに載るほどの小さな人間の少女の姿をバルカの眼前に投影した。
「登録者の肉体と霊体を確認――」
少女はバルカに微笑みながら挨拶をする。
「こんにちは。オリジニー・オークのバルカーマナフ」
「…………随分流ちょうに喋るようになったな。声が聞けて嬉しいぞギデオン」
「あなたに名前を呼ばれたのは久しぶりです。おかえりなさい、バルカ♪」
そう言ってギデオンはぱっちりとした両目の片方をつぶって、バルカに向かってウインクしてみせてから、小型の妖精ピクシーのように空中を浮遊し、バルカの頭周辺を飛び回る。
バルカは少しうっとうしいのか、苦笑を浮かべるが、それよりも知ってる者に出会えた嬉しさの方が大きいのか飛び回るギデオンを目で追っている。
メトーリアは呆気にとられる。
「ク、クリスタルから幻影が……しかも喋った!?」
「オークもクリスタルも言葉を話すさ。クリスタルには精霊が宿ってるんだから……まさかクリスタルの精霊達と話したことがないのか?」
「そ、そんな。クリスタルは遠隔地にいる他のギルド登録者に言葉や情報を伝えるだけのモノのはず……」
「……」
クリスタルの精霊、ギデオンはメトーリアに対しては無反応だ。
「最近はあまり喋らないのか? ギデオン」
少し心に余裕ができたバルカは、ちょっとメトーリアをからかう感じでギデオンに聞いてみる。
「私はギルドクリスタルに存在する対話型の精霊ですが、現在は一部の登録者だけに私の利用権限が付与されています」
バルカの笑みが次第に消えていく。
「一部の登録者だけだと? ……待て。今さっき“あなたに名前を呼ばれたのは久しぶり”っと言ったな?」
「はい」
「……俺がお前と話すのはいつぶりだ?」
「あなたと会話するのは四百三十年と――」
四百三十年!?
それを聞いてバルカは頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。
あまりのことにギデオンの声が鋭敏なはずの聴覚でも聞き取れなくなる。
心が理解することを拒否していた。
(う、嘘だろう……)
だが、ギデオンが嘘をついたことなどはバルカの記憶には無い。そもそも、質問に対して虚偽の回答をするような機能がギデオンにあるとは思えない。
それでも……。
まるで走馬燈のように過去の知人、友人、そして故郷の同胞達の顔がバルカの脳裏を駆け巡っていく。
(嘘だと言ってくれ……何もなかったはずの山の麓にいきなり小さな町ができてしまうほどだ。ダンジョンで生き埋め。しかも魔王の未知魔法由来であろうマジックトラップで凍り漬けにされ、仮死休眠のスキルで生き存え、一、二年……いや五年、最悪十年ぐらいの時は過ぎてしまっているかもしれないと覚悟していた。しかし、よ、四百三十年……)
「おい、おいお前!」
メトーリアは隙だらけになったバルカを一瞬攻撃しようか迷いながらもバルカに声をかけた。
バルカはハッとして我に返る。
「約束だぞッ。町から出て行ってもら――」
「まて、誰かがこちらに来るぞ」
バルカはこちらへやってくる足音を聞き取った。
メトーリアはひどく慌てた。
「か、隠れろっ!」
そう言われ、バルカはどうするか迷ったが、ここまで手引きしてくれたメトーリアを困らせることはしたくなかったので、素早く窓から外に出て屋根の上に飛び上がった。
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