第10話 私と悠人⑩

時計を見ると、そろそろ出ないといけない時間だったので、急いで出かける準備をして家を出た。

会社に到着するまでの間、ずっとドキドキしていたせいか、心臓の音がやけに大きく聞こえた気がした。

オフィスに入ると、同僚たちから挨拶されたので、私もそれに応えるように挨拶をする。

いつも通りの風景だったが、今日は少し違ったことがあった。

それは、例の後輩ちゃんが私に話しかけてきたことである。

彼女は緊張しているのか、ぎこちない笑顔を浮かべながら、私に声をかけてきた。

どうしたのかと尋ねると、彼女は深呼吸をしてから話し始めた。

その内容は、昨日のお礼を伝えるためのものだった。

どうやら、私が帰ってしまった後に、悠人から事情を聞いたらしい。

それで、わざわざ謝りに来てくれたのだということが分かった。

正直、そこまでする必要は無いのではないかと思ったが、彼女の気持ちを考えると無下に断ることもできなかったので、とりあえず受け取ることにした。

すると、彼女はホッとしたような表情を見せた後で、改めてお礼を言ってきた。

それに対して、気にしないで欲しいと伝えた後で、その場を後にした。

その後も特に変わったことはなく、普段通りの仕事をこなしていった。

ただ、一つだけ気になったことがあるとすれば、例の後輩ちゃんの態度が妙に余所余所しいというか、距離を置かれているような感じがあったことだろうか。

気のせいかもしれないが、何となく避けられているような気がしてならなかった。

(どうしたんだろう……?)

そう思いながらも、あまり気にしないようにして仕事に集中することにした。

その日の帰り際、例の後輩ちゃんに声をかけられた。

何の用かと思って振り返ると、彼女は何やら言いづらそうにしていたので、こちらから話を振ってみることにした。

すると、意を決したように顔を上げると、突然頭を下げられた。

何事かと思って驚いていると、彼女は謝罪の言葉を口にし始めた。

何でも、先日の件で迷惑をかけてしまったことを気に病んでいるらしかった。

私はそのままそんなことを考えながら脱衣所に入ると、着ていた服を脱ぎ捨てた。

下着姿になったところで、鏡に映った自分の姿を見つめる。

そこには、均整の取れた美しい肢体があった。

無駄な贅肉など一切なく、引き締まったウエストラインは非常に魅力的に見えることだろう。

実際、同性からも羨望の眼差しで見られることが多かったし、私自身もそのことは自覚しているつもりだ。

そんなことを考えているうちに、だんだんムラムラしてきたので、そのまま浴室へと入った。

シャワーを手に取り、お湯を出すと頭から浴びる。

火照った身体が冷やされていく感覚はとても心地良かった。

全身を洗い流した後、シャンプーを手に取って髪を洗うことにした。

髪を洗い終えると、次は身体を洗おうとボディソープに手を伸ばす。

泡立ててから腕、脇、胸、腹、股間、脚、足裏、指先に至るまで丁寧に撫で回すように洗っていく。

やがて全身が泡だらけになると、それを洗い流すために再びシャワーを浴びた。

全身に付いた水滴をタオルで拭き取ると、バスローブを羽織ってリビングに戻ることにした。

ソファーに腰掛けると、テーブルの上に置いてあったリモコンを操作してテレビをつける。

画面に映し出されたニュース番組を見ながら、ぼんやりと考え事をしていると、不意にインターホンが鳴ったような気がしたので玄関へと向かうことにした。

ドアを開けるとそこには宅配便の配達員が立っていたので、サインをして荷物を受け取ることにした。

送り主を確認すると、意外な人物の名前が書いてあったので驚いてしまう。

差出人は、なんと悠人だったからである。

一体なんだろうと思いながら箱を開けてみると、中には一冊のアルバムが入っていた。

不思議に思いながらページをめくっていくと、そこには懐かしい写真がたくさん収められていた。

幼い頃の思い出の数々を見ていると、自然と笑みが溢れてくるのがわかった。

懐かしさに浸りながら一枚ずつ見ていくうちに、段々と胸が熱くなってくるのを感じた。

最後のページまで辿り着くと、そこには一枚の写真だけが残されていた。

そこに写っていたのは、私と悠人のツーショットだった。

二人とも笑顔でピースサインをしている姿が写っているのを見て、思わず赤面してしまうほどだった。

どうしてこんなものを送ってきたのかと戸惑っていると、ふと背後に気配を感じたので振り返ってみる。

すると、そこには悠人の姿があった。

いつの間に入ってきたのだろうかと思っていると、彼は私の隣に腰を下ろしてから話しかけてきた。

「それ、気に入ってくれた?」

その言葉に、私は黙って頷くことしかできなかった。

それを見た悠人は満足そうに微笑むと、私の手からアルバムを取り上げてしまう。

そして、代わりに別のものを差し出してきた。

それは小さな小包だった。

開けてみると、中から現れたのは可愛らしいデザインの髪留めだった。

綺麗な青色をした石が嵌め込まれており、キラキラと輝いているように見える。

「これって……」

私が目を丸くしていると、悠人は照れ臭そうに笑いながら言った。

「誕生日おめでとう、美咲」

そう言って、そっと抱きしめてくれる。

突然のことに驚きつつも、嬉しさが込み上げてきて、涙が溢れそうになった。

私は悠人の胸に顔を埋めながら、幸せを噛み締めるように目を閉じたのだった。

翌朝、目が覚めると、隣で寝ていたはずの悠人の姿がなかった。

シーツに触れると、まだほんのりと温もりが残っていることから、少し前に起きたことが分かる。

慌てて起き上がると、枕元にメモが残されていることに気づいた。

「おはよう、美咲、先に会社に行きますね」

と言いながら微笑んでいる彼の顔を思い浮かべつつ、私は支度を始めた。

朝食を済ませた後、家を出る前に鏡の前に立つと、昨日プレゼントされたばかりの髪留めをつけてみた。

自分で言うのもなんだが、かなり似合っていると思う。

これなら、職場でも浮かないかもしれないと思うと、少しだけ安心した。

身だしなみを整えたところで、玄関の扉を開けると、眩しい朝日が差し込んできて目を細めた。

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