第21話 私と悠人㉑

「ご、ごめんなさい、つい勢いでやっちゃったけど大丈夫?」

そう言われて初めて自分の状態に気づいた私は慌てて取り繕うように言った。

「だ、大丈夫だよ、気にしないで」

と言って立ち上がろうとするが、足に力が入らないため立ち上がれないことに気づく。

それを見た彼女は申し訳なさそうにしていたが、すぐに気を取り直してこう言ってきた。

「じゃあ、お詫びに家まで送っていくよ!」

と言うと、私を軽々と抱き上げてしまったではないか。

これにはさすがに驚いたが、抵抗する間もなく運ばれてしまうことになったのだった。

結局、家の前まで送り届けてもらうことになったわけだが、その間ずっとお姫様抱っこされたままだったせいで

恥ずかしさのあまり死にそうだったことは言うまでもないだろう。

その後、帰宅した後もしばらくは動悸が治まらなかったほどだ。

そんな状態でどうやって眠りについたのかはよく覚えていないのだが、翌朝目を覚ますと隣に悠人の顔があったのでびっくりしたものだ。

どうやら、あのまま眠ってしまったらしいのだが、いつの間に帰ってきたのだろう?

不思議に思ったが、それよりもまずこの状況を何とかしなければと思い、そっとベッドから抜け出そうとしたところで腕を掴まれてしまった。

振り返ると、そこには眠そうな顔をした悠人の姿があった。

彼はぼんやりとした表情でこちらを見ていたが、やがてハッとした表情になると慌てふためき始めた。

どうやら私が起きていたことに気づいていなかったらしい。

その様子を見て思わず笑ってしまったら、彼もつられて笑い出したのだった。

それからしばらくの間、ベッドの上でじゃれ合っていたのだが、不意に彼が真剣な表情になったかと思うと、こんなことを言い出した。

その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴るのを感じた。

だが、それと同時に不安が込み上げてくるのを感じた。

だって、どう考えてもおかしいと思ったからだ。

いくら何でも話が上手すぎると思ったのだ。

それに、そもそもどうしてこんなことになっているのかもよく分からなかったし、何がどうなっているのかも分からない状態だったから尚更だった。

だけど、それでも彼の言葉を信じたいと思ったのも事実だったし、何より私自身が彼に惹かれ始めていたことも事実だったから、結局は受け入れることにしたのである。

「はい、よろしくお願いします……」

それからというもの、私たちは毎日のようにデートを重ねた。

といっても、基本的には家でまったり過ごすことが多かったのだが、それだけで十分幸せを感じることができたし、

何よりも一緒にいる時間がとても心地よかったのだ。

「ねえ、悠人、好きだよ」

そう言うと、彼は照れ臭そうに笑いながら、私もだよ、と返してくれる。

たったそれだけのことで心が満たされていくのを感じた。

ある日、私は思い切って彼にお願いをしてみた。

それは、一緒にお風呂に入りたいということであった。

最初は断られたのだが、何度も頼み込むうちに根負けしたのか、渋々了承してくれたのである。

そして、ついにその時がやってきた。

脱衣所に入ると、お互い服を脱いで裸になり、浴室へと足を踏み入れる。

そこで向かい合うようにして立つと、改めて彼の身体を見ることになるのだが、

思っていたよりも逞しい体つきをしていて、思わず見惚れてしまった。

それから、シャワーを浴びた後、

「先に湯船に浸かってていいよ」

と言われ、素直に従った。

浴槽に身を沈めると、じんわりと温かさが広がっていくような感覚を覚えた。

その気持ちよさに身を委ねていると、不意に後ろから抱きしめられるような格好になり、ビクッとしてしまう。

振り向くと、そこには優しく微笑む彼の顔があった。

それを見て安心した私は、自分から唇を重ねていった。

最初は軽く触れるだけのキスだったが、次第に舌を絡め合う濃厚なものへと変化していき、

最後にはお互いの唾液を交換しあうような激しいものに変わっていった。

「そろそろ出るね、悠人」

「うん、分かったよ、ゆっくりしておいで」

そう言って送り出してくれる悠人に見送られながら、私はリビングへと向かった。

ソファーに腰掛けると、テレビをつけてぼーっと眺めることにする。

しばらくすると眠気に襲われてきて、あくびを嚙み殺しつつ時計を見ると、時刻はすでに0時を過ぎていたことに気づいた私は、

寝る支度を始めることにした。

歯を磨き終えると、寝室へと向かう。

部屋に入るなりベッドに飛び込むと、ふかふかの感触に包まれて幸せな気分になった私は、そのまま眠りに落ちていった……はずだったのだが、

気がつくと目の前には悠人の顔があって、唇に柔らかいものが触れたような気がした。

驚いて目を見開くと、そこに映ったのは彼の寝顔であったことに気づき、

「えっ!? なんでここに!?」

思わず声を上げそうになったところで、ようやく状況を理解した私は、慌てて口を押さえることに成功した。

幸いなことに起きる気配はなく、ほっと胸を撫で下ろす。

それにしても、どうしてこうなったのだろうかと思っていると、昨晩の出来事を思い出した。

そういえば、昨日は一緒に寝たんだっけと思いながら隣に目を向けると、そこにはまだ眠っている様子の悠人がいて、

その姿を見ていると愛おしさが込み上げてきた。

(ふふっ、可愛いなあ)

そう思いながら頭を撫でようとしたところで、突然その手を掴まれたと思ったら引き寄せられてしまい、

気づけば抱きしめられる形で腕の中に収まってしまっていた。

突然のことに戸惑っているうちに唇を塞がれてしまい、口内に侵入してきた舌によって蹂躙されてしまう。

歯茎の裏を舐め上げられ、上顎を擦られたりする度に背筋がゾクゾクするような感覚が襲ってくるのを

感じているうちに頭がボーッとしてきて何も考えられなくなるほどだった。

長い口付けが終わると、銀色の橋がかかったのを見て恥ずかしくなった私は目を逸らすように俯いたまま黙り込んでしまった。

そんな様子を見兼ねたのか、悠人は優しい声で話しかけてくる。

その言葉に顔を上げると、そこにはいつもの優しい笑顔があったので安心すると同時に嬉しくなる自分がいることに気付いてしまうのだった。

悠人と一緒に暮らすようになってから数日が経過したある日のこと、私はある悩みを抱えていた。

というのも、最近、悠人との夜の営みが全くと言っていいほど無いからである。

別に喧嘩をしているわけではないし、嫌われているわけでもないと思うのだが、なぜか避けられているような感じがするのだ。

(どうしたんだろう?)

と思いつつも、直接聞くこともできず悶々とした日々を過ごしていたある日、私は見てしまった。

夜中にトイレに起きた際に、リビングの方から声が聞こえてきたので覗いてみると、

そこには悠人の姿があり、誰かと電話をしているようだった。

盗み聞きするのは良くないと思い、その場から離れようとしたが、その前に会話が耳に入ってきてしまい、その場から動けなくなってしまった。

電話の内容はよく聞こえなかったが、断片的に聞こえてくる言葉の端々から察するに、どうやら仕事の話をしているらしいことが分かった。

だが、問題はその内容である。

(なんでこんな時間に仕事の話をしてるの?)

そう思った瞬間、胸が締め付けられるように苦しくなるのを感じた私は、それ以上聞いていられなくなって逃げるように自分の部屋に戻ると、

頭から布団を被って無理やり目を閉じたのだった。

翌朝、目を覚ました時には既に悠人の姿はなかった。

どうやら早朝に出社していったらしいが、そのことにすら気づかないくらい動揺していたようだ。

モヤモヤとした気持ちを抱えたまま朝食を済ませた後、会社に向かうために家を出ると、途中でばったり悠人と出会った。

一瞬目が合ったものの、すぐに逸らされてしまったことでショックを受けてしまうが、

ここで立ち止まっていても仕方がないので、意を決して話しかけることにした。

しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

なんと、今日から出張に行くことになったというの!

しかも期間は1週間だというではないの!

それを聞いて喜ぶ反面、寂しさを感じずにはいられなかった。

そんな私の心情を察したのか、悠人は申し訳なさそうな表情を浮かべると言った。

「ごめんね、なるべく早く帰ってくるから待っててくれないか?」

と言われた瞬間、嬉しさのあまり涙が出そうになるが、グッと堪えることに成功すると、笑顔で答えた。

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

そう言うと、悠人も嬉しそうに微笑みながら手を振ってくれたのだった。

それから数日間、私は家で一人で過ごすことになったのだが、正直言ってかなり寂しかった。

今までずっと一緒だっただけに、急にいなくなるとこんなにも寂しい気持ちになるとは思わなかったのだ。

特にやることもなかったので、家事をしたり本を読んだりして過ごしていたのだが、

ふとした瞬間に悠人の顔が思い浮かんできて集中できないことがあったりした。

そのため、最近では早めに帰宅するように心がけるようになったのだが、それでも一人の時間は退屈で仕方がなかったのだ。

そんなある日のことだった、久しぶりに定時で帰ることができた私が家でくつろいでいると、

不意にインターホンが鳴ったため、玄関へと向かうことにする。

扉を開けるとそこにいたのは宅配便業者の人だったようで、荷物を手渡された後、

サインをして受け取ると、部屋に戻って中身を確認することにした。

すると、中にはDVDが入っていたのだが、ラベルも何も貼られていない状態で、不審に思った私は首を傾げつつも再生してみることにした。

映像が流れ始めると、そこには見覚えのある場所が映っていて、それが自宅だと気づいた時に嫌な予感を覚えるとともに背筋が凍るような恐怖を感じた。

画面の中の私はどこかの部屋に入ったかと思うと、次の瞬間には下着姿になっていたからだ。

驚く暇もなく次のシーンへと移っていくと、今度はベッドの上で男性と抱き合っている自分の姿が見えた。

そして、そこでようやく理解したのだが、この映像は盗撮されたものであるということを悟った瞬間に吐き気が込み上げてきて、その場に蹲ってしまった。

どうしてこんなものが送られてきたのか分からないけど、とにかく一刻も早く処分しなければと思った私は、

震える手でパソコンを操作してデータを削除した後、ディスクを破壊してからゴミ箱に放り込んだところで力尽きたように倒れ込んでしまった。

朦朧とする意識の中で最後に見たものは、不気味な笑みを浮かべる自分自身の顔だったのだった。

次に目が覚めた時、そこは見慣れた天井だったことから、自分がベッドの上に寝ていることに気づいた私は、

ゆっくりと身体を起こした後で周囲を見回してみることにする。

そこは間違いなく自分の寝室であり、何も変わった様子がないことを確認すると安堵の息を吐いた。

それにしてもさっきの夢は何だったのだろう?

やけにリアルな感覚だったけど、あんな出来事が起こるはずがないものね。

そう思いながらベッドから降りた私は、部屋を出て洗面所へと向かうことにした。

鏡に映った自分の顔を見つめながら、先程の夢のことを思い出す。

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