第11話 私と悠人⑪

今日もいい天気になりそうだと思いながら、足取り軽く歩き出す。

会社に着くと、既に何人かが出社しており、各々挨拶を交わしていた。

私もそれに倣い、同じように挨拶をすることにする。

自分のデスクに向かう途中で、後輩ちゃんとすれ違ったので、思い切って声をかけてみることにした。

彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべた後で、深々と頭を下げてきた。

その様子を見て、やはり避けられているのだと確信したが、ここで引き下がるわけにはいかなかったので、

意を決して話しかけることにした。

まずは挨拶からだと考え、口を開く。

しかし、そこから先が続かなかった。

頭の中では色々と考えていたはずなのに、いざ本人を前にすると言葉が出てこないのだ。

結局、無言のまま立ち尽くしてしまっただけだったのだが、そんな私に構わず、

彼女はさっさと立ち去ってしまったため、それ以上何も言えずに見送るしかなかった。

その後、仕事に取り組んでいたのだが、どうしても先程のことが気になって集中できなかった。

そこで気分転換も兼ねて喫煙ルームに向かうことにしたのである。

中に入ると誰もいなかったので、ゆっくりと煙を吐き出していた時だった。

突然ドアが開いて誰かが入ってきたかと思うと、その人物と目が合った瞬間、

心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。そこにいたのは、例の後輩ちゃんだったの。

彼女は私を見るなり、驚いたように目を見開いた後で、すぐに視線を逸らしてしまった。

気まずい空気が流れる中、沈黙に耐えかねたのか、彼女が口を開いた。

「……おはようございます」

消え入りそうな声でそれだけ言うと、そそくさと出て行ってしまった。

取り残された私は、呆然としたままその場に立ち尽くすことしかできなかった。

それからというもの、彼女との間には見えない壁のようなものを感じるようになった気がする。

明らかに避けられていると感じるし、話しかけても無視されることが多かったので、

嫌われてしまったのかもしれないと思ったりもした。

それでも諦めきれず、何度か話しかけようと試みたものの、その度に逃げられてしまうので、

心が折れそうになっていたある日のこと、ついに決定的な出来事が起こってしまった。

その日、私はいつものように仕事をしていたのだが、途中で上司に呼び出され、ある書類の作成を命じられた。

その内容というのが、社内の備品に関するもので、購入申請書を作成しなければならなかったの。

しかも、納期は明日の朝までという無茶振りだったため、私は必死になってパソコンに向かったものの、

全く進まなかった。

時計を見ると、もう22時を過ぎていたので、流石に今日は無理だと判断して帰ることにした。

ところが、帰り際に廊下で例の後輩ちゃんに呼び止められてしまったの。

何事かと思って振り返ると、彼女は思い詰めたような表情をしていた。

何か言いたいことがあるようだが、なかなか切り出せない様子だったので、

こちらから助け舟を出すことにした。

「どうかしたんですか?」

と尋ねると、彼女は躊躇いがちに話し始めた。

どうやら、明日の会議で使用する資料の準備がまだできていないらしく、手伝わせてほしいということだった。

それを聞いて、断る理由などなかったので快諾することにした。

すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ後、頭を下げてお礼を言ってきた。

そんなやり取りの後、私たちは一緒に会議室へと向かうことになった。

道中、会話はほとんどなかったが、不思議と気まずさはなかった。

部屋に入ると、早速作業に取り掛かることにした。

私はパソコンに向かって、必要なデータを入力していく。

その間、後輩ちゃんはコピー機の前に向かっていた。

しばらく経って、出来上がった書類を封筒に入れていると、不意に声をかけられた。

振り向くと、そこには同僚の姿があった。

何やら話があるようで、手招きしているのが見えたので、そちらに向かうことにした。

彼女の話というのは、先日の飲み会の件だったそうだ。

あの日、悠人が私を家まで送ってくれたらしいのだが、その時に色々と迷惑をかけてしまったことを謝罪されたのだという。

別に気にしなくても良いと言ったのだけれど、それでは気が済まないと言われてしまい、

どうしたものかと考えていると、不意に耳元で囁かれた。

その言葉を聞いた瞬間、私の顔は真っ赤に染まり上がった。

そんな私の反応を楽しむかのように、彼女は妖艶な笑みを浮かべると、そのまま去っていった。

残された私は、しばらくの間、その場から動くことができなかった。

ようやく我に返ったところで、ふと我に返ると、自分がとんでもない状況に置かれていることに気づいて愕然とした。

いつの間にか、周囲には誰もおらず、私だけ取り残されていたの。

その事実を認識した瞬間、恐怖のあまり身体が震え出した。

今すぐこの場を離れなければと思い、急いで荷物をまとめて帰ろうとしたその時、不意に背後から声をかけられた。

振り返ると、そこには何故か知りませんけど、愛する夫でもある悠人が居たのです。

「あれ? こんなところで何してるの?」

そう言って微笑みかけてくる彼を見た瞬間、安心感を覚えたせいか涙が止まらなくなりましたわ。

そして、そんな彼の姿に見惚れていると、優しく抱きしめられてキスされてしまいましたの。

甘えた声でおねだりする私に彼は微笑み返してくれたわ。

それだけで幸せいっぱいでしたが、一つだけ気になることがあったので質問してみることにしました。

すると悠人は少し照れくさそうにしながら答えてくれたのですが……。

「実は君に渡したいものがあるんだ」

と言われた私は期待に胸を膨らませながら待っていましたが、いつまで経っても渡してくれる気配がないので不安になってきましたわね。

「あの、悠人……? 一体どうしたんですか……?」

おずおずと尋ねると、彼は申し訳なさそうに謝ってきたんですの。

どうして謝るのか分からず困惑していると、やがて彼が取り出したものは、小さな箱に入った指輪だったんですが、

それを見た瞬間に頭が真っ白になりましたわ。

まさか愛の告白をされるなんて夢にも思っていませんでしたから、嬉しさよりも驚きの方が大きかったですわね。

ですが、それと同時に嬉し涙が出てきたものですから、きっと顔もぐしゃぐしゃになってしまっていたことでしょう。

そんな私の姿を見て悠人はオロオロしていましたけれど、最後には笑って許してくれたのでホッと胸を撫で下ろしましたのよ。

そうして落ち着いた頃を見計らって、悠人は私に口付けを交わす。

「んっ……」

甘い吐息を漏らしながら、舌を絡め合う濃厚なディープキスをしていく内に、段々と気分が高揚してくるのが分かった。

お互いに唾液を交換し合い、嚥下した後で口を離すと銀色の糸を引いたまま離れていく様子に興奮してしまい、私からもキスする。

「大好きよ」

私は彼の胸に顔を埋めるようにして抱きつくと、甘えるようにして言った。

それを聞いた彼は一瞬驚いたような顔を見せた後で、照れ臭そうに微笑みながら頷いてくれるのだった。

その後は二人で恋人繋ぎをしながら帰路する。

もう日はすっかり沈んでしまっていて、辺りは真っ暗になっていたが、

街灯の明かりに照らされた道を進んでいくうちに少しずつ暖かくなっていくような気がした。

家に帰った後は夕食を済ませた後、お風呂に入って汗を流してからベッドに入ることにする。

隣を見ると、既に悠人は眠っていたようだったので起こさないようにそっと布団に入り、

目を閉じると程なくして眠りに落ちていったようだ。

翌朝目を覚ますと、隣にはまだ寝息を立てている悠人の姿が見えた。

どうやら起こさずに済んだみたいで安心したが、同時に寂しくもあったので抱き枕代わりにして二度寝を決め込むことにしたのだが、

気がつくと一時間ほど経過していたみたい。

まぁ、それも仕方ないわよね、だってこんなに気持ち良いんだもの。

それに大好きな人と一緒に寝られるんだから、これ以上幸せなことなんてないわ。

そう思いながら彼に頬ずりをすると、くすぐったいのか少しだけ身動ぎをした後で目を覚ましたみたいだった。

まだ寝ぼけ眼のまま、ボーッとした様子で私を見つめると、 いきなり抱きついてきてキスをしてきたの。

突然のことで驚いたけど、すぐに受け入れてしまうあたり私も単純なものねと思いながらも、

それに応えるように舌を絡ませていく。

しばらくすると満足したのか唇を離していったので、 今度は私の方から抱きしめてあげたわ。

そうしたら嬉しそうに微笑んでくれて、ますます愛おしく感じてしまうのよね。

ああ、本当に可愛い人だこと、この人は。

そんなことを考えながら頭を撫で続けていると、急に眠くなってきたみたいなのでもう一度眠ることにしたの。

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