第4話 バルカ、外に出る
バルカは混乱していた。
必死に考えをまとめようとする。
自分は魔王を討伐したパーティのメンバーだ。それなりに有名だったはず。
だが目の前にいるメトーリアは「バルカーマナフ」の名前を出しても無反応だし、あまつさえ、“オークは敵性種族だ”と言うからには、魔王が生み出した魔物達とオーク族を同類と見なしているということになる……。
あらためてバルカは室内を見回した。円形の大広間のようなかなり広い空間だ。
ここはダンジョンの最深部だったはず。
たしか、巨大な蟻のような魔物を生み出していたダンジョンだった……と、過去を思い返すバルカ。
女王蟻のような魔物のボスを倒した後も、生き残りの群体の中から女王化する個体が現れる可能性が判明したため、生き残りの確認(いたら殲滅)とダンジョンの封印(埋め立て)をするために来ていた。
最初に目覚めた時、凍えるように寒かったのを思い出す。
全身に霜がかかっているのかと思うほどの冷気。
ダンジョンが崩落し、身動きが取れなくなり、呼吸も困難になってきた直前、とっさに仮死休眠のスキルを使ったのだが、あの時も急激な冷気を感じたのを覚えている。
何らかのマジックトラップに掛かったのは分かるが、今となってはそれ以上のことはすぐには分からないだろう。
ならばどうするか。
「俺は外に出るぞ」
バルカは立ち上がった。
(ダンジョンの外へ出て状況を把握するしかない)
メトーリアは慌てた。
「お前を殺せと命令されている。どこへも行かせないッ」
「力の差は分かっているはず。俺は外に出る。だから、えっと……」
「?」
「その……なんだ……」
言動がしどろもどろになっている自分に戸惑いながら、バルカは訝しげな視線を自分に向けているメトーリアを見つめる。
先ほどの、本気の殺意を込めて斬りかかってきた時の彼女の峻烈な表情が脳裏に浮かび、次に気を失った時のあどけない寝顔を思い出しながら、
「何なら俺について来たらどうだ? 本当はもっと色々聞きたいこともあるしな」
と、言った。
それからバルカは、メトーリアの剣をそっと地面に置き、彼女に背を向けて出口へと歩き出した。
背後のメトーリアがとっさに攻撃を仕掛けようとする気配を感じる。
「残念だが殺されてやる気はないぞ。装備品も渡さない……人質を取られているのは気の毒だが」
チラッと振り返りながらそう言うバルカに、付け入る隙など無いことを思い知って、メトーリアは歯がみしながら剣を鞘に収めた。
「人質なんて、一言も私は言ってないだろう!」
「……事情を話してくれれば力になるぞ?」
怒気を発しながらがなり立てるメトーリアに、バルカは言おうか言うまいか迷った言葉を再度口に出した。
昔からこういう局面では何も言わずにむっつりと沈黙する事が多かったが、なんとかメトーリアに敵意を解いてもらいたかったのだ。
「黙れ!」
……等というやりとりをしつつ、バルカは壁に掛けられた燭台の照明を一つ取り上げる。魔力由来の照明の正体はダンジョン探索によく用いられる照明杖だった。
小ぶりな杖に石がはめ込まれており、石に込められた魔法が光を放つという代物だ。
照明杖を掲げながら、バルカはダンジョンの出口へと向かうために部屋をでた。
メトーリアは一瞬ためらったが、自身も照明杖を手にしてバルカの後を追いかける。
ダンジョンは深い洞窟だった。
魔物達による掘削で掘り進められた通路は大抵は岩造りだが土の部分もある。
壁も天井も異常になめらかで、人間が隊列を組んで歩けるほどの広さがあり、横穴や縦穴がいくつもある。
歩きながらバルカは後ろから付いて来るメトーリアに、質問の雨を浴びせていた。
「なあ。掘り起こされた時、俺は自分で休眠状態から覚醒したのか? それともお前達が俺を蘇生したのか? どんな状態だった?」
「……」
「俺の他にもギルドから派遣された同行者がいたんだが彼らはどうなった? 死んでいたのか。だとしたら遺体は? ダンジョンが崩落してからどのくらい経った?」
「…………」
「お前は冒険者ギルドに所属する冒険者じゃないのか? デイラとかいうのは何で俺を殺そうとするんだ? 何かは知らないか、あると期待していたお宝がなくて、腹いせに俺を始末しようとしていたようだが、さすがに酷くないかそれ――」
あれこれ質問するバルカをメトーリアは無視し続けていたが、いい加減うんざりしたのか、
「ここはっ、このダンジョン遺跡は、我が一族に伝わる禁足地だ。私はおろか私の両親や祖父母も足を踏み入れたことさえないはず。洞窟の崩落箇所は極めて限定的でお前がいた部屋を中心に起こっていた。発掘した時、お前は全身が奇妙な霜のようなものに覆われていて凍り付いていた。身動きし始めたと思ったらその霜が剥がれ落ちて……とにかく、いつからそうなっていたのかは知らん!」
一気にまくし立てるメトーリア。
バルカは一瞬思考停止し、「そんなバカな」と独りごちる。
メトーリアも、その両親も祖父母も誰も立ち入らなかった? その他の誰も?
つまり何十年も自分は生き埋めになって、眠っていたと?
「嘘をつくにしても、もっとマシな嘘をつけないのか? お前はギルドのメンバーじゃないのか? いやまてよ……そもそもなんでギルドの仲間が救助に来ないんだ……」
× × ×
メトーリアはぶつぶつと独り言を言い始めたバルカの大きな背中を見つめながら考え続けていた。
(洞窟の入り口は太い木の根と蔦が絡み合って塞がれていた。しかもその下は土砂と石で隠すように覆われていた……つまりこのオークは下手をすると、何十年も飲まず食わずのままで、あの洞窟にいたことになる。何らかの魔法かスキルを使っていたのか?)
動物が冬眠するのに似たスキルが存在するのは、メトーリアも知っていたがそれにも限度というものがある。
ただのオークではないことは最初から分かっていた。
慎重に接するべきだった。
しかし、デイラの命令は絶対だった。
それが、どんなに愚かしい命令でもメトーリアに拒否権など無かった。
改めてメトーリアはバルカを観察する。
背負っている戦斧。
バルカは片手で軽々と振るっていたがおそらく見た目以上に、非常に重いはずだ。
斬り結んだ時に感じた、あの圧倒的な力と技量の差。
思い出しただけで、今でも全身が総毛立つ。
それにこのオークは喋る。
言葉を話すのだ。
為す術なく気絶させられる前から今現在に至るまで、色々と話しかけられていることに今でもまだ現実感がない。
北方に棲息している他のオークをメトーリアは見たことがある。
何度か戦ったこともある。
言葉も通じないし略奪も行う蛮族なのだから仕方がない。
いや、蛮族と言うよりあれはもっと……。
それを知ったらこのバルカというオーク戦士はどう思うのだろうか……。
× × ×
洞窟内はなだらかではなかった。
急な斜面もあり、溜め池のような水たまりがある場所もあった。
それらを通り過ぎ、バルカとメトーリアは殆ど垂直の長い縦穴に到達した。
ここまで幾つも分岐点があって通路は枝分かれしていたが、バルカは記憶を辿って一切迷いなく進んでいた。
――バルカの記憶は正しかった。
「この上を登れば、最短で出口に着く。そうだろう?」
メトーリアは否定も肯定せずに上を見上げる。
洞口から差し込む、外の光が覗いている。
しかしそこまでの高さは軽く見積もっても建物四、五階分の高さはあった。
バルカは、照明杖を持ったまま跳躍した。
縦穴には幾つもの横穴があり、バルカはそこを足がかりにして、巨体をまるで苦にせずに、半ば駆けるように跳躍を繰り返して、上方へ移動していく。
その敏捷さにメトーリアは驚きながらも、照明杖の握りの部分を口で咥え、両手を自由にしてから何とか追従する……。
洞口から外に出たバルカは驚愕して目を瞠った。
バルカが外に出るとダンジョン洞窟の外は木々が生い茂る光景が広がっていた。
これは記憶と一致しない。
「火山噴火の影響で、山の緑は完全には戻っていなかったはず……」
「山が火を噴いたのは大昔のことだ」
唖然としているバルカに、メトーリアはにべもなく答える。
「……」
認めざるを得なくなってしまった。
バルカは自分が仮死休眠のスキルで眠っている間、相当の時間が経過していることに衝撃を受けるのだった。
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